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ビー玉

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 ロボにピンポン玉を投げて遊ぶのが流行った。
 動画サイトで亜紀ちゃんが見つけた。
 ロボをテーブルに乗せてピンポン玉をロボの上に投げる。
 ロボは身体を起こし、前足でピンポン玉を弾いた。

 コン、コン、コン。

 乾いた音を立ててテーブルにピンポン玉が跳ねる。
 ロボが追い掛けようとする前に、亜紀ちゃんが右手のラケットでピンポン玉をまたロボの上に返した。
 ロボが「理解」した。
 上体を起こしてまた前足でピンポン玉を叩く。

 コン、コン、コン。

 亜紀ちゃんがラケットで返す。
 ラリーが成立した。

 柳が喜んだ。

 「私にもやらせてー!」

 亜紀ちゃんからラケットを受け取り、ロボにピンポン玉を投げた。
 ロボが叩く。
 柳がニヤリと笑って打ち返した。
 ロボが打ち返そうとすると、ピンポン玉が曲がってすり抜けた。

 「カーブ・ドライブよ!」

 柳が笑って言った。
 いや、そういう勝負じゃねぇんだが。

 「大人げねぇな」

 俺が言うと、柳がそっくり返って笑った。
 柳は小学校時代に卓球に興じていた。
 俺は球技全般が苦手で、よく遊びに付き合わされて負かされた。

 ロボが憮然としている。
 面白くないのだ。

 ルーがボールを拾いに行き、ロボに投げた。
 ロボが打ち返し、柳が構える。
 打ち返されたピンポン玉が、接地と同時に斜め前に飛び去った。

 「逆チキータ!」

 柳が叫んだ。
 ロボがドヤ顔で柳を見ていた。
 柳が本気のサーブを打った。
 ロボの顔面に当たった。
 柳は飛びネコキックを喰らって、ぶっ飛んだ。




 亜紀ちゃんが、翌日大量のピンポン玉持って帰って来た。

 「なんだよ、こんなに買ったのか?」

 俺が聞いたが、亜紀ちゃんはカバンを引っ繰り返してテーブルに出していた。

 「いいえ、友達に貰ったんですよ?」
 「亜紀ちゃん、友達って真夜しかいねぇじゃん」
 「ひどいです!」
 「誰だよ?」
 「え、えーと。名前は知りませんが、卓球部の人」
 「名前も知らないのに友達かよ」
 「にゃはははは」

 まあ、亜紀ちゃんに「くれ」と言われて逆らえる奴は学校にいないだろう。
 幾らでも買えるはずだが。

 亜紀ちゃんはロボに次々とピンポン玉を投げた。
 ロボは楽しそうにガンガン打ち返して来る。
 面白い。

 飽きると、床に落ちたピンポン玉を弾いては追い、遊び出す。
 カンコンと煩い。
 だが、カワイイ。
 弾いた玉が、柳のコーヒーカップに入った。
 
 「……」

 まだ恨んでいるらしい。




 双子がいろいろなボールを集めて来た。

 「なんだよ、こんなに買ったのか?」

 箱や袋に入ったものは一つもねぇ。

 「違うよ、友達にもらったの」
 「お前ら、みんな手下じゃん」
 「にゃはははは」

 各ボールのメーカーごと買える二人だったが。

 ロボに次々にボールを与えてみる。
 テニス硬式軟式、野球硬式軟式、ソフトボール、パチンコ玉、バレー、バスケット、ビリヤード、ビー玉、スーパーボール、砲丸、etc。
 どれもそれなりに遊んだが、バレーボールとバスケットボールは長い爪を突き刺した。

 ズボッ―――――ぷしゅー

 でかいようだ。

 「タカさん! なんかスゴイ爪出しましたよ!」

 亜紀ちゃんが驚いた
 知ってる。
 双子が砲弾を与えた。

 ペチ―――――ゴロ

 ロボが前足を上げて振っている。
 飛び回転ネコキックをルーに見舞った。
 ちょっと痛かったらしい。

 結局、それなりに転がしたがビー玉以外は面白くなさそうだった。
 ピンポン玉の方が好きそうだが、ビー玉もゴロゴロという音が気に入ったか、一生懸命に遊んだ。
 俺の方に転がすので、返しながらしばらく付き合った。

 「タカさん、また遠い目をしてますよ?」

 亜紀ちゃんが言った。

 「お前、時々怖ぇよな」
 「ワハハハハハ!」

 俺は柳に替われと言い、柳はロボに土下座してやらせてもらった。
 亜紀ちゃんが俺にコーヒーのお代わりを持って来る。
 自分にも注いで、俺の前に座った。

 「ビー玉って綺麗ですよね」
 「そうだな」
 「さあ」
 「?」
 「話せ」
 「このやろう」

 俺は笑って話し始めた。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■  ■ ■ ■ ■



 小学五年生の時。
 学校でビー玉が流行っていた。
 休み時間になると、みんながビー玉で遊んでいる。
 女の子は自分の綺麗な玉を見せ合って楽しんでいた。
 男子はゲームで玉の取り合いをしていた。
 俺はそれをいつも見ていた。
 うちは貧乏で、ビー玉といえども買えなかった。
 何人か俺を遊びに誘うためにビー玉をくれた。
 しかし、少ない数では遊べない。
 それに、俺は下手くそだから、どうせすぐに奪われてしまう。
 俺は大事に仕舞って、時々それを眺めた。

 綺麗だ。
 青や赤、緑や透明なもの。
 泡が入ったものや花弁や金銀の砂のように小さな箔が入ったものなど。
 八個だけだったが、俺のためにそれを友達がくれた。

 光に翳したり覗き込むと、幻想的な輝きと景色を見せてくれた。
 嬉しかった。
 


 意外なことに、本間がビー玉を大量に持っていた。
 ビー玉の遊びだけは他の同級生と積極的にやった。
 まあ、せしめるためだが。
 本間はビー玉遊びで最強だった。
 俺の8個のビー玉のうちの6個は本間からもらったものだ。

 「石神、どれでも好きなの選べよ」
 「いいのか!」
 「ああ。俺たちは親友だからな」
 「ありがとー!」

 何度かそうやって、戦利品の中から俺に選ばせてくれた。
 本間も、俺から取り上げたくはないので、一緒にビー玉遊びはしなかった。
 ただ、俺が喜ぶ顔を見て、あいつも嬉しそうに笑っていた。

 六年生になり、本間は「みどり学級」という特別クラスに入れられた。
 勉強についてこれない、または貧困でいじめられていた生徒たち三人が集められた。

 ある日、校門で本間が顔や手足に包帯を巻いて入って来たのを見た。

 「本間!」
 「おう、石神!」
 「どうしたんだ!」
 「親父だよ。一昨日やられた。俺がビー玉なんかたくさん持ってるのを見てな」
 「なんでだよ!」
 「もっと金になるもんを集めろって。お前もいつまでもガキじゃねぇんだって怒られた」
 「無茶苦茶だな」
 「いつものことだ。もう家にビー玉は置いておけねぇ。今日はみどり学級の奴らに渡す分を持って来たんだ」

 本間はそう言って、大きな袋を俺に見せた。
 随分と重そうだった。

 「そうか。あ、俺が持つよ」

 俺は本間から袋を奪って持った。
 やはり相当に重い。
 本間は傷だらけの身体で、こんな重い物を抱えて来たのだ。
 本間の、クラスメイトへの思いが伝わって来た。

 「あいつら喜ぶかな」
 「当たり前だ!」

 本間は痛むのか、笑いながら引き攣った。

 俺はみどり学級のプレハブ小屋まで運んだ。
 他の生徒の出入りを禁止されていたので、初めて入った。
 壁には先生がやったのか、様々な飾りがあった。
 ペーパーフラワー、色紙のチェーン、三人の写真、それらで壁が埋め尽くされていた。

 「石神は教室へ行けよ」
 「ああ、またな」
 「石神、お前、今日ヒマか?」
 「ああ」
 「帰りに、うちに寄ってくれないか?」
 「いいよ!」
 「お前が好きそうなビー玉は別にしてあるんだ。お前、綺麗なのが好きだったろう?」
 「ほんとか!」
 「じゃあ、帰りに校門でな」
 「分かった! ありがとう、本間!」





 その日の帰りに、本間と一緒に帰った。
 本間の家は、山の麓にある。
 俺の家とは反対方向で、周囲に幾つかの家もあった。

 一軒の家の窓が、全部木の板で覆われていた。
 俺にはすぐに分かった。
 本間の家の窓ガラスを石で割っていた奴の家だ。
 あれから、本間が全壊にしたのだろう。
 聞かなくても分かった。

 本間が通り過ぎる時に、小石を板にぶつけた。
 小石は跳ね返った。
 俺も投げた。

 「いつか板も割れるようになるぜ」
 「「アハハハハハハ!」」

 二人で笑った。



 本間の家は石段を上った上にある。
 30段ほどもあったと思う。
 コンクリで固められた、幅2メートルほどの石段だ。

 俺は下で待っているように言われた。
 本間の親父がいると面倒だからだ。
 前に本間の部屋にいると親父が帰って来て、俺を殴ろうとした。
 本間が親父に抱き着いて、俺に逃げろと言った。
 翌日、本間は右目を腫らし、左手を三角巾で吊って学校に来た。
 勝手に俺を家に上げたのを折檻されたらしい。



 本間が大きな紙袋を抱えて戻って来た。

 「いしがみー!」

 上から俺を呼んだ。
 俺が階段を昇ろうとすると、その紙袋が破れた。
 大量のビー玉が石段に零れ落ちた。
 コンコンと跳ねながら落ちて来る。

 綺麗だった。

 俺はあまりの美しさに、呆然と立っていた。

 「石神! 逃げろ!」

 上で本間が叫んだ。

 俺の後ろから車がこちらへ来る。
 本間の親父だった。

 俺は慌てて逃げ出した。
 俺がいると、また本間が殴られる。
 必死で走った。



 翌朝。
 本間は松葉杖をついて来た。

 「おい、俺のせいでやられたのか」
 「違うよ。俺が捨てろと言われたビー玉をまだ持ってたから」
 「じゃあ、やっぱり俺のせいじゃん!」
 「違うって。でも石神、お前にとっといたものは、全部捨てられてしまった」
 「そんなのはいいよ! お前大丈夫かよ!」
 「ああ、慣れてる。昨日な、あれから全部階段のビー玉を拾わされたんだ。脇の藪にはいったのもな。だからお前にやろうと思ってたのが一つもなくなった」
 「いいって!」
 「ごめんな」
 「本間、おまえぇー!」

 俺は俺のために傷だらけになった本間を抱き締めて泣いた。

 




 中学三年の夏の夜。
 俺は本間からの電話を受けて家を飛び出した。
 本間は明日、他の組に親父と一緒にカチコミに行くと言っていた。
 それで殺されるだろうと俺に言った。

 俺が家に着くと、誰もいなかった。
 俺は石段を降り、下で座った。
 どうしようもなかった。
 本間は恐らく、カチコミのために別な場所にいるのだろう。

 俺は泣いた。

 しばらくして、起き上がると右手の藪に光るものがあった。
 何かと思って近づくと、ビー玉だった。
 拾って泥を払い、月に翳した。

 「綺麗だ」

 小さな玉だったが、美しい水色の花弁のようなものが入っている。

 俺はそれをポケットに入れて帰った。




 「本間、ちゃんと受け取ったぞ。これさ、俺が見たビー玉の中で一等綺麗じゃんか! ありがとうな!」

 小さな、美しいビー玉だった。
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