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テトラの歌
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バレンタインデーの翌日。
俺はハーレーダビッドソンに響子を乗せて走っていた。
昼食前のちょっとした時間のドライブだ。
高速ではなく、六本木方面をゆっくりと回った。
唐突に「圧」を感じた。
落ち着いてハーレーを操る。
50センチ前方のアスファルトが大きく弾けた。
響子は気付いていない。
結構な距離から狙撃された。
1キロ先だ。
対物ライフルでの攻撃だった。
「槍雷」で仕留めることは出来るが、それだけ離れていると被害も拡がる。
追えば響子が攻撃される。
他にも狙っている者がいるのを感じていた。
俺の僅かな隙を衝いてそいつらが攻撃して来る。
(他に3人か)
「どうしたの、タカトラ?」
「何でもない。そろそろ帰るか」
「うん!」
俺は放置を決めた。
それほどの脅威の連中ではないと判断した。
俺は響子を部屋に送ってから、斬に電話した。
「さっき、対物ライフルで攻撃された」
「そうか」
「1キロ先からだ。まあまあの腕だな」
「そうか」
「他に三人が狙っていた」
「そうか」
「調べられるか?」
「分かった」
軍人ではない。
俺はそう感じていた。
暗殺のプロだ。
軍人であれば、もっと強い攻撃を仕掛けて来る。
俺の隙を狙うようなやり方ではない。
今回の連中は、攻撃力で俺を殺そうと考えていない。
今日は俺の動き方を見るためのものだった。
翌日の朝。
オペの資料を読んでいると、斬から連絡が来た。
「分かったのか?」
「ああ。こっちの網に引っ掛かったんで一応な」
「何だ?」
「殺し屋だ。お前が的になった」
「へー」
そんなこともあるだろう。
「お前が潰した稲城会の組だ」
「まだ凝りてねぇのか」
「自分たちじゃ無理だからな。殺し屋を雇った」
「そんな連中がいるんだ」
「いるさ。専門に受ける所がある」
やはり、考えていた通りだった。
「どんな奴だ?」
「「テトラ」という連中だ」
「複数なのか」
「そうだ。これまでしくじったことは無い」
「そうか」
「お前なら食い千切るだろうがな。でも今までの奴らとは違うぞ」
「専門家ってことか?」
「そうだ。お前もそういうのは相手にしたことが無いだろう」
「そうだな」
「四六時中、お前は狙われる」
「そうだな」
「気を抜くな」
「分かった」
「今までのことで分かった限りを送る。目を通しておけ」
「ありがとうな」
「ふん!」
電話が切れた。
メールが来ている。
俺と違ってコンピューターのことは詳しい。
ちょっと悔しい。
「テトラ」
数字の「4」を意味する。
昨日襲ったのも四人だった。
四人兄弟。
姉、兄、妹二人。
ある施設が暗殺者を養成していたらしい。
そこで幼い頃から徹底的に鍛え上げられた。
兄弟であるために、連携が優れている。
それは昨日の襲撃でも多少は分かる。
一流では無いが。
これまでは上手くやって来たらしい。
主にヤクザ相手だが、確実に依頼をこなしてきた。
やり方は様々だ。
狙撃、近接での襲撃、爆破、毒、様々な方法で暗殺を実行している。
つまり、俺も様々な方向で防がなければならないということだ。
「やれやれ」
俺はまたオペの資料に目を戻した。
患者は昨晩搬送された30代の女性だった。
暴行を加えられており、複数個所の骨折と内臓破裂。
脊髄に損傷があり、頭部の座礁もあった。
酷く衰弱しており、オペに耐えるまで点滴で一定基準まで回復させる必要があった。
身元を示すものは何もなく、本人の意識も無かった。
俺はオペ室へ向かった。
オペ自体は上手く行ったが、まだ意識は戻らない。
座礁した頭骨がどこまで脳へ影響しているか分からない。
しばらくは昏睡状態かもしれない。
警察も状況を理解し、意識が回復したら知らせることになっている。
衰弱はしているが、愛らしい顔をした女性だった。
肉体が回復し化粧をすれば、さぞ綺麗な女になるだろう。
しかし、今は生死の境を彷徨っている。
一体どのような理由で、これほど酷い暴行を受けたのか。
性的な暴行は受けていない。
だとすると怨恨か制裁か。
女性に性的な経験が無いことは分かっている。
警察によると、元麻布の路上で発見されたとのことだった。
女性の状態から、うちの病院での高度な施術が必要と判断され搬送された。
場合にもよるが、うちの救急搬送は基本的に高度医療を要する患者が来る。
他にも救急を受け入れている病院はあり、比較的軽度な場合や緊急を要しない場合はそちらへ回る。
俺はしばらく女性の顔を眺めていた。
バイタルも危険を示してはいなかった。
だが、俺は女性を見ていた。
何の理由もない。
ただ、眺めていたかった。
初対面に間違いないはずだが、何となく、懐かしさのようなものを感じていた。
何があったのかは分からないが、哀れに思う。
いつもならそれほど囚われない俺だったが、この女性には同情を禁じ得ない。
そんな自分を持て余してもいた。
「また来ますね」
俺はそう声を掛けて病室を出た。
ナースセンターに近い、重篤な患者が入る個室だ。
何かあれば、ナースがすぐに駆けつける。
ICUが必要なほどではなかったが、予断を許さない。
俺はナースたちにも声を掛け、巡回の他にも時々様子を見て欲しいと頼んだ。
帰りがけに、響子の部屋へ寄った。
念のためにマリーンが護衛に付いている。
「寝てますよ」
「そうか。ちょっとだけ寝顔を見て帰るよ」
廊下に立っていた二人のマリーンが俺に微笑んでいた。
響子はいつものように眠っていた。
俺は起こさないように寝顔だけ見て帰った。
「テトラ」の件は早く片付けたい。
俺は、この事件が思わぬ終結を迎えることをまだ知らなかった。
俺はハーレーダビッドソンに響子を乗せて走っていた。
昼食前のちょっとした時間のドライブだ。
高速ではなく、六本木方面をゆっくりと回った。
唐突に「圧」を感じた。
落ち着いてハーレーを操る。
50センチ前方のアスファルトが大きく弾けた。
響子は気付いていない。
結構な距離から狙撃された。
1キロ先だ。
対物ライフルでの攻撃だった。
「槍雷」で仕留めることは出来るが、それだけ離れていると被害も拡がる。
追えば響子が攻撃される。
他にも狙っている者がいるのを感じていた。
俺の僅かな隙を衝いてそいつらが攻撃して来る。
(他に3人か)
「どうしたの、タカトラ?」
「何でもない。そろそろ帰るか」
「うん!」
俺は放置を決めた。
それほどの脅威の連中ではないと判断した。
俺は響子を部屋に送ってから、斬に電話した。
「さっき、対物ライフルで攻撃された」
「そうか」
「1キロ先からだ。まあまあの腕だな」
「そうか」
「他に三人が狙っていた」
「そうか」
「調べられるか?」
「分かった」
軍人ではない。
俺はそう感じていた。
暗殺のプロだ。
軍人であれば、もっと強い攻撃を仕掛けて来る。
俺の隙を狙うようなやり方ではない。
今回の連中は、攻撃力で俺を殺そうと考えていない。
今日は俺の動き方を見るためのものだった。
翌日の朝。
オペの資料を読んでいると、斬から連絡が来た。
「分かったのか?」
「ああ。こっちの網に引っ掛かったんで一応な」
「何だ?」
「殺し屋だ。お前が的になった」
「へー」
そんなこともあるだろう。
「お前が潰した稲城会の組だ」
「まだ凝りてねぇのか」
「自分たちじゃ無理だからな。殺し屋を雇った」
「そんな連中がいるんだ」
「いるさ。専門に受ける所がある」
やはり、考えていた通りだった。
「どんな奴だ?」
「「テトラ」という連中だ」
「複数なのか」
「そうだ。これまでしくじったことは無い」
「そうか」
「お前なら食い千切るだろうがな。でも今までの奴らとは違うぞ」
「専門家ってことか?」
「そうだ。お前もそういうのは相手にしたことが無いだろう」
「そうだな」
「四六時中、お前は狙われる」
「そうだな」
「気を抜くな」
「分かった」
「今までのことで分かった限りを送る。目を通しておけ」
「ありがとうな」
「ふん!」
電話が切れた。
メールが来ている。
俺と違ってコンピューターのことは詳しい。
ちょっと悔しい。
「テトラ」
数字の「4」を意味する。
昨日襲ったのも四人だった。
四人兄弟。
姉、兄、妹二人。
ある施設が暗殺者を養成していたらしい。
そこで幼い頃から徹底的に鍛え上げられた。
兄弟であるために、連携が優れている。
それは昨日の襲撃でも多少は分かる。
一流では無いが。
これまでは上手くやって来たらしい。
主にヤクザ相手だが、確実に依頼をこなしてきた。
やり方は様々だ。
狙撃、近接での襲撃、爆破、毒、様々な方法で暗殺を実行している。
つまり、俺も様々な方向で防がなければならないということだ。
「やれやれ」
俺はまたオペの資料に目を戻した。
患者は昨晩搬送された30代の女性だった。
暴行を加えられており、複数個所の骨折と内臓破裂。
脊髄に損傷があり、頭部の座礁もあった。
酷く衰弱しており、オペに耐えるまで点滴で一定基準まで回復させる必要があった。
身元を示すものは何もなく、本人の意識も無かった。
俺はオペ室へ向かった。
オペ自体は上手く行ったが、まだ意識は戻らない。
座礁した頭骨がどこまで脳へ影響しているか分からない。
しばらくは昏睡状態かもしれない。
警察も状況を理解し、意識が回復したら知らせることになっている。
衰弱はしているが、愛らしい顔をした女性だった。
肉体が回復し化粧をすれば、さぞ綺麗な女になるだろう。
しかし、今は生死の境を彷徨っている。
一体どのような理由で、これほど酷い暴行を受けたのか。
性的な暴行は受けていない。
だとすると怨恨か制裁か。
女性に性的な経験が無いことは分かっている。
警察によると、元麻布の路上で発見されたとのことだった。
女性の状態から、うちの病院での高度な施術が必要と判断され搬送された。
場合にもよるが、うちの救急搬送は基本的に高度医療を要する患者が来る。
他にも救急を受け入れている病院はあり、比較的軽度な場合や緊急を要しない場合はそちらへ回る。
俺はしばらく女性の顔を眺めていた。
バイタルも危険を示してはいなかった。
だが、俺は女性を見ていた。
何の理由もない。
ただ、眺めていたかった。
初対面に間違いないはずだが、何となく、懐かしさのようなものを感じていた。
何があったのかは分からないが、哀れに思う。
いつもならそれほど囚われない俺だったが、この女性には同情を禁じ得ない。
そんな自分を持て余してもいた。
「また来ますね」
俺はそう声を掛けて病室を出た。
ナースセンターに近い、重篤な患者が入る個室だ。
何かあれば、ナースがすぐに駆けつける。
ICUが必要なほどではなかったが、予断を許さない。
俺はナースたちにも声を掛け、巡回の他にも時々様子を見て欲しいと頼んだ。
帰りがけに、響子の部屋へ寄った。
念のためにマリーンが護衛に付いている。
「寝てますよ」
「そうか。ちょっとだけ寝顔を見て帰るよ」
廊下に立っていた二人のマリーンが俺に微笑んでいた。
響子はいつものように眠っていた。
俺は起こさないように寝顔だけ見て帰った。
「テトラ」の件は早く片付けたい。
俺は、この事件が思わぬ終結を迎えることをまだ知らなかった。
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