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道間麗星という女

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 「石神さまー!!!」

 麗星が門を開けて待っていた。
 京都市内に入っても、一江顔面のお陰で俺に不調は無かった。

 車を降りて挨拶する。

 「麗星さん、この度は急に面倒をお掛けしまして」
 「いいえー! わたくしの石神様のためですから! いつまでも御逗留下さいませ」

 今日は俺の呼び方を言い直さない。
 ホームだからだ。

 「アハハハ。用事を済ませたら帰りますって」
 「ではせめて、わたくしに子どもが出来るまでは」
 「相変わらず麗星さんは面白いなー」
 「オホホホホ!」

 一江が俺の腕を掴んだ。

 「あの、部長。私のことを」
 「あー! 麗星さん、こいつは一江陽子です。俺の右腕の部下です」
 「まあ、そうですか。楽しいお顔の方ですね!」
 「え、あの!」
 「まったく仰る通りで。暗いとこだと気持ち悪いんですけどね」
 「オホホホホ!」

 「……」

 車を駐車場へ入れ、母屋に案内された。
 俺たちの荷物は玄関で待っていた道間家の人間によって部屋に運ばれた。
 俺と一江は、以前に通された食堂へ行く。
 五平所たちが待っていた。

 「ようこそ、石神様」
 「五平所さん、お久しぶりです。いろいろ大変でしたね」
 「ワハハハハハハ!」

 大笑いし、俺たちに座るように言った。
 茶を頂く。
 茶菓子は和菓子で、寒天の中に金箔と色とりどりの花びらを模した小さな餡が入っている。
 お互いの近況を話した。
 麗星が五平所を呼んで耳打ちした。
 
 「お食事を運ばせても宜しいですか?」
 
 麗星が俺に聞いた。
 俺は「お願いします」と応えた。
 すぐに、豪華な食事が運ばれてくる。
 京懐石だ。

 一江の前にカップラーメンとポットが置かれた。

 「……」

 「冗談ですわよ!」
 
 麗星が笑ってちゃんとした食事が出された。
 俺とは違う。

 「一江さんには薬膳をご用意いたしました。少々お疲れのようですので」
 「ありがとうございます」

 「石神様にはまた別な薬膳でございます」

 俺にも、俺のためになる食事が用意されたということだろう。
 「そのようにした」ということを、一江へのジョークで示したのだ。
 普通ならば同じ食事を振る舞うが、俺たちのために最高の食事にしたということだ。
 少食の一江が、美味しいといいながら、沢山あった膳を全部食べつくした。
 俺には麗星が付ききりで給仕をしてくれた。





 「お話は、湯あみの後で御酒を飲みながらでも宜しいですか?」
 「はい、そのようにして下さい」

 俺と一江は風呂を頂いた。
 もちろん別の場所だ。

 浴場に入ると、脱衣所で大きな声が聞こえた。

 「お前たち! 何をするのです!」
 「お屋形様こそ! 石神様にご迷惑です! それに下着を顔から離しなさい!」
 「わたくしは今日こそ契りを!」
 「このバカ当主!」
 「あ、待て! その縄はぁー!」
 「早く連れて行け!」
 「「は!」」

 俺は笑いながら身体を洗おうとした。
 五平所が入って来た。
 白い襦袢だ。

 「石神さん、お背中を御流しします」
 「いや、結構ですよ」
 「そうおっしゃらずに」
 「分かりました。でも契りませんよ?」

 五平所は一瞬当惑し、次の瞬間に大笑いした。
 俺を座らせ、背中を丁寧にこすってくれる。

 「石神さんの御身体は凄まじいですね」
 「大丈夫ですか?」
 「何か?」
 「いえ、気分を悪くする人も多いので」
 「ああ! 何を仰いますか。お綺麗な身体ですよ!」
 「そうですか」

 俺は五平所にも一緒に入らないかと誘った。

 「いいえ、今日の湯は石神さんのために用意しましたので」

 調整したということか。
 ならば、異分子になる五平所も遠慮するはずだ。
 五平所は出て行き、俺は一人で湯船に浸かった。
 非常に気持ちの良い風呂だった。
 身体の奥から柔らかな熱が溢れ、全身を覆っているようだった。
 




 風呂から上がると、酒の用意が整っていた。
 熱燗と美味そうな酒肴。

 アワビの甘辛煮は、丁寧に碁盤目に隠し包丁が入り一口大にカットされている。
 京野菜の煮物や炊き合わせ。
 鮎の焼き物はじっくりと仕上げたことが分かり、皮が銀色に輝いている。
 その他豆腐や漬物など。

 酔うために飲むのではなく、料理を楽しみながら酒を味わうためのものだ。

 一江も入って来た。

 「おい、明日の準備はいいのか?」
 「大丈夫ですよ。来る前にとっくに終わってます」
 「そうか」
 「今回は学会なんかより、部長のために京都に来たんですからね」
 「そうかよ」
 「あとは出張手当と新幹線代」
 
 俺は笑って座れと言った。
 麗星が五平所に連れられて来た。

 「お待たせ致しました。縄を解くのに難儀いたしまして」
 「見てみたかったですね」
 「まあ! 宜しければ今夜はそういうプレイで!」

 五平所が麗星の頭をはたいた。

 「私も同席して宜しいですか?」
 「もちろんです」

 配膳をしていた人間が出て行き、四人だけになった。
 まずは酒を注ぎ、乾杯する。

 「最初に念のために確認いたしますが、一江さんには全てをお話ししても構いませんですのね?」
 「はい。こいつは俺の右腕です。こいつの役目は俺に何かあった場合に、俺の後始末をさせることです」
 「!」
 
 一江が驚く。

 「こいつならば、必ず万事上手く収めてくれるでしょう。信頼する部下です」
 「部長!」
 「お前には苦労をかけてばかりだけどな。今までもいろいろと助けてもらっている。ありがとう」
 「部長! そんな! 私こそ部長に!」
 「巻き込んで済まないと思っている。もしも抜けたい時はいつでも言ってくれ。いつでもそうして欲しいと思っているんだ」
 
 一江は涙ぐんでいた。

 「私が抜けるわけないじゃないですか」
 「俺はお前に酷いことばかりしているし言っているだろう」
 「部長がそうやって私のためにやってくれてることは分かってますよ」
 「そうなのか」
 「いつでも私が抜けたいと切り出しやすいようにですよね。誰が言うもんですか」
 「そうか」

 麗星と五平所が微笑んで俺たちを見ていた。

 「お話を伺い、私と五平所もいろいろ調べ考えてみました」
 
 麗星が切り出した。
 麗星には蓮花の研究所で調べたことも伝えている。
 細かな数値などを一部隠してはいるが。

 「石神様が特別なお方であることは確実です。ですが、その御身自身はほぼ人間であることも確かです」
 「ほぼ?」
 「詳しいことは分かりかねます。ですが普通の人間には無い器官がございます」
 「それは?」
 「恐らくは大黒丸のものかと」
 「ああ、試練の時に何かされましたか」

 麗星が俺をじっと見詰めていた。
 麗星は予想外のことを言った。

 「いいえ。それ以前からかと」
 「え?」
 「石神様と大黒丸との縁は、ずっと以前からあったということです」
 「何を……」

 俺は戸惑っていた。
 クロピョンと出会ったのは、別荘でのことだからだ。

 「石神様はお子様の時に何度も死にそうになったと」
 「ええ。実際に何度か心肺が停止したこともありますね。短時間ですが」
 「成人する前に死ぬと言われたとか」
 「その通りです。東大病院の〇〇先生がそう言いました。生理学の権威の方でしたが」
 「それでも、石神様はそうやって生きていらっしゃる。しかも、常人よりも遙かに頑強に」
 「!」

 言われてみれば確かにそうだった。
 中学を卒業する辺りからだったか、俺は高熱は出すが死に掛けることは無くなった。

 「大黒丸が石神様を気に入られ、何かをしたようです」
 「そんな!」
 「わたくし共にははっきりとその痕跡が分かります。医学的にそれがどのように映るのかは存じません。ですが石神様がそれほどまでにお強いのは、大黒丸が施した器官が大きく関わっております」
 「それはどのような器官なのでしょうか?」
 「詳しくは分かりません。ですが、石神様を覆う巨大過ぎるエネルギーを制御するものかと」
 「は?」
 「石神様が子どもの頃に何度も死に掛けたのは、巨大過ぎるエネルギーが身体に負担を掛け過ぎていたせいかと思われます。人間の肉体では到底無理なものだったのでしょう」
 「よく分かりませんが」

 「巨大な炎の柱。そのように、これまで表現されたことがあるはずです」
 「!!」

 「霊的には、それこそ様々なことがございますが。特に竜胆の戦神ですとか」
 「!!!」

 



 麗星という女を見くびっていた。
 それをはっきりと思い知った。
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