1,045 / 2,840
オーロラの彼方へ
しおりを挟む
2月初旬の月曜日。
俺は広報の人間の訪問を受けていた。
「石神部長。今年もやりますからね!」
そろそろ来る頃だと思っていた。
バレンタインデーだ。
「準備はばっちりです。各所への伝達も……」
「ちょっと待ってくれ」
「なんですか?」
「あのさ、去年のことは君らも知ってるじゃない」
「ええ」
「そこで考えたんだけどさ」
「はい」
「チョコレートを上げるのは自由だよな?」
「そりゃそうですね」
「だったらさ。拒否する権利っていうのもあるんじゃないかな?」
「は?」
広報の二人が顔を見合わせる。
「あのよ! 俺は去年2万近いチョコを貰ったんだよ! 幾ら何でも困る!」
「そう仰られてもですね」
「死ぬぞ?」
「だから食べてないですよね」
「貰ったチョコレートを食べないっていうのも問題だよ。だから、今年は俺はチョコレートを受け取らない。そういういうことで宜しく!」
広報の二人が俺を睨む。
「石神先生」
「あんだよ」
「そういうことはもっと早く言って下さいよ!」
「あ?」
「準備は終わってるって言いましたよね!」
「え」
「メーカーに交渉して、特別に増産してもらって安価に卸してもらってるんです! 5万個!」
「おい! 増えてるじゃねぇか!」
「しかも、今年は「ハッピーくじ」制度を取り入れてですね!」
「なんだよ、そりゃ!」
「1%の確率で、巨大チ〇ルチョコが配れるようにしました」
「おい!」
「それもメーカーさんにお願いしたんですよ!」
「何やってんだ!」
ちょっと押し問答になったが、結局俺が言い出すのが遅すぎた。
来年は話し合うということで、今年は昨年と同じ「一人一個」という形式で行うことになった。
俺は部下たちに一人3箱だと厳命した。
「一日5個以上は喰うな。身体を大事にな!」
「……」
家に帰り、夕飯後に子どもたちを集めて打ち合わせた。
「去年は1万8千以上集まったんだ。「紅六花」10、斬と岡庭に5ずつ、「薔薇乙女」3,蓮花と便利屋に1ずつ。それで家に2箱持ち帰った」
「凄いですよね」
柳が言う。
「しばらくみんなで喰ってたよな」
みんな思い出して頷く。
「それで今年は何故か分からんが、全部で5万発注したそうだ。だから倍は来るかもしれん」
「「人生研究会」で5箱くらいは受けますよー!」
ルーが言った。
「おう! 助かるぜ!」
「最近、近隣の中学高校を傘下に置いてますので、そのくらいは捌けるかと。1000個ですよね?」
「そうだな」
「わ、私も友達とか……」
俺は慌てて亜紀ちゃんの肩に手を置いた。
「悪かった。亜紀ちゃんを傷つけるつもりはねぇんだ」
「えーん!」
亜紀ちゃんは床で怒りの「ぐるぐる横回転」をした。
皇紀も柳も宛はなかった。
「実家に送りましょうか?」
「いや、御堂家のみなさんに余り物を渡したくねぇ」
「やっぱ」
「ロックハート家のみなさんなら」
「アメリカに食べ物を送るのは面倒なんだよ」
「そうですかー」
アイデアを出し合った。
「クロピョン」
「捨てるのと同じだろう」
「地獄道」
ハーを引っぱたいた。
「れい……」
「だからその名前を言うな!」
ルーを引っぱたいた。
まあ、事情を話して2箱くらいはいけるか。
「あ! 梅田精肉店さんは?」
ハーが言う。
「そうだなぁ。風花に聞いてみるか」
「長野のスーパー!」
柳が言う。
「そうだな。お世話になってるし、送りたいな」
「乾さんは?」
亜紀ちゃんだ。
「店の人はそんなに多くないけどな。よく小学生とか来るから配れるかもな。聞いてみよう」
幾つか宛が増えて、昨年送った所へ数を増せば何とかなりそうだった。
バレンタインデー当日。
出勤すると、院長が呼んでいると言われた。
「石神、入ります!」
院長がニコニコしている。
「おい! 今年は俺は20個も貰ったんだぞ!」
「そうですか!」
「うん!」
それだけだった。
部屋を出る時に、秘書から「ご苦労様でした」と言われた。
まあ、君らもな。
専用のダンボールを買っていた。
一応200箱。
一つに200個入るサイズで作った。
去年同様に第一外科部の廊下に置き、斎藤と山岸を係にして詰め込みと運搬をさせた。
引っ切り無しで仕事にならねぇ。
昼過ぎに広報に確認に行った。
「去年は傘下の病院まで含めて2万程度だっただろう? 何で今年は倍以上になってんだ?」
そう聞いている間にもチョコレートを受け取りに来た人間から直接手渡される。
「今年は猶予を持って準備出来ましたからね! 徹底して周知できましたから」
「がんばってるね」
「はい! 去年の記録更新を狙ってます!」
「そうなんだ」
去年は電話で代行だったが、今年はネットで簡単に受注できるそうで、経理システムを連動して使っているそうだ。
「集計もあっという間ですよ!」
「へぇー」
広報の人間たちが燃えていた。
「ところでさ。午前中で俺の所に4万近く来てるんだ。もうそろそろ終わりなのかな?」
「いいえ」
「え?」
「我々も出来るだけ希望に沿うために、事前予約を受け付けていたんです。当日急にってこの仕事は多いじゃないですか」
「まあ、そりゃそうか」
「だから事前に予約して、当日来れれば渡しますが、そうでない場合にもちゃんと石神先生の所へ」
「俺だけじゃねぇだろう!」
「そうしたらですね。予想以上に予約が入って。それでメーカーに追加発注しました」
「ど、どれほど?」
「さらに5万」
「……」
俺もダンボール箱を追加発注した。
結果、俺の所に93246個が来た。
広報と秘書課が大喜びだった。
「おい、おかしいだろ、これ!」
「はい。急に外来が当日殺到しまして」
「なんだと!」
「「ネットバー・ぷろとんさん」で」
「!」
「全国の傘下の病院に押し掛け、このような数に」
「……」
一江に屋上からバンジージャンプをさせた。
俺はターナー少将にでかい輸送機で来るように言った。
横田で8トントラックの荷物を引き渡した。
子どもたちが怪力でどんどん積み込んだ。
「タイガー、中身はなんだ?」
「チョコレート」
「え?」
「みんなで食べて」
「なに?」
「そういうことだから。もう積み込んじゃったから」
「おい」
「栞に宜しくな! 生まれたらまた行くからって」
「あ、ああ」
「栞ならこの荷物も分かるから」
「そ、そうなんだ」
「うん」
ターナー少将は不審そうな顔をしていたが、俺たちはとっとと帰った。
後日、栞が爆笑していたと、皇紀通信でターナー少将が教えてくれた。
ターナー少将が乗った輸送機は、丁度オーロラの中を着陸したそうだ。
とても美しかった、と。
どうでもいいが。
俺は広報の人間の訪問を受けていた。
「石神部長。今年もやりますからね!」
そろそろ来る頃だと思っていた。
バレンタインデーだ。
「準備はばっちりです。各所への伝達も……」
「ちょっと待ってくれ」
「なんですか?」
「あのさ、去年のことは君らも知ってるじゃない」
「ええ」
「そこで考えたんだけどさ」
「はい」
「チョコレートを上げるのは自由だよな?」
「そりゃそうですね」
「だったらさ。拒否する権利っていうのもあるんじゃないかな?」
「は?」
広報の二人が顔を見合わせる。
「あのよ! 俺は去年2万近いチョコを貰ったんだよ! 幾ら何でも困る!」
「そう仰られてもですね」
「死ぬぞ?」
「だから食べてないですよね」
「貰ったチョコレートを食べないっていうのも問題だよ。だから、今年は俺はチョコレートを受け取らない。そういういうことで宜しく!」
広報の二人が俺を睨む。
「石神先生」
「あんだよ」
「そういうことはもっと早く言って下さいよ!」
「あ?」
「準備は終わってるって言いましたよね!」
「え」
「メーカーに交渉して、特別に増産してもらって安価に卸してもらってるんです! 5万個!」
「おい! 増えてるじゃねぇか!」
「しかも、今年は「ハッピーくじ」制度を取り入れてですね!」
「なんだよ、そりゃ!」
「1%の確率で、巨大チ〇ルチョコが配れるようにしました」
「おい!」
「それもメーカーさんにお願いしたんですよ!」
「何やってんだ!」
ちょっと押し問答になったが、結局俺が言い出すのが遅すぎた。
来年は話し合うということで、今年は昨年と同じ「一人一個」という形式で行うことになった。
俺は部下たちに一人3箱だと厳命した。
「一日5個以上は喰うな。身体を大事にな!」
「……」
家に帰り、夕飯後に子どもたちを集めて打ち合わせた。
「去年は1万8千以上集まったんだ。「紅六花」10、斬と岡庭に5ずつ、「薔薇乙女」3,蓮花と便利屋に1ずつ。それで家に2箱持ち帰った」
「凄いですよね」
柳が言う。
「しばらくみんなで喰ってたよな」
みんな思い出して頷く。
「それで今年は何故か分からんが、全部で5万発注したそうだ。だから倍は来るかもしれん」
「「人生研究会」で5箱くらいは受けますよー!」
ルーが言った。
「おう! 助かるぜ!」
「最近、近隣の中学高校を傘下に置いてますので、そのくらいは捌けるかと。1000個ですよね?」
「そうだな」
「わ、私も友達とか……」
俺は慌てて亜紀ちゃんの肩に手を置いた。
「悪かった。亜紀ちゃんを傷つけるつもりはねぇんだ」
「えーん!」
亜紀ちゃんは床で怒りの「ぐるぐる横回転」をした。
皇紀も柳も宛はなかった。
「実家に送りましょうか?」
「いや、御堂家のみなさんに余り物を渡したくねぇ」
「やっぱ」
「ロックハート家のみなさんなら」
「アメリカに食べ物を送るのは面倒なんだよ」
「そうですかー」
アイデアを出し合った。
「クロピョン」
「捨てるのと同じだろう」
「地獄道」
ハーを引っぱたいた。
「れい……」
「だからその名前を言うな!」
ルーを引っぱたいた。
まあ、事情を話して2箱くらいはいけるか。
「あ! 梅田精肉店さんは?」
ハーが言う。
「そうだなぁ。風花に聞いてみるか」
「長野のスーパー!」
柳が言う。
「そうだな。お世話になってるし、送りたいな」
「乾さんは?」
亜紀ちゃんだ。
「店の人はそんなに多くないけどな。よく小学生とか来るから配れるかもな。聞いてみよう」
幾つか宛が増えて、昨年送った所へ数を増せば何とかなりそうだった。
バレンタインデー当日。
出勤すると、院長が呼んでいると言われた。
「石神、入ります!」
院長がニコニコしている。
「おい! 今年は俺は20個も貰ったんだぞ!」
「そうですか!」
「うん!」
それだけだった。
部屋を出る時に、秘書から「ご苦労様でした」と言われた。
まあ、君らもな。
専用のダンボールを買っていた。
一応200箱。
一つに200個入るサイズで作った。
去年同様に第一外科部の廊下に置き、斎藤と山岸を係にして詰め込みと運搬をさせた。
引っ切り無しで仕事にならねぇ。
昼過ぎに広報に確認に行った。
「去年は傘下の病院まで含めて2万程度だっただろう? 何で今年は倍以上になってんだ?」
そう聞いている間にもチョコレートを受け取りに来た人間から直接手渡される。
「今年は猶予を持って準備出来ましたからね! 徹底して周知できましたから」
「がんばってるね」
「はい! 去年の記録更新を狙ってます!」
「そうなんだ」
去年は電話で代行だったが、今年はネットで簡単に受注できるそうで、経理システムを連動して使っているそうだ。
「集計もあっという間ですよ!」
「へぇー」
広報の人間たちが燃えていた。
「ところでさ。午前中で俺の所に4万近く来てるんだ。もうそろそろ終わりなのかな?」
「いいえ」
「え?」
「我々も出来るだけ希望に沿うために、事前予約を受け付けていたんです。当日急にってこの仕事は多いじゃないですか」
「まあ、そりゃそうか」
「だから事前に予約して、当日来れれば渡しますが、そうでない場合にもちゃんと石神先生の所へ」
「俺だけじゃねぇだろう!」
「そうしたらですね。予想以上に予約が入って。それでメーカーに追加発注しました」
「ど、どれほど?」
「さらに5万」
「……」
俺もダンボール箱を追加発注した。
結果、俺の所に93246個が来た。
広報と秘書課が大喜びだった。
「おい、おかしいだろ、これ!」
「はい。急に外来が当日殺到しまして」
「なんだと!」
「「ネットバー・ぷろとんさん」で」
「!」
「全国の傘下の病院に押し掛け、このような数に」
「……」
一江に屋上からバンジージャンプをさせた。
俺はターナー少将にでかい輸送機で来るように言った。
横田で8トントラックの荷物を引き渡した。
子どもたちが怪力でどんどん積み込んだ。
「タイガー、中身はなんだ?」
「チョコレート」
「え?」
「みんなで食べて」
「なに?」
「そういうことだから。もう積み込んじゃったから」
「おい」
「栞に宜しくな! 生まれたらまた行くからって」
「あ、ああ」
「栞ならこの荷物も分かるから」
「そ、そうなんだ」
「うん」
ターナー少将は不審そうな顔をしていたが、俺たちはとっとと帰った。
後日、栞が爆笑していたと、皇紀通信でターナー少将が教えてくれた。
ターナー少将が乗った輸送機は、丁度オーロラの中を着陸したそうだ。
とても美しかった、と。
どうでもいいが。
2
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる