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大使夫人会
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四月第二週の火曜日。
院長室に呼ばれた。
今日は六花と一緒だ。
「石神、一色、入ります!」
院長がソファに座るように言った。
「アメリカ大使夫人のミス・マリア・ブライトから、一色に招待状が来ている」
「私にですか?」
六花が驚く。
「来週の定例の「大使夫人会」に来て欲しいそうだ」
「え?」
「院長、やはりあの件ですか」
「そうだろうな。大使夫人も相当一色に興味を持ったようだからなぁ」
「はぁ」
事の発端は二週間前に遡る。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
三月下旬の月曜日。
俺は響子の資料を持たせてアメリカ大使館に六花を使いに出した。
俺が特別な入館カードを持っているので、いつもは俺が出向く。
しかし、その日は朝からオペが立て込んでいて、六花に行かせた。
何度かそういうことはある。
六花はナース服から着替えてアメリカ大使館へ出掛けた。
丁度、右翼の街宣車が来ており、異常にゆっくりとした速度ででかいスピーカーで自分たちの要望を訴えていた。
よくある光景だ。
大使館前で警官たちが一度は追い出したが、またやってきた。
今度はスピードを出している。
バリケードが出され、街宣車は避けるためにハンドルを切った。
しかし車高の高さのため、街宣車の右車輪が浮き、丁度大使館へ侵入しようとしていた乗用車にのしかかりそうになった。
そこへ六花が通りかかった。
六花は咄嗟に街宣車の左側に回り、横転しそうな車体を押し上げた。
反対側に倒れた。
「ああ! 力を入れ過ぎちゃったー!」
六花は青くなった。
警官隊が集まり、六花も怪我を確認された。
「私は大丈夫です! 倒れた車の方々は!」
警官隊は顔を見合わせ、そして笑った。
「無事ですよ。随分と力があるんですね」
「あ、そう、あ、そうだ、合気道を!」
警官隊がまた笑った。
乗用車から綺麗な夫人が降りて来た。
「ミス・リッカ!」
「大使夫人閣下!」
何度か顔を合わせているし、ある程度親しい。
大使夫人は六花が「花岡」使いであることも知っている。
「ありがとう! あなたのお陰で助かったわ!」
「い、いいえ!」
六花の英会話は進んでおり、英語で会話することには苦労はない。
ただ、六花の苦手意識は依然としてそのままだったので、会話は非常に困難だった。
六花は誘われるまま、大使夫人の車へ乗り込んだ。
専用の入り口から大使館の中へ入り、すぐに紅茶が運ばれてくる。
夫人が危ない所を助けてもらったと、何度も礼を言って来た。
六花は大したことでは無いと、その度に応えた。
大使とアビゲイルが入って来た。
二人からも礼を言われる。
「あの! すぐに病院へ戻らなければいけません!」
六花は立ち上がって叫び、アビゲイルに資料の入った封筒を渡した。
六花は無茶な退出をし、急いで病院へ戻って来た。
俺の所へ飛んで来て、報告してきた。
俺は大笑いした。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「一色に礼をしたいんだろうなぁ」
「そうですね。前から六花のことは気に入っていましたし。今回は車体に潰されたかもしれないところを守ったわけですし」
「でも、大したことはしてないですよ。失敗しちゃったし」
「ああ、街宣車に乗ってた連中が二人死んだらしいけどな」
「え!」
六花が涙目になる。
「石神、いい加減な嘘を言うな!」
「アハハハハハ!」
六花が俺の肩をポカポカと叩いた。
「とにかく、これは断れんぞ。大使夫人からの正式な招待だ。病院宛に来ているからな。断れば院長の顔を潰す。まあ、潰れている顔だけどな」
「石神!」
「どうしてもですか?」
「俺の顔もある。お前が俺の部下であり恋人であることは、向こうも知っているからな」
「石神先生のためなら」
「おい、俺は?」
「大丈夫だよ。一緒に食事をするだけだ。美味いものを喰って来い」
「分かりました」
六花も承知した。
「院長、そういうことで本人も納得しました」
「あー、オホン、そうだな」
そういうことで、六花の出席が決まった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌週の金曜日。
六花はホテル・オークラのベルエポックへ「大使夫人会」の食事に出掛けた。
「響子、行ったな」
「うん、行ったね」
「じゃあ行くか!」
「うん!」
六花は一度家に戻って着替えてから行く。
クリスチャン・ディオールのオートクチュールを着て行くはずだ。
俺がもしもの場合ということで何着か用意させた。
今回はそれを着て行くように指示している。
白のシルクを基調に、右肩から左の腰へ別な淡い水色のグラデーションの布が重なっている。
それほどの派手さがないため、ランチで着て行っても支障はない。
俺と響子は六花を見るために、あらかじめ予約しておいた。
流石にセキュリティがあるので、離れたテーブルだ。
この日は特別な予約客しか入れていない。
響子はウキウキしている。
こういうのが楽しいのだ。
もちろん、俺も楽しい。
念のため、目立たない位置にSPたちが立っている。
俺たちのテーブルにも来て、今日は重要な人物の集まりがあることが告げられる。
俺がアメリカ大使館の通行許可証を提示すると、すぐに離れて行った。
大使夫人たちが集まり始めた。
今日はアメリカ大使夫人のマリアがホストになり、近くのスペイン大使夫人、スウェーデン大使夫人、スカンジナビア大使夫人、サウジアラビア大使夫人などが招待されている。
特別ゲストが一色六花だった。
まあ、そういうことは本人には話していないが。
緊張して、またおかしくなる。
六花が入って来たので、俺と響子はサングラスを掛けた。
響子が異常に楽しんでいる。
「響子、来たぞ」
「うん! タカトラ、バレないようにね!」
「分かった!」
六花の声はよく通る。
俺が教えた挨拶を、ちゃんとしていた。
マリア夫人が六花を紹介している。
「友人の孫娘の専任看護師をされています。非常に美しい方なのは皆様も……」
俺と響子は笑顔で聞いていた。
六花が褒められていて嬉しい。
「そして、元々はレディ(高貴な)の家柄の方であったと聞いています」
俺と響子は料理を噴き出した。
向こうを見ると、六花は笑顔で顔を上げている。
レディースが、どう間違って伝わったのか。
食事が始まった。
六花が質問をされている。
響子のことを聞かれると
「申し訳ありません。それは規約によりお話しできないのです」
そう応えていた。
途中で行き詰ることもあったが、マリア夫人が上手く取りなしてくれているようだった。
そのマリア夫人が話す。
「先月、私の乗った車に大きなトラックが倒れて来たのです。それをこのミス・イッシキが助けてくださったのです」
他の大使夫人が驚いていた。
「鍛えていらっしゃるの?」
「はい」
「カラテですの?」
「そのようなものです。石神先生に教わっています」
「オー! タカトラ・イシガミ!」
「ダンディ・サムライ!」
大使夫人たちが興奮している。
響子が俺を見ていた。
「前に何度かあの大使夫人会に出てたからな」
「またモテモテなんだー」
「アハハハハ!」
六花が俺の名前が知られているので、ニコニコしていた。
輝くような笑顔だった。
話題が一気に俺のことになった。
更に六花が質問攻めに遭っている。
「もー! タカトラはどこに行ってもー!」
響子がむくれた。
「罰としてこのニンジンを食べなさい!」
「お前が食べろ!」
食事も終わりかけ、再び六花の話題になっていた。
「カラテの他に何か特技は?」
「はい、歌を少々」
俺と響子は紅茶を噴き出した。
六花はみんなに言われ、歌うつもりで立ち上がった。
俺は最後の手段で、天井の熱感知器に小さな「槍雷」を指先から撃った。
たちまち非常ベルが鳴る。
SPたちが大使夫人たちを誘導し始めた。
インカムで誰かに連絡をする。
俺と響子も店員に誘導されて外へ出た。
すぐに病院へ戻った。
抱きかかえられた響子がずっとクスクスと笑っていた。
響子が寝る支度をしていると、六花が帰って来た。
もうナース服を着ている。
「おかえり! どうだった、「大使夫人会」は?」
「はい、楽しかったのですが火事騒ぎになってしましまして」
「そうか、大丈夫か?」
「ええ、どうも誤作動だったようです。残念でした」
「なんだ、喰ってる途中だったか」
「いいえ、みなさんに私の歌を披露する寸前でしたので」
「そうだったか」
響子がまたクスクスと笑うので、両頬を引っ張ってやった。
「マリア大使夫人が、またお誘い下さるそうです」
「へぇー」
「次は必ず歌をお聞かせします」
「やったね」
ちゃんとマリア夫人には話しておかねば。
六花の名誉のためにも、絶対に阻止するぞー!
しかし、こいつが「特技」のつもりだったとは……
院長室に呼ばれた。
今日は六花と一緒だ。
「石神、一色、入ります!」
院長がソファに座るように言った。
「アメリカ大使夫人のミス・マリア・ブライトから、一色に招待状が来ている」
「私にですか?」
六花が驚く。
「来週の定例の「大使夫人会」に来て欲しいそうだ」
「え?」
「院長、やはりあの件ですか」
「そうだろうな。大使夫人も相当一色に興味を持ったようだからなぁ」
「はぁ」
事の発端は二週間前に遡る。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
三月下旬の月曜日。
俺は響子の資料を持たせてアメリカ大使館に六花を使いに出した。
俺が特別な入館カードを持っているので、いつもは俺が出向く。
しかし、その日は朝からオペが立て込んでいて、六花に行かせた。
何度かそういうことはある。
六花はナース服から着替えてアメリカ大使館へ出掛けた。
丁度、右翼の街宣車が来ており、異常にゆっくりとした速度ででかいスピーカーで自分たちの要望を訴えていた。
よくある光景だ。
大使館前で警官たちが一度は追い出したが、またやってきた。
今度はスピードを出している。
バリケードが出され、街宣車は避けるためにハンドルを切った。
しかし車高の高さのため、街宣車の右車輪が浮き、丁度大使館へ侵入しようとしていた乗用車にのしかかりそうになった。
そこへ六花が通りかかった。
六花は咄嗟に街宣車の左側に回り、横転しそうな車体を押し上げた。
反対側に倒れた。
「ああ! 力を入れ過ぎちゃったー!」
六花は青くなった。
警官隊が集まり、六花も怪我を確認された。
「私は大丈夫です! 倒れた車の方々は!」
警官隊は顔を見合わせ、そして笑った。
「無事ですよ。随分と力があるんですね」
「あ、そう、あ、そうだ、合気道を!」
警官隊がまた笑った。
乗用車から綺麗な夫人が降りて来た。
「ミス・リッカ!」
「大使夫人閣下!」
何度か顔を合わせているし、ある程度親しい。
大使夫人は六花が「花岡」使いであることも知っている。
「ありがとう! あなたのお陰で助かったわ!」
「い、いいえ!」
六花の英会話は進んでおり、英語で会話することには苦労はない。
ただ、六花の苦手意識は依然としてそのままだったので、会話は非常に困難だった。
六花は誘われるまま、大使夫人の車へ乗り込んだ。
専用の入り口から大使館の中へ入り、すぐに紅茶が運ばれてくる。
夫人が危ない所を助けてもらったと、何度も礼を言って来た。
六花は大したことでは無いと、その度に応えた。
大使とアビゲイルが入って来た。
二人からも礼を言われる。
「あの! すぐに病院へ戻らなければいけません!」
六花は立ち上がって叫び、アビゲイルに資料の入った封筒を渡した。
六花は無茶な退出をし、急いで病院へ戻って来た。
俺の所へ飛んで来て、報告してきた。
俺は大笑いした。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「一色に礼をしたいんだろうなぁ」
「そうですね。前から六花のことは気に入っていましたし。今回は車体に潰されたかもしれないところを守ったわけですし」
「でも、大したことはしてないですよ。失敗しちゃったし」
「ああ、街宣車に乗ってた連中が二人死んだらしいけどな」
「え!」
六花が涙目になる。
「石神、いい加減な嘘を言うな!」
「アハハハハハ!」
六花が俺の肩をポカポカと叩いた。
「とにかく、これは断れんぞ。大使夫人からの正式な招待だ。病院宛に来ているからな。断れば院長の顔を潰す。まあ、潰れている顔だけどな」
「石神!」
「どうしてもですか?」
「俺の顔もある。お前が俺の部下であり恋人であることは、向こうも知っているからな」
「石神先生のためなら」
「おい、俺は?」
「大丈夫だよ。一緒に食事をするだけだ。美味いものを喰って来い」
「分かりました」
六花も承知した。
「院長、そういうことで本人も納得しました」
「あー、オホン、そうだな」
そういうことで、六花の出席が決まった。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
翌週の金曜日。
六花はホテル・オークラのベルエポックへ「大使夫人会」の食事に出掛けた。
「響子、行ったな」
「うん、行ったね」
「じゃあ行くか!」
「うん!」
六花は一度家に戻って着替えてから行く。
クリスチャン・ディオールのオートクチュールを着て行くはずだ。
俺がもしもの場合ということで何着か用意させた。
今回はそれを着て行くように指示している。
白のシルクを基調に、右肩から左の腰へ別な淡い水色のグラデーションの布が重なっている。
それほどの派手さがないため、ランチで着て行っても支障はない。
俺と響子は六花を見るために、あらかじめ予約しておいた。
流石にセキュリティがあるので、離れたテーブルだ。
この日は特別な予約客しか入れていない。
響子はウキウキしている。
こういうのが楽しいのだ。
もちろん、俺も楽しい。
念のため、目立たない位置にSPたちが立っている。
俺たちのテーブルにも来て、今日は重要な人物の集まりがあることが告げられる。
俺がアメリカ大使館の通行許可証を提示すると、すぐに離れて行った。
大使夫人たちが集まり始めた。
今日はアメリカ大使夫人のマリアがホストになり、近くのスペイン大使夫人、スウェーデン大使夫人、スカンジナビア大使夫人、サウジアラビア大使夫人などが招待されている。
特別ゲストが一色六花だった。
まあ、そういうことは本人には話していないが。
緊張して、またおかしくなる。
六花が入って来たので、俺と響子はサングラスを掛けた。
響子が異常に楽しんでいる。
「響子、来たぞ」
「うん! タカトラ、バレないようにね!」
「分かった!」
六花の声はよく通る。
俺が教えた挨拶を、ちゃんとしていた。
マリア夫人が六花を紹介している。
「友人の孫娘の専任看護師をされています。非常に美しい方なのは皆様も……」
俺と響子は笑顔で聞いていた。
六花が褒められていて嬉しい。
「そして、元々はレディ(高貴な)の家柄の方であったと聞いています」
俺と響子は料理を噴き出した。
向こうを見ると、六花は笑顔で顔を上げている。
レディースが、どう間違って伝わったのか。
食事が始まった。
六花が質問をされている。
響子のことを聞かれると
「申し訳ありません。それは規約によりお話しできないのです」
そう応えていた。
途中で行き詰ることもあったが、マリア夫人が上手く取りなしてくれているようだった。
そのマリア夫人が話す。
「先月、私の乗った車に大きなトラックが倒れて来たのです。それをこのミス・イッシキが助けてくださったのです」
他の大使夫人が驚いていた。
「鍛えていらっしゃるの?」
「はい」
「カラテですの?」
「そのようなものです。石神先生に教わっています」
「オー! タカトラ・イシガミ!」
「ダンディ・サムライ!」
大使夫人たちが興奮している。
響子が俺を見ていた。
「前に何度かあの大使夫人会に出てたからな」
「またモテモテなんだー」
「アハハハハ!」
六花が俺の名前が知られているので、ニコニコしていた。
輝くような笑顔だった。
話題が一気に俺のことになった。
更に六花が質問攻めに遭っている。
「もー! タカトラはどこに行ってもー!」
響子がむくれた。
「罰としてこのニンジンを食べなさい!」
「お前が食べろ!」
食事も終わりかけ、再び六花の話題になっていた。
「カラテの他に何か特技は?」
「はい、歌を少々」
俺と響子は紅茶を噴き出した。
六花はみんなに言われ、歌うつもりで立ち上がった。
俺は最後の手段で、天井の熱感知器に小さな「槍雷」を指先から撃った。
たちまち非常ベルが鳴る。
SPたちが大使夫人たちを誘導し始めた。
インカムで誰かに連絡をする。
俺と響子も店員に誘導されて外へ出た。
すぐに病院へ戻った。
抱きかかえられた響子がずっとクスクスと笑っていた。
響子が寝る支度をしていると、六花が帰って来た。
もうナース服を着ている。
「おかえり! どうだった、「大使夫人会」は?」
「はい、楽しかったのですが火事騒ぎになってしましまして」
「そうか、大丈夫か?」
「ええ、どうも誤作動だったようです。残念でした」
「なんだ、喰ってる途中だったか」
「いいえ、みなさんに私の歌を披露する寸前でしたので」
「そうだったか」
響子がまたクスクスと笑うので、両頬を引っ張ってやった。
「マリア大使夫人が、またお誘い下さるそうです」
「へぇー」
「次は必ず歌をお聞かせします」
「やったね」
ちゃんとマリア夫人には話しておかねば。
六花の名誉のためにも、絶対に阻止するぞー!
しかし、こいつが「特技」のつもりだったとは……
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