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光の人

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 ロボと埠頭に行った翌日の日曜日。
 俺は病院へ行った。
 六花から、響子が熱を出したと聞いたためだ。

 「よう! 響子、気分はどうだ?」
 「タカトラー!」

 ベッドで寝ている響子が、俺を見て喜んだ。
 六花もいる。
 休日はしっかり休めと言っているが、響子の所へしょっちゅう来る。
 まして、熱を出しているのだから、心配で当然来る。

 「38度丁度です」
 俺も六花もマスクをしている。
 響子の風邪をうつされないためだ。
 俺たちは医療従事者だ。
 カワイイからうつされても、というわけには行かない。

 「そうか。どうだ、響子?」
 「身体がおもいー」
 「また太ったか?」
 「違うよー!」
 「アハハハハハ!」

 まあ、熱を出すのはいつものことだ。

 熱を出すと、毎日のセグウェイの散歩は出来ない。
 響子はヒマを持て余す。
 俺や六花が来て嬉しいのだろう。
 気分は悪そうだが、機嫌はいい。

 「朝食は?」
 六花に聞いた。

 「フレンチトーストでしたが、三分の一を食べました。ヨーグルトは全部食べたようです」
 六花は全て把握している。

 「そうか。響子、ランチは果物なら食べられそうか?」
 「うん」
 「じゃあ、俺が後で買ってこよう」
 「ほんとにー!」
 「もちろんだ。大事な響子が食べられるようにな」
 「嬉しい!」

 響子は喜んだ。

 「六花、オークラにはスープだけもらってくれ。温かいものも必要だからな」
 「はい。今日はコーンスープですが」
 「うーん、じゃあコーンはすべて摺り下ろすように言ってくれ。粒だと消化が厳しいだろう」
 「分かりました」

 「タカトラ! プリンも食べられるよ!」
 響子が言った。
 プリンが大好物なのだ。

 「分かった。俺が買ってこよう」
 「わーい!」
 六花も笑って見ている。

 「じゃあ、ちょっと出て来るな。六花、響子を頼む」
 「はい、お任せ下さい」

 俺は千疋屋へ向かった。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「響子、映画でも観ますか」
 「うーん。ちょっと寝ようかな」
 「うん、寝た方がいいですかね」
 
 響子が黙っている。

 「どうしたんですか? 身体が辛いですか?」
 「違うの。私が弱いから、タカトラや六花に迷惑ばかり掛けちゃって」

 六花は笑ってベッドに座り、響子の髪を撫でた。

 「響子のために、石神先生も私もいるんですよ。響子は弱くても全然構いません。私たちに任せて下さい」
 「うん、ごめんね、六花」
 「いいんです。響子の傍にいられるだけで私は嬉しいんですから」
 そう言われ、響子も少し笑った。

 「私も六花が傍にいてくれて嬉しい」
 「そうですか」

 六花は、響子のためにミルクを温めた。
 少し砂糖を入れ甘くする。
 響子は礼を言い、ミルクに口を付けた。

 「六花はあんまり風邪をひかないね?」
 「そうですね。3度くらいですかね」
 「そんなに少ないの!」
 「はい。一度は前に響子も知っている時。一番ひどかった時には入院しましたね」
 「あ! 雪の日の配達!」
 「知ってるんですか?」
 「うん! 六花が風邪になった時に聞いたって、タカトラが話してくれた!」
 「そうだったんですか。あの時は肺炎を起こしそうだったんです」
 「大変だね」
 「はい。でも、タケが見つけてくれて。それで助かりました」

 「……」

 「響子?」

 六花は、響子の様子がおかしいことに気付いた。
 目を開いたまま、天井を見ている。
 眠ったのではない。
 ついさっきまで、普通に会話していた。

 「響子、どうしました?」

 反応が無い。

 「響子!」

 「あなたは、あの時に見たはずだ」
 「え?」

 響子の声が違っていた。
 女性の声だが、大人の声だった。

 「思い出さなければならない。あの日に見たものを」
 「響子! しっかりして下さい!」
 「あなたは、あの時に死ぬはずだった。でも、私があなたを私の「虎」に引き合わせたかった」

 六花は意味は分からなかったが、響子の姿で話す者の「虎」という言葉に戸惑っていた。

 「あなたは私が願った通り、いいえ、それ以上の強い味方になってくれた。でも油断しないで。彼の者も、一層力を蓄えている」
 「それは……」

 「あなたは自分の運命を信じなさい。彼の者がいかに強くなろうとも、あなたは選ばれた者。わたしの「虎」と同じく、彼の者と戦い、滅ぼすでしょう。そのために、今一度自分の運命を見なさい」
 「響子……」

 響子の身体が光った。
 眩い光が部屋に満ち、六花は意識を喪った。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「じゃあ、六花ちゃん! ありがとうね! 気を付けて帰ってね!」
 「はい、遅くなってすみませんでした!」

 私は会社を出て、降り積もる雪の中を歩いてアパートへ帰った。
 段々と身体が重くなって行った。

 「あー! 今日は助かった! タケたちに感謝しないと」
 
 無理に笑って自分をしっかりとさせた。
 明日は休みにしてもらったが、正直助かる。
 もう身体は言うことを聞かないほどに疲れ切っていた。

 「あ、何も食べてないや」

 思い出したが、食欲は無かった。
 でも、無理にでも食べておかなければと思った。

 「何かあったかなー」

 ドアを開け、冷え切ってはいたが外よりも温かな空間に入り、一挙に疲れを感じた。
 立っているのも辛い。

 「あれ?」

 気力を振り絞らなければ、倒れそうだった。

 「なんだろう、こんなに疲れていたっけ?」

 部屋の奥に何かが見えた。
 黒い塊だった。
 それが近付いて来て、犬のような姿になった。
 その瞬間、身体が動かなくなった。

 「お前を連れに来た」
 (え?)
 
 「お前は俺たちの邪魔になる。あいつに出会わせるわけには行かない」
 (あいつ?)

 「お前に出会わなければ、あいつは一つの強力な軍団を喪う。それに光の女王の守りが無くなる。光の女王を倒すことが出来るかもしれない」
 (何を言ってる?)

 「もう終われ。お前はここまでだ。お前の抜け殻は我々が使ってやろう」
 (嫌だ! 何だか分からないけど、こいつの思い通りになってたまるか!)

 黒犬の口が開いた。
 赤く燃えるような口だった。
 小さいが、無数の牙が口の中に見えた。

 その時、また部屋の奥に、今度は眩い光が生じた。

 「お前!」
 黒犬が叫んだ。

 光は人の形になった。
 手に剣を握っていた。
 光の人は、その剣で黒犬を斬り裂いた。
 言葉にならない、黒犬の叫びが聞こえたような気がした。
 黒犬の姿が消えた。

 六花は光の人が近付くのを見ていた。
 身体は、床に寝ていた。

 「死なないで。どうか頑張って」

 そう聞こえた。

 「あなたの仲間を呼んだ。いい人。あなたを心から慕っている」
 (優しい声。誰?)

 「きっと出会って。私の「虎」を愛して。私に出来なかったことをわたしの「虎」にしてあげて」
 (分かりました。きっとそうします)
 六花は理解できないままに、そう思った。
 それが自分の運命であることを悟った。

 「ありがとう」

 光の人はそう言った。
 そのまま六花は横たわっていた。
 身体が燃えるように熱くなっていた。
 全身が痛む。


 「総長!」
 タケの声が聞こえた。
 光の人は消えた。
 視界の隅で、その顔が幽かに微笑んでいるのを見た。

 ドアを開けてタケが入って来る。
 倒れている自分を見つけ、大声で叫んでいた。

 「急に嫌な予感がして来てみれば! 総長!」
 (心配するな、タケ。私は大丈夫だ)

 そう声を掛けたかったが、口は動かなかった。
 そして、全てが眠りに落ちた。
 
 六花は全てを忘れた。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■


 
 「おい、起きろよ」

 響子の部屋へ戻ると、響子はベッドで眠っており、六花が椅子に座ってベッドに突っ伏していた。

 「石神先生……」
 「おい、疲れてるんだろう。今日はもう家に戻って休め」
 「いえ、いつの間にか眠ってしまっただけで」
 「そんな姿勢じゃねぇぞ。相当疲れてるんだって」
 「はぁ」

 六花は目覚めたが、まだボウっとしている。

 「後は俺がいるから。お前は帰れよ」
 
 「ちょっと夢を見ていました」
 「そうか」
 「大事なことでした」
 「なんだよ」
 俺は笑った。
 夢に大事も何も無い。

 「思い出したんです」
 六花はそう言った。

 「何を?」
 「それが、ちょっとあまり思い出せなくて」
 「思い出したって言っただろう!」
 俺はまた笑った。

 「はい、石神先生と出会うのが運命だったということは」
 「なんだ?」
 「それが大事なんです」
 「そうかよ」
 「出会えて良かった」
 「ああ、俺もだ」
 六花の頭を抱いた。
 本当に大事な女だ。

 「この後、ちょっとやりますか」
 「おい!」
 「あの人が出来なかったことをやりましょう」
 「しょっちゅうやってるだろう!」
 「いえ、そういうことではなく」
 「やってるだろ!」
 「はい、まあ」

 寝惚けているのか。
 
 「これからもやりましょうね!」
 「よろしくね!」

 俺はキスをした。
 六花も嬉しそうに舌を入れて来る。

 「お前も少しフルーツを食べて行けよ。大目に買って来ているから」
 「はい!」




 やっといつもの輝く笑顔になった。
 俺はまな板を出し、洋ナシと柿を剥いて食べやすいサイズにカットした。
 口の広いグラスに入れる。
 イチゴを洗い、練乳を少し垂らし、ガラスの器に盛る。

 六花が美味しそうに食べた。
 やがて響子も目を覚まし、先に食べている六花を睨んだ。

 「タカトラが私のために買って来たのにー!」
 「ゴメン、響子!」

 俺は笑って、響子の分を作った。
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