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真冬の別荘 Ⅱ

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 俺の話を聞いて、響子が俺の顔を見ている。

 「私も「タカトラ」だね!」
 「そうだな。だからお前は特別の中の特別だ」
 「うん!」

 嬉しそうだ。
 俺は抱き寄せてやった。

 「高虎ー」
 
 亜紀ちゃんが言った。

 「てめぇ! 親に向かってなんだ!」
 「私は呼べないよー」
 「当たり前だ!」
 「えーん」

 みんなで笑った。
 俺は鷹の盃に注いでやった。

 「鷹はまた別な特別だからな!」
 「ありがとうございます」
 「いーなー!」

 亜紀ちゃんが羨ましがった。


 「奈津江さんも頑張って料理をしたんですね」
 
 皇紀が言う。

 「そうだな。本当に頑張ったよ」
 「普段は全然しなかったのにですよね?」
 「まあな。でも俺は思うんだ。奈津江は自分の命まで俺に擲ってくれる人間だった。もしも結婚してたら、あいつはきっと素晴らしい料理を作ってくれていたと思う」
 「そうですね」
 「そういう女だった。自分に何が無くても、あいつは一生懸命に俺のために何かをしてくれてたよ」
 「はい」

 雪のせいで、外は全くの無音だった。
 本当に、ここだけが世界から切り離されている感じがした。


 「山口には、その一度だけだったんですか?」

 鷹が聞いた。 

 「奈津江とはそうだ。また行こうと話はしててもな。俺たちも金が無かったしな」
 「石神先生は?」

 「お袋が死ぬまで、それでも何度かだな。お袋が病気になってからは月に一度は行っていたけどな。東京に来た左門とはもうちょっと。でも左門とも、お袋が死んでからは二度だけかな」
 「そうですか」

 「お袋の葬儀で行ったのが最後だ。その時に、南原さんと陽子さんがお袋の遺品を出してくれてな。いろいろ南原さんに頂いていたようだ。陽子さんにも結構な。あの人は毎年お袋の誕生日にプレゼントをくれてた」
 「いい方ですね」
 「ああ、本当にそうだ。何でも持って行ってくれと言われた。結構な宝石なんかもあったよ」
 「大事にされていらっしゃったんですね」
 「ありがたい。今も感謝している。それでな、お袋の誕生日に俺が贈ったカルティエの18金のサントスがあったんだ。俺はあんまりそういうことをしなかったんだけどな」
 「はい」

 「だからお袋が異常に喜んでなぁ。竜頭がサファイアなんだって言ったら大喜びで。スゴイ時計だってさ」
 「アハハハハ」

 「そうしたら、もう一本サントスがあった。そっちはスティールのケースの普通のものだ。ちょっと汚れていたな」
 「はい」
 「陽子さんが話してくれたんだ。俺が贈ったものは大事にしてて、本当に特別な時にしか付けなかったんだって。普段のものは、そのもう一本の自分で買ったサントスだったそうだ。南原さんに香港に連れて行ってもらった時に買ったそうだよ」
 「まあ」

 「ニセモノだった。見たら分かった。サントスのデュモンは電池式だけど、そうじゃない自動巻きのはずのタイプが電池式で動いていたからな。お袋も分かってはいたんだろうけど、何百万のものが多分、何千円かで買えたわけだからな」
 「なるほど」

 「俺の贈ったサントスは止まっていた。そしてお袋がいつもしていた電池式のものはまだ動いていた」
 「……」

 「陽子さんは、俺が贈った時計は持って行ってくれと言った。でも、俺はニセモノの方だけ頂いた」
 「なんでですか?」
 「陽子さんにも言われたよ。でも、俺はお袋にあげたんだ。死んだからって俺が持っているのはおかしい。そうじゃない、お袋が俺の時計を大事にするために買ったものの方が、俺には余程大事だ」
 「そうですね」

 「良ければ陽子さんに使って欲しいと言ったんだけどな。どうしたか」



 響子が眠そうにしてきたので、解散にした。

 「俺も今日はもう寝る。いい加減疲れたからな。まだいたい奴は自由にしてくれ」
 「「「「「はい!」」」」」

 俺は響子を抱いて、ロボと下に降りた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 皇紀と双子は降りて行った。
 空いた食器などを頼んだ。
 私は鷹さんともう少し一緒に飲んだ。

 「鷹さん、タカさんが最初に私たちを引き取ってくれた時に言ったんです」
 「うん」
 「自分のことをこれから「タカさん」って呼ぶようにって。その時に、私、「高虎さんではダメなんですか」って聞いたんですよ」
 「ああ、そうなの」
 「はい。そうしたら「お袋に呼ばれてるみたいで嫌だ」って。あの時押し通してればよかったー!」
 「アハハハハハハ!」

 鷹さんが笑った。

 「鷹さんだってそうですよ! 「石神先生」なんかじゃなくって「高虎さん」って呼んでれば」
 「亜紀ちゃん、私はいいのよ。私はこれで十分」
 「そうですかー」
 「亜紀ちゃんだってそうでしょ?」
 「そりゃそうなんですけど」

 鷹さんが微笑んでいる。
 本当に綺麗な人だ。
 笑顔がまた優しくていい。

 「私は石神先生のお傍にいられるだけで、もう十分。あの時、拒絶されてても、石神先生と一緒に働けるだけでも十分だったと思うわ」
 「鷹さんは欲が無いですね」
 「そうじゃないのよ。私にとって石神先生が特別の中の特別だから。私のそれは、絶対に変わらないの」
 「なるほど!」
 
 私はやっぱり自分は子どもなんだと思った。

 「それは響子ちゃんも同じだと思う。皇紀くんたちも、六花さんも栞もね。一江さんだって大森さんだってそう。みんな石神先生をそう思ってる」
 「はい、そうですね」
 「レイさんもそうだった」
 「はい」

 私も目の前で見た。
 逆らえない命令に逆らうために、レイは自分の手を爆発させた。
 タカさんを守るために。
 そして抑えきれない自分自身を爆発させた。

 タカさんの悲しみと怒りはどれほどのものだったのか。
 それは、あの後のタカさんを見て少しは分かる。
 アメリカを滅ぼすほどの怒り。
 麗星さんの薬が無ければ、本当にそうなっていただろう。
 タカさんは、私たちのことをそう思ってくれている。
 
 「亜紀ちゃん」
 
 鷹さんが言った。

 「私ね、前にここで石神先生に聞かれたの」
 「はい、何を?」

 鷹さんはタカさんから聞いたという、二つの「サロメ」の話をしてくれた。

 「石神先生に、「鷹、お前は俺の首を抱くか」と聞かれた」
 「はい」
 「私はそうすると答えた」
 「……」

 「自分でも意味は分かってないの。でも、私はきっとそうすることが運命なんだと思う」
 「はい」

 私にも分からない。
 タカさんがどういうつもりでそう聞いたのか。
 二人がどういうことで、そういう話をお互いに納得したのか。
 でも、私にはとても重大なことだと感じられた。

 私は鷹さんのグラスを預かって、片付けてから寝た。






 窓の外を見ると、真っ暗で真っ白な世界が拡がっていた。
 何も、私には見えない。
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