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保奈美 月見草の花畑で Ⅱ

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 高校に上がり、保奈美も俺と同じ高校に入った。
 俺が井上さんから「ルート20」に誘われると、保奈美もそのレディースに入った。
 
 大チーム「鬼愚奈須」との抗争で、保奈美は懸命に情報を集めてくれた。

 「危ないからもうやめろよ」
 「トラのためだもん! 何でもやるからね!」

 保奈美は言うことを聞かなかった。
 一度、幹部が集まってると俺に店から電話し、気付かれて捕まった。
 連れ出されるところを、すんでで俺が間に合った。
 三人の幹部を俺が倒し、保奈美を取り返した。
 保奈美は顔を腫らせ、左目の周囲が赤く盛り上がっていた。
 綺麗な顔が、酷いことになっていた。

 「ばかやろう! だから言っただろう!」
 「こんなの全然平気だよ。トラのためだもん!」

 俺は保奈美を抱き締めた。
 家に帰れば親に問い詰められると、保奈美は友達の家にしばらく泊めてもらうと言った。
 



 保奈美はいつも俺のためにいろいろとやってくれた。
 一度、俺が裸で走って留置場に入っていると、仲間のレディースを連れて警察署に乗り込んで来たこともある。
 
 「裸で走ったくらいでなんだぁー!」

 木刀で暴れたので、保奈美も捕まった。
 留置場に入って来た保奈美を見て、一緒に笑った。

 「佐野さん、どうかこいつらは」
 「分かってるよ! 全部お前のせいだ! その分覚悟しろ!」
 「はい!」

 保奈美たちは説教され、そのままガラ受けもなく解放された。
 佐野さんが全部取り仕切ってくれた。
 そういう時代だった。




 保奈美と何度かツーリングに行った。
 金が二人とも無いから、日帰りか、野宿して帰って来た。

 8月の野辺山の高原で見つけた月見草の群生地。

 俺たちはバイクを降り、その美しい場所で一晩を過ごそうとした。
 晩飯は、二人で夕方に食べた立ち食いソバでのかけそばのみ。
 腹が減っていた。
 保奈美が何だか暗い。

 愛し合った後に、保奈美を誘って二人で道路に戻った。
 国道沿いに飲み屋があった。
 俺たちは中に入って、金が無いので皿洗いとかさせて欲しいと言った。
 当然断られた。

 ギターがあった。
 俺は勝手にそれを借りて弾いた。
 客にウケた。
 調子に乗って、何人かリクエストを受けて歌の伴奏をした。
 大いにウケた。
 二時間もやっていると、酒を勧められ、腹が減ってると言うと、何か喰わせてくれた。
 店主は笑いながら千円札をくれた。
 保奈美は料理や酒を運んでみんなに大人気になった。
 まあ、美人だったし、愛想がいい。
 保奈美は二千円もらった。

 俺たちは満腹になり、礼を言って頭をさげ、月見草の花畑に戻った。


 「トラ! すごいね!」
 「何言ってんだ、お前の方が倍ももらっただろう」
 「ウフフフ!」

 草原に二人で寝転んだ。

 「悪いな、俺に金が全然なくって」
 「全然! トラと一緒ならどんなだっていいよ」
 「そうか。これが精一杯でもか?」
 「いいよ。でも、トラはこれからどんどん立派になっていくでしょ?」
 「それは分からないよ。俺は立派になりたいとも思ってないしな」

 保奈美が手を繋いで来た。

 「それでもいい。ねぇ、今日みたいにしてさ、いろいろ回ってもいいよね?」
 「よせよ。俺はいつも、あんなに愛想よくできないよ」
 「じゃあ、今日は?」
 「保奈美が辛そうだったじゃん」
 「え?」

 「グーグー腹が鳴ってさ。なんだか力も無かったみてぇだし」
 「トラがお腹空いてたんじゃないの?」
 「まあ、空いてたけど。俺の場合全然それが常態だしな!」
 「アハハハハハ!」

 保奈美は俺の家が貧乏なのを知っている。

 「じゃあ、本当に私のためだったんだ」
 「そうだよー」
 「ウフフフフ」
 「お金もらっちゃったからな。明日はちょっといいものが食べれるな!」
 「そうだね!」

 俺たちは笑った。

 「トラのギターを初めて聞いちゃった。上手いんだね!」
 「ああ。貢さんに叩き込まれたからな。俺もギターは好きだし」
 「貢さんって?」

 俺は簡単に保奈美に話した。

 「へぇー、でも全然聴いたことなかった。中学の時に合奏団やったじゃない」
 「ああ」
 「白石って子がメインでギターをやってたよね? トラの方が上手かったんじゃないの?」
 「そんなことないよ。あいつは頑張ってたよ」
 「ふーん」

 黙っていると、保奈美がクスクスと笑った。

 「なんだよ?」
 「実は知ってるんだ。私は「トラファンクラブ筆頭」だからね!」
 「なんだよ、そりゃ」
 俺は笑った。

 「合奏団にいた子から聞いたの。トラが白石にギターを特訓したんだって。打ち上げの時に白石が全部話してたってさ」
 「なんだよ、そんな話か」
 「トラって、自分の自慢をしないよね?」
 「そりゃそうだろう。自慢するようなことは何も無いからな」

 保奈美が俺に抱き着いて来た。

 「勉強が一番で、カッコよくて背が高くて、喧嘩が強くて。それで物凄く優しい」
 「よせよー」

 「模試もトップだったんでしょ?」
 「よく知ってるな!」
 「筆頭だもん」
 「アハハハハハ!」

 俺たちはまた愛し合った。
 保奈美は食べたせいか、元気を取り戻していた。

 二人で裸で寝転んだ。

 「綺麗だね」
 「そうだなー」
 「月見草の花畑で愛し合う二人」
 「なんか永遠の恋人みたいだな」
 「!」

 俺がそう言うと、保奈美がキスをしてきた。
 長い。
 全然離れない。

 やっと唇を離した。

 「このまま死にたい!」
 「生きろ!」

 二人でまた笑った。

 「私ね、看護師になるよ」
 「保奈美なら医学部も行けるだろう?」
 「ううん。トラの下で働きたい」
 「そうなのか?」
 「うん!」

 「じゃあ、なろう!」
 「うん、約束ね!」

 俺たちは指切りをしながら、また長いキスをした。
 保奈美と一緒なら、きっとまた楽しい。
 俺はそう思っていた。




 保奈美は港区の医科大学の看護科に合格した。
 俺も東大医学部に合格した。

 しかし、俺は家の事情で入学金が払えなかった。
 聖とアメリカへ行くことを決めた。

 保奈美が家に来た。

 「トラ! どうして!」
 「仕方ないんだ」
 「だって! 約束したじゃない! 私、絶対にトラの下で看護師になりたかったのに!」
 「保奈美、ごめんな」
 「トラぁ!」

 保奈美が抱き着いて来た。
 泣きじゃくっている。

 「保奈美、ごめんな」
 「トラ! お金なら私が何とかする!」
 「何言ってんだよ」
 「私を買いたいって人がいるの! 〇〇病院の院長!」

 十年前に出来た病院だ。
 結構繁盛しているらしい。

 「何言ってんだ、お前!」
 「トラのためだもん! なんでもするよ!」
 「ばかやろう!」

 保奈美を引っぱたいた。
 手が酷く痛んだ。

 「この家も、もう出なきゃならねぇ。RZもお世話になった人に譲った。もう俺には何もねぇんだ!」
 「私がいるよ!」
 「ダメだ! あの時の千円すら俺にはねぇ。もう俺が自分を放り投げたんだ! 俺はアメリカへ行く。聖とな。そこで俺は死ぬかもしれねぇ。傭兵稼業だぁ! でも、俺はそこへ自分を放り投げた! もう他の道はねぇんだぁ!」
 「私がいるよ!」
 「保奈美、俺はお前も放り投げた。許してくれ」
 「トラぁ!」

 保奈美は自分もアメリカへ行くと言った。
 俺が不良仲間とつるむようになったら、自分もそこへ入って来た保奈美。
 暴走族に入ったら、自分もレディースに入って来た保奈美。
 今度は俺が傭兵になると言ったら、そこへも行くと言う保奈美。

 地獄へ行くのだと言えば、ついて来ようとするだろう。

 俺は保奈美の愛の大きさを見誤っていた。


 「保奈美、俺はいつか日本へ帰って来る」
 「本当に!」
 「帰れば、また医者になろうとするよ」
 「本当に?」
 「ああ。だからお前はお前の決めた道を行っててくれ」
 「本当だよ! 絶対だよ! トラ! 本当にだからね!」

 保奈美は泣きながら帰った。





 その後、俺はアメリカから戻り、東大に合格した。
 保奈美のことは思い出していた。
 でも、もう俺なんかに関わらない方がいい。
 俺はこんなだ。
 また無茶な、バカなことであいつを巻き込んでしまうかもしれない。

 後に、族の仲間から、保奈美が勤めていた病院を辞めて「MSF(国境なき医師団)」に入ったと聞いた。
 今、あいつがどこにいるのかは分からない。
 俺がアメリカで傭兵になると知ったからだろうか。
 あいつは、世界の紛争地域で、俺をまさか探してはいないだろうか。

 あの、月見草の花畑でした約束を。
 あいつは今も追っているのだろうか。

 俺は「MSF」に連絡し、八木保奈美と連絡を取りたいと言った。
 組織の性格上、俺に連絡先を教えることは出来ないと言われた。
 俺の伝言を伝えて欲しいと頼んだ。
 


 今も、保奈美からの連絡はない。
 あいつの中には、今もあの月見草の花畑が拡がっているのだろうか。

 今も、保奈美からの連絡はない。 
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