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テトラの歌 Ⅳ

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 加納明子の退院が決まった。

 小山内刑事が手配し、一時保護施設への入居と区の方で支援を受けていくことになった。
 入院費用などは、今後加納明子が返済することになる。
 犯人が捕まれば別だが、捜査は一向に進まなかった。
 行方不明者のリストにも該当はない。

 俺が退院を告げた。

 「今まで本当にお世話になりました」
 「いいえ。お身体はもう大丈夫かと思いますが、何かあったらいつでもご連絡ください」
 「ありがとうございます」

 3月中旬の金曜日の朝だった。
 翌週の月曜日の退院予定だった。




 午後にルーから連絡を受けた。

 「タカさん、来たよ」
 「そうか」

 俺は子どもたちに学校を休ませ、双子には病院付近を見張らせていた。
 響子の部屋に皇紀を入れている。
 亜紀ちゃんは白衣を着て、俺と一緒にいた。

 加納明子が俺を呼んでいると内線で連絡が来た。
 俺と亜紀ちゃんで向かった。

 「石神先生、ちょっと胸が苦しくて」

 加納明子がそう言った瞬間、開いた窓から「圧」を感じた。
 亜紀ちゃんが対物ライフルの弾丸を「震花」で消し、窓から飛び出して行った。
 廊下からMP5と日本刀を構えた三人が突入して来る。
 俺が瞬時に対応した。
 MP5を持った女を銃ごと蹴り上げ、顎を粉砕する。
 女は一瞬で気絶した。
 日本刀を持った男と女は両側から俺に襲い掛かった。
 俺は「金剛花」を使って両腕で受けた。
 男に向き、胸にブロウをぶちかます。
 男の胸が陥没し、壁に激突する。
 残った女が日本刀を構えて俺を睨んでいた。
 後ろのベッドには加納明子がいる。

 「どうした」

 俺が聞いても襲ってこない。

 「テメェー!」

 甲高い声で叫んだ。
 俺に斬りかからずに、横を回った。

 「なんでヤラねぇ!」

 俺は女の腹を蹴ってぶっ飛ばした。
 女は白目を剥いて気絶した。

 「大丈夫か?」
 
 俺はベッドの「加納明子」だった女に聞いた。
 ベッドに、コルト・パイソン(.357マグナム拳銃)が置いてあった。

 「うん。でももうダメ」
 「なに?」
 
 見ると顔が蒼白になり、脂汗を流していた。
 俺は慌てて駆け寄った。
 まさかと思った。

 「毒をね、仕込んであったの」
 「なんだと!」
 「上手くやったら解毒剤を渡すって」
 「おい! 何の毒だ!」
 「分からない。でももういいんだ」

 「モモ!」

 「モモ」が笑った。

 「やっぱり、トラちゃんは気付いてたんだ」
 「しっかりしろ! すぐに助けてやる!」
 「いいの。私はトラちゃんにまた会えただけでいいの」
 「モモ! 死ぬな!」

 俺が小学校の時に、隣の家にいた子だった。
 放置されていたのに気付き、お袋が連れて来た。
 しかし戻った父親に殺されそうになり、父親はその場で自殺した。
 母親はその何か月も前に父親に殺され、床下に埋められていた。

 モモはどこかの施設に送られたはずだった。

 「あの日、トラちゃんが私を守ってくれた。だから今度は私の番」
 「ダメだ! 絶対に死ぬな!」
 「いいの。だってずっと辛かったんだもん。人を殺す手伝いをさせられて。しょっちゅういじめられて酷いことをされてた」
 「モモ……」

 モモが笑っていた。

 「そいつらはね、四人兄弟なんだ。だから仲がいいの。でも私は違うから。私、ずっと一人だったから」
 
 モモの息が荒くなる。

 「ずっとね。トラちゃんに会いたかった。それだけで生きてたの。死にたかったけど、トラちゃんに会うまではって」
 「おい、モモ……」

 「まさか本当に会えるとはね。我慢して生きてて良かった」
 「お前……」

 モモは目を閉じた。

 「響子ちゃん、青い花火を見つけたってね」
 
 俺はモモの手を握った。

 「良かったね。ああ、私も見たかったな」
 「見せてやるよ! だから生きろ!」
 「もう無理。トラちゃんに会えたからもういいよ」
 「何言ってやがる!」

 「トラちゃんとトラちゃんのお母さん。二人だけが優しかった。あの思い出だけで……これまで……頑張って……生きて……来た……んだ」
 「モモ!」

 「大好き……だ……よ……トラ……ちゃん」
 「俺もだ、モモ! 死ぬなモモ!」

 モモは微笑んだまま死んだ。




 小山内刑事たちが三人の襲撃者を連れて行った。
 俺は「人間」の範疇で斃したので、命に別状はない。
 モモは毒殺されたと判断された。
 モモへの暴行事件は、そうして幕を閉じた。
 
 二日後、小山内刑事から連絡が来て、三人が毒死したことを告げられた。
 体内に何らかの毒が仕込まれており、それが一定時間で流れる仕組みだったようだと。
 青酸化合物の一種らしいと言われた。
 遅溶性のカプセルのようなものが血管内に入れられ、徐々に溶け出す仕組みだったと。
 三人とモモの脇下に埋め込んだ痕が見つかったそうだ。




 斬がその後「テトラ」について調べてくれた。
 
 「今はもう潰れているがな。北海道に子どもを集めて暗殺者にする養成所があったのじゃ」
 「誰がやっていたんだ」
 「北海道のヤクザじゃよ。そこに元ソ連の兵隊くずれたちが拾われて、軍事訓練や暗殺技術を教えていた」
 「GRUなんかもいたのか」
 「多分な。「テトラ」たちはそこで育った」
 「四人兄弟だったよな」
 「そうだ。四人で殺ることで名を売った。だから五人目がいることは誰にも予測できなかった」
 「それがモモだったんだな」
 「多分な。徹底的に隠されていたからワシにも分からん。でもお前の話を聞くと、そういうことだったんだろう」
 「弱らせて標的に接近させるということか」
 「そうだ。相手が硬い奴だった場合に使っていた手なんだろう。隙を狙われればな」
 
 「テトラ」の恐らくは長女が対物ライフルの奴だった。
 そいつは亜紀ちゃんが分子崩壊させて始末している。

 




 「タカトラ、アキコちゃんがいなくなっちゃったね」
 「ああ。元気になったから退院いていったよ」
 「そうなんだ」

 響子は寂しそうな顔をしていた。

 「折角仲良くなったのになー」
 「残念だな。でも、またいつか来てくれるかもしれないぞ」
 「そうだね!」

 響子が俺を見ている。
 早く実現しろという目だ。
 響子は俺に頼めば何でもしてくれると信じている。

 「まあ、そのうちにな」
 「うん!」

 六花が響子の昼食を持って来た。

 「ハンバーグだ!」

 響子が喜ぶ。

 「モモも好きだったんだよ」
 「モモって誰?」
 「ああ、俺が子どもの時に隣に住んでた子だ」
 「そうなんだ」

 響子がナイフでハンバーグを切る。
 デミグラスソースを少し付けて口に入れた。

 「おいひー!」

 俺と六花で笑った。

 「モモもな、青い花火が好きだったんだよ」
 「え! アキコちゃんと同じだ!」
 「響子も見たがってたよな。こないだ見つけた」
 「うん! アキコちゃんと今度やろうって約束した」
 「そうか」

 響子がニンジンを端に避ける。
 六花から怒られている。

 「アキコちゃんね、歌が上手かったな」
 「そうだったな」
 「あの歌が大好きだったんだって」
 「ああ、『遠き山に日は落ちて』な」
 「うん! 子どもの頃にね、大好きだったお兄ちゃんが歌ってくれたんだって」
 「そうなのか」
 「花火をした帰りにね。手を繋いで歌ってくれたんだって」
 「……」
 「凄く上手くてね。だからアキコちゃんも一生懸命に練習したんだって」

 「そうか。俺も聴きたかったな」
 「今度来たら歌ってもらおうよ!」
 「ああ、そうだな。是非そうしてもらおう」

 響子が笑ってニンジンに挑戦した。
 面白い顔をして呑み込む。
 俺に向いて褒めろという顔をしている。

 俺は頭を撫でに行った。

 「タカトラ、震えてるの?」
 「ああ。今日はちょっと寒いかな」
 「私のベッドに入ってて! すぐに食べて温めてあげる!」
 「いや、風邪だったら不味い。薬を飲んでおくよ」
 「うん、はやく飲んで!」

 俺は手を振って病室を出た。
 そのまま屋上に上がった。







 風が強い。
 でも、俺は寒くなどなかった。
 ただ、涙が零れた。
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