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絶対に忘れない

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 9月中旬の金曜日。
 今日は毎月恒例の、双子の院長宅お泊りの日だった。
 夕方に、いつものでかい寸胴とリュックを抱えた双子が病院へ来る。
 院長宅では、大体シチューを作る。
 いつの間にか、お二人の大好きなメニューになっていた。

 「「こんにちはー!」」

 午後4時に二人が俺の部屋に挨拶に来た。
 部下たちが歓迎して挨拶する。

 「おう、来たか。じゃあ院長の所へ行くか」
 「「うん!」」

 二人は俺の部屋に荷物を置いて、一緒に歩いた。
 ルーが俺に振り向いて話し掛けた。

 「タカさん! 昨日タマがね!」

 廊下の角でそう言ったが、曲がって来た女の子がぶつかって倒れた。

 「あ!」

 ルーとハーが駆け寄った。

 「大丈夫?」
 「ごめんね!」

 寝間着を着ている。
 入院患者の子だった。
 俺は名前も知っている。
 掛井佳乃、9歳。
 眼部転移性腫瘍。
 発見が遅かった。
 二年前から視力が落ち、もう完全に見えない。
 うちの病院へ万一の望みを持って来たが、もう全身に転移が始まり、余命三ヶ月と診断された。
 そこからは、終末医療の入院となっている。

 落ちたサングラスをハーが拾い、顔に掛けた。
 一目で二人にも、失明していることがわかっただろう。

 「ごめんなさい! 前を見ないで歩いてて!」

 ルーが必死に謝った。

 「いいの。私も見えないし」

 そう言って微笑んだ。
 看護師が来て、佳乃ちゃんを部屋へ戻した。
 散歩の最中だったようだ。
 いつもは誰かが一緒に着くが、今日は独りで黙って出掛けたらしい。

 俺たちは院長に挨拶し、双子は先に院長の家に向かった。




 翌週、院長室に呼ばれた。

 「石神! いつもありがとうな」
 「いいえ、ルーとハーこそ毎月楽しみにしてますから。こちらこそ毎回お世話になっています」

 院長はご機嫌だった。
 珍しく、俺にコーヒーと和菓子が出た。
 ひとしきり、双子がどうだったかを教えてくれる。
 まあ、俺も聞いてはいるが、俺に話して聞かせたいのだろう。

 「ああ、二人が来た時に、子どもの患者とぶつかったそうだな」
 「はい、申し訳ありません。俺の不注意で」
 「いや、いいんだが、ちょっと指を捻挫したようでな。看護師が気付いた。多分、転んだ時だろうと」
 「え!」

 「大丈夫だ。大したことは無い。もう今朝は腫れも内出血も退いていた。俺の方で全部やっておいたよ。先方の親にも謝っている」
 「そんな。後で俺も謝りに行ってきます」
 「うーん、まあお前ならそうしたいんだろう。あまり大袈裟にはするなよな」
 「分かりました」



 俺はプリンを持って、病室へ行った。
 明るい部屋で、個室だ。
 ベッドには様々なぬいぐるみが置いてある。
 その中で、佳乃ちゃんは横になっていた。

 俺はドアをノックして入った。
 患者の部屋はドアを常に開けてある。
 普通は目で見れば誰かが入るのは分かるが、佳乃ちゃんは目が見えない。
 だから合図のためにノックをした。

 「こんにちは」
 「誰ですか?」
 「石神と言うんだ。ここの医者だよ」
 「そうなんですか」

 俺は先週にルーがぶつかって怪我をさせてしまったことを謝った。

 「本当に申し訳ない。俺の不注意なんだ」
 「いいですよ。大したことはありませんから」

 そう言って笑い、俺が持って来たプリンを美味しそうに食べた。

 「よし! お詫びにプリンが食べたくなったらいつでも言ってくれ。俺が買ってくるから」
 「本当ですか!」
 「ああ。看護師の誰でもいいよ。「石神先生にプリンが欲しいと言ってください」って頼め。そうしたら、俺が必ず買って来る」
 「嬉しい!」

 本当に申し訳なかった。
 俺たちは楽しいことのために浮かれていた。
 それで佳乃ちゃんにぶつかってしまった。

 「先生、短い間ですが、よろしくお願いします」
 「え?」
 
 しばらく話し、俺は病室を出た。
 ここの病棟のナースに聞いた。

 「〇〇号室の掛井佳乃さんな。まさか余命を知っているのか?」
 「はい、実は……」

 母親が思わず話してしまったらしい。
 悲嘆に暮れる中で、子どもを抱き締めながら思わず口にしてしまった。
 あと三ヶ月で死んでしまうのだと。

 「そうか。うちの子が迷惑を掛けてしまった。俺も気に留めてここに来るけど、宜しく頼むな」
 「はい、石神先生! お任せ下さい!」





 その日の8時。
 家に帰って食事をしていると、双子が寄って来た。

 「タカさん、何かあった?」

 ハーが俺に言った。
 洗い物をしていた亜紀ちゃんが驚いて来る。
 隅で勉強をしていた柳も来る。

 「タカさん!」
 「おい、大袈裟だよ。何もないぞ」
 「嘘です。タカさんはまた悲しんでいます」
 「タカさん!」

 亜紀ちゃんが叫ぶ。
 まったく、霊能者なんてろくなもんじゃねぇ。

 「本当に何でもないんだ」
 「ダメです! 話して下さい!」

 亜紀ちゃんが止まりそうにない。
 俺は仕方なく話した。

 「お前らは気にする必要はまったくないぞ。ルーが先週うちの病院でぶつかった子がな。ちょっと指に怪我をしたそうだ。ああ、ちょっとしたもので今は全然何ともない」
 「え!」

 ルーが驚いた。

 「だから大丈夫だって。そういうことで、今日俺が謝りに行ったんだ」

 俺はそこで、掛井佳乃ちゃんが自分の余命を知ってしまっていると話した。

 「あの年齢でな。しっかりと自分の運命を受け止めている。俺はそれが少し悲しいんだ」

 四人が泣いていた。

 「私! 明日謝りに行く!」
 「私も! 私が一緒で止められなかったんだもん!」

 ルーとハーが言った。
 本来は止めるところだが、二人の気持ちが収まらんだろうし、佳乃ちゃんのためにもいいかもしれない。

 「分かった。じゃあ学校の帰りに寄ってくれ。一緒に行こう」
 「「はい!」」
 「あの、私も!」
 「私も!」

 亜紀ちゃんと柳も言ったが、大勢では向こうも困るだろうからと止めた。




 翌日。
 ルーとハーが4時頃に来た。
 俺に電子レンジを借りたいと言った。
 食堂の岩波さんに断って借りた。
 たこ焼きだった。

 佳乃ちゃんの病室へ行く。
 俺がノックし、双子を連れて来たことを告げた。

 「どうしてもな、佳乃ちゃんに謝りたいんだって言うからな」
 「「ごめんなさい!」」

 二人は頭を下げた。
 見えてはいないが、声の変化で佳乃ちゃんには分かっているだろう。

 「いいんです。もう全然大丈夫だから」

 双子は佳乃ちゃんにたこ焼きを渡した。
 食べやすいように、俺が紙コップに入れた。
 零さないようにだ。

 「これ! 最高に美味しいたこ焼きだから!」
 「私たち、冷凍のたこ焼きを200種類全部食べたの!」
 「これ、激ウマだよ!」

 双子が必死に説明し、佳乃ちゃんが笑った。
 一つフォークで食べて、本当に美味しいと言った。

 「「ね!」」

 俺も笑った。
 こいつらなりの、誠実で優しい思い遣りだ。
 俺は事前に何の注意事項も言わなかった。
 仮にも外科医の娘だ。
 滅多なことは言わないだろう。

 まあ、子ども同士で好きに話させたかった。

 「それでね、うちのネコのロボがピンポンが出来るの!」
 「おっきいネコでね! 1.5メートルあるのよ!」
 「玉を投げると全部打ち返して来る!」
 「でも、柳ちゃんが本気で打ったら顔に当たってね!」
 「「ぶっとばされた!」」
 「アハハハハハハ!」

 佳乃ちゃんが大笑いした。
 看護師が覗きに来たが、俺たちが話しているのを見て、微笑んで立ち去った。
 1時間も話していた。
 夕食の時間なので、俺たちは帰った。

 「ねえ、佳乃ちゃん。何かしたいことある?」

 ルーが聞いた。

 「うーん。もう一度クリスマスがしたかったかな」
 「「!」」

 「そう、分かった!」

 ルーが言った。




 翌日、俺の部屋に昨日覗きに来たナースが来た。
 
 「石神先生。昨日は佳乃ちゃんが楽しそうでした」
 「ああ、そうか」
 「ここに来て、あんなに笑っていたのは初めて見ました」
 「そうか」

 わざわざ、それだけを言いに来てくれた。
 俺は家に帰って双子にその話をした。
 二人は大喜びだった。
 それから、時々佳乃ちゃんの見舞いに行った。
 亜紀ちゃんと柳も是非行きたいと言い、何度か一緒に行った。
 俺も何度かプリンを持って行った。
 
 「全然リクエストが来ねぇじゃねぇか!」
 「アハハハハ!」

 佳乃ちゃんの両親は共働きで、平日はなかなか見舞いに来れないのだとナースに聞いた。



 一か月後。
 佳乃ちゃんの体調は急激に悪化した。
 転移したがん細胞が、正常細胞を本格的に侵食し始めたのだ。
 意識を喪うことも度々あった。

 10月の終わりに、双子が亜紀ちゃんと柳、そして皇紀も連れて来た。
 話は院長にも俺が通している。
 俺たちは空いている病室に飾りつけをした。
 特別な許可を得て、ロボも連れて来た。
 ロボはいつもと違う臭いに落ち着かなかったが、俺が話すと大人しくなった。

 ナースが車いすに佳乃ちゃんを乗せて来た。
 みんなでクラッカーを鳴らす。
 佳乃ちゃんは何事か分かっていない。

 「「「「「「メリークリスマス!」」」」」」
 「にゃー」

 ルーが佳乃ちゃんを軽々とベッドに乗せた。
 
 「佳乃ちゃん! 今日はクリスマスだよ!」
 「え?」
 「佳乃ちゃんは、ちゃんとクリスマスを迎えられたんだよ!」
 「え、でも」
 「最近、よく寝ちゃってることも多かったよね? でも大丈夫! 今日はクリスマスだから!」
 「ほんとに! 嬉しい!」

 佳乃ちゃんにケーキを渡し、みんなで楽しく食べた。
 その後でルーが抱き上げ、クリスマスツリーや壁の飾りつけを触らせながら説明した。
 ベッドに戻し、特別だと言って、ロボに触らせた。
 佳乃ちゃんは感激し、ロボをそっと撫でた。
 ロボはゴロゴロと喉を鳴らし、一層佳乃ちゃんを喜ばせた。

 亜紀ちゃんがロボと卓球をし、佳乃ちゃんはその音を楽しんだ。
 俺がギターで『ホワイト・クリスマス』を歌った。
 双子はずっとベットの佳乃ちゃんの横に座っていた。

 30分程だったが、佳乃ちゃんは嬉しそうだった。
 またナースが佳乃ちゃんを運んで行った。
 双子が声を出さずに泣いていた。
 俺はその肩を抱いた。





 その二週間後、佳乃ちゃんは意識を喪って、二度と覚めることがないままに逝った。
 
 葬儀が終わり、ご両親が俺に会いに来た。

 「佳乃が最後に言っていたんです」
 「はい」
 「あの時、ぶつかって良かったって」
 「はい」
 「何のことかと思っていたら、思わぬ話を聞いて。石神先生のお子さんが佳乃を楽しませてくれてたんだと」
 「いいえ、そんな」
 「「お母さん、私クリスマスを迎えられたよ」って。あの子、少しでも長く生きて私たちを悲しませないようにって」

 そこまで言って、佳乃ちゃんの母親は声を詰まらせた。

 「そうですか。喜んでもらえたのなら」
 「はい」

 小さな声でやっと言い、二人で深々と頭を下げて帰って行った。




 俺は帰って子どもたちに話した。

 「ルー、ハー」
 「「はい!」」
 「俺たちは本当に何もできない、ちっぽけな存在だ」
 「「はい!」」
 「絶対に忘れるな!」
 「「はい!」」
 「忘れないでいような」





 俺は二人を抱き締めた。 
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