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五度目の別荘 Ⅵ

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 翌朝。
 俺と六花の間で響子が寝ている。
 ロボは俺の足元で寝ていた。
 暑かったのだろう。
 7時だ。
 まだ二人は起きるのは早い。
 俺がそっとベッドを抜け出すと、ロボも付いて来た。

 下に降りると、子どもたちと柳が朝食の準備をしている。
 朝食は8時だ。

 「「「「「おはようございます!」」」」」
 「ああ、おはよう」

 鷹が降りて来た。
 子どもたちが同じく挨拶する。

 「鷹もゆっくりしてろよ。折角こんなに奴隷がいるんだからさ」

 みんなが笑った。

 「いいえ、食事を作るのが楽しみで来ましたから」
 「そうかよー」

 亜紀ちゃんが俺にコーヒーを淹れ、鷹が持って来た。

 「今日もいい天気ですね」
 「そりゃ俺たちは日頃の行ないがいいからな!」
 「ウフフ、そうですね」
 「ゾンビぶっ殺したり、でっかい獣ぶっ殺したり、ヤクザぶっ殺したりなー! ぶっ殺し晴れよな!」

 みんなが笑う。

 「タカさん、ぶっ殺すの好きですもんね!」

 亜紀ちゃんが言う。

 「お前が言うなー!」

 またみんなが笑った。
 栞が起きて来て、六花と響子も降りて来る。
 響子はボーっとしている。
 朝が弱い女だ。



 朝食は簡単に、プレーン・オムレツにハム炒め。
 フルーツ入りヨーグルト。
 ここまでは響子のためのメニューだ。
 他の人間にはそれにご飯と焼き鮭。
 ご飯と納豆に炙りタラコと漬物。
 なめこの味噌汁。
 ケダモノ用に、ステーキ500gと厚切りのハム。
 ステーキはもっと喰えるが、朝くらい人間に近づけと言った。

 俺が食べながら話した。

 「さっき、俺たちが人でなしだって話してたんだけど」

 みんなが俺を見ながら食べている。

 「良寛っているじゃない。有名な坊さんだよな。俺はどうもあの良寛って嫌いでよ」
 「優しい人だって言われてますね」

 柳が言う。

 「そんなんだけどな。有名な話で、親戚の子どもが悪さばかりして働かないんで、良寛を家に呼んだんだよ。なんとかして欲しいってな。でもずっとニコニコしてるだけなの。目の前で悪いことしてサボってても何も言わないで笑ってる」
 「なんなんですかね」

 亜紀ちゃんが言う。

 「それでな、ついに何もしねぇで帰るってことになったんだ。それでよ、玄関で良寛が泣いたんだってよ。その涙を見て、ワルガキが改心したんだと」
 「なんですか、それ?」

 「泥棒が入って来ても、何もねぇ。だから布団を渡したんだってよ。どう思う、響子?」
 「よく分かんない」
 「だよなー! おいお前ら! うちに何か盗みに来た奴は「虚震花」で足元からちょっとずつ消すんだぞ!」
 「「「「「はーい!」」」」」

 「だけど今の人間は好きなんだよなぁ。何にもしねぇで子どもと遊んでたっていう奴をな」

 まあ、俺の話し方もあるので、子どもたちは概ね賛同した。
 別に良寛が好きな人間がいても構わない。

 「俺が好きな人物って、やっぱりなー。例えば芭蕉なんて大好きだけど、富士川で二歳の捨て子を見つけたのな」

 みんなが聞いている。

 「それでよ。懐からちょっと食い物を出した」
 「優しいですね」
 「それを二歳のガキに思い切り投げた!」
 「「「「「ゲェーーー!」」」」」

 「その上で、「お前が親父やお袋に捨てられたのは、天罰だ! 己の性(さが)を知れぇー!」って怒鳴って去った」
 「「「「「「「「「アハハハハハハ!!」」」」」」」」」

 「な! いいだろ?」
 「無茶苦茶ですね」

 柳が言う。

 「ああ。二歳の子どもに「己の性を知れ!」ってなぁ。「性」っていうのは宿命のことだ。要は、ウジウジしてねぇで、さっさと受け入れて何とかしてみろ、ってことだよな」
 「子どもは分からないですよね」
 「そうだろうけどな。でもな、人に関わるってそういうことなんだよ。とことん関わってもいいし、そうじゃなく、ちょっとだけ関わって優しくしてもいい。食い物をやったんだから、優しさに決まってる」
 「投げたのは?」

 亜紀ちゃんだ。

 「俺に感謝とかすんなってことよな。面倒を見るわけでもねぇんだから、良いことをしたなんて思いたくもねぇ」
 「なるほど!」
 「でもな、この話を、今の人間は酷いって言うんだよ。思い切りよく言って、俳句を際立たせるための創作だとかな」
 「へぇー」
 「芭蕉の『野ざらし紀行』の中に書いてあるよ。まあ、だから現代人ってダメなんだよな」

 みんなが頷いている。

 「俺なんかもワルガキを預かったけど、毎日そりゃ大変よ。食い物が遅いと俺を齧りに来るからな!」
 「「「「アハハハハハ!」」」」
 「俺、最初は鞭を持ってたじゃない」
 「「「「アハハハハハ!」」」」

 「芭蕉が捨て子を見捨てたことだって、「やむにやまれずに」なんて書いてある本もある。頭に来るんだよなー!」

 みんなが頷く。

 「西行なんかもさ。あの時代はあちこちに死体が転がってる。道を歩くのに邪魔なんで、蹴とばして避けたりなぁ。手で触ると汚いからだよ」
 「今だったら大変ですよね」
 「ああ。まあ、見つけたらうちの病院に運べよな。金が取れるから」

 みんなが笑う。

 「でも死んじゃってたら」

 柳が言う。

 「ばかやろー! 遺族から取れるし、いなくても「点数」で稼いでやらー!」

 みんなが笑った。





 朝食を終え、俺は柳と双子を連れて散歩に出た。

 「今朝のお話は面白かったです」

 柳がそう言った。

 「まあ、俺の思い込みと好き嫌いだからな。良寛だってこれだけ名が残っているということは、やっぱりいい面もあるんだよ」
 「そういうものですか」
 「「歴史的自浄作用」と言ってな。悪いものは一時は栄えても、必ず時間を経て正しい判断が産まれる、ということだ。良いものも当然な。だから人類はここまで来れた」
 「なるほど」
 
 「だから、歴史は今の善悪や常識で判断してはいけないんだ。特に現代はな」
 「はい」

 双子が俺の両手を取る。

 「こいつらはとんでもないことをやるけどな。その理由はいつだってたった一つだ」

 双子が俺を見ている。

 「「タカさんのためー!」」
 「な?」

 柳が笑った。

 「そうだね!」
 「まあ、全然違う場合も、びみょーな場合もあるけどな」
 「「ワハハハハハ!!」」




 倒木の広場で休む。
 ルーがレジャーシートを敷き、俺たちは倒木を背に地面に座った。
 ハーが紅茶を配る。
 柳がクッキーを皿に並べた。

 「奴隷共、ご苦労!」
 「「「アハハハハハ!」」」

 みんなで紅茶を飲み、クッキーを摘まんだ。
 涼しい風が吹いている。

 「なあ、柳。お前は栞が何で妊娠したのか気になっているんだろう」
 「え、でも夕べ石神さんが」
 「ああ言われたら、お前も引っ込むしかない。そうだよな」
 「まあ、はい」

 柳は困った顔をする。

 「お前には関係ない、そう聞こえたか?」
 「そうですが、本当にそうですから」

 俺は柳の頭を撫でた。

 「ハー、お前はどう思ったよ?」
 「戦うのは私に任せなさーい!」
 「?」

 柳は分からない。

 「だって、タカさん、そう言ってたじゃない」

 ルーが言った。

 「え?」
 「柳ちゃん、タカさんは「士王」は戦わせないって言ってたじゃん」
 「うん。そうだよね」
 「だったらさ、私たちが戦って、次の世界を子どもたちに渡すんだよ」
 「!」

 柳が泣き出した。

 「わ、私、なんにも、わたし、なんにも分かってなかったぁー!」

 双子が柳を両脇から抱いた。

 「柳、俺たちは戦う宿命だ。まあ、俺のせいだけどな。でも愛するお前をもう巻き込んだ。御堂にも宣言している。俺たちは戦う。そして死ぬ。でもな、それは「愛」のためだ。俺たちが愛するものを守るための戦いだ。俺たちは必ず何とかする。そして、生き残った愛する者たちに残してやりたい」
 「はい!」
 「そのための栞の子だ」
 「石神さん! 私恥ずかしい! こんなに自分がダメだったなんて!」
 「おい、柳! しっかりしろ。お前は何にも分からなくたって、俺の傍にいてくれるじゃないか。もうお前の中では強い確固としたものがある。それを分かって欲しくて誘ったんだし話したんだぞ」
 「いしがみさーん!」

 柳が俺に抱き着いて来た。
 また双子が柳の背中を抱く。

 「柳ちゃん、大丈夫だよ」
 「一緒にやろ?」
 「柳、俺たちは家族だ。こんなろくでもない運命になっちまったけどな。それはしょうがねぇと思ってくれ。家族なんだからな」
 「はい!」




 別荘に帰った。
 柳が「金剛花」の怪力で双子に「高い高い」をした。
 ルーが15メートルの木に引っ掛かり、ハーは地面に激突して上半身が埋まった。
 ハーは盛大に鼻血を出し胸元を赤く染めたが、無理して大笑いしていた。

 「己の性をしれぇー!」
 「「「アハハハハハ!」」」

 家族って大変だ。
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