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一江のホスト通い

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 3月下旬の月曜日。
 俺はいつものように一江の報告を聞いていた。

 「以上です!」
 「おう。ところでよ?」
 「はい?」
 「お前、香水付けてる?」
 
 一江が微笑んだ。

 「やっぱり部長は鋭いですね!」
 「いや、流石にな」

 シャネルのプアゾンだ。
 恐ろしく臭う。

 「ちょっと臭いがきついぞ。俺たちの仕事向きじゃねぇ」
 「あ、すいません。普段使ったことがなくて」
 「特に「プアゾン」はきついんだ。好きならいいけど、一吹きでも相当だからな。気を付けろ」
 「はい!」

 化粧も違う。
 服も違う。

 いい加減ではないが、一江は地味な服装だった。
 清潔感があるもので、俺も何となく気に入っていた。
 安いものではないが、高いブランドのものでもない。
 ある意味でいい趣味だった。

 それが段々と変わって行った。
 今年に入ってからか。

 化粧は濃くなり、まあそれはいい。
 ケバいものでもない。
 服装もちょっといいものを着ている。
 シャネルやエルメスではないが、バーバリーやプラダあたりの吊るしだ。
 40代に近づき、オシャレを心掛けたか。
 いい傾向だが、ちょっと派手になってきたことで気にはなっていた。

 そんな中、大森から相談があると言われた。





 「一江のことなんですが」
 「あいつ?」
 「はい。実は……」

 大森が予想外のことを話した。
 去年の暮れにホストクラブに一緒に出掛け、一江がはまってしまったらしい。

 「毎週行くようになってしまって。いつも週末は自分と飲むのが定例だったんですが、今ではすっかりホスト通いになってるんです」
 「バカな奴だなぁ」
 「自分も何度も止めたんですが。でも聞く耳持たずでして」
 「お前も大変だな」
 「いいえ」

 大森は辛そうな顔をしている。
 親友が道を踏み外していながら、止めることが出来ない。

 「じゃあ、相当使い込んだろう?」
 「はあ。詳しいことは聞いていないんですが、一晩で数百万という時もあるそうです」

 タワーをやってる。
 ドン・ペリの安い物でも、ああいう店では数十万取られることもある。
 それでシャンパンタワーをねだられているのだろう。
 アホだ。

 「ゾッコンなホストがいるらしくて、そいつに夢中なんですよ」
 「よくある話だな」
 「はい。そのホストにいろいろ貢いでもいるようでして」
 「何をやったか聞いてるか?」
 「最初はボトルを入れたりで、そのうちにジュエリーなどですか。今度車をやるんだって言ってて、それで流石に部長に止めて頂きたくて」
 「よし、分かった! よく話してくれたな」
 「申し訳ありません。自分が何とかしなきゃいけないんですが」
 「いいよ。一江もお前も俺の大事な部下だ。何かあれば俺だって動くよ」
 「ありがとうございます」

 大森は打ち明けたことで少し楽になったようだった。
 
 「ところで、どこのホストクラブに行ってるんだ?」
 「新宿です。あそこはメッカですからね。そこで評判のいい店に行ったら、見事にやられました」
 「そうか」
 「『トパーズ・ダンディ』という店なんですけど」
 「ああ、『トパダン』か!」
 「部長、知ってるんですか!」
 「まあな。分かった、俺に任せろ」
 「はい! 宜しくお願いします!」

 なんだ、俺の店じゃん。

 「毎週かぁ」
 「はい。でも先週は家にいました」
 「ほう?」
 「あの、火傷をしまして」
 「あんだ?」

 大森が言った。
 先々週に酔って帰ったらしい。
 大森が気付いてまた止めようと部屋へ行った。
 石油ストーブで部屋を暖めていたようだが、酔っていてふらついていた。
 服を脱いで、風呂へ行こうとしたらしい。
 その時に、ストーブを跨いだ。

 「あの、下の毛に引火しまして」
 「あ?」
 「ボウボウと。慌てて濡れタオルで消したんですけど。無残に毛が焼けて、赤く腫れあがりました」

 「ギャハハハハハ!」

 俺は爆笑した。

 「もしも家に誘われても、その無残では。それで先週は店に行かなかったようです」
 「え! あいつもしかしてホストとやっちゃったの?」
 「いいえ。まだ貢物が足りないようです。それでついに車を、と」
 「ワハハハハハ!」






 「トパダン」こと「トパーズ・ダンディ」は、俺が稲城会から分捕ったものの一つで、真夜の父親に経営させている一軒だった。
 そのために前の店長を追い出し、従業員も全て入れ替えた。
 稲城会から恨まれている人間だからだ。
 一から始めるために、柿崎雄大と一緒に店で打ち合わせ、内装から人員の募集まで手伝った。
 丁度その時、俺がティファニーのトパーズのリングを嵌めていたので、『トパーズ・ダンディ』という店名にした。
 内装も俺のリングのマーキスのカットに合わせた意匠にし、マホガニーのテーブルの中央にも50センチのマーキスの型のガラスを嵌め込んだ。
 VIP用には本物のトパーズが埋め込んであり、一面にメレダイヤを散りばめている。
 柿崎は非常に上手く経営し、歌舞伎町でも有数の店に仕上げた。
 太い客をガンガン引き入れている。
 会社経営者、政治家とその家族、有名女優、そして小金を持ったアホな女たち。
 その一人が一江だ。

 俺は柿崎に連絡した。





 土曜日。
 ブリオーニの白のシルク混のスーツを着て行った。
 靴はシルバノ・ラッタンジーのクロコのヴィスポークを。
 ネクタイはドミニク・フランスの黒の孔雀のものを。
 中指にこの店の名前になったブルートパーズの50カラットのリングと、ピンキーにファイヤオパールのリングを嵌めた。
 時計は分かりやすくリシャール・ミルにした。
 ポケットチーフは淡いピンクだ。
 黒のネクタイとの対比がいい。

 俺は便利屋にアヴェンタドールで送らせた。
 店の前のドアマンの若いホストが驚いている。

 俺が入ろうとすると、慌てて止めに来た。

 「あの、ここは会員の方かご紹介の方でないと入店できません」
 「ふざけんな」
 「申し訳ありません。あの、どなたかのご紹介ですか?」
 「ばかやろう」
 「あの! 人を呼びますよ!」
 「呼べ!」

 若いホストが中へ入って行く。
 千万組の人間が出て来た。

 「石神さん!」
 「よう。この小僧がごちゃごちゃ言いやがってよ」
 「申し訳ありません! どうぞお入り下さい!」

 若いホストが呆然としている。

 「ばかやろう! この方はこの店のオーナーの石神さんだ!」
 「へ!」

 中へ入ると、すぐに柿崎が駆け寄って来た。

 「石神さん! すいませんでした! 今日いらっしゃることは話していたんですが、手違いがあったようで!」
 「なんだてめぇ! しっかりしろ!」
 
 柿崎が土下座した。
 俺はVIP用のテーブルに案内された。
 まだ店には客はいなかった。
 開店と同時に入ったためだ。
 これから徐々に入店するし、上位のホストたちが客を同伴して連れて来る。

 「柿崎ぃ、今日は俺も出るぞ」
 「はい?」
 「この石神高虎が接客すると言ってるんだ。ありがたく思え!」
 「は、はい!」
 「それと、一江陽子を取り込んでるのはどいつだ?」
 「セリスです!」
 「あ?」
 「あの、うちのナンバー3のホストです」
 「呼べ」
 「今はいません。今日は同伴出勤のはずです」

 「おい」
 「はい!」
 「俺、今何て言った?」
 「す、すぐに呼びます!」

 柿崎が慌てて電話した。
 なんだよ、「セリス」ってー。

 他の80人のホストが離れて俺を見ていた。
 その中の一人が近付いて来る。

 「オーナー、何かお飲みになりますか?」
 「マッカランはあるか?」
 「40年物が」
 「よし、持って来い」
 「はい!」

 ホストが5分ほどで戻って来た。
 ボトルとアイスペールなどを盆に乗せて来る。

 「ロックで宜しいですか?」
 「おう」

 手際よく作った。

 「お前、名前は?」
 「リンです!」
 「よし、覚えたぞ」
 「ありがとうございます!」

 名前を売りに来たのだろう。
 頭の回転のいい奴だ。
 きっとこれから伸びる。
 
 柿崎が戻って来た。

 「すぐにセリスが来ます!」
 「そうか」
 
 俺は柿崎にも呑めと言った。
 リンがまた手早く作った。

 「しかしよ」
 「はい」
 「どいつもこいつも華奢な連中だな」
 「はい、今はこういうのが流行りで」
 「そうかよ。じゃあ、俺はダメか」
 「いえ! そんなことはございません!」
 「まあ、やってみるか」
 「お願いします!」

 柿崎は汗をかいている。
 俺の機嫌を損ねるのを恐れているのだ。
 まあ、目の前でこいつのでかいビルを吹っ飛ばしたからなぁ。

 男が店に入って来た。
 銀色のスーツの胸に紫のバラが刺繍してある。
 ダサい。

 

 さて。
 一江が来るまで少し遊ぶか。
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