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榎田さん

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 店に入って来たのは、昔俺を可愛がってくれた方々だった。
 みんな俺に駆け寄って、抱きしめてくれた。

 「トラぁ!」
 「相変わらずでけぇな!」
 「元気そうじゃないか!」
 「なんですぐに来なかった!」
 「お前、良かったなぁ!」

 みんなでソファに移動し、乾さんは折り畳みの椅子を出して自分で座る。
 亜紀ちゃんは俺のソファの肘宛に座った。
 しばらく、みんなにいろいろ説明させられた。

 「それで今は港区の病院に勤めてて、4年前に親友の子どもたちを引き取って」
 「おう! その一人がこのお嬢さんか!」
 「はい! 亜紀です!」

 亜紀ちゃんが挨拶する。

 「へぇー! 美人だな!」
 「エヘヘヘヘ!」

 話は尽きない。
 みなさんも、自分のことを簡単に話してくれた。

 「榎田、一月前にな、この亜紀さんが連絡をくれたんだ」
 「そうなんだ」
 「トラに偶然話を聞いてな。その翌日にうちを調べて会いに来てくれた」
 「へぇー! やっぱりトラの娘だな!」
 「エヘヘヘヘ!」

 「こいつは俺以上に大食いですよ」

 みんなが笑った。

 「ああ、冗談でもなんでもなくてですね。さっき陳さんのお店で8人前喰ってきましたから」
 「「「「「「エェー!」」」」」」
 「エヘヘヘヘヘ!」

 そしてみんなが爆笑した。



 榎田さんが話した。

 「俺もこないだ陳さんの店に家族で行ってな。ちょっと前にライダースーツで来た二人の話を聞いたんだ」

 みんなが聞いている。

 「それがさ、物凄い美男美女で。それで二人の背中に「六根清浄」って刺繍があったって。俺はびっくりしたんだよ」
 「トラ! お前か!」

 乾さんが叫んだ。

 「ああ、一度付き合ってる女と行きましたね。美味しいものを喰うとそりゃ嬉しそうに笑う奴でして」
 「六花さんですね!」

 亜紀ちゃんが言う。

 「ああ。北京ダックをまた喜んで喰ってなぁ」
 「アハハハハ!」
 「俺はまさかって思ったんだ。陳さんも従業員から聞いたってだけだしな。でもやっぱりお前だったんだなぁ」
 「すいません。みなさんに教えてもらって、あそこより美味い店って知らなくて。勝手に使わせてもらいました」
 「何言ってんだよ。俺たちの店じゃないしな。でも、あそこまで来てたんならなぁ」

 俺はまたみんなに責められた。

 「お嬢さん、こいつの昔の話は聞いてるかい?」
 「はい、いろいろと! ピエロを潰したり、鬼愚奈巣を冤罪で潰したり、宇留間の目を潰したり、それとー」
 「おい、もうやめろ!」

 みんなが爆笑した。

 「そうなんだよ、こいつもう無茶苦茶でなぁ。「赤虎」って言ったら、この辺でも有名でな。俺たちも最初はビビった」
 「あー! 聞きました。タカさんのチームが乾さんたちを停めちゃって」
 「そうそう。乾が自分がやられてる間に逃げろってな」
 「え、そうだったんですか!」
 「そしたらさ、なんかすげぇ礼儀正しいの!」

 みんなが笑った。

 「だからまたみんなで驚いてなぁ。乾が呼び寄せて、そっから仲良くなったんだよな」
 「仲良くだなんて。俺はみなさんにお世話になりっぱなしで」
 「いやいや、俺たちも散々助けてもらったじゃない。うちの由香里の時だってさ」
 「あ、あれは」



 俺が止めるのも聞かず、榎田さんが話し出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 榎田さんは、大地主だった。
 当時もビルやマンション、アパートを幾つも持っていて、その収益で暮らしていた。

 俺も知らなかったが、ある中国系マフィアと揉めていたらしい。
 ビルを貸したら、その組織の拠点となり、榎田さんは立ち退きを要求した。
 それで恨みを買っていた。



 俺はまた乾さんに呼ばれ、乾さんの店に向かっていた。
 馬車道をスピードを落として進んでいると、前方で子どもが白いカローラに入れられるのを見た。

 「なんだ?」

 遠目でよくは分からなかった。
 でも、自分で乗り込んだのではない。
 大人が押し込んだように見えた。

 不審に思い、確かめようと、そのカローラを追った。
 人気の無い道に入り、俺はバンに接近した。
 助手席から男が上半身を出し、拳銃を撃って来た。
 カウルの一部が吹っ飛ぶ。

 「チョ、チョ、チョッー!」

 俺は慌てた。
 咄嗟に運転席側に移動した。

 「あっぶねぇー!」

 喧嘩はしょっちゅうだったが、チャカを使う奴は一回しかいない。
 宇留間のキチガイだけだ。

 俺は、確実に誘拐なのだと確信した。
 ナンバーは覚えた。
 警察に通報すれば、それでいい。
 でも、俺は後ろのシートで泣き顔で俺に向いていた女の子の顔を見てしまった。

 「しょーがねぇー! やるかぁー!」

 俺はバイクから1メートルのステンレス棒を抜いた。
 スピードを上げ、運転席の横に並んだ。
 運転していた男が叫んだ。

 「ホン・フー!」
 「はい?」

 俺はステンレス棒の先を、運転手の頭に突っ込んだ。
 激しく助手席側に倒れ、意識を喪った。

 車が止まった。
 反対側の助手席の男が倒れ込んだ男をどかそうとしている。
 俺はカローラの上に乗り、フロントウィンドウからまたステンレス棒を突っ込んだ。
 助手席の男の顔面、右目に入った。
 後ろから二人の男が出て来る。
 ナイフを持っていた。

 「ほ、ホン・フー!(紅虎!)」
 「ウェイ・シェン・ミー・ホン・フー・ツァイ・ツェー・リー!(なんで紅虎がここに!)」
 「はい?」

 3秒で沈めた。

 丁度車が通りかかった。
 俺は助けを求めて手を振った。
 運転手が物凄い顔をして、悲鳴を上げながら走って去った。

 「あ」

 俺は血まみれのステンレス棒を持ち、足元には血だらけの男たちがいることに気付いた。
 男たちを車の中に入れ、ステンレス棒を拭ってRZに戻し、女の子を脇に抱えて次に来た車を止めた。

 「この子が誘拐されかかったんです! この子を乗せて、警察を呼んで下さい!」
 「え! わ、分かりました!」

 中年の女性だった。
 女性はすぐに助手席に女の子を乗せてくれた。

 「ありがとうございます! おい、もう大丈夫だからな!」

 女の子は俺を見て笑った。

 「お! 強いなー! じゃあな!」

 俺は現場に残った。

 「あー、今日は乾さんとこに行けないなぁ」

 腹が減った。
 警察のパトカーが何台も来て、俺は警察署へ連れて行かれた。

 「あの、連絡しなきゃいけないとこがあるんです!」

 最初、真っ赤な特攻服を着て男たちを半殺しにした俺は、暴行の現行犯逮捕だった。
 徐々に誤解が解け、犯人たちが拳銃を持っていたことから、俺の話が聞いてもらえた。
 俺は電話を借り、乾さんに連絡した。

 「トラ! お前どうしたんだよ」
 「すいません。ちょっとトラブルで。今日はそちらへ行けそうもないです」
 「あ? そうなのか。いや、こっちもちょっと大変なことがあってな」
 「どうしたんです?」
 「実はな、榎田の娘が誘拐されて」
 「えぇ! 俺、すぐにそっちへ行きますよ!」
 「いやいや、それはいい。もう解決したからな!」
 「そうなんですか! よかったぁー!」

 俺は心底安心した。

 「お前は何かあったのか?」
 「それがですね。車で攫われた子どもを助けて、今警察署で取り調べを受けてるんですよ」
 「そうだったのか。大変な目に遭ったな」
 「そうなんです」

 「ん?」
 「あ?」




 榎田さんが飛んで来た。
 地元の名士でもあり、俺はすぐに解放された。
 泣かれて散々礼を言われた。

 「後日、必ず礼をさせてくれ」
 「いいえ! 今まで散々お世話になってるじゃないですかー!」
 「でも、トラ」
 
 俺も困ってしまった。
 乾さんの店に行き、乾さんにも力を借りて何とか礼は断った。

 「じゃあ、トラ。この弾かれたカウルを新調してやろう」
 「え! ほんとですか!」

 乾さんがそう提案してくれた。

 「ついでにオーバーホールもしてやるよ。今よりも速くなっぞ!」
 「ありがとうございます!」

 榎田さんもそれで何とか納得してくれた。
 俺はRZを預け、来週取りに来ることになった。

 「あの、それでですね」
 「なんだよ、トラ?」
 「すいません。電車賃貸してもらえませんか?」

 乾さんと榎田さんが大笑いした。

 「あと、腹減っちゃって。水を飲んでもいいですか?」

 大爆笑された。
 俺は二人に陳さんの店に連れて行かれ、たらふくご馳走になった。
 帰りに榎田さんから一万円を握らされた。

 駅まで、乾さんのドゥカティで送ってもらった。





 俺は電車の中で、物凄く浮いていた。 
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