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乾さん Ⅳ

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 7月中旬の土曜日。
 俺は夕べ鷹のマンションに行こうとして、断られた。

 「明日、大事な用事があるので」
 「そうなのか」

 鷹は笑っていなかった。
 栞とも、昼食を誘った時に断られた。
 一江や大森も、心なし俺に対する態度が違った。

 家でもそうだ。
 子どもたち、レイ、柳が俺と会話しない。
 挨拶はするし、話しかければ返事もするが、態度が違う。
 俺と話したがっていない。

 「亜紀ちゃん、一緒に風呂に入ろうか」

 俺はいたたまれなくなり、初めて俺から誘った。

 「え、ちょっと嫌」
 「!」

 ショックだった。
 俺は自分が何かしたと思った。
 みんなに何か迷惑をかけたか。
 嫌な思いをさせたか。
 考えると宛があり過ぎるので止めた。

 ロボだけがいつも通りで、俺はロボと遊び、ロボに話しかけて過ごした。




 土曜日の朝。
 朝食を食べ、ロボと部屋に引っ込んでいようと思うと、亜紀ちゃんが引き留めた。

 「タカさん、お話があるので、ちょっといてもらっていいですか?」
 「なんだ?」
 「もう少ししたら、みなさんいらっしゃいますので」
 「?」

 俺はテーブルに座った。
 亜紀ちゃんがコーヒーを持って来た。

 10時になった。

 チャイムが鳴り、亜紀ちゃんがロボと一緒に迎えに行く。
 栞、鷹、そして響子と六花が入って来た。
 リヴィングに来て俺に挨拶する。
 響子は俺の近くに座り、俺を睨んでいた。

 次々にチャイムが鳴る。
 次々に人が入って来る。
 一江、大森、院長夫妻まで来る。

 みんな黙って俺を見ている。

 響子と院長夫妻だけが座り、あとは全員が立っている。
 ロボが尻尾をパチパチさせるので、俺が宥めた。
 異様な雰囲気だ。





 「亜紀ちゃん、これはなんだ?」

 「タカさん、お話があります」
 「おう」

 「乾さんに会って下さい!」
 「なに!」

 「私、先週の日曜日に乾さんに会ってきました」
 「お前ぇ! 何勝手なことをしてる!」

 俺は怒鳴った。
 院長が立って俺の肩を押さえた。

 「乾さん、タカさんのこと、ずっと待ってました! 毎朝神社にタカさんの無事を祈りに行ってるって! RZ、とてもキレイでしたよ! ずっと整備もしてきてたんですってぇ!」
 「ふざけんな! こっち来い! ぶん殴ってやる!」
 「いいですよ! 今日は私も黙って殴られません! タカさん、勝負しましょうよ!」

 「おい、全員家から出ろ! このバカ娘と本気でやるからな! 辺り一帯吹っ飛ばしてもこいつを殴り倒す!」

 「石神! いい加減にしろ。亜紀ちゃんはお前のためと思ってやってるのが分らんかぁ!」
 「石神さん、どうか落ち着いてね。みんなあなたのことを思って集まってるのよ」

 院長夫妻から言われた。

 「タカトラ、会いに行って」 
 「石神先生、お願いします」
 「てめぇら!」

 みんなから口々に言われる。
 俺は椅子にもたれかかった。

 「亜紀ちゃん、なんで今回はそんなに強情なんだよ」
 「タカさんの傷がちょっとは塞がるかもしれない!」
 「なんだと?」

 「だって、RZですよ! あのRZじゃないですか! タカさんと一緒に駆け巡って一緒に戦って一緒に泣いたあのRZなんですぅ! 杉本さんを乗せたんですよね! 阿久津さんを探したんですよね! レイを迎えに行ったって、佐野さんの奥さんと子どもをー!」

 亜紀ちゃんが泣き崩れた。
 俺の中でも、猛烈に様々な思い出が沸き上がって膨れ上がった。
 俺も涙を流した。

 「タカさん!」
 「石神!」
 「石神先生!」
 「タカトラ!」
 「石神さん!」
 「部長!」

 みんなが俺を呼んだ。




 「亜紀ちゃん、乾さんに会いに行くぞ」
 「タカさん!」

 俺はスーツに着替えた。
 アヴェンタドールで行くつもりだった。
 亜紀ちゃんと二人で。
 リヴィングに戻ると、みんなが騒いでいた。

 「私はタカさんとアヴェンタドール、六花さんと響子ちゃんは特別移送車、柳さんはレイと院長御夫妻とロボ、皇紀とルー、ハー、栞さんも乗って下さい」
 「私は自分の車で行くよ」
 「いえ、今日は辞めて下さい、お願いですから」
 「わかったよ」


 「おい」
 「はい、タカさん」
 「一体何の話だ?」
 「みんなで行きますから」
 「なんだと!」
 「ダメですよ。みんな忙しい中来て下さったんです。タカさん号泣ショーでもお見せしないと申し訳ありません」
 「お前、ふざけんな!」
 「あ、また全員の集中砲火浴びますか?」
 「てめぇ!」

 「はいはい、今日はダメですよ。諦めて下さいね」
 「覚えてろよ!」
 「そんな負け犬のセリフは似合いませんよー」

 亜紀ちゃんが笑っていた。
 まったく、こいつは。




 俺たちは全員で出発した。
 亜紀ちゃんが走り出してすぐに電話した。
 乾さんだろう。

 「これから大勢で詰めかけます。もちろんタカさんも一緒です!」

 「タカさん、あまり飛ばさないで下さいね。柳さんはまだ初心者ですし、響子ちゃんは特別移送車なんですからね」
 「うるせぇ!」

 亜紀ちゃんはニコニコしてる。
 横浜が近付くにつれ、俺の中でまた思い出が込み上げて来た。
 耐えられない。
 俺は亜紀ちゃんにずっと怒鳴り続けた。
 亜紀ちゃんはずっと、俺に笑いかけていた。
 俺を大好きなんだと言い続けた。

 


 乾さんは、店の前で俺を待っていた。
 その姿を見た途端、俺は涙を抑えきれなかった。

 「タカさん! もう少しですから頑張って車移動してくださいね!」
 「うるせぇ! 店に突っ込んでやる!」
 「タカさん!」

 俺は店の前の駐車場にアヴェンタドールを停めた。
 俺がシートに座ったままなので、亜紀ちゃんが降りて外からドアを開けた。
 俺を引っ張り出す。
 突然、強い力で抱き締められた。
 俺は大声で泣いた。

 「トラ! やっと会えたー!」

 乾さんが叫んで泣いた。

 「乾さん、乾さん、乾さん」

 俺は泣き続け、名を呼び続けた。
 気が付くと、みんなが俺たちを囲んで見ていた。
 俺は亜紀ちゃんに手を引かれ、乾さんと店に入った。
 倍以上広くなった店。
 三階建ての品のいい建物。
 隣の大きな倉庫。

 俺は乾さんにRZの前に連れて行かれた。
 俺はまた大声で泣いた。

 俺の青春、俺の相棒、俺の、俺の、俺の……

 みんなが俺の背中をさすり、叩いて行く。
 俺はずっと泣き続けた。





 俺の喪ってしまったものが、俺の目の前にあった。
 あいつらが、みんなで俺に持って来てくれた。

 RZは、あの日のまま、俺の目の前に戻ってくれた。
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