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早乙女と雪野 Ⅱ

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 早乙女たちに風呂を勧めた。

 「おい、二人で入って来いよ」
 「いや、それは!」
 「いいじゃねぇか」
 「石神、困るよ!」
 「じゃあ雪野さん、一緒に入りましょうか!」
 「ええ、どうしましょう」
 「石神!」

 早乙女が焦っている。

 「じゃあ、折角ですから」
 「え?」
 「一緒に入りましょうか」
 「はい!」

 俺は笑って照明を少し暗くし、月光の映像と音楽を流した。

 「あんまりはしゃぐなよ!」
 「石神!」

 俺は笑ってドアを閉めた。




 早乙女が幸せそうな顔で出て来た。
 雪野さんは髪を乾かしながら、少しばかり化粧をしているようだ。

 「楽しそうだな」
 「うん!」

 俺も楽しい。
 俺たちも風呂に入り、俺と亜紀ちゃん、柳でつまみを作る。

 身欠きにしん。
 巾着タマゴ。
 たこ焼き。
 スモークサーモンのマリネ。
 キノコのバター炒め。
 カプレーゼ。
 もろきゅう。
 新ショウガの漬物。
 チーズ各種。

 「豪華ですね!」
 「そうですか。何を飲みます?」
 「石神さんは?」
 「いつもワイルドターキーですが」
 「じゃあ、私もそれを」
 「早乙女は?」
 「同じものを頼む」

 亜紀ちゃんが当然のようにワイルドターキーのロックを飲む。

 「おい、仮にも警察官の前なんだぞ!」
 「今更ですよね?」
 早乙女も笑っていた。

 「朝に目覚めるとな」
 早乙女が話し出した。

 「ああ」
 「雪野さんがいるんだ」
 「当たり前だろう!」
 みんなで笑った。
 雪野さんもおかしそうに笑う。

 「いや、信じられん」
 「お前なぁ」
 「綺麗なんだ」
 「まあ!」
 「そうだろうな」

 早乙女が嬉しそうに言った。
 
 「石神、お前のお陰だ」
 「何言ってんだ。話を持って来たのはお前の上司だろう」
 「いや、お前のお陰だ」
 「まったく」
 
 「いいえ、本当に石神さんのお陰ですよ」
 「雪野さんまで」

 「夫を助けて下さって。いつも夫のことを大事にしてもらって。だから私も夫と出会って好きになったんです」
 「はい?」

 雪野さんが話し出した。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 雪野は、伯父の西条重蔵を子どもの頃から尊敬していた。
 父親は優しい人間だったが、重蔵にはそれとは別な魅力があった。
 警察官として、厳しい仕事をしている。
 子どもの頃には詳しくはわからなかったが、精悍な雰囲気の中に何か綺麗な輝きを見出していた。

 伯父と父親とは仲のいい兄弟で、よく家に遊びに来ては一緒に楽しそうに酒を飲んでいた。



 ある時、伯父が来て泣いて父親に話しているのを見た。
 廊下でそっと聞き耳を立て、何があったのか知ろうとした。

 「俺の部下の父親と娘が死んだ」
 「そうなのか」
 「俺たちの組織の中に、とんでもない化け物がいる。それを調べていて父親が殺されたんだ。娘もその巻き添えで殺された」
 「おい、兄貴!」
 「済まない。他に話せる相手がいないんだ」
 「兄貴……」

 あんなに強いと思っていた伯父が泣いていた。
 詳しいことは分からないが、何か大変なことが起きているらしい。

 数年後。
 伯父が父親と笑っていた。

 「化け物がついに退治された!」
 「そうなのか!」
 「ああ。部下の男がやり遂げたんだ。あいつは素晴らしい男だ!」
 「そうか、良かったな!」
 「石神という、またとんでもない男が助けてくれたらしい。俺は石神にも感謝している」
 「うんうん」
 「でもな。部下が、早乙女が嬉しそうで。俺は何よりもそれが嬉しい」
 「そうか」
 「あいつが、いつも暗い顔をしていた早乙女がさ、時々笑うんだよ」
 「良かったなぁ!」

 何があったのかは知らないが、早乙女さんという人が笑っていると聞いて、雪野も嬉しくなった。

 その後で、伯父から見合い話を貰った。
 これまで両親から幾度かは見合い話をもらったが、自分は結婚するつもりは無かった。
 仕事で頑張りたい。
 でも、見合い相手が「早乙女さん」だと知り、その見合いを受ける気になっていた。
 写真を見た時に、笑った早乙女さんの顔が思い浮かんだ。
 想像通りの優しそうな人だった。
 写真は随分と硬い表情だったが。

 早乙女さんに呼ばれ、勤め先の近くのレストランへ行った。
 早乙女さんと一緒に、石神さんもいた。
 二人を一瞬で信頼し、好きになった。
 運命を感じた。

 「石神と結婚して下さい!」
 そう言う早乙女さんを、一層好きになった。
 私が石神さんではなく早乙女さんと結婚したいと言うと、早乙女さんが驚いていた。

 石神さんが、早乙女さんを「純粋な人間」と言った。
 私にはすべてが氷解した。
 


 私は、そういう人を求めていたのだ。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「私の父も母も、伯父も。みんな純粋なんです。だから時には悲しいことも多かったんですが、それがいいと思っていました。私が結婚を躊躇っていたのは、そういう純粋な方が今の世の中にいないのではと思っていましたので」

 「まあ、こいつは特別にそうですからね。「真面目」の刺青見ました?」
 「ウフフフフ」
 「全身にびっしりあったでしょう?」
 「はい! 驚きました」

 早乙女が俯いて泣いていた。

 「なんだよ、真面目野郎!」
 「嬉しいよ。俺なんかがそんなに言ってもらって」
 「褒めてねぇよ!」
 「うん。でも嬉しい」

 雪野さんと顔を見合わせて笑った。

 「石神さん。夫を助けてくれて、ありがとうございました」
 「いいえ、俺たちの方こそ、早乙女に助けてもらったんです」
 「石神! それは違う!」
 「黙れ! お前はこれから出世して雪野さんを喜ばせろ!」
 「うん、でも俺はお前の……」

 「まさか、雪野さんに秩父のことは話してないだろうな?」
 「いや、話した」
 「このバカ野郎!」
 俺は早乙女の頭を殴った。

 「お前らは普通の暮らしで幸せになれ!」
 「そうは行かん!」
 俺はもう一度殴った。

 「石神さん。私も夫と同じです」
 「雪野さん!」
 「私もどうか殴って下さい」
 「あのね!」
 「石神さんと夫が出会わなければ、私は何も無いままで終わっていました」
 「……」

 「私の人生に、こんな幸せが来たのは石神さんのお陰です。ですから、これから夫と共に」
 「やめろ!」
 俺が怒鳴っても怯まなかった。

 「私に何が出来るわけでもありませんが。夫と共に石神さんをお手伝いします」

 「あんたらはバカだ」
 「はい!」

 拍手が沸いた。
 子どもたちが手を叩いている。

 「バカ揃いなのは、俺がそうだからか?」
 「はい!」
 叫んだ亜紀ちゃんにたこ焼きを投げた。
 箸で摘まんで口に入れた。

 「しょうがねぇ。守るつもりだが、覚悟はしておけよ!」
 早乙女と雪野さんが笑って頷いた。






 どうしようもないほどに純粋な二人が仲間になった。
 絶対に喪いたくないと思った。

 そう誓った。
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