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真冬の別荘 Ⅴ: ニューヨーク恋物語 Ⅱ

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 翌日、俺は聖と一緒にニューヨーク市長のオフィスへ出掛けた。
 今日は運転手がいて、俺たちは一緒に後部座席に座っている。
 俺はヒッキーフリーマンの白い麻のスーツにドミニクフランスの沈んだブルーのネクタイ。
 聖は明るいグレーのスーツに無地の濃紺のネクタイを締めている。

 「口には出さないけどな。市長はうちの会社に緊急時の出動をやって欲しいんだよ」
 「そうか。だから結構好意的に土地の斡旋をしてくれてるんだな」
 「ああ。大規模なテロがあった時に、警察じゃ話にならねぇ。州軍だって時間がかかる。すっ飛んで行ける奴が必要なんだ」
 「州兵はそれほどだしな」
 「訓練期間が短すぎる。内容もな。速攻でちゃんと対応できる人間が欲しいっていうのは分かるよ」

 聖からそういう背景を聞いていた。
 交渉は、こちらが有利なようだ。
 別に聖はニューヨークに固執していない。
 他にも優秀な「セイントPMC」を誘致したい人間は幾らでもいる。




 「これは、セイント! 待っていましたよ」
 「ああ、市長。ええと、こちらはうちの会社の相談役でタカトラ・イシガミ。今日は同席する」
 「タカトラ・イシガミです。初めまして、市長殿」
 「イザイア・ミラーです。お会いできて光栄です」
 
 ミラーと名乗った。

 「市長の秘書のソフィア・ミラーです」

 金髪の綺麗な女が握手してきた。

 「失礼ですが、同じミラーというのは」
 「はい、娘です」

 俺は聖の腹を肘で突いた。
 聖は不思議そうな顔で俺を見た。
 このバカ!

 

 忙しい市長は、早速用件に入った。
 既にこれまでの話の中で、土地の候補は幾つかに絞り込まれている。
 俺は一通り見て、ブロンクスの北にある広大な敷地を勧めた。

 「聖、ここが一番いいだろう」
 「おう!」
 「地続きだから橋を落とされる心配もねぇ。幹線道路も選べるから、装甲車も楽だ」
 「おう!」

 俺は聖に優位な点を挙げていった。
 まあ、こいつは何も考えてねぇ。
 どうせ今回俺が来たので丸投げしようとしていたのだろう。
 こいつには有能な副官が必要だと感じた。
 戦略に関してはいいが、他の事務回りのことをこなす人間だ。

 俺たちは、土地の購入に当たっての条件について話し合った。

 「ダメだ、市長。その金額は高過ぎる」
 「でしたら、こちらの土地であれば」
 「そっちは周辺に住民が多い。「セイントPMC」では実弾の訓練をするからな。揉め事になりそうだ」
 「では……」

 俺たちはじっくりと話し合った。
 すぐに分かったが、市長は凡庸な男だった。
 場は娘のソフィアが取り仕切っている。
 まあ、政治家にはそういうことも多い。
 周囲の優秀な人間に祭り上げられているのだ。
 俺とソフィアの話し合いになった。

 ソフィアは頭の切れる女だった。
 俺の質問に、一切の淀みなく全て即答した。
 
 「では、「セイントPMC」が有事の際に市長の要請によって、直ちに一個小隊の出撃をするということで」
 「はい。その際の武装と戦闘の範囲は……」
 「つまり、準警察の権限を有するという法整備と……」
 「追加の戦力については、小隊一隊に対してこの金額で……」
 「使用・消費した費用の代金は……」
 「「セイントPMC」の負傷者及び死亡者関しては……」

 俺とソフィアは次々に契約の条項について話し合った。

 「ではミスター・イシガミ。今回の話し合いで取り決めたものを契約書に起こします。その内容の検討を次回」
 「ああ、そうですね」

 話し合いは一応終了した。
 俺は市長と握手し、そしてソフィアとも握手する。
 聖にもやらせた。

 「他に、個人的なことで構いませんが、何かお困りのことはありませんか?」
 
 ソフィアが驚いていた。
 ソフィアの口から何も出なければ、俺はジャンニーニのことを打ち明けるつもりだった。
 単に何かに対してヘルプかアドバイスをして小さな貸しを作ろうと思っただけだ。
 交渉事のテクニックであり、何も出なくても構わない。
 俺が相談に乗ると言った時点で、既に小さな貸しになる。
 だが、話し合いで俺を信頼してくれたか、自分の悩みを打ち明けた。

 「実は、しばらく前から私の周囲で情報を集めている人間がいるのです」
 「ほう」

 俺はもう帰りたくなった。
 まさか、否定的なジャンニーニの話になるとは。

 「御存知でしょうか。ニューヨークを中心に勢力を持っているマフィアなんです」
 「マルコ・ジャンニーニですか?」
 「え!」

 ソフィアが驚いていた。
 俺もヤケクソで直球を投げただけだ。

 「そうです! 御存知でしたか」
 「まあ、俺とセイントの友人なんです。実は……」

 俺は正直に、ジャンニーニがソフィアに一目惚れをしたことを話した。
 それでソフィアに関する情報を集めたのだろうと。
 ジャンニーニ、もうこれは無理だぜ。

 「そういうことだったんですね。全て理解出来ました」
 「まあ、俺なんかが言っても信じてはもらえないでしょうが、あれは結構純情な男です。マフィアですので、まともな人間とは言えませんが、それでも今までとは違う組織に、なるべく真っ当な市民になろうと考えています。俺たちは信頼できる人間と思ってます」
 「ミスター・イシガミが?」
 「はい。あいつが困っていたら、ちょっとは手伝おうかと思えるくらいにはね」

 頭のいいソフィアには、俺がどうしてここにいるのかが分かっただろう。
 もちろん、聖の世話が大きいのだが。

 「宜しければ、俺の方でなんとか決着しますよ」
 「本当ですか!」
 「はい。元々ジャンニーニだって、ソフィアさんとどうにかなれる自分とは思ってません。ただ、心底から好きになったというだけで」
 「そうですか」
 
 俺は最後に切り出した。

 「それでね、ソフィアさん。一度でいいので、ジャンニーニに会っていただけませんか?」
 「え?」
 「もちろん、俺たちも同席します。そちらも腕のいい護衛なりをご用意いただいて構いません。完全武装でね」
 「ウフフフフ」

 ソフィアが笑った。

 「分かりました。ミスター・イシガミが仰るのならば信用いたしましょう。では、宜しくお願い致します」

 俺たちはオフィスを出た。




 「おい、トラ」
 「あんだよ」
 「あれで良かったのかな?」
 「あれってどっちだよ。お前の新社屋かジャンニーニか」
 「ジャンニーニに決まってるだろう」
 「そうか」

 俺は笑った。
 まったく、聖には早急に副官が必要だと改めて思った。
 こいつは戦闘じゃ情け容赦が無いが、経営に関しては甘すぎる。
 恐らく、新社屋などは聖はどうでも良かったのだろう。
 このすぐ後でスージーという超優秀な人間を雇うことになり、「セイントPMC」は確固とした地盤を築き大きく成長した。
 新社屋もスージーの差配で合理的で有用なものを建てることが出来た。
 
 「ソフィアのことは、あれ以上出来ねぇよ。あとはジャンニーニが自分で口説けってんだ。場所は用意してやったんだからな」
 「そうか。でもトラも同席してくれるんだろ?」
 「まあ、ここまで来ればなぁ」
 「トラ、頼むよ。何とかしてやってくれよ」
 「お前……」

 また聖が泣きそうな顔で俺を見た。
 こいつがこの顔をすると、俺は絶対に断れない。

 「出来る限りのことはするよ」
 「うん!」

 聖が笑った。

 「ところでよ。お前、ソフィアが市長の娘だって知らなかったのか?」
 「ああ」
 「だって同じ苗字だぞ! 顔だって面影があるだろう」
 「俺、名前覚えてねぇもん」
 「……」

 まあ、そういう奴だ。




 俺たちはそのままジャンニーニの屋敷へ行った。
 ジャンニーニに、ソフィアと一緒に食事をする約束と取り付けたと話した。

 「トラ!」
 「俺たちも同伴の条件だけどな。ソフィアも誰か連れて来るかもしれん」
 「トラ!」
 「お前の気持ちも伝えてある。まあ、頑張れ。俺たちも一応は協力するけどな」
 「トラ!」
 「なんだよ、奇襲に成功したか?」

 ジャンニーニがまた俺に抱き着いて来た。

 「お前は最高の友達だぁ!」
 「ウゼェ!」
 「ありがとう! 俺は何と言っていいか!」
 「いいから離れろ!」
 「お前に一生感謝する!」




 ジャンニーニの腹に重いパンチを入れ、ジャンニーニが床に這いつくばった。
 護衛の人間が向かって来ようとしたが、聖が立ち上がったので下を向いて止まった。

 「トラ……ありがと……」

 ジャンニーニが呻いた。
 まったくウゼェ奴だ。
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