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院長夫妻

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 8月に入った。
 俺は院長室に行った。

 「あの、またルーとハーを遊びに行かせていいですか?」

 月に一度くらいのペースで、双子を遊びに行かせている。
 俺なりのサービスだ。

 「おう! 楽しみにしてるぞ!」

 院長は、この話だけは満面の笑みになる。
 まあ、俺も嬉しい。
 俺が部屋を出て行こうとすると呼び止められた。

 「おい、お前も来い!」
 「え?」
 「たまには来い! 女房が顔を見たがってる」

 まあ、しばらく静子さんにはお会いしていない。
 
 「分かりました。じゃあ親子ともどもお世話になります」
 「うむ!」

 



 土曜日の午後三時。
 俺たちはタクシーで西池袋の院長の家に向かった。
 いつもの寸胴二つと、大量の食材をでかいリュックに担いでいる。
 双子が。
 ダンディな俺は、エルメスのスペシャル・オーダーのサドルベルトバッグだ。
 俺と双子の着替えの下着と寝間着が入っている。
 ブライドルレザーがいい感じに飴色になり、うっとりするほど美しい。
 ハマーで行ってもいいのだが、庭に入れにくい。
 だからタクシーなのだ。

 30分ほどで院長の家に着く。
 西池袋の昔ながらの地域だ。
 道が狭く、多くは一方通行だ。
 そういうこともあり、ハマーを避けた。

 もう映画の中でしか見ないような、旧い住宅も多い。
 玄関先のでかい電灯が懐かしさを誘う。
 まあ、俺のような昭和生まれだけだろうが。

 

 「よく来たねー!」

 ヘンゲロムベンベの衣装を着た院長がニコやかに出て来た。

 「「「お世話になりまーす!」」」

 俺たちが大きな声で挨拶すると、隣の二階の窓が開く。
 ギョッとした顔で院長を見ている。
 いつもの儀式だ。

 「お、おう! さあ、中へ入って」

 院長が俺たちを中へ誘った。
 双子専用のスリッパがある。
 ウサギとネコの刺繍がある。
 俺はそれが静子さんが施したものだと、後から知った。
 ありがたい。

 俺たちは座敷に通された。
 静子さんに挨拶した。
 双子にはグレープジュースが出された。
 
 「石神さんはビールでもお飲みになる?」
 「とんでもありません!」
 「ウフフ、遠慮しなくていいのに」

 心なしか、静子さんは楽しそうだった。
 来て良かった。


 一休みすると、双子は院長と縁側に出て何かやっている。
 暑いのにと思ったが。

 「ちょっと前からね、一緒に何かやってるのよ」

 静子さんが説明してくれた。

 「三人でね。楽しそうにいつもああやって」
 「そうなんですか」
 
 指先を三人であーだこーだとやっている。
 俺は麦茶のお代わりを頂き、その後で夕飯の準備を始めた。
 手伝おうという静子さんに座って見ててもらった。

 「ああ、息子が孫を連れて来てくれたみたい」
 「何言ってんですか。早く子どもを産んで下さいよ」
 「まあ! アハハハハ!」

 院長がこっちを見ていた。





 夕飯はフレンチにする予定だ。
 それほど量を召し上がらない二人のために、フルコースを省略したものを考えている。
 肉は家で仕込んであるので温めるだけだ。
 伊勢海老のパイ包とリゾット。
 アスパラと生ハムのサラダ。
 それだけだ。
 もちろん他にピラニア用の肉がある。

 俺は伊勢海老の殻を割り、身を取り出す。
 リゾットの準備をし、寸動で始める。
 静子さんにコーヒーを淹れた。

 「石神さんは、料理が上手かったのね」
 「はぁ」
 「うちでは食べるばかりだったから知らなかったわ」
 「すいません。奥さんの料理がとても美味かったので」
 「ウフフ。ありがとう」

 「なんかですね」
 「うん」
 「あ、いや、何でもありません」
 「何よ」

 静子さんが笑った。


 しばらくすると、二人が俺を手伝い始めた。
 院長と静子さんに配膳し、とても喜んでいただいた。

 双子が院長と風呂に入った。
 もう二人も小学五年生だったが、一緒に入るのを嫌がらない。
 静子さんと俺も風呂に入り、みんなで座敷で人生ゲームをした。
 楽しく遊び、みんなでお茶を飲んだ。
 静子さんが、日本酒を出して来た。
 
 「あー、楽しかった」

 院長が笑った。

 「まあ、私とじゃつまらないですもんね」
 「お前、そんな意味じゃ!」

 みんなで笑った。
 双子が挨拶し、先に寝た。


 


 「石神、お前がこんな家庭を持つなんてな」

 院長が呟いた。

 「そうですね。私たちが思っていたのとはちょっと違いましたけど」

 静子さんが言った。

 「なんなんですか」
 「石神、お前はなぁ。俺たちにとってかけがえのない人間だったんだぞ」
 「え?」
 「人間というのは、本当に不思議だ」
 「はい」

 院長が語り出した。
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