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復讐(臭)鬼

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 俺の名前は「雲国斎下呂太郎」。
 漬物の妖怪だ。
 人間が放置して物凄い臭いになった漬物から俺は生まれた。
 漬物は大事にしろ、人間よ。

 俺ははっきり言って臭い。
 人間だけではなく、他の妖怪からも嫌われている。
 一時は俺自身も悩み、牛乳に浸かってみたり、ハーブなどをガンガン食べてみたりもした。
 一層臭くなったのでやめた。

 温泉に入ってみたこともある。
 温泉が汚染され、一つの町が潰れた。
 しばらくそこで身を潜めていた。

 だが、長い年月を経て俺は嫌われるだけではなく、強い力を持つようにもなった。
 俺を見掛けると離れるようにと攻撃して来た妖怪たちも、俺に敵わなくなっていった。
 俺のあまりに臭い身体が、俺自身を鍛え上げたのだと、随分と経ってから気付いた。
 それほど強ければ眷属を集めるものなのだが、生憎俺の傍には誰もいられなかった。
 そこにいるだけで動植物を死なせてしまうので、俺は山奥の岩場で過ごすことが多かった。
 たまに山を下りると大惨事になり、俺は動かなくなった。
 自分を好む者がいないことが分かっても、俺は無下に命を奪うことをしたく無かった。



 いつの日か、こんな俺にも話し相手になってくれる者が出来る。
 そう信じ続けた。
 長い年月を、その望みだけを抱いて過ごした。
 俺にはそれしか無かったので、その思いを捨てることは無かった。



 俺はそのうちに空を飛べるようになった。
 地上を行けば多くの者を死なせてしまう。
 そのことが、俺を飛べるようにした。
 俺は地上に近づかないように注意しながら、様々な場所に出掛けるようになった。
 それでも一か所に留まると大変なことになったので、俺は移動を続けながら、また山の岩場に戻った。
 そして、ついに見つけた!
 俺の永遠の友!
 「カルマンベール」よ!



 俺は飛行中に、臭い臭いを嗅いだ。
 自分自身とは違う臭さだ。
 同じ空中を移動する、直径50センチほどの丸い円盤を見つけた。
 そいつから物凄い臭さが来た。

 「おい、お前臭いな」
 「君も相当だね」

 俺は自分の岩場へそいつを導き、話をした。
 誰かと話すのは本当に久しぶりだった。

 「俺は雲国斎下呂太郎」
 「僕はカルマンベール」

 お互いにその強烈な臭さで、同じ悩みを抱いていることがすぐに分かった。
 俺たちはたちまち意気投合した。
 お互いの臭さには必死で耐えた。
 臭さよりも大事なことがある。
 長い時間はそれでも無理だったが、俺たちは我慢しながら、よく会い、よく話をした。

 「どうにかこの臭いを消すために、随分と努力したんだ」
 「僕もだよ! ああ、親友!」

 一度抱き合って、もう二度とやめようと二人で話し合った。

 俺たちは離れていても会話が出来るように、テレパシーを習得した。
 大変難しいことだったが、俺たちには時間は十分にあり、何よりも友情があった。
 テレパシーを使えるようになっても、俺たちは互いの顔を見ながら話したがった。
 
 「今日も臭いな、親友!」
 「君も相当だね、親友!」

 俺たちは笑って、そういう挨拶をした。
 俺はもう寂しくはなかった。
 そうではない。
 カルマンベールと話すようになり、昔は寂しかったのだと初めて気付いた。
 俺は「幸福」というものを初めて知った。



 カルマンベールも、生まれた場所をその臭さで追い出されたようだ。
 俺と同じく移動のために飛行を身に着け、遠いここまでやって来た。
 広大な海を渡り、渡り鳥の群れが臭さで死に、その死体が海の魚を殺したそうだ。

 「地獄のようだったよ」
 「そうかー」

 俺も散々そのような目に遭っているので、カルマンベールの心痛はよく分かった。
 俺たちは決して他の生物を死なせたくはないのだ。
 臭いだけだ。

 「前にさ、俺のことを「ウンコより臭い」って言われた。あれはショックだったなー」
 「分かる分かる! 僕も「ウンコが腐った臭い」って言われた。もう死にたかったよ」
 「ウンコの妖怪でもいれば、こんな話は出来ないけどな」
 「そうだね。いたら友達になろう!」
 「そうだな!」

 俺たちは互いの優しさを知っている。
 大事な親友だった。





 しかし、突然、別れがやって来た。
 ある日、俺は親友カルマンベールの断末魔をテレパシーで聞いた。

 《ギャーーーーーーーー! なんでぇーーーーーーー!》

 親友は残酷に殺された。
 俺は泣き叫んで親友の名を呼んだ。
 親友はあまりの激痛のためか、俺に応えることは無かった。

 親友カルマンベールは死んだ。
 俺は復讐を誓った!
 絶対に許しはしない!



 俺は飛行し、カルマンベールの臭いを探した。
 あいつは言っていた。

 「東京の方でね、異常にウンコが多い家があるみたいなんだ」
 「そうなのか」
 「うん。僕、ちょっと行ってみるよ。もしかしたらウンコの妖怪がいるかも」
 「いたらいいな」
 「任せて!」

 俺は東京に向かった。
 そしてようやく親友カルマンベールの臭いを見つけた。

 

 庭に、その家の住人らしい人間の姿があった。

 「亜紀ちゃん、まだ臭いな」
 「相当ですよね!」
 「何とかならんかなー」
 「消臭剤が全然効きませんよ!」

 俺はその人間たちの前に降り立った。
 岩場以外で地上に降りたのも久しぶりだった。

 「おい! なんだこいつ!」
 「グゥェェェェェ!」

 二人は驚いて離れる。
 しかし、そんじょそこらの距離では俺の臭さはかわせないぜ!

 「てめぇ! 何モンだ!」

 《俺の名前は「雲国斎下呂太郎」だ。お前らが俺の親友カルマンベールを殺したのか》

 「亜紀ちゃん! テレパシーだ!」
 「ヴァイ!」

 女は口と鼻を手で覆っていた。
 無駄無駄無駄無駄ぁ!

 《俺は長い年月で強大な力を手に入れた。今日こそはお前らに使ってやる! 覚悟しろ!》

 「クロピョン! タマ! タヌ吉!」

 男が涙を零しながら叫んだ。
 目の粘膜もやられているのだろう。
 ざまぁ。

 男が叫ぶと、三体の妖怪が現われた。
 ふん、俺に敵う者など滅多には……
 いた。

 「早く始末しろ!」

 信じられない強大さだった。
 俺はそこそこに強いつもりだった。
 しかし、こいつらは次元が違う。

 《俺は悪い妖怪ではないぞ?》

 「クセェんだよ!」

 突然、目の前に空間が開いた。
 イヤだ、あんな場所に入りたくない、絶対!

 「主が言ってる。早く入れ」

 後ろから着物姿の女に蹴られた。
 
 《ギャーーーーーーーー! なんでぇーーーーーーー!》 

 俺は消えた。





 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「ドワァー! 死ぬかと思ったぜ!」
 「タカさん、私も!」

 俺はまだ痛む目を揉んだ。

 「チーズ野郎も相当だったが、後から来た奴はまた凄かったな!」
 「はい! ウンコより臭かったです!」
 「まったくだ!」

 タヌ吉が俺を見ていた。

 「おう! ご苦労!」
 「主様」
 
 タヌ吉が言った。

 「また一段と「地獄道」が酷いことになりました」
 「そうか?」
 「はい。これほどの臭さは、新たに中の者を苦しめています」
 「どうでもいいじゃないか」
 「はい」

 「主、俺の足に臭いがついた気がする」
 「すぐに洗えよ! お前臭ううちは家の中に入るなよ!」
 「分かった」

 タヌ吉もタマもご苦労さんだ。

 「でもタマの臭いは洗って落ちるのか?」
 「再構成する。それで大丈夫だろう」
 「なるほどな!」

 四人で笑った。
 心なし、クロピョンも笑っている気がする。
 どういう技か、クロピョンが残った臭いもウッドデッキに染みついた臭いも消してくれた。
 タマの足の臭いも取ってくれる。
 俺は亜紀ちゃんに紅茶とクッキーを持って来るように言った。
 ウッドデッキのテーブルで、みんなでお茶にした。




 ちょっとまだ臭う気がしたので、亜紀ちゃんと風呂に入り、お互いを一生懸命に洗った。 
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