上 下
1,048 / 2,806

テトラの歌

しおりを挟む
 バレンタインデーの翌日。
 俺はハーレーダビッドソンに響子を乗せて走っていた。
 昼食前のちょっとした時間のドライブだ。

 高速ではなく、六本木方面をゆっくりと回った。


 唐突に「圧」を感じた。


 落ち着いてハーレーを操る。
 50センチ前方のアスファルトが大きく弾けた。
 響子は気付いていない。
 結構な距離から狙撃された。
 1キロ先だ。
 対物ライフルでの攻撃だった。

 「槍雷」で仕留めることは出来るが、それだけ離れていると被害も拡がる。
 追えば響子が攻撃される。
 他にも狙っている者がいるのを感じていた。
 俺の僅かな隙を衝いてそいつらが攻撃して来る。

 (他に3人か)

 「どうしたの、タカトラ?」
 「何でもない。そろそろ帰るか」
 「うん!」

 俺は放置を決めた。
 それほどの脅威の連中ではないと判断した。

 


 俺は響子を部屋に送ってから、斬に電話した。

 「さっき、対物ライフルで攻撃された」
 「そうか」
 「1キロ先からだ。まあまあの腕だな」
 「そうか」
 「他に三人が狙っていた」
 「そうか」

 「調べられるか?」
 「分かった」

 軍人ではない。
 俺はそう感じていた。
 暗殺のプロだ。
 軍人であれば、もっと強い攻撃を仕掛けて来る。
 俺の隙を狙うようなやり方ではない。
 今回の連中は、攻撃力で俺を殺そうと考えていない。
 今日は俺の動き方を見るためのものだった。
  




 翌日の朝。
 オペの資料を読んでいると、斬から連絡が来た。

 「分かったのか?」
 「ああ。こっちの網に引っ掛かったんで一応な」
 「何だ?」
 「殺し屋だ。お前が的になった」
 「へー」

 そんなこともあるだろう。

 「お前が潰した稲城会の組だ」
 「まだ凝りてねぇのか」
 「自分たちじゃ無理だからな。殺し屋を雇った」
 「そんな連中がいるんだ」
 「いるさ。専門に受ける所がある」

 やはり、考えていた通りだった。

 「どんな奴だ?」
 
 「「テトラ」という連中だ」
 「複数なのか」
 「そうだ。これまでしくじったことは無い」
 「そうか」
 「お前なら食い千切るだろうがな。でも今までの奴らとは違うぞ」
 「専門家ってことか?」
 「そうだ。お前もそういうのは相手にしたことが無いだろう」
 「そうだな」
 「四六時中、お前は狙われる」
 「そうだな」
 「気を抜くな」
 「分かった」

 「今までのことで分かった限りを送る。目を通しておけ」
 「ありがとうな」
 「ふん!」

 電話が切れた。
 メールが来ている。
 俺と違ってコンピューターのことは詳しい。
 ちょっと悔しい。



 「テトラ」
 数字の「4」を意味する。
 昨日襲ったのも四人だった。

 四人兄弟。
 姉、兄、妹二人。
 ある施設が暗殺者を養成していたらしい。
 そこで幼い頃から徹底的に鍛え上げられた。
 兄弟であるために、連携が優れている。

 それは昨日の襲撃でも多少は分かる。
 一流では無いが。

 これまでは上手くやって来たらしい。
 主にヤクザ相手だが、確実に依頼をこなしてきた。
 やり方は様々だ。
 狙撃、近接での襲撃、爆破、毒、様々な方法で暗殺を実行している。
 つまり、俺も様々な方向で防がなければならないということだ。

 「やれやれ」

 俺はまたオペの資料に目を戻した。
 


 患者は昨晩搬送された30代の女性だった。
 暴行を加えられており、複数個所の骨折と内臓破裂。
 脊髄に損傷があり、頭部の座礁もあった。

 酷く衰弱しており、オペに耐えるまで点滴で一定基準まで回復させる必要があった。
 身元を示すものは何もなく、本人の意識も無かった。

 俺はオペ室へ向かった。


 オペ自体は上手く行ったが、まだ意識は戻らない。
 座礁した頭骨がどこまで脳へ影響しているか分からない。
 しばらくは昏睡状態かもしれない。
 警察も状況を理解し、意識が回復したら知らせることになっている。
 衰弱はしているが、愛らしい顔をした女性だった。
 肉体が回復し化粧をすれば、さぞ綺麗な女になるだろう。
 しかし、今は生死の境を彷徨っている。
 一体どのような理由で、これほど酷い暴行を受けたのか。

 性的な暴行は受けていない。
 だとすると怨恨か制裁か。
 女性に性的な経験が無いことは分かっている。
 警察によると、元麻布の路上で発見されたとのことだった。
 女性の状態から、うちの病院での高度な施術が必要と判断され搬送された。
 場合にもよるが、うちの救急搬送は基本的に高度医療を要する患者が来る。
 他にも救急を受け入れている病院はあり、比較的軽度な場合や緊急を要しない場合はそちらへ回る。

 俺はしばらく女性の顔を眺めていた。
 バイタルも危険を示してはいなかった。
 だが、俺は女性を見ていた。
 何の理由もない。
 ただ、眺めていたかった。
 初対面に間違いないはずだが、何となく、懐かしさのようなものを感じていた。

 何があったのかは分からないが、哀れに思う。
 いつもならそれほど囚われない俺だったが、この女性には同情を禁じ得ない。
 そんな自分を持て余してもいた。

 「また来ますね」

 俺はそう声を掛けて病室を出た。
 ナースセンターに近い、重篤な患者が入る個室だ。
 何かあれば、ナースがすぐに駆けつける。
 ICUが必要なほどではなかったが、予断を許さない。
 俺はナースたちにも声を掛け、巡回の他にも時々様子を見て欲しいと頼んだ。



 帰りがけに、響子の部屋へ寄った。
 念のためにマリーンが護衛に付いている。

 「寝てますよ」
 「そうか。ちょっとだけ寝顔を見て帰るよ」

 廊下に立っていた二人のマリーンが俺に微笑んでいた。

 響子はいつものように眠っていた。
 俺は起こさないように寝顔だけ見て帰った。





 「テトラ」の件は早く片付けたい。
 俺は、この事件が思わぬ終結を迎えることをまだ知らなかった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

イケメン歯科医の日常

moa
キャラ文芸
堺 大雅(さかい たいが)28歳。 親の医院、堺歯科医院で歯科医として働いている。 イケメンで笑顔が素敵な歯科医として近所では有名。 しかし彼には裏の顔が… 歯科医のリアルな日常を超短編小説で書いてみました。 ※治療の描写や痛い描写もあるので苦手な方はご遠慮頂きますようよろしくお願いします。

処理中です...