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乾さんの埋蔵金

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 9月下旬の土曜日。
 俺は六花を誘い、バイクで流した。
 乾さんの所へ遊びに行く。
 大型バイクの専門店なので、何か面白いパーツでも聞いてみようと六花と話していた。

 途中で中華街のいつもの陳さんの店に行く。
 すでに六花はウキウキだ。
 北京ダックが大好きで、最後のタピオカココナッツが最高に好きな女だ。

 駐車場にバイクを停め、店に向かう。
 輝く笑顔で俺に腕を絡める。

 まだ9月だが、暑い。
 四輪にはエアコンがあるが、バイクにはない。
 夏場は恐ろしく暑い。
 海水パンツで乗っている人も多い。
 六花も以前は裸で乗りたいと言っていた。
 日差しや路面の温度に加え、俺たちのバイクはエンジンがでかい。
 そのエンジンの高温はどうしようもなかった。
 今は「花岡」の技で快適に乗っているが、以前は夏場は昼間は控えていた。

 店に入り、個室に案内される。
 陳さんが来た。
 もう日本に長いが、若干喋り方がこなれていない。

 「トラちゃん! いつもありがとうね!」
 「こんにちは、陳さん。今日も美味しいものをたくさん頂きます。これから乾さんに会いに行くんですけど、その前にここで食べたくて」
 「うん、一杯食べてね。それで今日は無料だからね」
 「え?」
 「乾さんから言われてるよ。トラちゃんが来たら、うちに請求してくれって」
 「ダメだよ、陳さん! それじゃ思い切り喰えない」
 「でもねー」
 「陳さん、黙っててよ。乾さんには来てないって」

 陳さんが笑った。

 「乾さんのお店のこと、聞いてるよ。昔の恩返しね」
 「そうだけど、俺が本当に貧乏な時に、あれだけ世話になったんだ。今更返せるものじゃないですよ」
 「トラちゃんは変わらないね! 分かった、黙っててあげる」
 「ありがとうございます!」

 俺たちは次々に出て来る料理を堪能しながら食べた。
 陳さんがまた来た。
 
 「北京ダックは、その場で数を確認して欲しいってことだったから」
 「ああ、六花、どうだ?」
 「今日は3羽、いえ、4羽食べます!」

 陳さんが驚き、俺は笑った。

 「じゃあ5羽で」
 「大丈夫?」
 「大丈夫ですよ。お願いします」

 陳さんが笑って戻った。

 六花は3羽でダウンした。
 俺が笑って、2羽を食べた。

 「すいません」
 「お前な、別に挑戦して喰うものじゃねぇんだ」
 「はい」

 最後のタピオカココナッツを楽しみ、俺たちは店を出ようとした。
 陳さんが出口でニコニコと笑って立っていた。

 「陳さん、今日もとても美味しかったです!」
 「ありがとう、トラちゃん」
 「じゃあ、お支払いを」
 「いいよ、今日は無料よ」
 「え?」
 「今日はボクの奢り。だからお金はいらないよ」
 「ダメだよ、陳さん!」

 陳さんは笑っていた。

 「ボクね、昔、乾さんたちがトラちゃんにご馳走してるの見て、羨ましかった」
 「え?」
 「みんなで楽しそうにね。トラちゃんも物凄く嬉しそうで、みんなで食べてた」
 「ああ、そうでしたね」
 「トラちゃんがいなくなって。乾さんたちがこの店に集まったよ。それでみんなで乾さんから話を聞いて泣いてた。ボクも泣いたよ」
 「そうだったんですか」
 
 「そうしたら、こないだまたみんなで集まって。大きく笑ってた。あんなに楽しそうな人たち、ボクも見たことない」
 「へぇー」
 「トラちゃんが生きてた、トラちゃんが帰って来た。みんな喜んでた」
 「そうですか」
 「ボクもね、嬉しかった。だからね、ボクを嬉しくさせてくれたお礼。ボクもトラちゃんに助けてもらった。だからボクにもお礼をさせて。ね?」
 「陳さん……」

 俺は困った。

 「トラちゃん、思い切り食べてくれたね。北京ダック5羽も食べた。ボクもびっくりしちゃった」
 「アハハハハハ!」
 「次からはちゃんとお金もらうよ。でも今日はボクにご馳走させて」
 「分かりました。ご馳走になります」
 「うん」

 店を出て、六花が今度は背中に抱き着いて来た。
 歩きにくい。

 「なんだよ、歩きにくいぞ」
 「だって! 来るときよりも嬉しいんですもん!」
 「なんだよ、そりゃ」

 俺も笑った。
 六花を背中に背負った。
 大きな胸が背中で潰れ、俺はニヤけた。

 「乾さんのとこでは、陳さんの店で食ったって言うなよな」
 「はい!」





 乾さんの店に着いた。
 俺は駐車場で電話を一本かけて、店に入った。

 乾さんは店の中で丼物を食べていた。

 「乾さん! 来ました!」
 「おう!」
 「すいません、食事中でしたか」
 「いや、ちょっと遅くなってな。気にしないで入ってくれ」
 「はい!」
 「お邪魔します!」

 六花も挨拶する。
 俺たちは店内のハーレーなどを二人で見て回った。
 乾さんに呼ばれ、ソファセットに座る。
 お茶が出された。

 「すいません。乾さんの顔を見たくて来ちゃいました」
 「おう、いつでも来てくれよ。大歓迎だ」
 「それと、俺たちのバイクで、ちょっとアドバイスが欲しくて」
 「そうか。何でも言ってくれよ」
 
 俺と六花は、今のバイクで何か面白いアクセサリーや交換パーツがないか聞いた。
 
 「俺のスーパーレッジェーラに、エアロパーツが付いてるじゃないですか。もうちょっとカッチョイイのがないかなって」
 「あれかぁ。パワーが桁違いだからな。付けないと自然にウィリーしちゃうんだよ」
 「なるほど」
 「石神先生、よくウィリーしてますよね」
 「トラ! お前また危ない乗り方を!」
 怒られた。

 「すみません。それで何か無いですかね」
 「うーん、探しちゃみるが。なんならうちで作ろうか?」
 「ほんとですか!」
 「ああ。最近いいハイカーボンのメーカーと取引しててな。受注生産でやってくれるんだ」
 「へぇー! さすが乾さん」
 「よせよ! でもなぁ。少し前から売り上げが凄いんだよ。いろんな企業さんから注文があったり、あとネットの口コミっていうのか? その影響がすごくて、噂で買いに来てくれる人が物凄く増えた」
 「へぇー!」

 企業は双子だ。

 「ネットですか?」

 六花が聞いた。

 「ああ。「プロトンさん」って人か。その人がなんだかうちを良く書いてくれてるんだよね」
 「あ、それって、グッフェェ!」

 俺が六花の脇腹を突いた。

 「こいつ、綺麗な顔に似合わず、下品なジョークを飛ばす癖があって」
 「おい、大事にしてやれよ」
 「アハハハハ」

 その時、店に誰か入って来た。

 「すいません! 乾さん!」

 東雲だ。

 「ああ、東雲さん。どうしました? 今日はお休みでしょう」
 「実は、ちょっと見てもらいたいものがありまして」
 「はい、何でしょうか?」
 「昨日、敷地を掘ってたら、ちょっと硬いものがあるようで」
 「え?」

 「行きましょうよ、乾さん。俺たちはいいですから。工事の人が困ってるようだ」
 「え、そうか? まあ、じゃあちょっと見て来るな」
 「俺たちもいいですか?」
 「あ、ああ」

 俺たちは隣の工事現場に行った。

 「ここなんです」

 敷地の端を東雲が指さした。
 浅く掘りかけている。

 「乾さん、ちょっとほじくってみて下さいよ」
 「俺が?」
 「はい」

 乾さんがスコップを持って、ちょっと掘ってみる。
 何か出て来た。

 「なんだ、これ?」
 「あ! 乾さん! これ慶長小判ですよ!」
 「ナニィ!」

 「どんなに安くても数十万円ですからね。やりましたね、乾さん!」
 「え?」
 「どのくらい埋まってるんでしょうかねー」
 「これって届けるものじゃないのか?」
 「そうですね。でも半年後には発見者と土地の所有者で山分けですよ。今回は両方とも乾さんですから、全部乾さんのものです」
 「なんだってぇー!」

 乾さんは腰を抜かしそうになった。

 こないだうちの敷地で子どもたちが温泉を掘ろうとしてて見つけた。
 それをこっそり全部埋めた。
 全部で8000枚ある。
 銀座の貴金属店に鑑定させ、20億で譲る話もついている。
 金相場が上がっていれば、それ以上だ。
 
 放心状態の乾さんを連れ、店に戻った。
 俺は段取りを提案した。
 特別料金を支払って、東雲たちに全部掘らせる。
 保管は警備会社を雇う。
 俺が「埋蔵文化財保護法」に則り、弁護士を通じて届け出の手続きなどをさせる。
 半年後に、乾さんに小判は渡る。
 俺が貴金属店と交渉し、売却する。

 「ということで、どうでしょう?」
 「あ、ああ。ありがとう。宜しく頼む」
 「任せて下さい!」

 俺は胸を叩いた。

 「しかしよ。なんであんなとこから小判なんて」
 「ラッキーですね!」
 「あ! あそこはトラが買った土地じゃないか! あれはトラのものだよ!」
 「そうはいきませんよ。もう乾さんの名義になってんだし。大体、俺はいりませんよ」
 「おい、トラ!」
 「ダメですって。いいですか乾さん。俺が乾さんに用意した土地からいいものが出たからって、それは寄越せって冗談じゃないでしょう?」
 「う、それはそうだろうが」
 「そうだ! 発見者は東雲さんじゃないか!」
 「違いますよ。俺も六花も見てる。東雲さんは「硬いもの」としか言ってない。発見したのは乾さんですよ」
 「そうは言ってもなぁ」 
 「よかったー! 乾さんにいいことがあってー!」
 「おい、やめてくれよ」

 俺と六花は笑った。
 お茶を飲んで乾さんが落ち着き、俺たちはまたバイクのパーツの話をした。

 「Ninjaの方はいろいろあるんだ。マフラーも交換するといいと思うよ」
 「そうですか!」

 六花が喜んだ。
 いろいろカタログを出して提案してもらい、直角に近い角度で上げるノジマのマフラーを六花が即決した。
 他にもホイールの軽量化、車高のショックも調整してもらうことにする。

 「乾さん、ちょっと相談が」
 「なんだ?」
 「六花は見ての通り、オッドアイなんですよ」
 「ああ、綺麗だよな」
 「はい。ですので、ライトもこの色に合わせることって出来ませんかね?」
 「!」
 「ああ、なるほどな! いいじゃないか、やってみよう」
 「石神先生!」

 六花が俺を見る。

 「前から思ってたんだ。お前の目は本当に綺麗だからな」

 六花が泣き出して困った。
 左が薄い青で、右は薄い緑がかったグレー。
 まあ、グレーは再現が難しいが。

 随分と話し込んでしまった。
 俺たちはそろそろ帰ると言った。

 「夕飯を食べて行けよ。二人は休みなんだろ?」
 「いえ、悪いですよ」
 「何言ってんだ! 俺の隣を見てみろ! 悪いなんてもんじゃねぇ!」
 「アハハハハ!」
 「じゃあ、久しぶりに陳さんの店にでも行くか! 車を出すよ」
 「いえ、さっき北京ダックをたくさん、グッフェェーー!」

 俺が六花の脇腹を突いた。

 「おい、トラ! 食べて来たのか!」
 「えーと、そのー」
 「陳さんから連絡が来てねぇぞ!」
 「俺が断りまして。それでもですね、今日は陳さんの奢りだってことで、結局ご馳走になってしまって」
 「お前なぁ」
 「アハハハハ」

 もう一度六花の頭を引っぱたいた。

 「そう言えばよ。お前、埋蔵文化財なんて、やけに詳しかったな?」
 「あ、それはね」
 「なんでお前が来た途端に小判が出て来るんだ」
 「それは乾さんの生き様を神様が」
 「お前、まさか」
 「そ、そんなことあるわけないじゃないですかぁ! 俺だって金ならともかく、小判なんて用意できませんよ!」
 「ああ、そういえばそうかもな」
 「そうですよ! 乾さんひどいな!」
 「ああ、悪かったな?」
 「そうです。いくら石神先生でも、8000枚もの小判なんて」
 「!」

 まだ全部掘り出してねぇ。
 
 「おい、トラ」
 「……」

 「お前ぇ!」
 「しょ、証拠はあるんですかぁ!」
 「なんだと、このやろう!」

 俺は何とか説得し、埋蔵金の祝いということで、新しいバイクを俺がもらうことで納めた。
 六花の改造費用も乾さんがもってくれる。
 そして今晩の夕飯も。


 三人で陳さんの店に行った。
 陳さんが俺たちを見て驚いた。

 「陳さん、バレちゃった」

 陳さんは笑いながら、俺たちを中へ案内した。






 また三人で大いに食べ、笑いながら食べた。
 北京ダックを三人で一羽食べた。
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