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奈津江、南原家へ Ⅱ

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 夕食は、俺の好物だということで、クリームシチューだった。
 他に何品か総菜が出るが、お袋が俺が大好きだった芋の煮転がしを作ると言った。

 「じゃあ、折角だから奈津江さんにはシチューを作ってもらおうかしら」
 「はい! お任せ下さい!」

 俺は焦った。
 奈津江にシチューは教えてねぇ。
 いや、教えたが奈津江には高度過ぎて諦めた。

 「俺も一緒にやるよ!」
 「高虎くんはこっちで話そう。厨房は男性が気軽に入るものじゃないよ」

 南原さんにそう言われ、とても入れなくなった。
 お袋に頼むわけにも行かない。

 覚悟を決めた。




 メイドさんに呼ばれ、俺たちは食堂に移動した。
 流石に広い。
 10人も掛けられる大きなテーブルに集まって座った。
 俺が上座に座らされ、前に南原家の方々と、俺の隣に奈津江が座る。
 メイドさんが料理を運んでくる。
 
 「私も知らない作り方で、奈津江さんが一生懸命に作ってくれたの」
 
 お袋がそう言った。
 俺の不安は的中した。

 奈津江はニコニコしている。
 こいつは……。

 みんながシチューの皿を最初に口にした。
 俺も当然そうした。
 奈津江は反応を見ようと、まだ何も口にしない。

 「「「「「ブッファー!」」」」」

 全員で皿に吹いた。
 とんでもない不味さだった。
 南原家のみなさんが黙って俺を見る。
 俺が何とかしなければならない。

 「おい、奈津江」
 「な、なに」
 「お前、味見をしたか?」
 「怖くて出来なかった」

 一瞬の沈黙の後、みんなが大爆笑した。
 俺は奈津江が実は料理をしたことがなく、ここへ来る前に特訓したのだと正直に話した。
 奈津江は俺の横で大泣きだった。

 「あんなに頑張ったのに!」

 俺は奈津江の肩を抱いて慰めた。

 「奈津江さん。そんなに無理してくれたのね」
 
 陽子さんが言った。

 「私が誘ってしまったから」

 お袋も済まなそうに言う。

 「いや、俺が最初に話せば良かったんだ。奈津江に特訓しようと言ったのは俺なんだよ。奈津江、本当に申し訳ない!」
 「高虎にやりたいって言ったのは私じゃない」
 「違うよ。お前はそう思うに決まっている。でもこんなに短い時間じゃ無理なのは分かってたんだ。お前に無理をさせたのは俺だ」
 「高虎!」

 南原さんがメイドに指示して、別なものを持って来るように言った。

 「南原さん、すみませんでした。折角の夕飯を、俺のせいで」
 「高虎くん、違うよ。失敗だったかもしれないけど、奈津江さんがこんなにも一生懸命にやってくれたんだ。僕はそれが嬉しいよ」
 「そうよ、奈津江さん! もうちょっと練習すれば、もっと美味しくなるよ」
 
 陽子さんも助けてくれた。

 「奈津江、お前の気持ちは通じてるよ」
 「でも、私の気持ちって、嘘ついてちゃんとした女性だって思わせたかっただけじゃない」
 「そういえばそうだったな」
 「フォローしてよ!」

 みんなで笑った。

 「高虎が手直し出来ない?」
 「うーん」
 「お願い! 高虎は料理があんなに上手いじゃない」
 「流石に無理かな」
 「どーして!」

 「だってよ。あんなに塩を入れられちゃ、どうにもならないよ」
 「え?」

 並大抵の量ではなかった。

 「多分、全部飲んだら死ぬ」
 「え!」
 
 奈津江はみなさんに謝った。

 「トラ兄さん、ちょっと大袈裟だよ」
 「左門、じゃあお前全部飲んでみるか?」
 「それはちょっと出来ないけど」

 奈津江がまた泣いた。
 まあ、カワイイのだが。




 風呂をいただき、酒が出た。
 奈津江は飲めないのだと言い、左門とジュースを飲んだ。
 お袋は陽子さんとビール、俺と南原さんは焼酎を飲んだ。

 「お袋、料理が上手くなったな」
 「うん、練習したもの」
 「そうか」

 「奈津江さんも相当練習したんでしょ?」
 陽子さんがそう言った。

 「そんなこと。結局あれでしたし。申し訳ありませんでした」
 「もういいのよ、気にしないで。それよりも、奈津江さんに無理をさせてしまった方が申し訳ないわ」
 「いいえ。そんな無理なんて」
 「だって、その手」
 「え?」

 陽子さんが奈津江の隣に来て、奈津江の手をみんなに見せた。
 切り傷だらけだった。
 もちろんほとんどは塞がってはいるが、傷跡はまだある。

 「みんな見て! 奈津江さんはこんなに頑張ったの。こんなに綺麗な手なのに! 奈津江さん! 本当にごめんなさい!」

 奈津江がまた泣いた。

 「私こそ! でも私は大好きな高虎のために何かしたくて。いつも高虎にしてもらって私は甘えてばかりだったから」
 「奈津江、そんなことないよ」
 「高虎! ごめんなさい! 何も出来ない彼女でごめんなさい!」
 
 俺は奈津江の肩を抱き寄せた。

 「バカだなぁ。お前が傍にいてくれるだけで俺はこんなに幸せなのに」
 「だって……」
 「お前にやらせないのは俺だ。俺がしたいからだ。それでいいじゃないか。女が料理を作らなきゃいけないなんて。俺は俺が食事を作る家庭にするよ。他の奴らなんか関係ない。俺たちの家庭だろ?」
 「うん」

 「掃除だってやるよ、俺が」
 「うん」

 「洗濯も俺の役目だ」
 「うん、あのさ、高虎」
 「なんだよ!」
 「もうやめて」
 「え?」
 「洗濯くらいやるから」
 「ああ!」

 みんなが笑った。
 奈津江は泣き止んで真っ赤になっていた。

 俺は話題を変えて、俺がいかにお袋に苦労をかけたのかを話した。

 「お袋、俺を警察に迎えに来てくれたのって何回だったっけ?」
 「109回」
 「お! よく覚えてるな!」
 「お前が高校を卒業する前にね。お寺で供養してもらったの」
 「どこの?」
 「雲竜寺」
 「ああ!」
 「あそこでね、高虎がもう警察のお世話にならないようにって。そうしたら住職さんがお前のことをよく知ってて」
 「おう、世話になったからなぁ」
 「それで身請書の数だけお経を上げるって言って下さってね。でも109枚もあったんで、倒れちゃったの」

 みんなで爆笑した。

 「あの坊さん、真面目だったからなー」
 「でも、あれから警察のお世話にはなってないでしょ?」
 「そう言えばそうだな!」
 「ご利益があったね!」
 「お袋のお陰だな!」

 みんなで笑った。
 俺は、雲竜寺の話をし、小遣いが無かったので的屋の人たちの仕事を手伝って祭りを楽しんでいた話などをした。

 「高虎くんは逞しいんだね」

 南原さんが笑ってそう言った。
 奈津江が、その頃からずっと俺が女の子に囲まれていると話した。

 「今もそうなんですよ。学食で女の子にいつも囲まれるんです。高虎は全然気にしないで平然と食べてるんですよ!」
 「まあ! トラちゃんはやっぱり大人気なんだ」
 「そうですよ、陽子さん。何とか言ってもらえませんか」
 「やめろよ、奈津江!」
 「だって! こないだも新歓コンパで!」
 「ああ、シェンパイスキーか」

 奈津江がシェンパイスキーの話をしてみんなが大笑いした。

 「でも、トラちゃんは奈津江さんしか興味は無いんでしょ?」
 「もちろんです!」
 「だから、他の女の子が寄って来ても何もしないんだ」
 「そうです」
 「ね、奈津江さん。トラちゃんはこういう人だから」
 「分かりませんよー!」

 奈津江が叫び、みんなが笑った。




 まだ奈津江が元気で、お袋も元気だったあの日。
 俺が最高に幸せだったあの日。
 あの日があるから、俺は今も真直ぐに生きて行ける。
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