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マリーンの地獄

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 ジェイは自分の甘さを呪っていた。

 「タイガーの話をちゃんと聞いていれば……」

 もう10人の仲間のうち、五体満足で立っているのは自分ともう二人しかいない。
 他の連中は手足のどこがが折られるか、肋骨が陥没しているか。
 そのうちの半数は気絶して動かない。

 残弾も少ない。
 元々、相手にほとんど通じない。
 ジェイはM16A2の榴弾を確認した。

 「ジェイ、どうすんだよ!」
 「黙れ! 最後までやるしかねぇだろう!」
 「そんなこと言ってもよ。アンモ(弾)がねぇし、大体当たっても無駄だろう」
 「考えろ。やられりゃどんな恐ろしい目に遭うか」

 ジェイに話し掛けていた二人が脅えた。

 「でもよ」
 「待て、考えた!」
 「おい!」
 「やれるかどうかは分からん。でも、目はあるぜ」
 「ほんとかよ?」
 「いいか、機械人形は5体だ。それを……」

 ジェイは短い時間で説明する。
 二人の男は頷いた。

 「なんで俺たちがこんな目に……」
 「うるせぇ! 今更愚痴を零すんじゃねぇ! とっとと突っ込むぞ!」
 「俺らはマリーンだからな!」
 「そういうこった!」

 ジェイたちは斜面を駆け降りた。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
 



 9月初旬の水曜日。
 ジェイから連絡があった。

 「予定通り、10人ほどタイガーの所で世話になることになった」
 「そうか。よく引き受けてくれたな」
 「いや、俺としては、ずっと前からそうしたかったんだ。やっとという感じだよ」
 「ありがとう」
 「早速なんだが、俺たちも「ハナオカ」の基礎訓練を始めたい」
 「分かった。じゃあ、斬に話しておくよ」
 「よろしくな! 俺と精鋭が世話になる」
 「ああ、楽しみだ」

 俺は子どもたちに、ジェイたち10人が来ることを伝えた。
 訓練の後だが、御堂家の警備に回ってもらう予定だ。
 近隣の土地は買ってある。
 もう住居の建築が始まっている。

 「タカさん、いつからですか?」
 「もう明後日には全員が日本に来るよ。しばらくは自由にしてもらって、下旬から斬の所だな」
 「タカさん!」

 ルーが言った。

 「なんだ?」
 「キャンプに誘ってもいいですか?」
 「あのキャンプかよ!」
 「うん。約束したし」
 「うーん」
 「「おねがいー!」」

 「まずはあいつらに聞いてみてだな。予定もあるだろうしな」

 俺は断らせるつもりだった。

 「「うん!」」

 折角味方になってやる気もあるのに、心を折るわけにはいかん。

 


 二日後の夜。
 俺の家にジェイたちが挨拶に来た。
 庭でバーベキューをした。
 いつも通り、子どもたちの食欲に呆然としている。

 「お前ら! モタモタしてると何も喰えないぞ!」
 「タイガー! こいつらはなんだ!」
 「うちの食事はいつもこうだ! 間違っても、あいつらと肉を争うなよな。死ぬぞ!」
 「お、おう」

 「奪われても、ニッコリ笑っとけ! 嫌そうな顔するとぶっ飛ばされるからな」
 「わ、分かった」

 ジェイが仲間に伝えている。
 ガシンガシンと骨のぶつかり合う音の中で、全員が肝に銘じていた。

 40キロの肉が消え、漸く落ち着いて来た。
 ゆっくりと食べていると、双子がジェイたちに話し掛けていた。
 マリーンは語学が堪能な人間が多い。
 今回来た10人は、ジェイも含め、日本語を習得している。
 ジェイはまだカタコトだが。

 「ジェイさん! キャンプいこ?」
 「おー、キャンプか。いいな!」
 「今度の連休の予定は?」
 「レンキュウ?」

 ジェイは仲間から、日本の休日を教えられた。
 今週末は、祝日が入り三連休となる。

 「ああ、何も予定は無いよ」
 「じゃあいこ?」

 俺が割り込んだ。

 「お前ら、まさか普通のキャンプだと思ってねぇだろうなぁ?」
 「どういうことだ?」
 「おいおい、こいつらは空軍の戦闘機をバンバン落としてたんだぞ! 手を振るだけでよ」
 「あ、ああ」
 「そういう奴らがサバイバル・キャンプをやろうってんだ。死ぬかもしれんぞ?」

 俺はそう言ったが、ジェイは笑っていた。
 一緒にいた連中も笑う。

 「タイガー。俺らはジャングルで生き延びる訓練を受けてるんだ。今更ビビるわけないだろう」
 「いや、次元が違うぞ?」
 「面白い! 俺たちが本当のサバイバル・キャンプを教えてやるよ」
 「おい、考え直せ!」
 「タイガーも心配性だな。大丈夫だよ、子ども相手なんだから、優しくやるさ」
 「そうじゃねぇ! 双子は普通じゃねぇんだ!」
 「アハハハハハ!」

 俺の親切を嗤いやがった。

 「ジェイさん! 楽しいよ!」
 「一緒にキャンプしよ!」

 ルーとハーが満面の笑みで誘った。

 「野生のイノシシ食べさせてあげる」
 「そうかー! じゃあ、獲れたらいいな!」
 「「うん!」」

 獲れるに決まってる。

 「俺らのサバイバル技術も教えてやるよ」
 「うん、私たちも!」
 「アハハハハ! そりゃ楽しみだ」

 「おい、ジェイ!」
 「タイガー! こいつらも忙しかったんだ。たまには息抜きさせろよ」
 「だから息抜きにならねぇんだって!」
 「キャンプだろ? 俺たちがちゃんと引率してやる。楽しくやって来るよ」
 「だから楽しくねぇんだってぇ!」


 俺は散々止めたが、ジェイたちは行くと言う。
 まあ、最初に厳しい状況を経験しておけば、あとの訓練も乗り越えるだろう。
 俺はそう考え、許可した。






 ジェイたちは2台に分乗してうちに来た。
 ノーマルのハマーH2とジムニーだ。
 リーフパターンの迷彩服を着ている。
 
 俺は双子にくれぐれも無茶をするなと言い聞かせた。
 まあ、無駄だろうが。
 それでも一応はプロの軍人だ。
 多少のことは大丈夫だろう。

 ジェイは俺の運転するうちのハマーに乗った。
 俺の案内で、他の2台が付いて来る。

 「ジェイ。今更止めはしないが、注意事項だ」
 「ああ、なんだ?」
 「逃げるなよ? 逃げればこいつらから、心が折れるほどやられるからな」
 「なんだ?」
 「怪我をしたって、最後までいろ。そうすればちゃんと連れ帰ってくれる」
 「分かんねぇな。でも分かった。タイガーが迎えに来るまでちゃんと双子ちゃんと一緒にいるよ。楽しんでくるから安心してくれ」

 今は何を言っても無駄なようだった。
 まあ、行けばすぐに分かるだろう。

 「タカさん、大丈夫だよ!」
 「ちゃんと訓練して来るからね!」
 「あんまり酷いことはするなよな」
 「「はーい!」」

 二人は後ろのシートでニコニコしていた。

 麓の一軒家に車を入れた。
 荷物を全員が運び出す。

 「じゃあ、二日後の午後三時にな」
 「ああ、タイガーも来ればいいのに」
 「冗談じゃねぇ」

 ジェイたちは笑いながら荷物を背負った。
 
 「じゃあ、行くよ!」

 ルーが全員に号令した。

 「アイ・マム!」

 ジェイたちは笑って答え、緩いペースで走り出した。





 俺も、山中にとんでもないものがあることを知らなかった。
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