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南と『虎は孤高に』 Ⅱ

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 豪勢な昼食に、南は驚いていた。

 「毎日こんなものを食べているの?」
 「いや、普段は卵かけご飯かメザシだよな!」
 「そーです!」

 亜紀ちゃんが言う。

 「アハハハハ! でもこの家も驚いちゃった」
 「まあ、ちょっとでかく張り過ぎたよな」
 「今も工事してるよね?」
 「事情があってなぁ。俺はこの家で十分なんだけど」

 「南さん、タカさんはあんまり贅沢って好きじゃないんですよ」
 「うん、それは分かる」
 「でも、私たちがいるから。だから食事も美味しいものばかりで」
 「そうか! だからみんなも一生懸命に作るんだ」
 「そうなんです!」

 「こいつらは奴隷だからな。こき使ってるよ」
 「嘘ですよ、南さん」
 「うん」

 南が笑った。
 昔と変わらない、あどけない、優しい笑い方だ。

 「南は変わらないな」
 「石神くんこそ。優しいね」
 「流石! 虎曜日一発認定です!」
 「お前は黙って食ってろ」

 六花は頷いて口の中に一杯に詰め込む。

 「石神くんは、あのクリスマスの話をみんなにしたのね?」
 「みんなじゃないよ。今はいないけど響子という俺のヨメにな」
 「え! 石神くん、結婚してたの!」

 亜紀ちゃんが笑って、響子が俺の患者だと話した。

 「すごくカワイイ子なんですよ。まだ十一歳です」
 「そーなんだ」

 南はまた笑った。

 「南は結婚は?」
 「うん、してない。なんかね、そう思える人がいなかったな」
 「そうか」
 「ドラビョヴヴィベズガバ!」
 「黙れ!」

 みんなが笑う。


 「『虎は孤高に』、すごく良かったです!」
 亜紀ちゃんが言い、六花も頷く。

 「ありがとう。自然にね、自分でも不思議なほど書けちゃった」
 「そうなんですか」
 「私が言うのもおかしいんだけど。書いていると石神くんの本当の姿は虎なんだって」
 「へぇー」
 「ヴァガビガデジュ!」
 「宇宙人は放っておけよな」
 「アハハハハ!」

 六花は急いで呑み込んだ。

 「私も、前に響子にそう言ったんです! 石神先生は虎なんだって」
 「おい、無理して天才作家に対抗するなよ」
 「本当ですってぇ!」

 俺は笑って「分かったよ」と言った。
 六花は不満そうに拗ねる。

 「大事な人間を傷つけると本当に恐ろしいんですけど、大事な人間には本当に優しいってぇ!」
 「お前は、ちょっとカワイソウな子だからなぁ」
 「えぇー!」

 子どもたちが大笑いした。

 



 昼食の後、俺は南と地下へ降りた。
 また南は驚く。

 「久しぶりに、ギターを弾くよ」
 「ほんとに!」
 「南くらいしか知らないもんな、俺がギターをやってたのは」
 「うん!」
 「高校になってから、保奈美にも聞かせたことがあるんだ」
 「うん、聞いた。保奈美は幸せだったね」
 「どうかな」

 俺は『アルハンブラの思い出』など、静かな曲を数曲弾いた。
 南はうっとりと聴いていた。

 「石神くん。『虎は孤高に』の続編を書いてもいい?」
 「ああ。南が好きなように書けよ」
 「ありがとう」

 南は嬉しそうに微笑んだ。

 「私ね、最近全然書けなくなってたの」
 「そうか」
 「石神くんのことを書き終わって、そうしたら、もう何も無くなっちゃった」
 「そうか」

 『虎は孤高に』は空前の大ヒットを飛ばした。
 恐らくだが、印税で南はもう一生食べて行ける。
 生きていくだけなら。


 「南は作家になりたいって言ってたよな」
 「うん」
 「立派な作家になったよなぁ」
 「そんなことないよ」

 南は赤くなって俯く。

 「石神くんこそ。医者になるんだって言って、こんなに立派なお医者様になったじゃない」
 「俺なんてなぁ。まあ、でもそうだな。ちゃんと医者になった」
 「うん」
 「でもな、そこで終わりじゃないよな。俺は医者としての仕事もそうだし、何だか子どもを引き取って育ててるし。他にもいろいろなぁ」
 「ウフフフフ」
 
 「でもさ、南。俺は南と一緒に過ごしたクリスマスが今でも懐かしいんだ」
 「私も」
 「あの日、俺たちは何も持っていなかった。安いインスタントラーメンと、盗んだ野菜。雪が降って寒いのに、焚火の火だけだった」
 「そうだね」

 「でも、最高の思い出だ。今でも思い出す、あんな美しいクリスマスを俺は他に過ごしていない」
 「うん、私もそう」

 「俺たちは、ちゃんと持っているよ」
 「ウフフフ。石神くん、慰めてくれてるの?」
 「もちろんだ。南は俺の大事な友達だからな」
 「うん、ありがとう」

 亜紀ちゃんがコーヒーとケーキを持って来た。
 「ごゆっくり」と微笑んで引っ込んだ。

 「もう食べられないよー」
 「アハハハハ! うちは猛獣ばっかりだからなぁ」
 「ちっちゃい双子ちゃんもよく食べてたよね」
 「ああ、あいつらが一番喰うんだよ。ステーキだと10キロいけるからな」
 「えぇー!」

 俺たちは笑った。

 「石神くんと突然連絡が取れなくなって。何かあったのかと思った」

 南が言った。
 俺は正直に事情を話し、聖とアメリカで傭兵をしていた話をした。

 「俺は人を殺した。だから南とはもう付き合えないと思っていた」
 
 南は泣いていた。

 「石神くんは石神くんだよ! 何も変わってない」
 「そうだな。でも俺たちを取り巻く環境は、もう随分と変わってしまった」
 「……」

 南が俺の方を向いた。



 「石神くんは、何だか寂しそうだった。いつも大勢の女の子に取り囲まれて、男子もみんな石神くんに傅いていた。みんなから慕われてたけど、石神くんは、いつも寂しそうだった」
 「そうか」

 「私が何か出来ればと思ったけど」
 「南はたくさんのことをしてくれたよ」
 「なら嬉しいけど。でもね、今の石神くんは、もうそんなに寂しそうじゃない」
 「そうか」

 「まだちょっとあるけど。でも、それは石神くんの本質だよね」
 「どうだかな」
 「石神くんは、自分と同じ人間とは出会えない。石神くんはおっきいんだもん。あまりにも。それに優しすぎるほど優しい。だからみんな石神くんを好きになるけど、石神くんはいつも寂しい」
 「おい、なんだよそれは」

 俺は笑った。

 「石神くんは孤高よね。本当にそう。寂しいからみんなに優しいの」
 「そんなことはないよ」
 「きっと、あの子たちのお陰ね。今も女の人にはモテてるようだけど」

 南は笑った。

 「虎曜日かぁー! 面白いね」
 「やめろよ、あいつらの冗談なんだって」
 「私も入れてもらっちゃった」
 「南」

 「大丈夫よ。石神くんの重荷にはならない。私は離れて見てるよ」
 「南……」

 「でもお願い。『虎は孤高に』は書かせて。亜紀さんから少し話を聞いたの。もうダメ。私の中でどんどん膨らんでくるよ。ああ、早く資料を読みたい。石神くんの話をまた書きたい」

 「好きに書いてくれ。俺はまた読ませてもらうよ」
 「うん、楽しみにしてて! 前よりもずっといいものが書けると思うから!」
 「ああ、楽しみだ」




 南は帰った。
 埼玉に住んでいるらしいので、アヴェンタドールで送った。
 車の中で、また懐かしく話した。
 南の家は、広い庭のある一軒家だった。
 ご両親と一緒に住んでいるらしい。
 俺は上がらずに帰った。





 「石神くん、あの日の「クリスマスツリー」を覚えてる?」
 「ああ、俺が適当に置いたやつか」
 「あの後でね、私がもらっちゃった」
 「あれをか?」
 「うん。いまでも大事に部屋に置いてるの」
 「そうなのかよ」
 「いつでもまた一緒にクリスマスができるように」
 「アハハハハハ!」

 南は笑って家に入って行った。
 また、あいつは素晴らしい小説を書くのだろう。
 俺は、それが嬉しかった。
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