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ナッツ・エミー

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 六月の下旬の土曜日。
 俺は亜紀ちゃんと中元の整理をすることになっていた。
 生鮮品の他は、一階の空き部屋へ突っ込んである。
 朝食の後に、生鮮品から整理した。

 亜紀ちゃんが読み上げながらデータを打ち込み、俺が処分を決定し、それも打ち込んでいく。
 午前中一杯を使って、何とか生鮮品は終わった。

 「こりゃ、今年も時間が掛かるなぁ」
 「そうですね」

 「もしも早く終わったら、六花と走りに行きたかったんだけどなぁ」
 「絶対やめて下さい! 去年は私に押し付けてどっか行っちゃって! 大変だったんですから!」
 「分かったよ」

 俺は昼食の席で、レイと柳に手伝ってくれと言った。
 二台のPCを使って、亜紀ちゃんと柳がデータ入力をする。
 レイは品物の運び役だ。

 「レイ、疲れてるところ、悪いな」
 「平気ですよ!」

 笑いながら言ってくれる。

 


 「日本酒 『山田錦』 〇〇さん」
 「うちで保管。礼状」
 「モロゾフ クッキー詰め合わせ 〇〇製薬」
 「病院へ持って行く。部下用」
 「あ、また! ビール『バドザイザー』2ダース 〇〇製薬」
 「さっきはうちで保管だったよな?」
 「はい。2ダースです」
 「じゃあ、これは六花」
 「栃木の〇〇さん、ナゾ沢庵」
 「便利屋」

 結局4時過ぎまで掛かり、俺は続けて礼状の作成をした。
 定型文なので、プリンターで印刷する。
 亜紀ちゃんが手伝ってくれた。

 「タカさん、なんかビールのバドワイザーが多いですよね」
 「ああ」
 「タカさん、ビールってほとんど飲みませんよね?」
 「そうだけどな」
 「でもたまーに、バドワイザー飲んでますけど」
 「そうだな」

 亜紀ちゃんが俺を見ている。

 「カツ丼、とりますか?」
 「なんでだよ」
 「だからゲロしろって」
 「なんなんだぁー!」

 「洗いざらい吐いて、スッキリしましょうよ!」

 俺は笑った。
 話し出した。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 大学時代。
 俺は夏休みに聖のいるニューヨークへ遊びに行った。
 聖は今の『セイントPMC』を立ち上げ、一人で頑張っていた。
 一週間の予定で遊びに行き、仕事があれば手伝おうと思っていた。

 行くと随分と落ち込んでいて、驚いた。

 「どうしたよ?」
 「トラ、騙された」
 「誰に?」
 「ジャンニーニ」

 俺は詳しく話を聞いた。
 スラムのギャングを始末したのに、報酬を踏み倒されたと聖は言った。

 「俺、やっぱバカだからさ。ダメだな」
 「何言ってる! お前は自分で決めて会社を興したんだろう。おし! 俺が手伝ってやる!」
 「でも、相手はニューヨークを締めてるマフィアだぞ」
 「俺とお前がいりゃ、全然楽勝だよ」
 「ほんとか、トラ!」
 「ああ、俺に任せろ!」

 俺たちは拳銃とナイフだけでジャンニーニの屋敷へ乗り込み、ジャンニーニから二十万ドルずつをせしめた。

 「トラ! ありがとう!」
 「いいよ。お前には世話になったからな」
 「そんなことないぜ! トラは本当にいい奴だな!」

 聖は喜んでいた。
 俺はこいつが喜ぶと最高に嬉しい。
 いつでも聖には笑顔でいて欲しい。
 それに俺も臨時収入で嬉しかった。

 俺たちは祝杯を挙げようと、街へ繰り出した。





 「どこへ行く?」
 「高い店でシャンパンを浴びる程飲もう!」
 「トラ、俺が奢るからな」
 「何言ってんだ! ワリカンに決まってるだろう!」

 そのことでちょっと言い争い、殴り合った。
 警官が来たので、二人で肩を組んでニッコリ笑った。
 激しい格闘ショーに周囲に人垣が出来ていて、そんな俺たちを囃し立てた。
 俺と聖は笑顔で手を振って離れた。

 「待って!」

 後ろから声を掛けられた。
 二人で振り向くと、黒人の少女が俺たちに駆け寄って来る。

 「お酒を飲む場所を探してるんでしょ!」
 「おう」
 「うちに来て! サービスするから!」

 俺たちは顔を見合わせた。
 黒人の少女の服装はみすぼらしい。
 真夏だが長袖のTシャツを着ていて、プリントされたディズニーのキャラクターは色褪せ、汚れている。
 クルーネックだったはずだが、今は首が伸び、屈めば胸が見えてしまうだろう。
 年齢は10歳くらいか。

 「お願いします! お父さんが病気で、お金が必要なの!」

 必死に頼まれる。
 少女は「エミー」と名乗った。
 俺は学校はどうしたと尋ねた。

 「I'm nuts.(バカだから)」

 「聖、酒はどこで飲んでも同じだよな」
 「だな!」

 俺たちが案内しろと言うと、少女は飛び上がって喜んだ。
 俺たちは、トラ、セイントと名乗る。
 店はスラムの奥にあった。




 「汚ぇ店だな」
 「まあ、いいけどな」

 俺たちが入ると、周囲は黒人ばかりだった。
 20人程で、2人はプエルトリカンか。

 場末もいいとこの店だ。

 ヤバイ混ぜ物をされると困る。
 俺と聖は缶ビールを頼んだ。
 つまみは適当にと言う。
 エミーがバドワイザーを運んでくる。
 ビールはよく冷えていた。
 店の中は冷房もなく、蒸し暑い。
 俺たちはガンガン飲んだ。

 俺たちの飲みっぷりと楽しく飲んでいるのに、周囲の客たちも親し気になって来る。

 「どっから来たんだ?」
 「ディズニーランド」
 「あ? アハハハハハ!」

 「俺のミッキーマウスはすげぇぜ」

 俺がパンツを降ろすと、客たちは爆笑した。
 エミーが叫んで顔を手で覆った。
 数人が同じくパンツを脱いで、俺に並ぶ。
 長さではちょっと負けたが、太さでは勝った。

 みんなが俺たちのテーブルに集まって来る。

 店はエミーのお母さんが経営しているらしい。
 俺たちのテーブルに酒や料理を運んでくるので、話をした。
 エミーの父親は工事現場で落下し、背骨を傷めたそうだ。

 「手術に10万ドルかかるんだって。そりゃ終わりだよね」
 「そうか」

 エミーは学校へも行かずに、毎日店を手伝っている。
 エミーを呼んで飯を喰わせると、呼び込みは危ないからするなと怒られたと言った。

 「じゃあ、どうして俺らに声を掛けたんだ?」
 「うん。優しそうだったから」

 俺も聖も相当飲んで食べたが、2000ドルもしなかった。


 
 俺と聖は、翌日も昼からその店に行った。
 エミーに昨日楽しかったプレゼントだと言い、俺がミッキーマウスの半袖のTシャツをやった。
 エミーは嬉しそうに笑い、泣いた。

 「おい、気を付けて箱を空けろよな」

 俺らの奢りだと言い、エミーに知り合いを呼びに行かせた。
 店に収まらない程の客が集まった。
 名前も知らない連中と大騒ぎして楽しく飲んだ。
 エミーは夜遅くなると、家に帰った。
 俺たちはその後も飲み続けた。

 一万ドルを使った。

 帰ろうとする俺たちを、エミーが走って追いかけて来た。
 俺がやったミッキーマウスのTシャツを着ている。

 「おう! よく似合うじゃねぇか!」
 「トラ! 箱の底に10万ドルが!」
 「え? ああ、店員が間違えて入れたかな。ラッキーだったな、エミー!」
 「トラ!」

 エミーが抱き着いて来た。

 「どうして、どうして」
 
 エミーが泣きながら呟く。




 「エミー、俺は去年の夏に最愛の恋人が死んでしまったんだ」

 涙目でエミーが俺を見上げた。

 「ナツエ、という名前なんだ」
 「え?」

 「お前、「I'm nuts」って言っただろ?」
 「え、うん」
 「ナッツ・エミー。俺にはそう響いた」
 「?」

 「ナツエ・ミー!(私、奈津江だよ!)ってな。奈津江が現われてくれたような気分になった」
 「トラ……」

 「嬉しかったんだ。ああ、奈津江もお前と同じで全然胸がなかった」
 「私、まだ10歳だもん!」
 「アハハハハハハ!」

 「お前みたいに明るくて優しい女だった。ありがとうな、エミー」

 俺は笑って家に帰れと言った。
 歩き出すと、後ろでエミーが叫んだ。

 「また来てね! いつでもトラにバドを飲ませてあげる!」

 俺は手を振った。
 奈津江がバドを、と言っているように勝手に思った。




 「おい」
 「あんだよ」
 「お前、さっきのはワリカンだかんな」
 「トラが勝手に奢るって言ったんだろう!」
 「てめぇ! 雰囲気を読め!」
 「俺はロリじゃねぇ」
 「俺だって同じだぁ!」

 「「やんのか!」」

 流石に酔っているので、数分で息が上がった。



 聖のアパートメントへ戻り、シャワーを浴びて寝た。





 エミーに、ちょっとオッパイを見せてもらえば良かったと思った。

 「また見損ねたかぁ」

 俺はベッドで独り笑った。
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