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HERO INUYASHI

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 12月26日の夜。
 夕飯の後で亜紀ちゃんと一緒に風呂に入った。

 「今日の夕飯、美味しかったですね!」
 「ああ、ラム肉のアヒージョか」
 「はい! 一皿だけでしたけど」
 「普通、料理は一皿だぁ!」
 「ガハハハハハ!」

 双子が俺の監修で「ラム肉のアヒージョ」を作った。

 「まず、臭み取りなんだよな。好きな人もいるけど、あの独特の羊肉の臭いは慣れない人間には気になる」
 「はい。よくタカさんはラムチョップをフランス料理で食べますよね」
 「ああ。ちゃんとした料理人が羊肉を使うと美味いからな。でも、俺も苦手だから羊肉はあまり食べない。ラムチョップくらいだよなぁ」
 「なるほど」

 運動好きな亜紀ちゃんがまた湯船の縁に首を置いて、下半身を持ち上げ始めた。
 仕方が無いので、ワカメに響子のアヒルを乗せて隠してやった。

 「双子が急にあれを作りたいって言うんでびっくりしました」
 「ちょっとな、昨日料理の話をしたんだ」
 「ああ、外で食べた時。大丈夫でした?」
 「いつもながらに美味かったよ、陳さんの店はなぁ」
 
 亜紀ちゃんが首を縁に乗せたまま横に回転し出した。
 湯が飛び散るので、「やかましい」と言い、鳩尾にパンチを入れた。
 飛跳ねていた響子のアヒルが丁度あり、潰れた。
 
 「同じの買っとこう」
 「はい」

 亜紀ちゃんがアヒルをシャンプーカゴに入れ、ちょっと手を合わせて戻って来た。

 「「最後の晩餐」じゃなかったんですかー!」
 「途中で気が変わった」
 「えーん!」

 今度連れてってやると言い、乾さんの店の話をした。
 ゴネてると聞けないので、亜紀ちゃんはニコニコして大人しくなった。

 「増築部分は自由に使って欲しいと言ったわけだけど、一階は修理とパーツの倉庫に考えてたんだよな」
 「はい」
 「でも、「何故か」注文が激増して、結局修理の場所とバイクの置き場になった。パーツの保管庫は上に移動だ」
 「アハハハハ! 双子がガンガン注文してますもんね」
 「もう2年先まで納車予定があるしなぁ。他の注文を優先させてるしな」
 「一般の注文も増えたんですよね?」
 「ああ。一江のお陰で、大評判だ」
 「「ワハハハハ!」」

 亜紀ちゃんと肩を組んで笑った。

 「乾さんがよ、「もしかしてこれもトラの仕業か」ってさ」
 「アハハハハハ!」
 「「違いますよ。反対側の土地を買ったのは俺ですけど」って言ったら青くなって「本気でやめてくれ」と言われた」
 「アハハハハハハハハ!」

 「ほんとに忙しそうでな。コーヒーを出してくれたんだけど、乾さんはほとんど座ってられねぇ。従業員を募集してる最中でな」
 「ああ。あ! 私、アルバイトに行ってもいいですか?」
 「うーん。本当に人手が足りなきゃな。でも乾さんも正規社員が欲しいんだろうしなぁ」
 「はい。そっちでもお手伝いしますか」
 「いや、人間の採用は乾さんにお任せしよう」
 「今、「人間は」って言いましたね!」
 「ああ、ちょっとな。ロボットを考えてるんだ」

 「エッェェェェェェーー!」

 「宣伝にもなるだろ? ロボットが手伝うお店ってさ」
 「あぁー!」
 「どんなのかは蓮花と相談しているところだけどよ。ある程度人型で、力があって運搬が出来るタイプだな。ああ、それと喋る」
 「蓮花さんの研究所のラビみたいな?」
 「そうだ。でもカタコトがいいのか、ちゃんと喋るのがいいのか、考え処だよな」
 「なるほどー。タカさん、本当にいろいろ考えてるんですね」
 「いや、俺なんかは全然足りないけどなぁ。予想外のことも多いしな」
 「双子が特に」
 「お前もだぁ! 俺だって修学旅行に行って、酒場でヤクザと揉めて帰って来るなんて考えてねぇぞ!」
 「ニャハハハハハ」




 亜紀ちゃんに、そろそろ上がるかと言った。

 「そう言えば神からまた生八つ橋とか届いてましたね」
 「ああ。あいつの場合義理堅いと言うよりも、俺とのパイプを考えてのことだろうけどな」
 「逞しいですね」
 「そうじゃなきゃ、あんなに上には昇れねぇよ」
 「はぁ」

 丁度身体を拭き終わった所で、ハーが呼びに来た。

 「タカさーん! アルジャーノンさんからお電話ですー!」
 「分かった。自分の部屋で受ける」
 「はーい! じゃあちょっとお待ちいただくと言っときますー」
 「おう」

 俺はバスローブを着て部屋へ行った。
 子どもたちには聞かせられないような用件かもしれない。

 「待たせたな。アル、何かあったか?」
 「タカトラ、実は大変な事態が!」
 「どうした!」

 俺はアメリカ政府で何かあったかと思った。
 世界史上一度も無い、国家が一個人に敗北したのだ。
 いろいろと政治的にも混乱することも多い。
 テロリストに屈服するなど、特にアメリカではあってはならない出来事なのだ。

 「地球規模の危機なんだ!」
 「はい?」

 アルジャーノンが興奮して言った。

 「小惑星が地球に迫っているんだ!」
 「はい?」

 俺はアルジャーノンを落ち着かせ、事情を話すように言った。

 「あと三日しかない! 一時間前に、ハワイの「アトラス(Asteroid Terrestrial-impact Last Alert System, ATLAS:小惑星地球衝突最終警報システム)」からホワイトハウスに連絡があった。軍のコンピューターも動員して、先ほど解析が終わった。確かに来るんだ。三日後の日本時間午前8時に衝突する!」
 「そうか。規模は?」
 「今も確認中だが、少なくとも250キロメートル以上はある!」
 「でかいな」
 「そうだ! 地球上の全生命が死滅する!」
 「……」

 アルジャーノンは叫んだ。
 アルジャーノンの興奮は無理もない。

 「アメリカの対応は?」
 「何もない。今ホワイトハウスで軍部が集まって話し合っている。核ミサイルの使用も検討したが、あのサイズでは手の出しようが無い。時間もない」

 「そうか」
 「万が一のことを考え、私が君に連絡するように言われた」
 「俺に?」
 「そうだ。君は我々が想像も出来ない力を持っている! 今回の事態も何か出来るのではないかと!」
 「おい、無茶を言うな」
 「……そうだな。余りにも規模が大きすぎる」
 
 アルジャーノンは落胆している。
 無理もないが。

 「着地点の場所は分かるのか?」
 「ああ」
 「どこなんだ?」
 「何重にもシミュレーションを重ねた」
 「だからぁ!」
 
 「君の家だよ」
 
 「あ?」
 「だから君の家なんだ。それもあって、私が連絡するように言われた。何かあるのではないかとな」
 「明後日から旅行に行くんだが?」
 「そうか。最後を楽しんでくれ。響子も一緒か?」
 「そうだ。楽しみにしている」

 「響子と一緒にいてやってくれ」
 「ああ、そりゃな。ああ、大統領に言っておいてくれ」
 「分かった、伝えよう」
 「人間らしく生きろってな」
 「アハハ。君らしい。必ず伝えよう」

 外線のランプが消えたのを確認したのだろう。
 亜紀ちゃんが寝間着を持って部屋へ入って来た。

 「どんなお電話だったんですか?」
 「ああ、隕石が落ちて来るんだと」
 「えぇ!」

 「直径250キロ以上あるらしいぞ」
 「おっきいですね」
 「まあな。地球に落ちたらまず誰も生き残れねぇ。しかもこのうちに直撃らしいぞ」
 「は!」

 亜紀ちゃんが獰猛に笑った。

 「私がやっちゃっていいですか!」
 「おいおい」

 「一度、全力でぶちかましてみたかったんですよね!」
 「あのなぁ」
 「《Les dernieres larmes(レ・デルニエール・ラルメ:最後の涙)》を使えば行けますって!」
 「ダメだ。完全に粉砕しないといけないからな。数十メートルの塊だって、都市が壊滅するんだからよ」
 「そんなー!」

 亜紀ちゃんが俺のベッドに頭を乗せ、またグルグル横回転を始めた。
 水の浮力は今はない。
 どういう理屈か分からん。

 「ウゼェ! 出て行け!」
 「はーい」





 翌朝。
 出勤のために玄関を出た。
 快晴の空を見上げた。
 確かに、これまでに感じたことのない「圧」を感じる。

 ロボと亜紀ちゃんが見送りに来る。
 亜紀ちゃんたちは、もう冬休みに入っていた。

 「タカさーん、夕べの隕石って、どうするんですかー?」
 「ああ、これからやるとこだ」
 「エェー!」

 俺は双子の花壇の傍へ移動した。

 「クロピョン!」

 花壇に一つ目のヘビの頭が出た。

 「ここに隕石が近付いている。見えるか?」
 
 ヘビは上を見上げた。
 頭を縦に振った。

 「よし、喰え!」

 ヘビはそのままだ。
 「圧」が消えた。

 「本体でやったか。全部喰ったか?」
 
 ヘビが地面に円を描いた。

 「よし、ご苦労! もういいぞ」

 ヘビは消えた。
 亜紀ちゃんがロボを抱いてこっちを見ている。
 
 「じゃあ、行って来るな!」
 「……」

 俺はアヴェンタドールで病院へ向かった。




 一江から、休みの間中の部のローテーションなどを聞く。
 救急もやっている病院なので、外科医も昼間は常駐している。
 うちの部でも、交代で誰かが出ていることが多い。
 中堅までの人間だが、一江と大森も、大抵一度は出ている。

 俺のスマホが鳴った。
 一江の報告を止めて出た。
 アルジャーノンからだったためだ。

 「タカトラ! 隕石が消えたぞ!」
 「そうなのか、良かったな、アル」
 「おい! 何をしたんだ!」
 「犬屋敷さん、がんばったかなー」
 「イヌヤシ?」

 俺は笑って知らないと言い、響子と楽しんでくると伝えた。
 アルジャーノンはもっと話したそうだったが、響子を宜しくと言った。

 「あの、部長。今のロックハートの……」
 「ああ、アルジャーノンだよ」
 「何かあったんですか?」

 一江は俺たちのアメリカとのことを心配して聞いて来た。
 
 「いや、大したことじゃない。もう終わったしな」
 「そうなんですか。ところでイヌヤシキさんって?」
 「え、お前知らないの?」
 「はい、すみません」

 俺は家に電話して、ヒマにしている柳に奥浩哉の『いぬやしき』と『GANTZ』全巻を持って来させ、一江に渡した。
 一江は「なにこれ」と言いながら持ち帰り、年末年始休暇でド嵌りし、大森と一緒に一気に読んだらしい。

 俺は柳と一緒に「ざくろ」ですき焼きを食べた。

 「やっぱりこういうすき焼きもいいな!」
 「はい! もう二度と食べられないかと思ってました」
 「なんだよ、実家で食えばいいじゃんか」
 「いえ、帰ると逆に、すき焼きは食べ飽きているだろうからって、無いんですよ」
 「アハハハハハ!」

 「楽しそうですね」
 食後のコーヒーとアイスクリームを支配人自ら持って来てくれた。

 「ああ、ここのすき焼きは最高ですからね。いつもつい楽しくなるんですよ」
 俺がそう言うと、笑って戻って行った。
 
 「まあ、どんなすき焼きも喰えなくなるところだったけどな」
 「はい?」

 俺は柳に、半分食べたアイスクリームをやった。
 柳は嬉しそうに俺が食べかけの面をスプーンで取って口に入れ、ニコニコした。





 半年後。
 NASAの敷地内に、密かに「HERO INUYASHI」という人物の像が建った。
 東洋人の精悍な男性の顔で、にこやかに微笑んでいる。

 《誰にも知られていない、地球の救済者》

 そう銘に書かれている。




 NASAの職員の誰もその像の人物を知らない。
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