上 下
955 / 2,818

しょうもない話 Ⅲ

しおりを挟む
 11月第二週の火曜日。
 ちょっとした、どうでもいい事件が起きた。

 一江が殴られた。

 夕方、俺が帰ろうとすると、大森から連絡が来た。

 「部長! 一江が患者さんから殴られました!」
 大分興奮している。

 「そうか。俺はこれから帰るからな」
 「部長!」
 「あんだよ」
 「すぐいらして下さい!」
 「だってよ」
 「お願いします!」

 仕方なく処置室へ向かった。
 大森は場所を言わなかったが、内線番号が処置室だったためだ。
 気が立って、思考も乱れているらしい。
 まあ、大事な親友をやられたんだ。
 無理もない。
 でも、俺はどうでもいい。
 ほんとに。





 俺が処置室へ行くと、一江が大森に目の辺りを冷やされていた。

 「どうしたんだよ」
 「それが、入院中の男性の患者さんから急に殴られて」
 大森が説明した。
 よく分からん。
 怒りのためだろうが、いつもの冷静さを喪っている。

 「こいつがブサイクだから?」
 「部長!」

 冗談だと言い、大森に氷嚢をどかさせた。
 もう、目の周りに青黒い痣が出来ている。
 
 「おう、結構強く殴られたな」
 「はい! 酷い状況です」
 「レントゲンは?」
 「いえ、まだですが?」
 「念のために撮っとけ。眼底骨折の可能性もあるからな」
 「は、はい!」

 俺はじっくりと一江の眼を観察した。
 咄嗟に目を閉じたのだろう。
 水晶体などには問題はなさそうだ。
 流石に眼球は充血しているが、恐らく大丈夫だ。

 「お前の眼を、これまでで一番長く見たな」
 「部長」
 「どうだ、視力に違和感はあるか?」
 「いいえ」
 「俺の後ろの光り輝く天使とかカッチョイイ侍とかが見えるか?」
 「いいえ?」
 「広い河原の向こうで誰か呼んでるか?」
 「なんですか、それ!」
 「俺の眼を見ながら「愛してる」と言ってみろ」
 「なんで拳を構えてんですか!」

 「おし! 正常だ!」
 「「……」」

 俺は大森にレントゲン室の予約を入れさせた。
 救急搬入の患者のために、24時間レントゲン室は稼働している。

 レントゲン室ですぐに撮影し、データを大森と一緒に見た。
 大丈夫だった。

 俺は一江に状況を説明させた。
 
 「若い男性です。同じ病室に先日オペをした患者さんがいて、ちょっと様子を見に行きました」
 「それで?」
 「同室の若い男性の患者さんが、恐らく交際相手と思われる女性とベッドで、その、イヤラシイことをしていたので注意しました」
 「そこを詳しく!」
 「え、はい。あの、男性の下を脱がせて口に入れて……」
 「丸見えでかよ!」
 「いえ。カーテンを閉じてましたが、声が、その」
 「そこを詳しく!」
 「「もっと舌の先で舐めろ」とか」
 「お前から聞くと、何の興奮もねぇな」
 「部長!」

 大森も俺をコワイ顔で見ている。

 「分かったよ。俺が言ってやる」
 「すいません」
 「大森もついて来い」
 「はい!」
 「一江はあとは自分で処置できるな?」
 「はい」
 「終わったら部屋に戻ってろ」
 「分かりました」

 俺は大森に案内させた。
 問題の男のベッドはカーテンが閉じている。
 俺は声を掛けることなく、カーテンを全開にした。

 「おい!」

 男が叫んだ。
 やってた。

 大森に、カルテを持って来させた。

 「ここで何をやってる」
 「うるせぇ! 早く閉めろ!」

 俺が近付くと、男が俺に掴み掛かろうとするので、ベッドの下に首を掴んで投げ落とした。
 威圧した。
 二人は動けなくなった。
 
 すぐに大森が戻って来る。
 近くのナースステーションに、カルテの写しが常備してあるためだ。
 男の患者と女を、別棟の会議室に入れる。

 歩きながらカルテを見たが、左の肋骨を何本か骨折と、同じ左肩の骨折での救急搬送だった。
 バイクの交通事故だ。

 「おい」
 「なんだよ!」
 「お前、さっき俺の部下をぶん殴ったらしいな」
 「あいつが邪魔すっからだ」

 前に出ようとする大森を止めた。

 「関尭雄か。お前、生意気なことしてくれたな?」
 「なに!」
 「いきなり俺の身内をぶん殴って怪我させたんだ。ただで済むと思うな」
 「へっ! お前らこそ肚くくれよな」
 「どういうことだ?」

 関が俺を見てニヤリと笑った。

 「俺は「清和金融」のモンだ。お前らにこの名前の意味は分からないだろうけどな」

 俺には覚えがあった。

 「ああ、稲城会のフロントか」
 「お前!」
 「渋谷の街金だろ?」

 俺は稲城会の組織の全てを頭に入れていた。

 「お前、何やったと思ってんだ?」

 大森がドスの効いた声で言った。

 「あんたら、なんだよ!」
 「この方はなぁ、イナギ・グループの総帥石神高虎様だ」
 「へ?」
 「千万組総長でもあられる」
 「!」

 俺は関の胸倉を掴んだ。
 俺の名は下っ端でも知っていたらしい。
 見るも無残に震えている。

 「お前、親にクソ口叩いて、親の大事な人間を襲ったんだ。覚悟はいいな?」
 「いや、待って下さい!」
 「エンコじゃ済まねぇぞ」
 「すいませんでしたぁ!」
 「大森、女と一緒に山に埋めて来い」
 「分かりました」
 「勘弁してください!」

 まあ、やるつもりもねぇが。
 めんどくさい。
 関と女は床に土下座した。

 俺は元稲城会の幹部に連絡し、至急身柄を引き取りに来させた。
 事情を説明すると、10分で来ると言った。
 待っている間、大森が俺にコーヒーを淹れに行った。

 「ところでよ。お前バイクで事故ったんだってな」

 ヒマなので関に聞いた。

 「はい。首都高を走ってたら白いランクルにぶつけられまして」
 「!」




 元稲城会幹部が来た。

 「石神さん! 取り敢えず今日はこれで! 残りは後日必ず!」

 幹部の男が俺の前で土下座した。
 連れて来た二人もだ。
 2000万円の包みを俺に渡す。

 「分かった、これでいい。男の処分は任せる。まあ、大したことじゃねぇ。俺が許したんだから、あんまり無茶はするな。それと女はトバッチリだ。そのまま帰してやってくれ」
 「分かりました!」

 すぐに男たちは帰った。
 俺は部屋に戻って、一江に金を渡した。

 「入院費と治療費はこの中からお前が支払ってくれ。残りはお前のものだ」
 「部長! こんなお金は」
 「いいから入れておけ。元稲城会の奴だった。俺の不始末でもあるしな」
 「そんな、いいんですか?」

 一江が気持ち悪い顔で微笑んだ。

 「まあ、お前も頭に来るだろうけどな、これで収めろ」
 「了解ですぅー!」
 「大森と何か美味いものでも喰えよ」
 「はーい!」

 「それとな、あの若い奴は首都高で白いランクルにやられたんだと」
 「え! それって!」
 「あいつ、まだ無茶してんだなぁ」
 「はぁ」

 三人で押し黙った。



 俺は帰って栞を呼んで説教した。
 栞の「人喰いランクル」の犠牲で、危うく若いくだらない男が命を落とす所だった。
 どうでもいいが。

 どうも、俺の周りには危ない連中が多い。
 その夜、飲み会に双子を呼んだ。


 「週末に、一緒にキャンプに行くか」
 「「うん!」」

 双子が喜んだ。

 「タカさん、ほんとに!」
 「嬉しいよー!」
 「おい、普通のキャンプだぞ。俺が教えてやる」
 「「うん!」」
 「お前ら勝手に「キャンプ」の概念を書き換えやがったからなぁ。お前らの遊びはそれでいいが、俺が人間のキャンプの楽しさを教えてやるよ」
 「「はーい!」」

 亜紀ちゃんと柳も行きたがったが、俺がまた今度と断った。
 二人が肉のやけ食いをした。


 俺は翌日にキャンプの道具を買った。
 俺も楽しみだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王女、騎士と結婚させられイかされまくる

ぺこ
恋愛
髪の色と出自から差別されてきた騎士さまにベタ惚れされて愛されまくる王女のお話。 性描写激しめですが、甘々の溺愛です。 ※原文(♡乱舞淫語まみれバージョン)はpixivの方で見られます。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

ぽっちゃりOLが幼馴染みにマッサージと称してエロいことをされる話

よしゆき
恋愛
純粋にマッサージをしてくれていると思っているぽっちゃりOLが、下心しかない幼馴染みにマッサージをしてもらう話。

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

保健室の秘密...

とんすけ
大衆娯楽
僕のクラスには、保健室に登校している「吉田さん」という女の子がいた。 吉田さんは目が大きくてとても可愛らしく、いつも艶々な髪をなびかせていた。 吉田さんはクラスにあまりなじめておらず、朝のHRが終わると帰りの時間まで保健室で過ごしていた。 僕は吉田さんと話したことはなかったけれど、大人っぽさと綺麗な容姿を持つ吉田さんに密かに惹かれていた。 そんな吉田さんには、ある噂があった。 「授業中に保健室に行けば、性処理をしてくれる子がいる」 それが吉田さんだと、男子の間で噂になっていた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

処理中です...