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早乙女の恋 Ⅱ

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 早乙女は行動が早かった。
 その日の夜に、もう先方と会う約束を交わした。

 「今晩会えるそうだ!」
 「お前、俺の都合は一切聞かなかったな」
 「あ!」
 「まあ、いいけどよ」

 困ったのは、出掛ける時間までこいつと一緒にいなきゃいけないことだった。
 俺は本当は少し寝たかった。

 「石神」
 「なんだ?」
 「良かったらでいいんだが」
 「だから何だよ?」

 「レイさんの部屋を見せてもらえないか?」
 「え?」

 「あまり喋らなかったが、何度か顔を合わせた」
 「ああ」

 「綺羅々との戦いの後の新宿の焼き肉屋で会ったのが最初だ。綺麗な人で、よく覚えている」
 「ああ、そうだったな」
 「あの後、一緒にお前の家で飲んだ。俺がウォッカを一緒に飲むと、「飲み過ぎるな」と言われた」
 「ワハハハハハ!」
 
 「でも、俺が悲しそうな顔をしてたら、黙って注いでくれた」
 「そうだったか」
 「いい人だった。綺麗で明るくて優しい。お前に惚れていたな」
 「そうだ」

 「いい人だった」

 俺は笑って、早乙女にレイの部屋を見せた。
 早乙女は何を見るわけでもなく、部屋の入口に立って手を合わせた。
 しばらく目を閉じて、そうやっていた。

 俺が中へ入れと誘った。
 早乙女は中へ入り、部屋を初めて見渡した。

 「いい部屋だな」
 「そうか」
 「お前も大事にしていたんだな」
 「当然だ」

 俺は早乙女を地下に誘い、ギターを弾いた。
 早乙女のために、『忘れな草をあなたに』を弾き、他に何曲か弾いた。
 早乙女は黙って聴いていた。






 時間には少し早かったが、二人で出掛けた。
 待ち合わせは、丸の内のレストランだった。
 酒を飲むかもしれないので、タクシーで向かった。
 ゆっくりと青梅街道まで歩き、捕まえる。

 約束の30分前に着いた。
 俺たちは喫茶店に入り、時間を潰した。

 「そう言えば、一昨日か、麗星さんから連絡が来たんだ」

 俺は思わずコーヒーを吹き出しそうになり、咳き込んだ。

 「新幹線の手配か」
 「そうだ。お前に呼ばれたけど、急いで帰らなければならなくなったと」
 「お前、それで手配したのか?」
 「もちろんだ。お前の用事で動いてくれたんだろ?」
 「あー、まー、そういうことだ」
 「どういう用事だったんだ? 俺にも手伝えるか?」

 早乙女が真面目に聞いて来る。

 「ああ、いや。すまない、話せないんだ」

 お前のためにな。

 「そうか。悪かった。でも、いつでも言ってくれな」
 「本当にありがとう」

 本当に申し訳ない。





 俺たちは待ち合わせのレストランに入った。
 席に着くと、ちょうど相手も店に入って来た。
 俺たちは立ち上がって迎える。

 「わざわざ来ていただいて、申し訳ありません」

 早乙女がちゃんと挨拶した。

 「こちらは、俺の友人の石神です」
 「突然すみません。石神高虎です」

 俺は名刺を出した。

 「西条雪野です」

 名刺をいただいた。

 「まあ、お医者様なんですの。早乙女さんはお顔が広いんですね」
 「いいえ、友人は石神一人だけです」
 「おい!」
 「まあ! ウフフフ」

 美人だ。
 身長は165センチくらいか。
 ヒールを履いているので、もっと高く見える。
 スタイルもいい。
 何よりも、顔を見れば分かるが明るく、優しい人だ。


 「すみません。お見合いのお話があるということで、早乙女が柄にもなく緊張してまして。きっといい人だと言うと、どうしても一緒に会ってくれと」
 「そうでしたか」
 「俺なんかがいてもしょうがないんですが。こいつは仕事一筋で、どうも女性関係というか、人間関係全般がダメな奴で」
 「ウフフフ」

 「でも、優しい男なのは俺が保証します。不器用ですが、きっと家庭を大事にする奴ですよ」
 「それは頼もしいですね」

 料理を注文し、西条さんに聞いて、三人でワインを飲んだ。

 「伯父から勧められたんですが、真面目でいい方がいると」
 「でも西条さんなら、幾らでも他にお話があるんじゃないですか?」
 「幾つか縁談は頂きましたが、全部お断りさせていただきました」
 「じゃあ、早乙女は?」
 「はい。写真を拝見して、一目で優しい方だと」
 「へぇー! 良かったな!」

 俺が早乙女を見ると、下を向いて真っ赤な顔をしていた。

 「おい、どうしたんだよ」
 「石神! 綺麗過ぎる。それにいい人過ぎる」
 「え?」
 「まあ」

 俺と西条さんで笑った。
 四谷の有名な大学を出て、大手企業に入った。
 本当は営業職をやりたかったそうだが、会社は西条さんの美しさと明るさを重視し、今は受付にいるらしい。

 「あの、結婚しても仕事は続けたいのですが」

 西条さんが言った。

 「おい、どうなんだよ!」
 「はい! それはもちろんです!」
 「だそうです」
 「ウフフフフ」

 料理を食べながら、楽しく会話した。
 本当に明るい性格だった。

 「早乙女の仕事は御存知ですよね?」
 「はい、もちろん」
 「特殊な仕事ですが、抵抗はありませんか?」
 「はい。大変なお仕事なのは存じております。伯父のことは尊敬しておりますし。それを真面目にやってこられてる、誠実な方かと」
 「誠実過ぎるんですけどねぇ。全身に「真面目」って刺青があるんですよ」
 「アハハハハ!」

 声を上げて笑った。

 「それに優しすぎで。俺なんかにもだから付き合ってくれるんです」
 「それは違う! 俺は石神の優しさが嬉しくて、だから」
 「ばーか! お前は俺に騙されてんだよ」
 「西条さん! 石神こそ、本当に優しくていい奴なんです! 結婚されるなら、是非石神と!」
 「このバカ!」

 早乙女の頭を引っぱたいた。

 「俺のために、命を懸けてくれる奴なんです。俺が寂しがってるだろうって、酒を飲みに誘ってくれたり。二日酔いだったら、千疋屋の美味しいフルーツを沢山買って来てくれて」
 「いい加減にしろ! 俺の話なんかどうでもいいだろう!」
 「石神は本当に素晴らしい男なんです!」

 「分かりました。私、決めました!」
 「そうですか! じゃあ、石神を宜しく……」
 「このバカやろう!」

 俺は早乙女の髪を掴み、早乙女も必死に俺を引き離そうとした。

 「いいえ。早乙女さんとの縁談を進めさせて下さい」
 「へ?」
 「はい?」

 掴み合いをしていた俺たちが呆然とした。

 「いいの、こんなので?」
 「はい」
 「俺なんですか?」
 「はい、お願い致します」

 西条さんが居住まいを正し、頭を下げた。
 俺たちもちゃんと座り直した。

 「こいつ、こんなにバカですけど」
 「はい」

 「あの、女性と付き合ったことがなくて」
 「私と一緒にやっていきましょう」
 「本当に、石神の方がいいですよ?」
 「いえ、早乙女さんでお願いします」  

 早乙女が泣き出した。

 「すみません。こいつ、あんまり他人から褒められたことが無いんで」
 「そうですか。優し過ぎる方ですもんね」
 「そうなんですが、それ以上に不器用というか純粋で」
 「ああ! 確かに! 純粋なところが一番の魅力ですね!」
 「まあ、そうなんですけど。西条さんも変わってらっしゃいますね」
 「はい!」

 俺は早乙女のどこがいいのかと話した。
 西条さんはよく笑った。

 「こいつをね、新宿のゲイバーに連れて行ったんですよ」
 「まあ!」
 「それでね、酔ったんでからかって、お前友達少ないだろうって言ったんです」
 「そうなんですか」
 「そうしたら「うん」って。友達が一人しかいないんだって」
 「まあ」
 「それでね。俺のことを指さすんですよ!」
 「それは!」

 「嬉しかったなぁ、本当に。こんな奴に友達だって言って貰えて。世界で一人だけですからね!」
 「アハハハハハ!」
 「アハハハハハ!」

 何故か早乙女も笑った。

 「じゃあ、私も世界で一人だけになりたいです」
 「そうですか」
 「素敵ですね!」
 「そうでしょう!」




 俺たちは楽しく話した。
 早乙女は、そんな俺たちを嬉しそうに見ていた。
 俺も本当に嬉しかった。
 早乙女という男の本当の美しさを分かってくれて。
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