富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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雷鳴

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 12月初旬の土曜日。
 俺は六花と静岡まで鰻を喰いに行った。
 久しぶりだ。

 二人で鰻を堪能し、また東京へ向かう。

 「石神先生! やっぱり雨が来そうです」
 「そうか、しょうがねぇな!」

 バイクは雨が降ると辛い。
 特に、俺たちのようなパワーのある大型バイクはスリップの危険がある。
 まあ、俺も六花も操縦は上手い。
 なんとでもなるだろう。

 しかし、清水ジャンクションを過ぎると、激しい雨になってきた。
 前が見えにくい程に降っていく。
 そして空が光リ、雷鳴が轟いた。

 雷雲が拡がっている。
 しかも、東京方面に向かってだ。
 時折、落雷も見えた。

 「六花! ヤバい! 御殿場で降りるぞ!」
 「はい!」

 インカムで話し、俺たちは御殿場で高速を降りた。
 二人とも既にずぶ濡れだ。
 俺たちは高架下にバイクを停め、一息吐いた。
 六花がスマホで天気を見ている。

 「数時間、雷雲は動かないみたいです」
 「そうか」
 「どうしましょうか?」
 
 寒い。
 俺はともかく、六花を温めたい。

 「ホテルに泊まるか」
 「はい!」

 ずぶ濡れで、尚一層美しい女が嬉しそうに笑った。


 
 六花がスマホで近くのホテルを探す。

 「このホテル、いいんじゃないですか?」
 「どれ、見せろよ」

 見た。

 「ラブホじゃねぇか!」
 六花の頭をはたく。
 普通のホテルを探せと言った。

 洋館のような雰囲気のいいホテルがあった。
 六花が早速予約する。
 スウィートのダブルベッドだ。

 「ツインでいいよ」
 「一個無駄になるじゃないですか」
 「……」


 途中のホームセンターで、適当に服を買う。
 カーゴパンツにセーター、それに下着など。
 六花が道を確認し、俺の前を走る。
 雷鳴は少し離れた場所で、激しく轟いていた。



 「すみません、ツーリング中に大雨で」
 ずぶ濡れで来たことを詫びた。

 「いいえ! 大変でございましたでしょう!」
 フロントでタオルを渡された。
 
 手荷物は無かったので、キーを預かって部屋へ向かった。
 まだ夕方の6時だ。
 しかし、外はすっかり暗くなっていた。

 俺たちは部屋ですぐにライダースーツを脱ぎ、風呂へ入った。

 「ジャグジーですよ!」
 大きな明るい浴室で、六花が喜ぶ。
 俺はすぐに湯を溜め、二人でシャワーを浴びた。
 まだ溜まっていない浴槽に六花を座らせ、俺は一旦部屋へ戻った。
 備え付けのバスローブを着て、フロントに内線する。
 俺たちのライダースーツの乾燥を頼んだ。
 それと、バーボンとビール、ピザと適当につまみをルームサービスで注文した。

 ライダースーツを渡し、酒とつまみを二時間後に持って来るように言った。

 風呂に戻る。
 大きな浴槽なので、まだ半分も溜まっていない。
 六花は俺の顔を見て微笑み、早く入れと手招いた。
 俺は六花を足の間に入れて、俺にもたれかけさせる。
 形のいい胸を触りながら、耳を舐めた。
 六花はそれだけで痙攣した。

 二人で愛し合ううちに、湯が溜まった。

 「ツーリングで、いつも雷が落ちるといいですね!」
 「冗談じゃねぇ」

 凍え切る前にホテルに入れて良かった。
 六花も大丈夫そうだ。

 風呂を上がり、六花の髪を乾かしていると、ルームサービスが来た。
 先ほど鰻を食べたが、既に腹が減っていた。
 二人でビールを飲みながらピザを食べ、ゆっくりとバーボンを飲む。

 俺は家に電話して、雷が激しいので、今日は御殿場に泊ると言った。

 「しっぽりしてくださいー!」
 亜紀ちゃんが言った。

 「うるせぇ!」

 

 外はまだ雷が激しい。
 雨が窓に叩きつけている。

 「凄いですね」
 「そうだなぁ」

 部屋は暖房が効いて温かい。
 


 「昔な、こんな雷の中を走ったんだ」
 「誰とですか?」
 「保奈美という女だ」
 「へぇー」



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 あれは12月のクリスマス後だった。
 冬休みになり、俺は保奈美と蘆ノ湖へツーリングに出掛けた。
 
 二人で弁当を持ち、ボートに乗って遊んでいたところに、大雨が降って来た。
 慌てて岸に戻り、急いで帰った。

 まだ3時くらいだったが、辺りは薄暗くなっていた。
 激しい雨の中を、滑らないように走った。

 俺は保奈美の前を走り、水が溜まった路面を注意深く避けて走った。
 保奈美も後ろを着いて来る。
 雷が鳴り始めた。
 山に落ちるのが見えた。
 一瞬、周囲が真っ白になった。

 段々保奈美が遅れた。
 俺は一旦止まって、保奈美を道路脇に寄せた。
 雨に濡れ、身体が凍えている。
 俺よりもずっと細い保奈美は、寒さに耐えられなくなっている。
 バイクは風を直接受ける。
 低体温症を起こしていた。

 辺りに雨を避けられる場所は無い。
 俺は保奈美を後ろに乗せて、山道へ入った。
 それほど経たずに、作業小屋のような場所を見つけた。
 戸を開き、中へ保奈美を入れた。

 林業の作業員の小屋らしい。
 ありがたいことに、部屋の中に炉があり、薪も積んであった。
 俺は急いで火を起こし、保奈美の服を脱がせてタオルで拭い、置いてあった毛布を身体に巻いた。
 
 一旦外へ出て、保奈美のCBRを取って来た。

 保奈美はガタガタと震えている。
 
 「もっと火の傍に寄れよ」
 俺は保奈美を横たえ、炉の横に寝かせた。
 服も炉の周りに置く。
 俺も下着姿になり、服を乾かした。

 「トラ、寒いでしょう」
 「大丈夫だ」

 自分が相当辛いだろに、俺を気遣う。
 毛布があって助かった。
 保奈美では、この中で下着になれない。

 日が暮れた。
 電気は通っていない。
 炉の火だけが照明だった。

 突然、窓が真っ白くなった。
 直後に、大きな雷鳴が響いた。
 随分と近い。

 俺の身体も渇いたので、保奈美の毛布に一緒にくるまった。
 俺の前に座らせ、なるべく毛布を保奈美に巻いた。

 「トラ、あったかい」
 「そうか」

 しばらくそうしていた。
 保奈美はまだ辛そうだ。
 俺は一旦離れて、小屋の中を探した。

 小さな鍋があった。
 それと一握りの米と缶詰。
 缶詰はサバの水煮とミカンだった。
 
 俺は外に出て、鍋に雨水を受けた。
 また身体が濡れた。

 鍋に米を入れ、炉にかけた。
 上手くは出来ないだろうが、注意深く火加減を見ながら、雑炊を作る。
 柔らかく出来ればいい。

 鉈があったので、薪を薄く割ってスプーンのようなものを作った。
 米も研いでいなかったが、それなりの雑炊になった。
 サバ缶を開けて、保奈美に鍋の雑炊を食べさせた。

 「不味いだろうが、腹に入れておけよ」
 「ありがとう」

 保奈美が微笑んで言った。

 半分食べて、俺に寄越した。
 サバはほとんど口に入れていない。

 「バカ、お前が全部食べるんだよ!」
 「でもトラだって何も食べてないじゃない」
 「俺は後でお前を喰う」
 
 保奈美が笑った。

 「お前が元気でないと困るよ。俺は全然大丈夫だからな。まずお前だ」
 「分かった」
 
 でも、保奈美がちょっとだけでも食べろと言う。
 俺は一口もらった。

 「おい」
 「なに?」
 「意外と美味いな!」
 「アハハハハハ!」

 保奈美が笑った。
 俺も嬉しくなった。
 美味いはずが無かった。

 保奈美が食べ終え、二人でミカンの缶詰を食べた。



 保奈美が俺に毛布に入れと言った。
 身体を触れ合うと、さっきよりも保奈美の体温が高い。
 雑だったが食事をし、保奈美も体力を取り戻したようだ。

 雷鳴が響いている。
 俺たちは黙って、窓の外を見ていた。

 「凄い雨だね」
 「ああ。天気予報じゃ違ったのにな」
 「そうなの?」
 「そうだ。小雨程度のことだったんだよなぁ」
 「それって、この辺のこと?」
 「あ? ああ!」

 当時は今のように他の地域の天気予報は簡単には知れない。
 俺は地元の天気ばかり見ていた。

 「そうかぁ!」
 「ウフフフフ」

 俺が謝ると、保奈美は俺と一緒ならどうでもいいと言った。

 「じゃあ、そろそろ私を食べる?」
 「おう!」

 むしゃぶりついた。

 外で雷が光るたびに、美しい保奈美の白い裸身が浮かんだ。
 雷鳴の中で、二人で大きな声を上げた。




 翌朝。
 嘘のように晴れ上がり、俺たちは小屋を出た。

 「勝手に色々使っちゃったなー」
 「そうだね」

 置いて帰る金は無かった。
 俺たちは小屋にあった当番表という紙に、俺の住所と名前を書いた。

 《大雨で、勝手に薪、米、缶詰を頂いてしまいました。今はお金が無いので、後日弁償します。ご連絡下さい》


 数日後、手紙が届いた。

 《困ったときはお互い様。ここにあったもので役立ったのなら、それで構いません》

 保奈美にも手紙を見せた。
 二人でお礼の手紙を書き、サバとモモの缶詰を5個ずつ送った。

 


 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 話を終えると、六花がニコニコしていた。

 「それではそろそろ、私をお食べになりますか」
 「さっき喰っただろう!」

 「え? 私とヤル口実だったのでは?」
 「お前に口実が必要だったことはねぇだろうが!」
 「石神先生は、雷が鳴るとヤリたくなると」
 「そんなわけあるか!」
 「ヤラないんですか?」
 
 「飲み終わってからだぁ!」

 六花が大笑いした。

 


 あの時、俺たちはお互い金が無く、「愛」しかなかった。
 金が無い俺は女を凍えさせ、精一杯頑張って、クソ不味い飯しか喰わせられなかった。
 
 今俺は金も持ち、女を凍えさせることも無いし、美味いものを食べさせてやれる。




 でも、保奈美は微笑んでいた。
 何も無く、何も出来ない俺に、優しく微笑んでくれた。

 「トラ、温かい」

 あいつはそう言ってくれた。
 確かに、愛がそこにはあった。
 激しい雷鳴の中で、保奈美の微笑みが白く輝いた。




 時折窓が真っ白に光り、六花の白い美しい裸身を露わにした。
 六花は俺の顔に額を付け、微笑みながら眠った。
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