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諸見の絵

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 「お話は分かりましたけど、その子を思い出すからバドワイザーを飲むってことですか?」
 「まあ、エミーも懐かしいんだけど、要は奈津江に繋がったってことだな」
 「はぁ」
 「奈津江が死んで、翌年に奈津江に繋がる名前が出て来た。それが嬉しかったんだよ」
 「なるほど」

 亜紀ちゃんはニコニコした。

 「それから、時々飲みたくなるんだ。また奈津江に繋がるものが出て来てくれたことに感謝してな」
 「自分じゃ買わないですよね?」
 「まあな。あの時と同じで、誰かに与えられてということが欲しいんだ」
 「ああ!」
 「だからビールを贈ってくれるような所には、バドワイザーがいいって言ってたんだよ」
 「それでこんなに」
 「まあ、下らない甘えのような行動だけどな。俺は基本的に人から何かを貰うのは嫌いなんだ」
 「そうですよね」

 「でもな。人間というのは何かしてもらったら礼をしたくなるものだ。だから断らないこともあるということだな」
 「多いですけどね」
 「亜紀ちゃんも大変だけどな」
 「アハハハハハハ!」

 俺たちはコーヒーを飲みながら話した。
 茶請けは生八つ橋だ。

 「さて、夕飯の準備をしますか!」
 「今日はなんだ?」
 「カツ丼にしましょうか?」
 「いらねぇ」
 「じゃあ、ニューヨークにちなんでステーキですね」
 「何でニューヨークだとステーキなんだよ?」
 「だって、一杯食べましたもん」
 「アハハハハハハ!」

 まあ、予定通りなのだろう。
 亜紀ちゃんがエプロンを着けると、他の子どもたちや柳も準備を始めた。




 俺は中元の幾つかを持って、向かいの東雲たちの家に行った。
 多いので、レイにも手伝ってもらう。

 「石神さん!」

 東雲が出て来た。

 「おい、中元で余ったものを持って来たぞ」
 「すいません、わざわざ」

 東雲は何人か呼んで、俺の荷物を受け取った。
 酒類と、つまみになりそうなものだ。

 「お茶でも飲んでって下さい」

 さっきコーヒーを飲んだが、話もしたくて上がった。
 みんなリヴィングにいた。
 図面を拡げて、何か話し合っていたらしい。
 
 「なんだよ、休日はしっかり休めよ」
 「いえ、好きでやらせていただいてるんです」
 「東雲みてぇなおっかない顔で集まれって言ったら、誰も断れねぇだろう」
 「アハハハハ!」

 俺は諸見に駆け寄った。

 「もーろーみー!」

 頭を抱き寄せて撫でてやる。

 「え! 石神さん!」

 他の連中が笑う。
 レイも大笑いしていた。
 俺たちにコーヒーが運ばれ、他の連中にも配られた。

 「諸見、コーヒーにはちょっとは慣れたか?」
 「前から飲んでますって」
 「ウーロン茶とは違うんだぞ?」
 「知ってます」

 俺が諸見にやった道具や豆で、みんなで飲んでくれているらしい。




 「お前ら、本当によくやってくれてるよな」
 「いえ、ありがとうございます」

 俺の家の増築は、いい仕上がりだった。
 中でも、諸見の仕上げに俺は感動していた。

 中庭の増築部分の壁に、諸見は草原を行く虎の像を描いた。
 写実ではない。
 繊細な鏝の流し方で、薄っすらと浮かび上がるものだ。
 見事なものだった。

 「しかし、諸見の鏝はいいよなー!」

 俺は何十回目かの、その言葉を吐いた。

 「いえ、石神さん」
 「お前にあんな腕があるとはなぁ」
 「自分など、まだまだです」
 「何を言う! うちの家のもんも、みんな感動してたぞ! なあ、レイ?」
 「はい、感動しました」
 「ありがとうございます」

 「アメリカ人のレイなんかもなー! 今度パンティをあげたいってさ」
 「い、いえ! 結構です」
 「そうか?」
 「はい!」

 レイが大笑いし、東雲たちも笑っている。

 「石神さん。私らも驚いてるんです。まさか諸見にあんなことが出来るなんて」
 「そーだよなー」

 「最初、諸見がやりたいって言うんで止めましたよね」
 「ああ」
 「でも、一応石神さんにお話ししたら、「好きなようにやらせろ」って仰るんで」
 「そうだったな」
 「あの、石神さんは諸見の腕を知っていらっしゃったんで?」
 「いや」
 「じゃあ、もしも失敗してたら」
 「諸見をぶん殴って、お前らにまた作らせた。壊すのは俺がすぐに出来るからな」
 「アハハハハ!」

 みんなが笑った。
 諸見は困った顔をしていた。

 「冗談だけどな。でも諸見がどんな仕上げをしようと、俺は認めてたぞ。俺はこいつに任せるって言ったんだからな」
 「石神さん……」

 諸見が俺を見ていた。
 
 「それにな。こいつがゴールデンウィークに先に来てただろ? その時に道具を見せてもらったんだ」
 「そうなんですか」

 「変態みたいにたくさんの鏝を持って来てなぁ」
 「はい」
 「俺は興味がねぇのに、勝手に俺の前に並べやがって」

 「あれは石神さんが見たいって!」

 諸見が叫ぶ。

 「それでまた勝手に一つ一つ説明しやがるんだよ。参ったよな」
 「石神さん!」

 諸見が困っている。
 東雲たちは笑っている。

 「まあ、そういうのを見たらな。こいつが真面目でシコシコやる奴だっていうのはよく分かるからな」
 「石神さん……」




 「あ!」
 「どうしました?」

 東雲が言う。

 「諸見は酒が飲めねぇんだった!」
 「はい」
 「さっき酒しか持って来なかったな。悪いな諸見、後でなんか持って来るからな!」
 「いえ、自分なんかには」

 俺は夕飯の後で、諸見に取っておいたブドウジュースの詰め合わせと、額に入れた絵を渡した。
 先輩方を差し置いて渡せば、諸見が困る。
 だから忘れた振りをした。

 「石神さん、わざわざ自分なんかのためにすみません」

 諸見が恐縮していた。

 「いや、お前のことをすっかり忘れてたわ。捨てようかと思ってたもんで悪いな」
 「とんでもありません」
 「それとな。うちのルーとハーがお前の虎の塗にえらく感激してな。お前にプレゼントだと」
 「はぁ」
 「あいつらも絵に興味があってな」
 「そうなんですか」

 俺が見てみろと言い、諸見は額の箱を開いた。

 「こ、これは!」

 双子は諸見の絵を描いた。
 立ち姿の諸見の隣にでかい虎がいる。
 虎は前足を諸見の肩に乗せ、笑っている。

 諸見はその絵を胸に抱きしめ、泣いた。
 俺は諸見の肩に手を置き、叩いてやった。

 「じゃあ、俺は帰るからな。また来週も頼むな!」

 



 俺の後ろで、諸見は「一生、自分は一生……」」と呟いていた。
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