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九重の銀三

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 「なんか、昨日は慌ただしかったですね」
 「ナッチャンはつむじ風ってなぁ」
 「なんですか、それ?」
 「そんなドラマがあったんだよ」
 「へぇー」

 金曜の夜。
 明日はいよいよ御堂の家に行く。
 その勢いを家出少女のせいで削がれてしまった。
 英気を養おうと言う亜紀ちゃんの言葉に従い、亜紀ちゃん、レイ、柳と軽く飲むことにした。
 明日は早いので、飲み会も早めに終わる予定だ。
 まあ、亜紀ちゃんも柳も車の中で寝られるから、気楽だ。

 また双子が風呂上がりにつまみを貰いに来た。

 「今日は少ないんだから、自分で作りなさい!」
 
 亜紀ちゃんが怖い顔で言う。
 双子は仕方なく、ウインナーを焼き始めた。

 「石神さん、子どもにも懐かれますよね」

 柳が梅酒を飲みながら言う。

 「まあ、俺は「子ども」だと思ってないからな」
 「へぇー」
 「子どもっていうのはさ。ただ身体が小さいだけで、俺はちゃんとした人間と思ってるからな」
 「なるほど」

 「タカさんは、ルーやハーが小学二年生の時から、普通に話してましたもんね!」
 亜紀ちゃんが言う。

 「そりゃそうだ。子ども扱いしたこと無いよな?」
 ルーとハーに聞く。

 「よくパンツ脱がされたー」
 「よくぶっ飛ばされたー」
 「「「「アハハハハハ!」」」」

 俺たちは笑った。

 「もちろん、子どもと言うか、まだ身体は未熟で精神もそうだ。そういう相手だとは思っても、人間として手加減しないし、対等に付き合ってるよ」
 「響子もそうですね」

 レイが言う。

 「そうだ。俺のヨメだって言ってるしなぁ」
 「「「アハハハハ!」」」

 双子がウインナーを二袋炒め、コーラを持ってテーブルに加わった。

 「俺もそうだったしな。子どもの頃だって、大人たちはちゃんと俺を一人の人間として扱ってくれた」
 「そうだったんですね」
 「安田先生や本多先生、校長先生や島津先生もな。俺を嫌っていた先生たちだってそうだ。一人の人間として嫌っていたんだよ」
 「はー」

 今日はあっさりとナスの素揚げと味噌田楽、トウフにサラミ、そして亜紀ちゃん用のソーセージ各種だ。
 俺はナスの素揚げを一切れ口に入れる。
 冷酒で流し込んだ。

 「でも、私なんて子ども扱いの気がしますが」

 亜紀ちゃんが言うと、柳も手を挙げた。

 「お前らの場合は「ガキ」というものだな。毛が生えてるくせに判断も思考も幼い。まあ、俺だって上の人間からみれば全然まだまだだしな」
 「そんなことは!」
 「院長なんて未だに俺を「チンピラ医者」だって言うよ。その通りだからだ」
 「ふーん」

 亜紀ちゃんは不満そうだ。

 「まあ、俺は高校生の頃と変わらないガキみたいな部分があるしなぁ。しょうがないよ」
 「高校生のタカさんは無茶苦茶でしたしね!」
 「こら!」

 俺は笑った。

 「そうだったけどな。しょっちゅう留置場に入れられてたし」
 「ワルですよねー」

 いい加減にしろと亜紀ちゃんを小突く。

 「ああ、留置場で面白い人と会ったりもしたしなぁ」

 全員が椅子を俺に向けた。
 ガタガタガタと床が鳴る。

 「おい、なんだよ」
 「白状しろ」

 亜紀ちゃんの額を引っぱたく。
 俺は笑って話し始めた。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 高校三年の夏。
 俺はいつもの喧嘩で捕まり、留置場に入れられた。
 20人に囲まれてのことだったが、俺がちょっとばかりやり過ぎた。
 18人の手足をへし折っていた。
 巡回中のパトカーを襲っていた連中だ。

 佐野さんが「取り敢えず入っとけ」と言い、俺は大人しく地下の留置場へ連れて行かれた。
 夕方だったが、先客がいた。
 ほとんど俺一人のことが多かったが、たまに他の人間もいる。
 その日は、80歳くらいの老人だった。
 着物を着て、落ち着いた雰囲気の人だ。
 俺を見ていた。

 「こんにちはー」
 「おう、こんにちは」
 
 老人が、頭を下げた俺に返事をしてくれた。
 老人の留置場の前には、署長が立っていた。

 「トラ! またお前何かやったのか!」
 「エヘヘヘヘ」

 署長が呆れた顔で言った。
 佐野さんが署長に何か話しかけた。
 署長は驚いた顔をし、俺の牢の前に来た。

 「よし! 今日は俺が鰻を奢ってやろう!」
 「やったぁー! ありがとうございます!」

 署長は老人の前に行った。

 「銀三さんも鰻でいいですか?」
 「ありがとうございます」

 署長は上に上がって行った。

 「おい、トラ。この人に失礼なことをすんなよ!」

 佐野さんが俺に言う。
 おかしい。
 佐野さんは犯罪者には厳しい。
 冷酷ではないが。

 「俺、今までここでなんかしました?」
 「お前! 散々チンチン出して喜んでるだろう!」
 「アハハハハハ!」
 「銀三さん、何かあれば呼んで下さい。俺が大人しくさせますんで」
 「分かったよ」

 銀三さんは笑って言った。

 「こいつ、子どもの頃から無茶苦茶な奴で。同級生を4階の窓から放り投げるわ、2メートルの外人と喧嘩して重傷を負わせるわ。小学生時代です」
 「ほう!」

 「暑いからってでかい溜池作って下流の工場を水浸しにするわ、隣の家の人間に包丁で刺されるわ、貧乏で腹が減ったって畑のものをしょっちゅう盗むわ、香具師と一緒に大宴会して家を燃やすわ、騙されて強盗グループと一緒にビルに忍び込むわ、それから」

 佐野さんは延々と話し続け、銀三さんは大笑いする。

 「中学になったら手下連れて喧嘩の遠征だし、ああ、ロケット作って人を殺しかけたよな!」
 「アハハハハ!」
 「笑ってんじゃねぇ! ああ、銀三さん。こいつ高校で暴走族の特攻隊長になりやがって。もうこいつのチームはでかすぎて取り締まりもできない。トラのせいですよ。こいつ、バケモノみたいに強くて」

 銀三さんは大笑いを続けている。

 「去年なんてね。サーカスの虎が逃げて、こいつが仲良くてねぇ。またがってここまで連れてきやがった!」
 「ワハハハハハ!」
 「まあ、とんでもないバカのワルなんですが、たまに助けられたりもしてます。今日なんかもパトを襲ってた連中をこいつが助けてくれてね。でもみんな重傷で、取り敢えず連れて来ました」
 「なるほどな」
 「俺も女房と娘を助けられたこともあるし、うちの婦警もここで危ない所を助けられた。ギョクを二発も喰らってね。でも相手は両目を潰され、キンタマも潰されて」
 「ワハハハハハハ!」

 佳苗さんが来た。

 「トラちゃーん!」
 「ああ、こいつです。拳銃奪った奴がここに閉じこもって」
 「あ、あの時の話ですか!」
 「トラが助けてくれたんだよな」
 「そうなんですよ! 二発も銃弾を胸に受けて。足で鉄格子の鍵を壊して。それで足が折れちゃったのに、私を守ってくれたんです。ねー、トラちゃん!」
 「佳苗さん、いいからプリンー!」
 「ああ、ごめんね! はい!」

 俺は差し入れのプリンを喜んで食べた。

 「ネコみたいじゃないか」
 「はい。俺たちには大人しいんですよ。逆らったことはない。でも、こいつの大事な人間を傷つけたら大変なんです。悪魔か鬼かってくらいに相手を叩きのめすんですから」
 「なるほどな」


 

 しばらくすると、留置場にテーブルと椅子が運ばれてきた。
 署長がまた降りて来た。
 銀三さんの留置場の扉が開けられる。
 最初から鍵は掛かっていなかった。

 「銀三さん、どうぞこちらへ」

 俺は驚いて見ていた。
 ここで飲み食いできるのは俺だけだった。
 それも誰もいない時だけだ。
 普段は上で何か食べる。
 しかし、銀三さんは署長自ら接待している。

 「あの子もどうか一緒に」

 銀三さんが言った。
 俺の留置場の鍵が開けられ、テーブルにつかされた。
 よく分からなかったが、相当特別な人なんだろう。

 「いただきまーす!」

 俺は箸を持って手を合わせて言った。
 見ると、銀三さんがニコニコしている。

 「面白い奴だな」
 「はい!」

 そうなのかどうか、考えもしなかった。
 銀三さんの食べ方は上品で粋だった。
 俺はたちまち食べ終え、「ごちそうさまでした」とまた手を合わせた。

 「署長さん! 今日も最高でした!」
 「そうか」

 佐野さんが耳元で、「後でカツ丼も持って来てやる」と言ってくれた。
 俺は笑顔で頭を下げた。

 「トラ、この方はな、別に犯罪者じゃないんだ」

 署長が言った。

 「え?」
 「ご本人の希望でここにいるんだ。だからお前とは違うんだぞ?」
 「はい!」
 「署長さん、あっしはそんな持ち上げられるような者じゃございませんよ。散々世間様にたてついて悪いことばかりやってきたクズです」

 銀三さんが言った。

 「銀三さんはなぁ。「九重(ここのえ)の銀三」って言ってな。大盗賊だったんだよ」
 「えぇー!」
 「新谷屋敷っていうな、有名な金持ちの家があったんだ。塀、家、そして家の作りが何重にもなっていてな。最後はでかい頑丈な金庫。そういうのが九重になっていて、誰にも盗むことが出来ないってものだった」
 「へぇー」
 「そこに銀三さんが忍び込んでな。見事にお宝を盗んだ」
 「スゲェー!」

 「やめておくんなさい」

 「それでな。盗んだものを玄関に置いて帰った。新聞にも載った見事な技だったよ」
 「そうなんですか!」
 「今はな、あちこちの警察署で無償で防犯の指導をして下さってる。今日はうちに来て下さったんだ」
 「へぇー!」
 「でもな、ここで寝たいっていうことで留置場を用意している。そういう方だ」
 「すごいですね!」

 銀三さんは何も言わずに笑っていた。
 食べ終えた食器が片付けられ、お茶が出された。
 署長が酒をと言ったが、銀三さんが断った。

 「今日は面白い兄さんがいるんで、ちょいと昔話をしやしょうか」

 署長が椅子を持って来いと言い、佐野さんと佳苗さんが椅子を持って来た。




 「あれは、あっしがこの兄さんの年頃のことでございます」

 銀三さんがよく通る声で話し始めた。 
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