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道間家 Ⅵ

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 夕飯は禁断の「すき焼き」だった。
 もちろん、子どもたちは喜ぶ。

 「麗星さん、すき焼きだけは、どうも」

 俺は一応耳に入れた。

 「はい。ご安心下さい」

 麗星は笑って頷く。
 席に案内されると、一人一卓だった。

 「?」

 目の前にコンロと鍋が置かれる。
 俺の前に麗星が立っている。

 「?」

 見ると、全員に同じように配置され、それぞれに人間が立つ。

 「これは?」
 「はい。専用の鍋奉行が皆様に最高のものを提供させていただきます」
 「麗星さんが俺に?」
 「さようでございます。虎曜日の女でございますから」
 「!」

 誰が話しやがった!
 麗星は微笑んでいた。




 子どもたちは大はしゃぎだ。
 すき焼き用の最高級の肉が、独り占めで、しかも一番いいタイミングで器に入れられる。
 誰かに奪われることなく、好きなだけ堪能できる。

 「天国かぁ!」

 亜紀ちゃんが叫んだ。
 双子も大喜びだ。
 栞もニコニコしている。
 確かに美味い。
 バーベキューの時も同じようなことをやられたが、今回は確実に「真心」がある。
 俺も深く考えることをやめ、食事を楽しんだ。

 「そう言えば、昨日俺たちがやった連中は大丈夫ですか?」
 「石神様の相手の者は死にました」
 「え!」
 「運悪く、急所を貫かれたものですから」
 「そんな! ちゃんと外したはずですが!」

 麗星は微笑んでいた。

 「冗談でございます。みんな元気にしてますよ」
 
 俺も笑わざるを得なかった。

 「じゃあ、この後でまた一戦。今度はもっと思い知らせてやりますよ」
 「アハハハハハ!」

 麗星はバランスよく俺の器に煮えた肉や野菜を入れてくれる。
 ご飯や汁物もよそってくれる。
 俺は卵と器をもう一つ欲しいと言った。
 麗星は訝し気な顔をしたが、用意した。
 俺は卵を割り、麗星の前に置いた。

 「一緒に食べましょう。もう給仕は結構ですから」
 「ウフフフ、はい」

 麗星は座り、俺たちは一緒に食べた。




 風呂に入り、大人と超高校生で酒を飲む。
 俺が栞を睨む。
 栞は断ってフレッシュジュースを頼んだ。
 広い縁側に腰かけ、庭を眺めながらだ。
 麗星の他に、初老の男性がいた。
 五平所(ごへいしょ)と挨拶された。
 今日は冷酒だった。
 つまみは豆腐と京野菜の煮物などだ。

 「石神様、この度は本当にありがとうございました」

 麗星はまた礼を言った。

 「いいですよ。俺たちもいろいろと勉強になりました」
 「まさか「虎王」までお持ちとは」

 麗星は気付いているようだった。
 俺たちの「用意」が良すぎたことに。
 そして麗星が準備したものが、やけにあっさりとかわされたことに。
 さらに、俺たちにほとんど驚きや躊躇が無かったことに。



 ニューヨークの静江さんから電話が来た。
 道間家で何があるのかを教えてくれた。
 「先読み」の能力だ。
 「虎王」が俺に飛び込んで来たのは本当だ。
 まるで自分の出番を喜んでいるかのようだった。



 「まあ、先が読めなきゃ俺たちはとっくにやられてましたからね」

 俺がそう言うと、麗星は微笑んだ。
 麗星は庭に出て、こちらを向いた。
 篠笛を持った。
 朗々と、笛の音が響き渡る。
 哀愁のある、美しい曲が見事な演奏で奏でられた。
 
 みんなで拍手した。

 「石神様のギターには遠く及びませんが」
 「何をおっしゃるんです。見事な演奏でしたよ」
 「ありがとうございます」

 麗星は俺の隣に座り、俺が注いだ酒に口を付けた。

 「失礼なことをお聞きしますが」
 「はい、なんでございましょう」
 「麗星さんはお若い。なのに、道間家の現当主だという」
 「はい」

 「俺は冗談半分で言いましたが、道間家の御当主が来ると聞いて、もっと高齢の方が来るものだと思っていました」
 「ああ、そのようなことを話されましたね」

 「花岡は、クゾジジィですよ?」
 「ひどいよ、石神くん!」

 栞が抗議する。
 麗星は笑った。

 「ごもっともなお考えです。実はわたくしが、道間の唯一の血筋なのです」
 「え?」
 
 「先代があのようなことになって。「業」が先代を引き連れていく際に、多くの親族が手にかけられました」
 「!」
 「石神様。「業」は道間家にとって最大の敵なのです」

 麗星は真っすぐに俺を見詰めていた。

 「それ以来、わたくし共は「業」を仇として追って参りました。その中で、石神様のことも知りました。石神様からお声を掛けて頂き、わたくし共はすぐに共に戦う決意を致しました」
 「そうだったんですか」
 「申し訳ありません。そうではあったのですが、やはり歴史の長い家なものですから、外の人間と手を組むことに反対する者も多く。今回のようなことは、如何様にもお詫びいたします」

 ようやく得心がいった。
 俺たちを試すようなことは、他の人間に納得させるためのもののようだった。

 「石神様たちは、わたくし共の予想を遙かに上回るものをお見せくださいました。これで何の不安もなく、石神様と共に戦えることでしょう」
 「そうですか」



 「あちらでお嬢様方と話しているのが、反対派筆頭だった男です」
 「五平所さんですか?」
 「はい」

 亜紀ちゃんと栞は、五平所と笑いながら飲んでいた。
 時代劇の話で盛り上がっている。
 亜紀ちゃんが『新選組の旗は行く』を歌い始めた。

 麗星が俺のリクエストで二曲篠笛を吹き、五平所は予想外だったがカンツォーネを見事な喉で披露した。

 楽しい宴だった。





 その夜、俺の部屋に五平所がやって来た。

 「夜分に申し訳ございません」

 俺は中へ入れた。

 「麗星から、私のことはお聞き及びかと」
 「はい」

 五平所は俺に話した。

 「麗星は「業」に立ち向かうために、無理な決意を固めておりました」
 「無理な決意?」
 「はい。「業」は尋常ではない力を身に付けました。ですので、麗星もそれに見合うものを自分にと」
 「それは?」
 「「大赤龍王」と我々が呼んでいるものです。石神様が今日相手をなさった「大堕陀王」に劣らない格でございます」
 「それは自身を滅ぼす可能性があるということですか?」
 「さようでございます。ですから、私は止めようとしておりました」
 「どういうことでしょうか」

 「麗星は、万一自分が失敗しても、石神様が自分を殺してくれる、そう申しておりました」
 「!」

 「それを私に証明しました。もう麗星を止める理由がなくなりました」

 最後のピースだった。
 静江さんは、俺に「Ω」を持って行くように言っていた。
 それを麗星に渡すのだ、と。
 俺には意味が分からなかった。
 道間家が、「Ω」を何に使うのか。
 五平所の話で全てが氷解した。

 「五平所さん。そのことも安心していいですよ」
 「はい?」
 「麗星さんは、きっと「大赤龍王」をものにします」
 「なんですって!」
 「詳しくはお話しできませんが、明日麗星さんに、その方法を教えます」
 「それは……」

 「俺は「クロピョン」の試練を乗り越えました」
 「はい、信じられないことですが、確かに石神様は「大黒丸」を従えていらっしゃる」
 「俺も死に掛けましたよ。でも、ある方法で生き延び、従えることが出来ました」
 「その方法を!」
 「はい。俺たちは道間家の力が欲しい。麗星さんをむざむざ死なせるわけには参りません」
 「石神様!」

 五平所は俺の手を握った。

 「お願いします! 私の身はどのようにでも! どうか麗星を!」

 



 俺は熱い涙を流す五平所に約束した。
 俺たちは必ず「業」を斃す。
 それを確信させる、熱さだった。 
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