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五度目の別荘 XⅡ: 『アランフェス協奏曲』

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 音楽の河合先生は、小学校の本多先生に俺の話を聞き、俺によくクラシックのレコードを聴かせてくれた。
 また、二人でよく音楽談義をした。
 俺に譜面の観方を教えてくれた。
 本多先生にも教わっていたが、河合先生は多くの譜面を持っていた。
 お陰で、俺は譜面からも頭の中で音楽を奏でられるようになった。
 俺が三年生の時だ。
 確か秋頃だった。

 「石神くん。今度学校で県の音楽祭に参加することにしたんだ」
 「そうなんですか」
 「うん。それでね、僕はロドリーゴの『アランフェス協奏曲』をやろうと思ってるんだよ」
 「へー、ギターですか」
 
 「ほら、二年生の白石君がいるだろ?」

 知っている。
 ギターの上手い奴で、よく音楽室で女の子に囲まれてギターを弾いているのを見た。
 クォーターの奴で、甘い顔をしている。
 俺とは別に、女の子にモテている。

 「俺は、サイヘーさんに聴いてもらったことがあるんだ!」
 「え! あの有名な人でしょ!」
 「うん! 褒めてくれたんだよ!」
 「すごいね!」

 貢さんから聞いたことはねぇ。
 でも、別にどうでもいい。




 「白石君がギターが上手いからね。彼をメインにやろうと思うんだよ」
 「そうですか! いいんじゃないですか」
 「それでね。石神君にはトランペットをやって欲しいんだ」
 「えぇー!」
 「君は顔もいいし背も高いじゃない。だから目を引くと思うんだよな」
 「でも、俺やったことないですよ?」
 「大丈夫だよ! 僕が教えるし、パートも少ないから。君が目立つようにはするけどね。でも短いものにするから」
 「弱ったなー」
 「頼むよ!」
 「あー、分かりました。河合先生にはお世話になってますし」
 「よろしく!」

 俺は早速指導を受け、マウスピースを借りた。
 とにかく音が出るように練習しなければならない。
 マウスピースで自在に吹けるようなればいいのだと言われた。

 河合先生は俺がギターを貢さんに教わっていることは知らなかった。
 俺は独りでギターを弾いていて、誰にも話したことは無い。
 誰かに自慢したくてやっていたわけではない。
 貢さんに聞いて欲しいのと、あとは門土くらいだ。
 俺の一部になっていただけだった。




 最初に選ばれた生徒が集められた。
 20人くらいだ。
 ギターの白石が中心であり、『アランフェス協奏曲』はほとんどがギターのソロだ。
 
 「集まってくれてありがとう。じゃあ、各パートは事前に知らせた通りだ。まずは各自で練習してもらって、合同練習は来週からにするよ。みんな頑張ってね!」

 河合先生はそう言って、楽器を配って解散した。
 俺は事前に知らされていたので、多少は練習していた。
 多分、本番でもちゃんと出来るだろう。

 問題は白石で、結構な難曲だ。
 俺はイェペスのレコードを持っていたが、俺でもちょっと難しい。
 白石の力量は聴いていて知っているが、大丈夫だろうか。
 河合先生は楽しみにしているようだが。

 お袋に楽団の話をすると、喜んでくれた。
 
 「高虎がトランペットを吹くの?」
 「ああ。やったことないって言ったんだけど、河合先生がどうしてもって言うからさ」
 「やったね!」
 「そんなに嬉しいのか?」

 お袋は大事そうにニニロッソのレコードを出して来た。
 持っているのは知っているが、あまり聴いたことは無かった。
 
 「若い頃にね、一度だけコンサートに行ったの! 大ファンなんだー!」
 「へー、そうだったのか」

 ギターじゃなくトランペットをやってれば良かったと思った。
 こんなにお袋が喜んでくれるなんて、知らなかった。

 「お父さんがね、あんまり好きじゃないの」
 「民謡ばっかだもんな」
 「うん。だから家でもあまり聴けないの」
 「おし! 今日は思い切り聴こう!」
 「うん!」

 二人で何度もレコードを聴いた。
 お袋は嬉しそうだった。




 俺はそれから一層練習した。
 高い楽器だと最初は渋っていたが、河合先生になんとかトランペットをお借りして練習した。
 家では親父がいるので、大抵山の中だ。

 トランペットは音が大きい。
 俺は山の深くまで入って練習した。



 白石は行き詰っていた。
 楽譜は何とか覚えたが、どうにも上手く行かない。
 音を追うようなたどたどしさが目立った。
 他の俺たちは段々と上達し、そこそこの演奏になっていった。
 しかし、白石はダメだった。

 休み時間も懸命に練習している。
 しかし、それまで弾いていたような子供だましの曲とは違う。
 ほとんどコードでやっていた白石には、クラシックギターは厳しかった。
 素人にもたどたどしさが分かる。
 何度も引っ掛かる白石に、それまでうっとりと聴いていた女の子も離れていくようになった。

 河合先生も困り果てていた。
 白石をメインにしていただけに、彼の演奏がダメならば目も当てられない。

 「石神君。困ったよ」
 「そうですねぇ」
 「場合によっては棄権かな。あの状態で白石君を出すのは忍びないよ」

 
 合同練習は、しばらく白石抜きでやった。
 白石は別室で練習していた。

 俺は白石のいる部屋へ行った。

 「石神先輩」
 「おい、どうだよ?」
 「すみません。ダメかもしれません」

 白石は泣きそうになった。
 俺はとにかく弾いてみろと言った。
 白石は途中まで弾いて、つっかかった。
 俺はギターを取り上げ、弾いてやった。

 「!」

 白石は目を丸くして、俺の演奏を聴いていた。

 「石神先輩! なんで!」
 「他の奴には言うなよな。俺、ギターは結構好きなんだ」
 「だって! 物凄い演奏でしたよ!」
 「そんなことはねぇって! お前に教えてやるから、なんとかやれよ!」
 「石神先輩!」
 「ほら、第二楽章のここな」
 「先輩! 先輩がやればいいじゃないですか!」
 「ばかやろー! お前のために河合先生も俺たちも頑張ってるんだろう!」
 「だって!」

 白石は泣いた。
 これまで自分が一番上手いと思っていたはずだ。
 
 「石神先輩、なんでそんなに上手いんですか!」
 「しょうがねぇだろう。貢さんに散々しごかれたんだからなぁ」
 「貢さんって?」
 「サイヘーだよ! お前も知ってんだろ?」
 「え!」

 俺は小学生の頃の出会いと、それからのことを白石に話した。

 「そ、そんな……」
 「どうでもいいことだ。今はお前が弾くんだ。お前じゃなきゃダメなんだよ」
 「石神先輩……」
 「泣いてるヒマはねぇ。一音でも辿れるように頑張れ!」
 「は、はい!」

 その日から、俺の特訓を受けた。
 白石は伸びなかった。
 俺は貢さん式に、白石をはたいて指導するようになった。
 
 「もう嫌だ! やっぱり石神先輩がやればいいじゃないですかぁ!」
 「ばかやろー! お袋が俺のトランペットを楽しみにしてんだぁ!」
 「はい?」

 俺はお袋がニニロッソの大ファンで、俺がトランペットを吹くと聞いて大喜びした話をしてやる。

 「じゃあ先輩は」
 「だから最初に言っただろう! お前しかいねぇんだぁ!」

 白石はまた泣きながら練習した。





 大会当日。
 白石は何とか弾き切った。
 俺も本人も不満だらけだったが、とにかく何とかなった。
 ギター協奏曲という珍しさもあり、審査員特別賞をいただいた。
 本来はホルンとギターとの掛け合いに、俺のトランペットがパートを担当し、それも評価された。
 会場に聴きに来たお袋が狂喜した。

 俺たちは学校に戻り、校長先生や他の先生方から褒められた。

 「河合先生!」

 中心で褒められていた白石が叫んだ。

 「石神先輩の演奏を是非聴いて下さい!」
 「なんだって? 石神君?」

 白石がケースを開き、ギターを俺に渡した。

 「おい、白石!」
 「先輩! お願いします! 僕は先輩がいなかったら、絶対にダメでした!」

 みんなが俺たちを見ている。

 「石神君、何かよく分からないけど。とにかく弾いてくれないかな?」

 白石先生が言った。
 校長先生や他の先生方もやれと言う。

 俺は調弦して弾いた。

 「西平貢さんに教わってたそうです」

 演奏の後で、白石が言った。
 みんなに、俺から特訓を受けて何とかなったと言った。
 本当は俺がやれば、もっと良かったのだと。
 困った。




 「あー、俺の憧れはニニロッソですからぁ!」

 みんなが笑い、大きな拍手をくれた。
 俺は白石の肩を叩き、ギターを渡した。
 河合先生は俺たちの肩を抱き、泣いた。

 「僕は何も知らなかった! 二人とも、どうもありがとう!」
 「白石が頑張ったんですよ。こいつ、俺に殴られながら必死でやったんです」
 「そうか、そうか!」
 「まあ、俺のトランペットも良かったでしょ!」




 みんなが笑い、「そうだそうだ」と言ってくれた。

 白石も嬉しそうだった。
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