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KYOKO DREAMIN XⅠ:side:A

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 スペイン・マドリッド。
 連日の「バイオノイド」による攻勢により、歴史あるこの都市は崩壊しようとしていた。
 参謀本部にいた「虎」の軍の幹部たちは1週間前の襲撃初日に戦死し、曹長階級であった元千万組の川尻が慣れない指揮を執っている。
 まだ市街地には少なくとも数千人の人間が生きているはずだが、救助はおろか、非難させることもできない。
 川尻たち、生き残った「虎」の戦士たちも日を追って少なくなり、今はもう20名ほどになっていた。
 半壊した拠点には、140人の避難民がいる。しかし、このままでは全滅することは確実だった。

 川尻たちは、比較的バイオノイドの活動が少ないマドリッドへ来て、周辺の「虎」の拠点へ住民を移送する役目を負っていた。
 しかし、突然のバイオノイドの軍勢300に襲われ、皇紀システムを備える拠点を持たない川尻たちは緒戦で半数を喪った。
 仮の拠点としていた市内の「サン・ヘロニモ・エル・レアル教会」に誘導した避難民を集め、迎撃しつつ立て籠もっている。

 「川尻さん、ここまでです」

 英語が堪能な東という男が言った。
 東は市街地の生存者に呼びかけ、避難民をここまで誘導する役目を担っていた。
 しかし、バイオノイドは既に市街地まで侵入し、接敵すれば助からない。
 密かに建物を捜索して誘導するやり方は、もう限界だ。

 「通信機器は残ってないか」
 「はい。それに見つかっても通信兵がもういません。俺たちじゃ扱えないですよ」
 「そうか」

 皇紀システムと連動した通信機は、敵に鹵獲された場合を考慮し、特殊な安全装置が内蔵されている。
 訓練を受けた通信兵にしか扱えない。

 「「虎の穴」に救援が頼めれば」
 「ええ。パムッカレは危ういところを救援で助かりましたもんね」
 「あそこは諸見が守ったんだよな」
 「はい。お見事な最期だったと」
 「俺の仲間だったんだ。「千万組」というな。いい男だった。「虎」に心底惚れ抜いて、いつか「虎」のために命を使いたいってなぁ。そればっか言ってたよ」
 「そうですか。俺もお会いしたかったですね」
 「ああ、でも、無口な男でな。会っても何も話せなかっただろうよ」
 「アハハハハ」

 川尻は見張りを除いた15人の「虎」の戦士を招集した。
 何かあればすぐに出動出来るように、入り口に近い部屋で集まる。

 「80人いた仲間も、今はこれだけになった。もう捜索はおろか、集めた避難民を移動させることすら難しい」

 川尻の言葉を、全員が黙って聞いている。
 誰もが絶望していた。

 「これ以上、マドリッドにいることは限界だ。俺は今いる避難民を連れて脱出しようと思う」
 「他の生存者を見捨てるんですか!」
 「口を慎め!」

 一人が反対し、他の人間がそれを押さえつけられた。
 川尻は反対した男へ言った。

 「お前の言う通りだ。俺は生存者を見捨てる。今集まっている避難民ですら守れないかもしれない状況だ。生存者を探し続ければ、俺たちは何もかもを喪う」
 「……」

 反対した男がうなだれたまま黙った。

 「この決定は全て俺の責任だ。もし生き残ったら、この川尻が自分の命惜しさに強制したと報告してくれ。その通りだからな!」

 そうではないことを、全員が知っている。
 無言で川尻に敬礼した。

 「ありがとう」

 川尻は敬礼を返した。




 川尻たちはすぐに出発の準備を始めた。
 川尻は地理に詳しい男と脱出ルートの検討をし、他の人間は食糧と移動のための車両の調達、また避難民たちへの説明を東が担った。
 車両が足りないことは分かっていた。
 また危険を冒してどこかへ出なければならない。

 「できれば大勢が乗れるバスかトラックが欲しいな」
 「無茶過ぎですよね。まあ、でも何とかしないと」
 「食糧はどうにか。まあ、その運搬にも大型車両が必要ですけどね」

 困難な問題は山ほどあった。



 「敵襲!」

 電力の供給が止まっているので、人間が大声を上げて知らせている。

 「川尻さん! バイオノイド4体に侵入されました!」
 「すぐに殺せ!」

 全員が走り出す。
 川尻は多少の「花岡」を習得していたが、「槍雷」や幾つかの技が使えるだけだった。
 他の人間は「カサンドラ」のみが頼りだ。
 しかしバイオノイドを相手には心許ない。

 バイオノイドは高速で移動していた。
 川尻たちは必死に応戦するが、1体を斃す間にまた三名が死んだ。

 「クッソォー!」

 バイオノイドが避難民のいる広間に入った。
 たちまち、避難民の間から絶叫が始まる。

 「川尻さん! もう無理だ!」

 ほとんど無抵抗のまま、避難民140名が虐殺された。
 川尻たちは脱出を決意し、3台の車に分乗して教会を離れた。
 15名になっていた。
 途中で遭遇したバイオノイドの攻撃から逃げながら、ひたすらに走った。

 走りながら、川尻たちは見た。

 市街のあちこちで煙が上がり、多くの建物が崩壊していた。
 そして蠢く市民はみなウイルス「ニルヴァーナ」に感染し、狂暴な人喰いと化していた。
 あまりの光景に、川尻たちは目をそむけ、前方だけを見るようになっていた。



 市外へ何とか到達した時、川尻たち5人だけになっていた。
 しばらく走り、ガソリンが無くなって、ようやく車外へ出た。
 5人は無言で荒れ地に座り込む。

 「地獄だ」

 誰かが呟いた。

 「サラゴサへ向かおう。別な部隊が駐屯しているはずだ」
 「そこもやられてたら?」
 「その時はバルセロナだ。バイオノイドはモロッコとポルトガルに上陸してきたと聞いている。反対方向へ進むのがいいだろう」
 「じゃあ、リスボンはもう……」

 「分からん。俺が聞いた範囲では、ポルトガルからの救援要請はなかった。短時間で壊滅したのかもしれん」

 暗くなってから移動を始めようと話し合った。
 脱出時に咄嗟に積み込んだ缶詰を開け、水を飲んだ。
 腹が満たされ、ようやく落ち着いて来た。

 「亜紀さんが来てくれればな」
 「ああ、川尻さんは亜紀さんに会ったことがあるんですよね?」
 「そうだ。アラスカの「虎の穴」でな。初めて見た時には、この世の者じゃないと思ったよ。余りに綺麗でなぁ」
 「アハハハハ」

 「一目惚れなんておこがましいけどな。でも、もう一瞬で夢中になった。大分年下なんだけどなぁ。そんなことは関係ねぇ。オッサンに惚れられても困るだけだろうけどよ」
 「それでどうしたんですか」
 「バカヤロウ、どうにも出来るか! 相手は「虎」の長女で、最高幹部の一人だぞ!」

 情けねぇとかダメな奴と他の男が笑いながら口々に言う。
 こんな状況で下らない話を始めた川尻に、みんなが合わせているのだ。
 絶体絶命と言える状況で、バカ話で何とか士気を上げようとしている。

 「でもな、この地獄のヨーロッパ戦線に来ることが決まって、俺は思い切って亜紀さんを誘ったんだ」
 「え! 漢だぁ!」

 みんなが笑う。

 「酒に誘ってさ。あそこは「虎」の旦那が酒が好きだから、でかいバーがあるだろ? あそこで一緒に飲みませんかって。それで思わず好きだって言っちまった」
 「ヘェー!」

 「そうしたら、亜紀さんがさ。飲み比べで勝ったら胸に触らせてくれるってなぁ! 夢中で飲んだよ」
 「それで! それでどうなったんですか!」

 「負けた。全然相手にならなかった。まあ、最初に、亜紀さんは自分は「虎」のものだって言ってたけどな。俺なんかに付き合ってくれたんだ。優しい方だった」
 「そうですか」

 みんながしばらく黙っていた。

 「よし、そろそろ出発するか。カサンドラはありったけ持てよ! 食糧もな」




 川尻たちは歩き始めた。
 送電が止まった道は、やけに暗かった。
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