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あの日、あの時: 約束

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 亜紀ちゃんは語り終え、ニコニコしながら俺を見ていた。

 「やっぱり山中は最高だな!」
 「エヘヘヘ」

 「あいつは本当に優しい。奥さんと子どもたちがいれば、もう何もいらないっていうな」
 「タカさんもですよ」
 「ああ、そうか。それは有難いよな。山中が大事だっていう人間に入れるなんてな」

 亜紀ちゃんは嬉しそうに頷いている。

 「その後も、何度も言ってました。どうしようもない時はタカさんを頼れって。でも、今思えば、あれは予言みたいな言葉でしたね」
 「そんな感じもするな」
 「だって、私がすぐにタカさんに電話したのは、あのお父さんの話があったからですもん」
 「そうか」
 「あの時に電話して、タカさんがすぐに来てくれて。だから今こうして一緒にいられるんです」
 
 「それはちょっと違うよ」
 「え?」

 亜紀ちゃんは驚いている。

 「もしも亜紀ちゃんたちがバラバラになってたとしても、俺は全員を集めて引き取ったよ」
 「!」

 「山中と約束したんだ」
 



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 山中家にルーとハーが生まれて間もなく。
 俺は山中と飲みに行っていた。
 たまに行く青山のバーだ。
 二人でカウンターに並んで座ってウイスキーを飲んだ。

 「おい、ついに六人家族かよ!」
 「ああ! 俺も頑張らないとな」

 山中は上機嫌だった。
 美亜さんが相変わらず美しいことと、亜紀ちゃんが美人になって皇紀が優しい男になったと。
 そういうことをひとしきり話し、俺も嬉しくてどんどんせがんで聞いた。

 「それで今度は「宝石のような双子」だろ?」
 「ああ、そうだな」
 「もう、みんな可愛くてしょうがない。毎日家でたまらないんだ」
 「そうか!」

 山中は今度は双子のどこが可愛いのかを話して行った。
 俺も笑いながらそれを聞いた。
 山中の話は、いつも家族のことだった。




 「みんなが成長したら、どんな大人になるのかな」
 「そうだな。亜紀ちゃんと双子は美人で優しくて、皇紀は飛びっきり優しい男になるんじゃないか?」
 「どうしてみんな「優しい」なんだよ?」
 「だって、お前の子どもだからな」
 「え?」
 「優しいに決まってるだろう」
 「石神……」

 山中は照れて酒を飲んだ。
 もう、結構飲んでいる。
 そろそろ辞めさせないと、また泥酔する。

 「俺のことを優しいなんて言ってくれるのはお前だけだよ」
 「あとお前の家族とな。御堂もそうだ」
 「ああ、そうだった。でも、それだけだ」

 山中はグラスを握って見詰めていた。

 「十分だろ?」
 「え?」
 「俺たちだけでいいじゃないか。お前、世界中に証明したいのか?」
 「いや、そういうわけじゃ。でもそうだな。俺は十分に幸せだ」
 「俺なんか、部下たちから魔王呼ばわりだからなぁ」
 「そうなのか?」

 「しょっちゅうぶん殴ってるから。こないだ窓ガラスにロールカーテンを付けたんだ。殴ってる現場を見られないようにな」
 「アハハハハ!」
 「一江なんかよ、俺の写真をカッターで刻んでたんだぞ!」
 「ワハハハハ!」
 「俺が見てるのに気付かないでな。途中で気付いて、脂汗を流した」
 「ワハハハハ!」

 「そうしたらよ。「ジグソーパズルですよ」って。でもよく見たら俺の目に穴が空いてんの。最初にコンパスの針でやったらしい」
 「おい、石神、もう勘弁しろ、アハハハハハ!」




 「なあ、前に俺を嫌ってる奴らが「〇〇〇津」に頼んでたじゃない」

 俺は有名な新興宗教の名前を言った。

 「あー、あったな」
 「大金払って、大護摩祈祷をしてさ。でもピンピンしてらぁー!
 「お前、乗り込んだんだよな?」
 「そうそう。「髪の毛とか必要ですか?」ってな! あいつら悔しそうな顔してたぜ」
 「ワハハハハハハハハ!」

 山中は大笑いだった。

 「俺が散々インチキ呼ばわりしたら、今度は本部で必ず呪い殺してやるって。あれ、本当にやったのかな?」
 「さあな。でも、お前もちょっとは気を付けろよな」
 「まあなぁ。でも何に?」
 「うーん、そうだな!」

 二人で笑った。

 つまみも少なくなり、そろそろ帰ろうかと考えていた。
 まだ山中は酔い潰れそうではない。




 「石神」
 「あんだよ?」
 
 「もしもな。もしもだぞ?」
 「ああ」

 「俺に何かあったら、俺の家族を頼む」
 「やめろよ!」
 「なあ、頼むよ。お前にしか頼めないんだ」
 「もちろん何でもするけどよ。お前に何かなんて、俺、嫌だよ」

 山中は微笑んだ。

 「だからもしもだよ。お前も知っての通り、うちは貯えもあまりないよ。ああ、お金の援助ってことじゃないんだ。お前に美亜さんや子どもたちを支えて欲しんだ」
 「それはもちろんだよ」

 「あ! でもな! 絶対に美亜さんには手を出すなよな!」
 「お前! 当たり前だろう!」
 「絶対だぞ!」
 「おう!」

 「あー、でもなぁ。お前が支えたら美亜さんはお前をきっと好きになるだろうな」
 「いい加減にしろ!」
 「うーん。それが美亜さんの幸せになるなら……」
 「山中!」

 「ああ! でもやっぱりダメだ! お前、ふざけんな!」
 「お前だよ!」

 俺は笑って山中の背中を叩いた。
 自分の最愛の人が別な男のものになっても、その人の幸せを考える山中の純情が見えた。

 「俺はちゃんとお前の家族を支える。でも美亜さんや亜紀ちゃんたちには手を出さない」
 「お前! 亜紀ちゃんまで狙ってるのかぁ!」
 「ちげぇよ!」




 俺は山中にそろそろ帰ろうと言った。
 山中はグラスのウイスキーを飲み干した。
 それで完全に酔った。
 山中は歩く途中で足がもつれるようになった。
 俺が肩を貸し、タクシーを拾って家に送る。

 タクシーの中で、山中は半分眠りそうになっていた。

 「寝ろよ。俺がちゃんと送って行くから」
 「うん。ありがとう、石神」
 「ああ、大丈夫だからな」
 「お前は優しいよ。俺のことをそう言ってくれるけど、お前ほど優しい男を俺は知らない」
 「そうかよ」
 
 俺は酔っ払いの戯言だと思って聞いていた。

 「俺の家族を頼む」
 「分かってるよ、任せろ」
 「ああ、やっとそう言ってくれたな」

 山中が嬉しそうに笑った。

 「あ?」
 「お前がそう言ったら、もう安心だ。ありがとう、石神」
 「お、おう」

 山中は安心したように眠った。
 


 タクシーで足立区の山中の家まで送った。

 「まあ、石神さん! また主人がご迷惑を」
 「いいえ! 今日も楽しい酒でした。山中を送るのは俺の趣味ですから」
 「ウフフフ、ありがとうございます」

 俺は山中を抱えて家に入った。
 いつものことだ。

 「あ、石神さんだ!」

 亜紀ちゃんが駆けて来た。
 寝ていたようだが、起きて来たようだ。

 「石神さん! 今日もうちに泊まる?」
 「いや、今日は帰るよ」
 「えぇー!」
 「石神さん、どうか泊って行って下さい」
 「いいえ! まだ時間も早いですから」
 「遠慮なさらずに」

 俺は固辞して山中を寝かせて帰ることにした。
 山中が意識を喪っている間に、泊まることは差し控えられた。
 別に山中はヘンな意識は持たないだろうが、そこは俺の線引きだ。

 「あー、いつか石神さんといつも一緒に寝たいなー!」

 亜紀ちゃんがそう言うので笑った。

 「そんなことを言うなよ、亜紀ちゃん。山中と寝てやれよ」
 「えー、だってお酒臭いし、オナラするんだもん!」
 「アハハハハハ!」

 「あ! お父さんが何か言ってる!」
 
 亜紀ちゃんが言うので、俺と奥さんで耳を近づけた。

 




 「石神、家族を頼む」

 俺と奥さんは笑った。

 「おう! 任せろ!」
 
 俺がそう言うと、山中は笑顔になった。
 
 俺も笑いながら駅に向かった。
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