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オーロラの彼方へ

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 2月初旬の月曜日。
 俺は広報の人間の訪問を受けていた。

 「石神部長。今年もやりますからね!」

 そろそろ来る頃だと思っていた。
 バレンタインデーだ。

 「準備はばっちりです。各所への伝達も……」
 「ちょっと待ってくれ」
 「なんですか?」
 「あのさ、去年のことは君らも知ってるじゃない」
 「ええ」
 「そこで考えたんだけどさ」
 「はい」
 「チョコレートを上げるのは自由だよな?」
 「そりゃそうですね」
 「だったらさ。拒否する権利っていうのもあるんじゃないかな?」
 「は?」

 広報の二人が顔を見合わせる。

 「あのよ! 俺は去年2万近いチョコを貰ったんだよ! 幾ら何でも困る!」
 「そう仰られてもですね」
 「死ぬぞ?」
 「だから食べてないですよね」
 「貰ったチョコレートを食べないっていうのも問題だよ。だから、今年は俺はチョコレートを受け取らない。そういういうことで宜しく!」

 広報の二人が俺を睨む。

 「石神先生」
 「あんだよ」
 「そういうことはもっと早く言って下さいよ!」
 「あ?」
 「準備は終わってるって言いましたよね!」
 「え」
 「メーカーに交渉して、特別に増産してもらって安価に卸してもらってるんです! 5万個!」
 「おい! 増えてるじゃねぇか!」
 「しかも、今年は「ハッピーくじ」制度を取り入れてですね!」
 「なんだよ、そりゃ!」
 「1%の確率で、巨大チ〇ルチョコが配れるようにしました」
 「おい!」
 「それもメーカーさんにお願いしたんですよ!」
 「何やってんだ!」

 ちょっと押し問答になったが、結局俺が言い出すのが遅すぎた。
 来年は話し合うということで、今年は昨年と同じ「一人一個」という形式で行うことになった。
 俺は部下たちに一人3箱だと厳命した。

 「一日5個以上は喰うな。身体を大事にな!」
 「……」





 家に帰り、夕飯後に子どもたちを集めて打ち合わせた。

 「去年は1万8千以上集まったんだ。「紅六花」10、斬と岡庭に5ずつ、「薔薇乙女」3,蓮花と便利屋に1ずつ。それで家に2箱持ち帰った」
 「凄いですよね」

 柳が言う。

 「しばらくみんなで喰ってたよな」

 みんな思い出して頷く。

 「それで今年は何故か分からんが、全部で5万発注したそうだ。だから倍は来るかもしれん」
 「「人生研究会」で5箱くらいは受けますよー!」
 
 ルーが言った。

 「おう! 助かるぜ!」
 「最近、近隣の中学高校を傘下に置いてますので、そのくらいは捌けるかと。1000個ですよね?」
 「そうだな」

 「わ、私も友達とか……」

 俺は慌てて亜紀ちゃんの肩に手を置いた。

 「悪かった。亜紀ちゃんを傷つけるつもりはねぇんだ」
 「えーん!」

 亜紀ちゃんは床で怒りの「ぐるぐる横回転」をした。

 皇紀も柳も宛はなかった。

 「実家に送りましょうか?」
 「いや、御堂家のみなさんに余り物を渡したくねぇ」
 「やっぱ」

 「ロックハート家のみなさんなら」
 「アメリカに食べ物を送るのは面倒なんだよ」
 「そうですかー」

 アイデアを出し合った。

 「クロピョン」
 「捨てるのと同じだろう」
 
 「地獄道」
 ハーを引っぱたいた。

 「れい……」
 「だからその名前を言うな!」
 ルーを引っぱたいた。
 まあ、事情を話して2箱くらいはいけるか。

 「あ! 梅田精肉店さんは?」
 ハーが言う。
 
 「そうだなぁ。風花に聞いてみるか」

 「長野のスーパー!」
 柳が言う。
  
 「そうだな。お世話になってるし、送りたいな」

 「乾さんは?」
 亜紀ちゃんだ。

 「店の人はそんなに多くないけどな。よく小学生とか来るから配れるかもな。聞いてみよう」

 幾つか宛が増えて、昨年送った所へ数を増せば何とかなりそうだった。




 バレンタインデー当日。
 出勤すると、院長が呼んでいると言われた。
 
 「石神、入ります!」
 
 院長がニコニコしている。

 「おい! 今年は俺は20個も貰ったんだぞ!」
 「そうですか!」
 「うん!」

 それだけだった。
 部屋を出る時に、秘書から「ご苦労様でした」と言われた。
 まあ、君らもな。


 専用のダンボールを買っていた。
 一応200箱。
 一つに200個入るサイズで作った。

 去年同様に第一外科部の廊下に置き、斎藤と山岸を係にして詰め込みと運搬をさせた。
 引っ切り無しで仕事にならねぇ。
 昼過ぎに広報に確認に行った。

 「去年は傘下の病院まで含めて2万程度だっただろう? 何で今年は倍以上になってんだ?」

 そう聞いている間にもチョコレートを受け取りに来た人間から直接手渡される。

 「今年は猶予を持って準備出来ましたからね! 徹底して周知できましたから」
 「がんばってるね」
 「はい! 去年の記録更新を狙ってます!」
 「そうなんだ」

 去年は電話で代行だったが、今年はネットで簡単に受注できるそうで、経理システムを連動して使っているそうだ。

 「集計もあっという間ですよ!」
 「へぇー」

 広報の人間たちが燃えていた。

 「ところでさ。午前中で俺の所に4万近く来てるんだ。もうそろそろ終わりなのかな?」
 「いいえ」
 「え?」
 「我々も出来るだけ希望に沿うために、事前予約を受け付けていたんです。当日急にってこの仕事は多いじゃないですか」
 「まあ、そりゃそうか」
 「だから事前に予約して、当日来れれば渡しますが、そうでない場合にもちゃんと石神先生の所へ」
 「俺だけじゃねぇだろう!」

 「そうしたらですね。予想以上に予約が入って。それでメーカーに追加発注しました」
 「ど、どれほど?」
 「さらに5万」
 「……」

 俺もダンボール箱を追加発注した。





 結果、俺の所に93246個が来た。
 広報と秘書課が大喜びだった。
 
 「おい、おかしいだろ、これ!」
 「はい。急に外来が当日殺到しまして」
 「なんだと!」
 「「ネットバー・ぷろとんさん」で」
 「!」

 「全国の傘下の病院に押し掛け、このような数に」
 「……」

 一江に屋上からバンジージャンプをさせた。






 俺はターナー少将にでかい輸送機で来るように言った。
 横田で8トントラックの荷物を引き渡した。
 子どもたちが怪力でどんどん積み込んだ。

 「タイガー、中身はなんだ?」
 「チョコレート」
 「え?」
 「みんなで食べて」
 「なに?」
 「そういうことだから。もう積み込んじゃったから」
 「おい」
 「栞に宜しくな! 生まれたらまた行くからって」
 「あ、ああ」
 「栞ならこの荷物も分かるから」
 「そ、そうなんだ」
 「うん」

 ターナー少将は不審そうな顔をしていたが、俺たちはとっとと帰った。






 後日、栞が爆笑していたと、皇紀通信でターナー少将が教えてくれた。
 ターナー少将が乗った輸送機は、丁度オーロラの中を着陸したそうだ。
 とても美しかった、と。

 どうでもいいが。
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