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思い出の三浦海岸

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 11月の文化の日。
 俺は響子と一緒に三浦半島へ出掛けた。
 以前に、響子と初めてドライブをした、あの海岸へ行こうと思った。
 だから六花はいない。
 俺と二人きりだ。

 その話をした時、響子はハーレーで行きたいと言った。
 だが、流石に響子にとっては長距離だ。
 特別移送車でと説得した。

 俺はダンヒルの黒のカーフのジャケットに、ブリオーニのシルク混の白のパンツ。
 シャツはブリオーニのギザで、ドミニク・フランスの濃い紺の孔雀の柄を。
 靴はアルティオリのクロコダイルのものを履いた。
 響子は俺のリクエストでフリルの多い白の厚手のワンピースに、ボーダー柄の革の白の裾の長いジャケットを羽織った。
 二人とも車内では上着は脱ぐが。

 朝食を摂ってから出掛けた。
 響子は朝からご機嫌だった。




 「タカトラ」
 「なんだ?」
 「なんで今日は誘ってくれたの?」
 響子がちょっと真剣な顔で俺に聞いた。

 「なんでって、自分のヨメをデートに誘ったらおかしいか?」
 「エヘヘヘヘ」
 響子が恥ずかしそうに笑った。

 ちょっと前まで、響子は俺のヨメだと公言していた。
 それが最近は口にしなくなった。
 大人になって来たのだろう。
 自分の現実を認めてきている。
 響子の身体は普通ではない。
 言ってしまえば、いつ死んでもおかしくもない。
 俺たちは必死にそれを避けようとしているが、響子が普通の人間のようになることだけは絶対にない。

 それはみんな分かっている。

 「強いて言えば、俺が響子にメロメロだからだよな」
 「アハハハハハ!」
 「本当になぁ。どうしてこうなった?」
 「私がカワイイからだよ」
 「そうだな!」

 横浜を抜け、海が見えるようになる。

 「でも、響子も段々とカワイイから「綺麗」になって来たな」
 「ほんとに!」
 「ああ。もちろん今もカワイイし、これからもそうだろうよ。でもな、時々お前を見ていてドキッとすることがある」
 「え! どんな時?」

 「オナラをするとな。まー臭いのなんの」
 響子が俺の腕を叩いた。

 「もう!」
 「アハハハハハ!」

 左側が海だ。
 響子が海が見えると、外をじっと見詰める。

 「お前、髪が伸びたな」
 「うん。そろそろ切ろうかな」
 「アフロにしろよ」
 「えー!」
 
 「鷹が事故で髪を喪った時に、アフロのウィッグをやったんだ」
 「あー! 持ってるよね!」
 「俺はアフロの女が大好きだからなー」
 「えー、でもやだよ」
 「俺が大好きでもか?」
 「うーん、じゃあやる」
 「響子はカワイイなぁ!」

 俺たちはしばらく、どんな髪型がいいのか話した。
 響子は六花が持って来る雑誌で、素敵なものがあったと言った。
 今度一緒に見ようと言った。
 響子の髪は、青山の一流の美容師がカットと手入れに来る。
 以前に俺がナースの一人の髪型を褒めると、その店を教えてくれた。

 「全然違うんですよ! それに、伸びた場合を考えてカットしてくれるんです!」
 「ほう、いいな!」
 「前にですね、シャンプーをしてもらってたら、店員さんが店長に怒られたんです」
 「なんでだよ?」
 「「お痒いところはありませんか」って聞かれて。そうしたら「君はそんなことを聞かなければシャンプー一つできないのか」って。びっくりしました」
 相当な人らしい。

 結構高い料金だが、店長の腕がよく、繁盛しているようだ。
 俺はしばらく前から、その店長・大平さんに響子を頼んでいる。

 「オーヒラさんにも相談してみようかな」
 「ああ、あの人は凄いよなぁ」
 「うん!」
 「髪が伸びたことも考えてるそうだけど、一人一人違うじゃない」
 「うん」
 「それが分かる人らしいな」
 「スゴイね!」

 俺はランゲ&ゾーネの時計を見た。
 時間通りだ。

 「そろそろランチにしよう。予約した店があるんだ」
 「うん!」
 「ワニ料理だけどな」
 「えぇー!」
 「響子、ワニも食べれるじゃん」
 「やだよ!」
 「アハハハハ!」

 ジョークなのは響子も分かっている。
 もう、そういう「女の子」まで成長していた。




 イタリアン・レストランに着いた。
 水色の外観の綺麗な店だ。
 俺たちは、その中のピンクの壁の席に案内された。
 響子が喜んだ。

 「こないだミユキが来てな。ピンクの革の上着を着てて、それが良かったなぁ」
 「へぇー! 私も欲しいな」

 響子はお洒落の話が好きになって来た。
 俺はスマホに残した写真を見せてやる。

 「素敵!」
 「そうだろ?」

 蓮花の趣味の会に付いて来たのだと話した。

 「動物の頭を付けた自走ロボットの会なんだよ」
 「なにそれ?」
 「分からないよな? 俺も分からん」
 「アハハハハハ!」
 「でもな、みんな楽しそうだった。いい人たちだったよ」
 「へぇー」
 「今度、響子の頭の奴を頼んでやるよ」
 「え、いらない」
 「アハハハハハ!」

 店員が来た。

 「じゃあ、いつものワニ料理を!」
 店員は笑って、「かしこまりました」と言った。
 響子が大笑いしていた。

 料理が来た。
 イナダと牡蠣のポワレ。
 マグロのカツレツ。
 ポルチーニとベーコンのリゾット。
 薄焼きのマルゲリータ。
 シーザーサラダ。

 俺は響子と一緒に分け合って食べた。
 三崎で獲れた魚介類を使っており、非常に美味しかった。
 響子もいつも以上に喜んで食べている。

 「今日は人間らしい食事が出来たな!」
 「アハハハハハ!」
 「響子とのデートはだからいいよなぁ」
 「私は逆に少ないよ」

 寂しそうに響子が言った。
 いつも、俺の子どもたちを見て、響子が何を思っているのかが分かる。

 「だからいいんじゃねぇか! お前まであいつらみたいになったら、俺は悲しいよ」
 「アハハハハハ!」

 「響子の家でさ。ロドリゲスが最後に子どもたちに一杯食べさせようと思って、40キロ肉を焼いたらしいよ。一人10キロだぞ!」
 「そうなんだ!」
 「そうしたらさ、全部喰いやがって! ロドリゲスが最後の肉を自分で持ってったら、やっと勘弁してもらったってさ」
 「アハハハハハハハハハハハ!」
 響子が大笑いした。

 「それでもロドリゲスはまた来て欲しいって言ったらしいよ。もう英雄だよな!」
 「アハハハハハ!」
 「挫けない心を持ってる」
 「そうだね!」

 響子が遠い目をした。
 俺たちは、挫けない心を持っていた女を知っている。
 お互いに、その名を口にはしなかった。

 デザートに、クリームブリュレを頼んでいた。
 響子には多いと思ったが、響子は喜んで全部食べた。

 「またデブ響子になるのかー」
 「ならないよ!」

 それでも、響子が食べた量は、普通の人間よりも少ない。
 響子の身体の限界なのだ。
 だから、少しでも美味しいものを食べさせてやりたい。
 毎月、俺と六花はそれを思いながら、一緒にメニューを決めている。
 よく、六花は俺に試食を持って来たり、俺を誘って味の確認を頼みに来る。
 独りでの外食が苦手な女が、響子のために一生懸命にやっている。
 響子は愛で包まれている。



 響子が満腹し、「ケプッ」と言った。
 慌てて口を手で押さえて、真っ赤な顔で俺を見る。
 以前は全然気にしなかった。

 「命名! 「ケプリン」!」
 「アハハハハハ!」
 響子が笑った。





 俺たちは笑って店を出て、三浦海岸へ向かった。 
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