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「走行ロボ」品評会

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 研究は常に忙しい。
 大変だと思ったことは無いが、毎日山ほどやるべきことがある。
 石神様はお優しいので、「絶対に無理をするな」と仰る。
 もしも私がやつれていたら、研究から外すと言われた。
 だから、体調管理もしながら、何とかやっている。

 でも、どうにも抑えきれないものがある。
 寝る前の数十分から数時間。
 私はどうしてもやってしまう。

 「動物走行ロボ」。

 


 きっかけは、皇紀様が作られた自走ロボの顔を飾ることだった。
 いたずらに、ネコの顔を描いたら、自分ではまってしまった。
 ウサギ、ネコ、ライオン、ゾウ、そして虎等々。
 様々な動物の頭部を作り、自走ロボに換装した。
 カワイかった。
 六花様が石神様と一緒にいらっしゃり、初めて披露した。
 六花様が大層喜ばれ、石神様も嬉しそうだった。

 万一の侵入者への、心理的作戦の面もある。
 可愛らしい姿で、警戒心を薄れさせる。
 結構、えげつない武装がある。
 皇紀様の考案ではない。
 石神様の許可を得て、私が装備した。



 もちろん、仕事はきちんとやっている。
 身体へ無理のないように、気を付けて。
 寝る前に、「動物走行ロボ」を作り、手入れをする。
 ぐっすりと眠れる。
 休日を設けるように、石神様から言われた。
 休日は、結構「動物走行ロボ」に没頭する。
 食事はちゃんと摂るようにしながら、自由な時間は「動物走行ロボ」を作り、ちょっと走らせる。
 楽しい。
 もう一つ、石神様の御着物の柄を作ることが楽しい。
 「動物走行ロボ」以上に楽しい作業だが、「動物走行ロボ」も作らないと寂しい。

 リフレッシュして、また仕事に邁進出来る。



 子どもっぽいことは、自分でも分かっている。
 だから、石神様にもお話していない。
 隠しているつもりはないが、やはり恥ずかしい。



 だから、ネットにアップすることにした。
 隠していないことを、自分で言い訳しているようなことだったが、またこれが楽しかった。
 意外に、評価してくれる人が多かった。
 こんな、つまらないことに、真面目に喜んで、いいと言ってくれる方々がいる。
 中には、自分と同じように作り始める方もいらっしゃった。
 直接メールで話すようになり、拙い私のアドバイスを添えることもあった。

 全然、特別なものではない。
 モーターとギアで車輪を回し、直進するだけのものだ。
 重要なのは、顔の造形。
 リアルに作り、そこに拘る楽しさ。
 それと鳴き声。
 メモリーに入れた、各動物の鳴き声が口に仕込んだスピーカーから出る。
 カワイイ。



 制作を始めた方々が、今度お互いの作品を見せ合わないかと仰った。
 迷った。
 もちろん、行きたい。
 でも、私は石神様のために、特別な仕事をしている。
 外部の方と接触するのは、どうなのだろうか。
 悩んでいると、石神様から電話を頂いた。

 「よー! おい、こないだ面白い動画を観たぞ!」
 「はい?」
 「「ラブラブ♡走行ロボ」ってな!」
 「! 申し訳ありません!」
 「おいおい、いいよー! 実に楽しそうだった。蓮花がああやって楽しんでいるんだって、俺も嬉しくなったよ」
 「そんな、すぐに辞めますから」
 「やめるなよ! ずっと続けろ! あれはいい。俺にはよく分らんが、お前が心底楽しんでいるのがいい!」
 「でも……」
 「嬉しくなって電話したんだ。今後も楽しくやってくれな!」
 「ありがとうございます」

 私は思い切って、石神様に作品を見せ合うことについてお話しした。

 「ああ、いいじゃないか! 一緒に楽しむ仲間がいると、蓮花も面白いだろう」
 「でも、わたくしは石神様の大切なお仕事を任されている身なので」
 「そんなこと気にするなよ! 別に研究所の秘密を話すわけじゃないだろう。同じ趣味の仲間と楽しんで来いよ!」
 「本当に宜しいのでしょうか?」
 「もちろんだ。行って来い!」
 「ありがとうございます」



 思わぬ、許可を頂いてしまった。
 私は親しくなった方に連絡し、みんなで持ち合うことをお約束した。



 会場は、東京の新宿区の高層ビルの地下階だった。
 ある大手不動産会社の社長さんが、私と連絡を取っていた方だった。
 その方のご厚意で、会社のビルの一室を提供して下さった。
 私は石神様に時間と場所をお伝えしておいた。
 万一のことを想定してだ。

 10月中旬の土曜日の午後1時。
 私は午前中の新幹線に乗り、会場へ向かった。
 いつもの着物ではなく、生成りのブラウスに薄いブルーのコーデュロイのパンツ。
 上にエンジの皮の薄手のジャケットを羽織った。
 靴はスニーカーだ。
 万一の時に、多少は走れるようにだ。
 
 私の個人的な趣味での外出だったが、石神様が必ずミユキを連れて行くようにと御命じになった。
 遠慮したかったが、私に万一のことがあってはいけないと仰った。

 「それにミユキも外で戦うこともあるかもしれない。今のうちに、雰囲気に慣れさせてくれ」
 「ありがとうございます。かしこまりました」

 ミユキは薄手の黒のタートルネックのセーターに、ジーンズ。
 それに大振りの薄いピンクのブルゾンを羽織っている。
 靴はビブラムソールのハーフブーツだ。
 外見には分からないが、ミユキのブルゾンはチタン合金のプレートが裏地に縫い込んであり、防弾性能がある。
 「Ω」の翅も仕込んである。

 ミユキは、今日は私の娘という役柄になっている。
 研究所を出てから、私のことを「お母さん」と呼んでいる。
 なんだか嬉しい。
 石神様に、そのことも感謝した。



 地下の会場に行くと、既に大勢の方々が先に到着していた。
 受付で名前を告げ、名前の入ったバッヂを頂いた。
 ミユキの分もある。

 「石花レン・ミユキ」
 それが私たちの名前だ。

 「レン」はネットでの私の名前でもある。

 会場では、既に人だかりがあった。
 長身の男性が、他の方々に囲まれている。

 「見事なヘッドですね!」
 「カワイらしいけど、威厳もありますね」
 「早く、走るところが見たいですなぁ」

 人気の方のようだ。
 数人が会場に入った私たちを見た。

 「あ! もしかしてレンさんですか!」
 「待ってましたぁー!」

 みんなが駆け寄って来る。
 長身の男性もこちらを振り向いた。

 「よう!」
 「「!」」

 石神様だった。
 みなさんにご挨拶をし、ミユキと石神様の御傍へ行った。

 「なぜ、ここに?」
 「お前たちが来るからだよ!」
 「「え!」」

 「楽しそうな顔を、近くで見たかった」
 「「!」」

 石神様は皆様に、以前から親しい関係なのだと言った。
 仕事でも交流があるのだと。
 石神様は御本名を名乗られていた。

 しばらくして、会場を提供下さった社長さんが音頭を取り、品評会が始まった。
 広いテーブルに、各自の作品が置かれ、みんなで見て回る。
 講評用紙が配られ、みんなで好き好きに採点をしていく。

 私はシャノアのヘッドのものを持って来た。
 柔らかな素材に、毛を一本一本植えている。
 頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らす。

 石神様のものは、ロボさんだ。
 ただ、濃いグレーを基調に、赤が所々に入った荒々しい造りのブロンズだ。
 カワイイのと同時に精悍。
 美しくも威厳のある、何とも言えないデザイン。
 流石は石神様だと思った。

 私とミユキは、ずっと石神様の作品に魅入った。

 

 外観の品評会が終わり、軽食が出された。
 袴姿の可愛らしい女性たちが、テーブルに座った私たちに紅茶とお菓子を置いて行く。
 社員さんの有志の方々だそうだ。
 私たちは、休日にわざわざ来て下さったことに、お礼を申し上げた。

 石神様と一緒に座っていると、多くの方々に囲まれた。
 私の動画が良くて、自分も作って見たくなったと皆さん仰っていた。
 嬉しかった。
 私が笑って話しているのを、石神様も微笑んで見ていて下さった。

 その後で、走行を披露した。
 また講評用紙に、それぞれ採点していく。
 石神様のロボさんが走った。

 タイヤが途中で抜けて、ゴール前で止まった。
 みんなが笑って残念だったと言っていた。
 私のシャノアの走りを、みなさんが優雅だと褒めて下さった。
 鳴き声を出せるのは、数人の方だけだった。



 総合得点で、私が優勝を頂いてしまった。
 金のメダルを首から下げてもらった。
 石神様は走行でゴールできなかったので、入賞は無かった。
 でも、急遽「ユーモア賞」というものが出来、それを頂かれた。
 嬉しそうだった。

 皆様と楽しい時間を過ごし、解散となった。



 「ちょっと家に寄ってけよ!」
 石神様にお誘い頂いた。
 ハマーにミユキと乗り、お宅へ行った。

 家で、お子様たちと、柳さん、そしてロボさんが出迎えてくれた。
 皇紀さんが、ミユキと私の手を取って、二階のリヴィングへ連れて行ってくれる。

 少し早めの夕飯を頂いた。
 シチューと鳥の香草焼きだった。
 とても美味しく、ミユキと結構な量を頂いてしまった。
 食事の間も、楽しくお話しして下さった。

 「実はちょっと切っ掛けがあって、一江に頼んで動画サイトを探してもらったんだ」
 石神様が、身内の方々の動画を探したと仰った。
 
 「そうしたらよ! 亜紀ちゃんはいろんな人間をボコボコにしてる動画を上げてるわ、双子は全裸で走ってる動画だわで、驚いたぜ! まったくとんでもねぇ連中だ」
 みんなで笑った。

 「最悪なのがうちの子らでな。蓮花や早乙女なんかは面白い動画で安心したけどなぁ」
 「そんな、お恥ずかしい」
 「蓮花のは良かったよ! 実に楽しそうだった。今日行っても、それが感じられたよな。みんないい方々だった」
 「さようでございましたね」
 「蓮花が人気者だったんだよ! なあ、ミユキ!」
 「はい。大勢の方々に囲まれていらっしゃいました」
 「な!」

 「あの、早乙女様の動画というのは?」
 「あー、あいつな。自分の家のキッチンのテーブルでさ、サングラスして酒を飲みながら自作の詩を朗読すんだよ」
 私は思わず笑ってしまった。

 「今度見てみろよ。爆笑物だぞ!」
 「アハハハハハハ!」

 

 楽しい時間を過ごさせて頂き、御暇することにした。
 お断りしたのだが、石神様が東京駅まで送って下さった。

 「研究所まで送るぞ?」
 「いいえ、とんでもありません! 本当に駅まででお願いいたします」
 「そうかー」
 私が助手席に座り、後ろでミユキがロボさんと一緒にいる。
 ついでだから、この後で埠頭に一緒に行くそうだ。
 私たちが気にしないように、そう仰って下さっているのだろう。

 「石神様」
 「なんだ?」
 「今日の品評会で、わざとタイヤを外されましたね?」
 「いや、あれは」
 「分かります」

 石神様が笑っておっしゃった。

 「俺なんかは横入りのお邪魔だったからな。みんな一生懸命に作ってるのに、俺なんかが万一評価されたら申し訳ない」
 「そんなことは。素晴らしい造形でしたよ?」
 「あれはなー。双子に急いで作らせたからな。ボディは皇紀だ。だから他の方々とは違うよ。やっぱり自分独りで作ったものじゃないとな」
 「そうですか」
 「まあ、ちゃんと走ったって、蓮花の優勝は揺るがなかっただろうけどな。やっぱり情熱が違う」
 「まあ!」
 笑ってしまった。
 本当に趣味でやっているだけのものに、情熱だなどと。

 「蓮花の優しさだよな。機械が機械じゃねぇ」

 石神様は、探査衛星「はやぶさ」のお話をされた。
 長大な距離を飛んで小惑星から奇跡的にサンプルを持ち帰った「はやぶさ」。
 最後は地球の大気圏に突入し、燃え尽きて終わる。
 JAXAの方々は、そんな「はやぶさ」に最後に地球の姿を見せてやろうと必死になった。
 カメラを地球に向け、燃え尽きるまで地球を見させた。
 まったく無意味なその制御に、最後まで拘って頑張り、ちゃんとそのように「はやぶさ」に地球を見せてあげた。

 「俺はな、あんな素晴らしい人間たちはいないと思った。単なる機械が、そうじゃないってことだ。大事な仲間であり、大事な友だ。そうだろう、蓮花、ミユキ!」
 「「はい!」」

 


 その後、JAXAに石神様の御友人がいらっしゃることを知った。
 ミユキの名は、その方から頂いたと聞いた。
 石神様が褒め称える御友人。
 そのことをミユキは誇りにした。
 そして私の「デュール・ゲリエ」は、やがて世界各地に行き、人々を守るようになった。


 あの日の石神様の御心が、それを実現させた。
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