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南原姉弟 Ⅲ

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 翌日の昼、お袋と俺は造船会社の寮に南原さんを招いた。
 昨日の中華料理は、南原さんが全部支払った。
 遠方までわざわざ来てくれ、本来なら俺たちがご馳走する立場だ。
 しかし、南原さんは自分が無理に会いに来たと言って、会計をもってくれた。

 せめてもと、寮の昼食にお招きした。
 寮長や食堂長には許可を得ている。
 俺たちの今の姿を見せようと思った。

 もちろん、大したものではまったくない。
 ただ、俺が厨房を借り、できるだけのものを用意した。

 鶏の香草焼き。
 ペペロンチーノ。
 ブイヨンスープ。
 サラダ。

 それだけだ。
 何がお好きかは分からなかったが、精一杯で作った。

 南原さんたちは喜んで食べてくれた。

 「これ、トラちゃんが全部作ったの?」
 「はい。こんなものですみません」
 「おしゃれだし、美味しいよ!」
 陽子さんが嬉しそうに言ってくれた。

 「南原さん、これは昨日お話ししてませんでしたが、お袋は料理があまり」
 「高虎!」
 「アハハハハハ!」

 南原さんたちも笑った。
 
 「でも、そのせいか、時々奇跡的に美味いものを作りますので」
 「そうなのか」
 「高虎、やめて!」
 
 食後にお茶を淹れた。
 陽子さんが俺の部屋を見たいと言ったので、案内した。
 左門も一緒に来る。

 「へぇー! こういう部屋なんだ」
 「お借りしている部屋なんですが、広さだけはあるんですよ」
 「あ! 本が一杯! あ! 洋書もあるの?」
 「頂いた詩集とかなんです。高校の先生から」
 「トラちゃんは凄いんだね!」
 「いいえ」

 陽子さんが部屋を見渡していた。
 俺はベッドに座るように勧める。
 寮内の自動販売機で、缶コーヒーを買って来た。

 「ところで、トラちゃんはどこの大学を狙ってるの?」
 「東大の医学部です」
 「エェッーーーーーー!!」
 「去年一度受かったんですけどね。入学金が無かったもので」
 「ほんとにぃ!」
 「はい」

 俺は引き出しから取っておいた合格通知を見せた。

 「凄いね!」
 「いいえ、そんなことは」
 「でも、休学扱いにしておけば、受験の必要は無かったんじゃない?」
 「ああ、入学金を払えればですよ。入学出来なかったんで」
 「そうかー」

 しばらく、ゆったりと寛いでいた。
 ここには何もなくて、申し訳ないと思った。
 陽子さんが言った。

 「左門ね、大人しい子なんだ」
 「そうですか」
 「うん、優しくて大人しい」

 そう言って、陽子さんは隣の左門の頭を撫でた。
 左門は嬉しそうに微笑んでいた。
 きっと、いつも陽子さんが優しくしているのだろうと思った。

 「だからあんまり友達もいないようで。人と話すのも苦手なの」
 「そうですか?」
 「うん。だけとトラちゃんとはすぐに打ち解けてくれた。左門が初めての人と、あんなに楽しそうに話すことは今まで無かったよ」
 「そんなことは。左門は俺にいろいろ話してくれましたよ。な、左門?」
 「うん!」

 「アハハハハ! 本当にトラちゃんは面白いね! あのね、これからも左門を宜しくね」
 「こちらこそ!」
 「私のこともね! トラちゃんとは本当に仲良くやって行きたい」
 「はい、こちらこそ!」



 その翌年の二月に、山口で結婚式を開いた。
 お袋は再婚で結婚式など恥ずかしいと言ったが、陽子さんが是非にと言ってくれたそうだ。
 
 「親の結婚式に出れる機会なんてないよ!」

 俺が山口に行くと、そう言って笑っていた。

 大勢の人を呼んでの盛大な披露宴だった。
 南原さんが地元でも慕われていることが知れた。
 山口で最初の方に整備工場を建てた方らしい。
 地元に自動車を普及させようと尽力されたのだそうだ。
 立派な人だった。

 俺はせめてもと、披露宴でギターを弾いた。
 みなさんが喜んでくれた。

 「トラちゃん! 凄く上手いね!」
 テーブルに戻ると、陽子さんが褒めてくれた。
 左門も同様に言ってくれる。
 俺がギターを教えてくれた貢さんの話をすると、感動してくれた。

 「トラちゃんて、素敵すぎるー!」
 そう言って、陽子さんが抱き着いて来た。

 陽子さんは、あちこちのテーブルに回った。
 そこで、お袋がいかに優しいいい人なのか、俺が楽しくていい人間なのかと熱弁していた。
 そういう優しい人だった。
 親戚の中でも、知り合いの中でも、陽子さんはその気遣いを知られ、可愛がられていた。


 披露宴が終わり、俺とお袋は南原さんのお宅に泊めて頂いた。
 広い家で、何人かのお手伝いの方もいるようだった。

 「時々は作って欲しいけどね。うちには食事を作る人もいるから安心だよ」
 南原さんがそう言って、お手伝いの方々を紹介してくれた。
 お袋は恥ずかしそうにしていたが、料理を勉強すると小声で言った。

 


 お袋は南原家で大事にされ、陽子さんや左門からも慕われるようになった。
 
 お袋の脳腫瘍が見つかった時、みなさんがショックを受けた。
 俺は毎月、一度か二度は山口に行っていたが、当然末期がんのお袋の面倒は、南原家の方々にお任せするしかなかった。

 「トラちゃん、心配しないでね。辛いだろうけど私たちがちゃんと最後まで面倒を看るから」
 「すみません。本当に宜しくお願いします」

 陽子さんは毎回そう言って、俺を励ましてくれた。
 左門は防衛大学に合格して忙しくしていたが、同じく月に一度はお袋を見舞ってくれた。

 お袋の病室に行くと、いつも綺麗な花が飾ってあり、お袋も清潔にしていた。
 陽子さんがやってくれていた。

 俺は毎回一晩泊めて頂いていたが、陽子さんがいつも傍にいて、俺を元気づけようとしてくれた。
 



 お袋がいよいよだと言われ、俺はまた山口に行った。
 しばらく前から食欲が落ちて行ったことから、覚悟は出来ていた。
 俺はスープを魔法瓶に入れて持って行くようになっていた。
 スープならば、食欲がなくても少しは飲める。
 お袋も俺の顔を見て、「美味しい」と言いながら、無理して飲んでくれた。
 その時も、もう飲むことはないのは分かっていたが、スープを持って行った。
 万一、お袋が短い時間でも意識を取り戻していたら、また飲んでくれるかもしれない。
 あり得ないことだったが、お袋もあり得ない俺の命を信じてくれていたのだ。

 病室に入ると、南原さんや陽子さん、そして左門まで駆けつけてくれていた。
 四人でお袋の部屋にいた。
 俺はずっと魔法瓶を抱いていた。
 どうして良いのか分からなかった。

 明け方の4時3分。
 お袋は逝った。

 しばらく後、南原さんたちは俺を気遣い、少しの間部屋から出て行った。
 俺は号泣し、お袋の身体に抱き着いた。
 骨と皮の痩せて小さくなってしまったお袋を抱きながら、大声で泣いた。

 その後で南原さんたちが戻って来て、俺は部屋を出ようとした。

 「トラちゃん」
 「はい」
 「その魔法瓶を預かるよ」

 陽子さんが俺が抱いたままの魔法瓶を受け取った。

 「枕元に置いておくね。トラちゃんが、毎回一生懸命に作って来てくれたんだもんね」
 「陽子さん!」

 俺はまた泣きながら、陽子さんに魔法瓶を預けた。



 葬儀を終え、俺は東京へ戻ることにした。
 陽子さんが空港まで車で送ってくれた。

 「トラちゃん、孝子さんのことは私たちでちゃんとやるからね!」
 「宜しくお願いします」
 「ねぇ、トラちゃん。私たちはこれからも家族だからね」
 「陽子さん」
 「ね! だからこれからも宜しくね!」
 「ありがとうございます!」

 

 陽子さんの優しさを忘れたことは無い。
 陽子さんがお袋のためにしてくれたことを忘れたことは無い。

 随分と疎遠になってはしまったが、忘れたことは無い。 
 



 「私たちはこれからも家族だからね!」

 思い出すたびに、ありがたく涙が出る。
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