富豪外科医は、モテモテだが結婚しない?

青夜

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院長夫妻 Ⅱ

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 「静子、今度面白い男がうちに来るんだよ」
 「そうなんですか?」
 「ああ、石神高虎というな。東大の俺の後輩になる」
 「そうですか」

 「俺が一目見て惚 「静子、今度面白い男がうちに来るんだよ」
 「そうなんですか?」
 「ああ、石神高虎というな。東大の俺の後輩になる」
 「そうですか」
 「俺が一目見て惚れ込んだ。あいつはきっとスゴイことをやるぞ」
 「それは楽しみですね」

 出勤する蓼科文学が楽しそうに話していた。
 文学から誰かの話を聞くことはほとんどなかった。
 病院でのことを話すことも無く、その上に寡黙な人間だった。
 しかし、優しい人間であることは分かっていた。
 自分のことを本当に大切にしてくれる。



 二人の間には子どもが出来なかった。
 昔のことで、不妊治療というものが無かった。
 静子は申し訳ないという気持ちを常に抱えていた。
 ある時、思わずその心を打ち明けてしまった。

 「私が不甲斐なく、申し訳ありません」

 文学は驚いていた。
 泣いていた。

 「お前、そんなことを考えていたのか。すまない! 俺は朴念仁だ! お前が苦しんでいたことに気付けなかった!」

 静子も驚いた。
 なじられることは無かっただろうが、文学に許して欲しかっただけなのだ。

 「子どもはいいんだ。あのさ、ちょっと前に話した石神な。あいつはいいぞ! 俺に逆らってくるし、そのくせ筋は通す男だ。俺は何だか、あいつが息子のような気がしてなぁ」
 「まあ」
 「ああ、冗談だ、ということでもないんだがな。ああいう男が自分の下に来てくれて、俺は育て甲斐と言うか、毎日が楽しくてしょうがないんだよ」
 「そうなんですか」
 「うん。だから子どものことなんか気にするな。俺は十分に育てる楽しみを味わっているよ」
 「それでしたら」
 「うん?」

 「是非うちにもお呼びして下さい。なんだか私もお会いしたいです」
 「そうか! それはいいな!」


 翌週、文学は石神を家に連れて来た。

 「おい、こいつが石神だ。今日は泊ってもらうぞ」
 「突然にすみません。お邪魔するつもりはなかったんですが、どうしても来いって類人猿みたいな人が」
 「なんだとぉー!」

 静子は大笑いした。
 こんな文学は見たことが無かった。

 石神は静子の作った夕飯を美味しいと言ってどんどん食べてくれた。
 ご飯を何度もお替りし、すぐに無くなった。
 自分たちの分量目安で、五合しか炊いていなかった。
 若い、しかも大柄の男性がどれだけ食べるのか、まだ分かっていなかった。
 静子が謝ると、石神が笑った。

 「大丈夫ですよ! 子どもの頃は水ばっかり飲んでましたから!」

 そう言って石神は台所で水をガブガブ飲んだ。

 「あー、もう食べられません! ごちそうさまでした!」

 呆気にとられ、その後で静子は大笑いした。
 自分もこんなに笑ったのは初めてだと思った。
 石神はその後で子ども時代の話をいろいろとしてくれた。
 どれも面白く、ずっと二人で笑って聞いた。

 「うちって、俺が病気ばっかで物凄い貧乏だったんですよ。だからしょっちゅう畑に落ちてるものを拾っては食べて」
 「まあ、畑に何が落ちてたの?」
 「ああ、ほら、スイカとかイモとか。ナスやキュウリ、トマトなかも一杯食べましたねー」
 「おい、石神、それってまさか盗んでいたんじゃないだろうな」
 「え? そうなんですか?」
 「そうなんですかって、お前」

 「クメじぃってでかい畑持ってる爺さんがいまして。俺の顔を見ると鎌を投げて来たんですよ」
 「なんだと!」
 「それも、いつも二本腰に挿してるの。草刈りの季節でもないのにねぇ。危ない人でしたよ」
 「お前が悪いんだろう!」

 静子は笑い過ぎてお腹が痛くなった。
 ずっと石神はそんな子ども時代を話し続けた。



 それから、しょっちゅう文学が石神を家に連れて来るようになった。
 静子は分かっている。
 石神が来ると、静子が楽しそうに笑うからだ。
 そして静子は、文学が石神を特別に思っていることが分かっていた。
 自分の子どものように思っている。
 それ以上かもしれない。
 
 「石神もそろそろ結婚すればいいのになぁ」
 「そうですね。あんなにいい容姿なのに、どうして女性と付き合わないんですかね」
 「ああ、性格が悪い」
 「まあ!」

 静子は笑った。

 「でも優しい奴なんだ。俺も不思議に思うよ」
 「本当に親しい方はいませんの?」
 「うん。いつもいろんな女性に言い寄られてるんだけどな。あいつ自身がまったく興味がなくて」
 「そうなんですか」
 「ああ、別にホモとかじゃないんだよ」
 「まあ、そんなこと」
 「いや、悪い悪い。女性が嫌いなわけでも身体に欠陥があるわけでも……」
 「どうなさったのですか?」
 
 文学は途中で言葉を止めた。

 「いや、前にな。俺が殴って怪我をしたんだ」
 「え!」
 「ああ、大したことはないんだ。でも一応処置室で俺が診たんだよ」
 「はぁ」
 「上半身をめくったんだ。あいつは嫌がったんだけどな。でもそうしたら、全身に物凄い傷があった」
 「まあ!」

 「あいつの子ども時代の話は聞いているじゃないか。喧嘩ばかりで病気で入院もして手術も何度も受けたと」
 「はい」
 「それにしても、あの傷の多さは尋常じゃない。一体あいつは本当にどういう生き方をしてきたのか」
 「そうですか」

 文学は銃痕が幾つもあったことは静子には話さなかった。
 石神はすぐに下着を降ろし何でもないと言って隠してしまった。
 石神の傷を文学がよく見たのは、その後石神が理事になってからだ。

 


 「おい! 石神が子どもを引き取ることになったんだ!」

 ある晩、文学が興奮した大声で静子に言った。

 「どういうことなんですか?」

 文学は同じ病院の研究者山中が奥さんと共に事故で急死した話をした。
 そしてその四人の子どもを石神が引き取ることにしたと。

 「まあ! それは大変なことじゃないですか!」
 「そうなんだ。俺も一度は止めたんだがな」

 静子にも分かっていた。
 石神はそういう人間だということが。

 「石神の大学時代からの親友だったんだよ。山中はうちの病院ではなかなかパッとしなかったけどな。最近になってようやく成果を出して来たのに」
 「そうですか」
 「何しろああいう男だ。自分がぶっ壊れても子どもたちのために何かやろうとするに決まってる。俺たちも応援するからな」
 「はい、もちろんです!」
 「あいつが大変そうだったら、悪いけどお前にも手伝ってやって欲しい」
 「ええ、いつでも言って下さい」

 しかし、石神が音を上げることは一度も無かった。

 

 ある日、文学は子どものためだと石神に頼まれた。
 嬉しかった。
 威厳を崩すまいといつもの態度で了解した。

 「おい!」

 とんでもない衣装を着せられた。
 大精霊なのだと説明された。
 家に帰り、静子に大笑いされた。
 嬉しかった。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「石神、お前は迷惑に思うんだろうけどな」
 「……」
 「俺たちには子どもがいない。だから俺たちがいなくなったら、お前に遺産を譲りたい」
 「……」

 「なあ、貰ってくれないか」
 「やです」
 「おい」
 「嫌ですよー!」

 俺は大きな声を出してしまった。
 静子さんも驚いている。

  「お二人はお袋の次に大事な人間なんです。そのお袋はもう死んでしまった。お二人を喪ったら俺は、もう……」
 「お前、そんなこと言ったって」
 「とにかく嫌です! お二人はずっと生きて下さい!」
 「石神……」

 「お二人の面倒はずっと俺が見ます。安心してヨボヨボになって下さい!」
 「石神さん」
 「院長、その辺でオシッコしてもいいですよ。俺がずっと掃除しますから」
 「ふざけるな」
 「なんでもしますって。だからどうか……」

 俺は泣いてしまった。
 静子さんが俺の肩を抱いてくれた。

 「お母さまが亡くなられた時以来ね、あながたこんなに泣くのは」
 「……」

 「石神、お前」
 「奥さん、俺は奥さんがお袋みたいに思っちゃってて。だから料理も手伝わなくて。お袋がいつも作ってくれてたから」
 「石神さん」
 「すいませんでした」
 「じゃあ、石神、俺のことも」
 「いや、俺、親父は嫌いでしたから」
 「おい!」

 静子さんが笑った。

 「院長は院長ですよ。俺が尊敬して大好きでちょっとお猿な」
 「お前!」
 「感謝してるんです。俺みたいなチンピラを大事にしてくれて」
 「お前なぁ」



 その後、話をぶり返すことはなかった。
 お互いに気持ちは分かっている。
 でも、それはその時の話だ。

 俺は不思議な酒を貰った話をした。
 亜紀ちゃんが「間違えて」飲んでしまい、とんでもないことになったと言った。
 お二人は大笑いしてくれた。

 「今度ちょっと送りますよ」
 「いや、いいよ」
 「奥さん、ちょっと飲んで甘えて下さい」
 「あらあら」
 「石神!」

 
 楽しく夜は更けて行った。
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