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竜胆

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 乾さんからハーレーを頂いた土曜の夜。
 俺は亜紀ちゃんと柳とで飲んでいた。
 今日はそれに双子が加わった。
 「ハールー納車祝い」だそうだ。
 とにかく、何か喰いたいだけだ。

 ソーセージとハムを亜紀ちゃんと一緒に焼いている。

 俺は柳と先に飲み始めた。
 つまみはハスのキンピラとアスパラの肉巻き、それに柳が買って来た新ショウガの漬物。
 漬物が抜群に美味かった。

 「おい、これはどこで買った?」
 「新宿の小田急の催事です。美味しいですよね!」
 「おし! 明日問い合わせておけ! 今後うちで仕入れるぞ!」
 「はい!」

 ボリボリ。

 「そう言えば石神さん、やっと竜胆が咲きましたね!」
 「ああ、柳は流石だなー!」
 「エヘヘヘヘ」
 「うちには花壇係がいるんだけどよ、二匹。全然情報が来ねぇんだよ」
 「そうなんですか」
 「その姉もな。もう肉喰うことばっかでなぁ」
 「そうなんですか」

 亜紀ちゃんと双子がこっちを見ている。

 「「「……」」」
 
 「きっと今もどっかで肉焼いてると思うよ」
 「アハハハハハ!」

 「この漬物、本当に美味いな! なんかちょっとご飯も食べたいな」
 「そうですね!」

 双子が俺たちに余ったご飯を茶碗によそってきた。

 「おい! 突然目の前にご飯が現われたぞ!」
 「不思議ですね!」

 ハーが柳のご飯にフリカケを撒いた。

 「えーん」

 俺は新ショウガの漬物と一緒にご飯を食べた。
 やはり美味い。
 半分残して柳にやった。
 柳が喜んで食べた。




 亜紀ちゃんたちが、大量の肉を持ってテーブルに来た。
 ガツガツと食べながら、亜紀ちゃんは今日は芋焼酎をロックで飲む。
 双子はメロンソーダだ。

 「タカさんって、竜胆が一番好きなお花なんですよね?」
 「そうだな」
 「あー、どんな思い出があるのかなー」
 「別にいいだろう」
 「ルーもハーも聞きたいよね?」
 「「うん!」」
 ソーセージが口からはみ出しながら双子が頷いた。

 「まあ、お前らには花は関係ねぇしな。今度肉の思い出でも話してやる」
 「そっちも聞きたいですけど!」
 
 「石神さん、どんな思い出なんですか?」
 「ああ、柳が聞きたいなら話そうか!」

 「「「……」」」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 
 喧嘩する両親の話から、自分が20歳まで生きられないと知った俺は、流石に落ち込んでいた。
 小学5年生の時だ。
 何かをしようとしても、それは全部無駄に終わる。
 そして、何も出来ずに死んで行った俺をお袋が嘆き悲しむ。

 どうしようもなかった。

 いつものように山に入った。
 いつもは行かない場所を歩いた。
 道を外れ、林の中を上に向かって歩いた。

 開けた場所があり、ちょっとした草原のようになっていた。
 進んでいくと、一本の草が伸び、青い花を咲かせていた。

 「綺麗だなぁ」

 俺はその美しさに見惚れ、しばらく座って眺めていた。

 「おい」
 後ろから声を掛けられた。
 振り向くと、異様な格好をした背の高い男が立っていた。
 何が異様だったのかと言えば、着物を着て腰に刀を佩いていた。

 「え?」
 「おい、ここで何をしている」
 「えーと、花見?」

 男が大笑いした。

 「そうかそうか。でも、花と言っても、その一本の竜胆だけだろう」
 「十分ですよ。だって、こんなに高貴で綺麗だ」
 「そうか!」
 「竜胆」という花の名を知った。
 男は笑いながら俺の隣に座り、俺の頭に手を置いた。

 「お前はこの花が好きか?」
 「はい!」

 男は俺の頭から手を離し、前を見た。

 「美しい花だよな」
 「はい」

 また男は黙った。

 「あの、おじさんは?」
 「俺か。俺は××××だ」
 聞き取れなかった。
 確かに名前だったが、俺の記憶に残らないと言うか、不思議に覚えられなかった。

 「この辺に住んでいるんですか?」
 「ああ。しばらく前にな」
 よく分からない応えだった。
 俺が男の腰の刀を見ていることに気付いた。
 握りに革を巻いた、長い刀だった。
 鞘がまた素晴らしかったが、それも記憶に残らなかった。

 「お前も武士か?」
 「いいえ、先祖はそうだったそうですが」
 「そうか。ならばお前も戦え」
 「はい?」
 「死ぬまで戦え」
 「はぁ」
 「勝つことはできぬとしても、戦い続けることは出来る」
 「!」

 「成し遂げられぬことはある。この世は無常よ。だが、それがどうした。成し遂げられぬなら意味が無いというのなら、すべては無常に沈む」
 「はい」

 「その花はな。妻が愛したものだ。俺のような戦うことしか知らぬ男に、一凛の花の美しさを教えてくれた。俺は他の花は知らぬ。その竜胆だけでいい。俺は確かなものを貰った。だから、もう他のものはいらぬ」
 俺の中で何かが爆発した。

 「戦いの中で、妻は死んだ。俺の巻き添えよ。しばらくは戦うことも出来なくなった。しかしな、翌年にまたその花が咲いた。俺は全てを理解した」
 「そうなんですか」
 よく分からない話だった。
 でも、俺の心に染みた。

 「お前は俺によく似ているな」
 「え?」
 「やはり、俺の〇〇だ」
 また聞き取れなかった。

 「いつか、お前にこの刀をやろう。お前が戦い続けるのならな」
 「でも、俺は……」
 言いかけて口を噤んだ。
 そうではないのだ。

 俺は立ち上がった。
 男は俺を見上げて微笑んだ。

 「もう行け」
 「はい」

 俺は元の林に向かった。

 「あの、また来てもいいですかー!」
 「無理だ。ここは生きている者は入れん」
 「え!」

 目の前が暗くなった。
 俺は林道の脇に倒れていた。
 暗かったのは、うつ伏せで寝ていたためだ。

 「あれ?」
 また熱が上がっていることに気付いた。
 凄まじい悪寒がする。
 いつもの高熱の始まりだ。
 急いで戻らなければ、途中でまた気を喪うことが分かっていた。

 既に体中が痛くなり、意識の混濁が始まった。
 毎回見る、日本地図が黒く塗り込まれていく幻影が始まった。

 「ヤバいな」

 意識が途絶え、道に転んだ。
 誰かが手を掴んでくれた。

 「生きろ」

 あの男の声のようだったが、はっきりとは分からない。
 俺は立ち上がり、また前に進み始めた。
 どのくらいの時間、どのくらいを歩いたかも分からなくなっていた。

 「高虎!」
 誰かに呼ばれた。
 抱き留められた。

 女性の声だったが、もう俺の意識は飛び始めていた。
 女性は誰かと話していた。
 相手から、大きな振動が響いた。

 (随分とヘンな声の奴だな)

 薄れて途切れ途切れの意識で、俺はそう思った。
 
 また一際大きな声が聞こえた。
 俺はもう意識を喪って行った。




 気が付くといつもの日赤病院だった。
 後から聞くと、いつまでも帰らない俺をお袋が心配し、矢田と五十嵐に聞いたようだ。
 三人で林道を探しに来て、倒れている俺を見つけた。

 「お袋たちが来る前に、誰かに助けられたんだ」
 「そうなの! でも傍には誰もいなかったけど」
 「俺を知ってた。高虎って女の人が呼んでた」
 「え! 誰だろう」

 俺にも分からなかった。
 俺を「高虎」と呼ぶのはお袋だけだ。
 考えても分からないので、そのうちに忘れた。
 でも、草原の竜胆は忘れなかった。

 後日、またあの山に入って草原を探そうとしたが、ついに見つからなかった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「不思議なお話でしたね」
 柳がそう言った。
 亜紀ちゃんと双子も、ハムを喰いながら俺を見詰めて頷いていた。

 「まあな。でも、あれ以来俺の最も好きな花になった。他にも好きな花はあるけどな。竜胆は別格だ」
 「命を救われたからですか?」
 「そうじゃないよ。命の使い方を教わった思い出だからだ。死ぬまでにじり寄って生きる、というな」
 「ああ!」

 柳が叫んだ。

 「それでな」
 「はい」
 「この話を聞くと、みんなそりゃー恐ろしい夢を見るようなんだよ」
 「そうなんですか!」
 「やっぱ、この世のことじゃないんだろうな」
 「コワイですよ!」
 「よし! じゃあ今日は俺と一緒に寝るか!」

 「わたしも!」
 「「わたしたちもー!」」

 亜紀ちゃんと双子も手を挙げた。

 「じゃあ、みんなで寝るか!」
 「「「はい!」」」
 「にゃー!」



 みんなで片付け、俺のベッドで寝た。
 俺にくっつきたがる。



 あの後。
 8年後に大学で出会った奈津江が俺を「高虎」と呼ぶようになった。
 その20年後に出会った響子が「タカトラ」と呼んでいる。

 明日は響子に、庭の竜胆の写真でも見せてやるか。
 俺はそう思い付いて微笑んだ。



 《悲しみて君を愛す》



 竜胆の花言葉だ。
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