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レイの失踪

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 八月下旬の月曜日。
 いつものように一江から報告を聞いた。

 「よし。長いこと休んで悪かったな」
 「いいえ。部長がいらっしゃらなくて寂しかっただけです」
 「あ?」
 「冗談です」

 一江の頭を引っぱたいた。
 ドアを開けた。

 「みなさーん! 論文は好きですかー?」
 「はーい!」

 俺は休みの間渡せなかった論文を配った。
 いつもの倍になった。
 引き攣った顔をしている。

 「あの、部長」

 一江が言う。

 「あんだよ」
 「いつも思ってたんですが、部長ってよく毎週こんなに論文を用意できますよね?」
 「当たり前だ」
 「それに、どれも役立つし、興味深い」
 「何が言いたい?」
 「いえ、どうやって探されるのかって」
 「この十倍以上読んでるからだよ」

 部下たちが驚く。

 「なんなんだ、当たり前だろう! お前らには、俺の勉強法って話したことはあるだろ?」
 「はい、問題集をひたすらやったって」
 「そうだよ。それをやってるだけだ」

 部下たちが一斉に論文を読み始めた。

 「まあ、お前らは与えられたものしか読もうとしねぇからな。だからダメなんだよ。やっぱり頭角を現わす奴っていうのは、言われたこと以上をやろうとしてるよな」

 また部下たちが俺を見る。

 「うちのレイなんてなぁ。皇紀や双子から与えられた資料や論文、本なんかの他に、自分でガンガン数学の研究書だの物理学の専門書だの軍事関係の書籍だの読みまくってたぞ? 今でもそうだよ。まあ、少し前に出掛けちゃったけど、きっと向こうでもやってる」

 「レイがですか」

 一江が遠い目をした。

 「そうだ。その上に響子の世話をし、家のこともやろうとし、子どもたちと遊んで俺に酒を付き合って。おまけに俺の話に出て来た文学だのって読みまくったよな」
 
 「まあ、最初はあまりにもやり過ぎるんで、俺から少し休めと言われた。デフォルト・システムがあるからな。お前ら、俺から休めと言われたことはねぇだろう!」
 「はい!」

 「前にビーポーレンが骨粗鬆症や肝臓障害の患者に有効だったという論文を読ませたよな?」
 「はい」
 「それで、お前らの中で、実際にビーポーレンを飲んだ奴はいるか?」

 誰も手を挙げない。

 「病院食に取り入れてはどうかと、俺に相談に来た奴もいねぇ。俺は自分はもちろん、子どもたちにも喰わせてる。響子にもな。まあ、うちの子らはちょっと分かりにくいけどなぁ。でも響子は結構な変化がある。六花が詳細に記録を残しているので分かってる」
 「どんな変化なんですか?」

 一江が聞いて来た。

 「うるせぇ! 自分で六花に美味い物を喰わせて教えてもらえ!」
 「分かりました!」
 「六花も、いろいろと響子のために勉強している。マッサージも上手くなったし、食事のことだって熱心だ。響子の食事なら、一ヶ月前後は全部のメニューが言える。俺が「今日の夜はなんだっけ」と聞いて、答えられなかったことはねぇ!」
 
 休み明けから説教になってしまった。
 こいつらも、多少はやっている。
 一江と大森、斎木が中心だが、俺の渡した論文の参考資料から役立ちそうなものを探して提示している。
 俺の論文は「鬼虎文庫」というファイルに閉じられ、分野別にまとめられている。
 一江たちがオペの前にこれを読んでおけと指示している。
 斎藤や山岸は特に俺や一江に聞いて来る。

 「ああ、俺も忙しいからここまでな! まあ、宜しく頼むぞ」
 「はい!」


 

 響子の部屋へ行った。
 丁度セグウェイの巡回を終えた所だった。
 六花に匂いを嗅がれている。
 汗をかいていないかのチェックだ。

 「タカトラー!」
 「おう! ツルツル!」

 響子が抱き着いて来る。

 「今日から出勤だ」
 「うん!」
 
 俺は亜紀ちゃんから渡されたUSBを響子に渡した。
 別荘での写真データが入っている。
 三人で見た。

 「シオリは大丈夫?」
 「もちろんだ」

 栞は先週に妊娠のことを院長と薬剤部の部長に報告している。
 一江たちにはまだだ。
 機会を設けて俺と一緒に話す予定だ。
 
 「レイと電話で話したよ。レイも元気そうだった」
 「そう!」
 「なかなか忙しそうでな。もうしばらく帰って来れないらしい」
 「うん。しょうがないね」
 「まあ、俺がいるからな!」
 「うん。でもレイも一緒がいい」
 「そうだな!」

 俺は響子の頭を撫でた。



 その日は午後からオペが3つ入っていた。
 家に帰ったのは夜の10時頃だ。

 「おかえりなさい」
 「ニャー!」

 ロボと亜紀ちゃんが出迎えた。

 「ああ、遅くなった」
 「お食事は大丈夫ですか?」

 事前に病院でみんなと食べると言ってある。

 「大丈夫だ。早く風呂に入って寝たい」
 「もう脱衣所に着替えは置いてあります」
 「気が利くな!」
 「私のを置くついでです!」
 「「ワハハハハ!」」

 一緒に風呂に入った。
 湯船で寛いでいると、ルーが呼びに来た。

 「タカさーん! 静江さんからお電話ですー!」
 「おう、分かった!」

 俺は脱衣所の電話を取った。

 「石神さん。レイが行方不明です」
 「なんですって!」
 「聖さんの会社に行く予定だったんですが、先方からまだ到着していないと電話が来て。こちらからレイに連絡しようとしたんですが、電話が繋がりません」
 「どのくらい前ですか?」
 「15分前です。聖さんや警察にも協力をお願いしています」
 「分かりました。俺もそちらへ行きましょう」
 「いえ、まだ状況が」

 「嫌な予感がします。できるだけ早い便を用意してもらえませんか?」
 「分かりました。後でまたご連絡いたします」

 俺は子どもたちを集めた。
 レイのことを話す。
 子どもたちは動揺する。

 「まだ状況は分からない。亜紀ちゃん、ルー、ハー。一緒に来てくれ」
 「「「はい!」」」
 「柳と皇紀はこっちにいろ。ロボの世話も頼む。場合によってはお前たちも呼ぶ」
 「「分かりました!」」

 俺は一江に電話した。
 レイのことと、明日からまたしばらく休むと言った。

 「分かりました! どうかレイをお願いします!」
 「ああ。じゃあ頼むぞ」
 「はい!」
 「それと、六花と響子にはまだ黙っていてくれ」
 「はい」

 俺たちは荷物をまとめた。
 20分後に静江さんから連絡が来た。

 「横田基地までいらっしゃれますか?」
 「もちろんです」
 「二時間後に輸送機が出ます。それが最速です」

 流石はロックハート家だ。
 俺たちはハマーに荷物を積み込んで出発した。

 横田基地で名前を言うと、すぐに基地内へ入れてくれた。
 どう話が通っているのか分からないが、非常にスムーズに案内してくれる。

 「随分と急いでくれるんだな」

 不思議に思って俺は尋ねた。
 案内していた軍曹が応えた。

 「ハワイでの、あんたの娘の話を聞いている。その子なんだろ?」

 亜紀ちゃんを見て言った。
 恐らく静江さんが伝えてくれているのだ。

 「モタついてると吹っ飛ばされる。俺たちは厄介ごとは御免だ」
 「なるほどな」

 亜紀ちゃんはニコニコしていた。
 途中で説明を受けた。

 「ここからはC17で行く。ハワイでもっと速い機体に乗り換える。ニューヨークでは、「セイントPMC」の中に着陸する」
 「聖か」

 俺は呟いた。
 あいつが一生懸命に協力してくれている。

 「あんたらが何者かなんて、俺にもこれからあんたらを運ぶ連中にも話さないでくれ。俺たちは聴きたくない」
 「ああ、悪いな」




 俺たちは、日本を飛び立った。
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