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はじめてのけんか

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 ゴールデンウィークも残り二日。

 俺は昼頃に響子に会いに行った。
 アヴェンタドールを出す。
 多分、六花もいるだろう。
 いれば、一緒に昼食でも喰おう。



 響子の病室に近づくと、六花と響子の声が聞こえた。

 「響子、お願いだからもう一口食べて」
 「もういらない!」
 「そんなこと言わないで。もう一口だけ」
 「いらないってば!」

 どうやら、響子がわがままを言っているらしい。
 最近は少なくなってきたが、何かでヘソを曲げたのだろう。
 まあ、宥めてやるか。

 「よう!」

 俺は明るく手を挙げて部屋に入った。

 「あ!」

 いつもなら「タカトラー」と言いながら抱き着いて来るはずが、ベッドで俺を睨んでいる。

 「おい、響子。どうした?」

 六花が困った顔で俺を見ていた。

 「私を置いて別荘に行ったー!」

 なんで知ってんだ?

 「レイを連れてって、私は置いてったー!」
 「おい、誰から聞いた?」

 六花を指さした。
 六花は自分を指さしていた。

 「……」

 「響子、お前を連日連れて行くわけには行かないんだよ」
 「やー!」
 「それにレイは六花の仲間の所へは行けなかったじゃないか。だからだよ」
 「私よりもレイがいいんだ!」
 「そんなことを言うなよ。二人とも大事な人間だ」
 「私も別荘に行きたかったー!」
 「また夏に連れてってやるよ。タケのビルも楽しかったろ?」
 
 「あんなとこより別荘がいい!」
 「おい、響子!」
 「あのガラスのお部屋がいいのー! あんなビルじゃいやなのー!」
 「響子! お前、謝れ!」
 「やー!」

 俺は響子をベッドに立たせ、頭をベッドに押して引っくり返した。
 響子は驚いている。
 俺から暴力を振るわれたことが無かった。
 
 「タカトラ……」
 「てめぇ、ふざけんな! もうお前とは口を利かない! 二度とどこへも連れ出さない!」

 「タカトラぁ!」
 
 「六花! 飯を喰いに行くぞ!」
 「石神先生!」
 「早くしろ!」





 俺は六花を無理矢理連れ出した。
 オークラの「山里」に行く。
 予約をしていなかったが、いい席に案内された。

 「石神先生」
 「なんだ、あの言い草は! 絶対に許さん!」
 「石神先生、どうか」
 「ガキでも言ってはならんことをあいつは言った。お前の大事な人間をバカにしやがって!」
 「そんなことはいいんです。どうか響子と仲直りして下さい」
 「絶対に嫌だね!」

 思えば、初めての響子との喧嘩だった。
 響子のことは、いつでも笑って聞き流して来た。
 しかし、今日の言葉だけはそうは出来ない。
 自分を一番大事にしてくれる六花の、その友達の家で世話になりながら「あんなビル」と言いやがった。
 
 「俺が甘やかし過ぎたんだな」
 「そんなことは。やっていたのなら、それは私です」
 「そうじゃないよ、六花。俺が何でも響子のためにしてきたから、いつの間にかあいつはそれが当然だと思ってしまった。俺の責任だよ」
 「石神先生……」

 いつもニコニコと美味しい物を食べる六花が、暗い表情でいた。

 「さあ、食べろよ。美味いだろ?」
 「はい」

 六花は最後まで暗い顔をしていた。

 電話が入った。
 病院の看護師からだった。

 「なんだ?」
 「すみません、お休み中に。あの、響子ちゃんが泣き叫んで暴れているんです」
 「そうか」
 「大きな声がするので様子を見に行ったら。一色さんがさっきまでいたんですが、今はいなくて困っているんです」
 「六花は俺と一緒にいる。悪いが、しばらく放っておいてくれ。後で行くから」
 「分かりました。申し訳ありません」

 俺は六花に電話の内容を話した。
 六花はすぐに席を立って行こうとする。
 俺は止めた。

 「しばらく、思い切り暴れさせてやれ」
 「はい」

 俺たちはゆっくりと食べ、コーヒーを飲んで一時間後に病院へ戻った。





 戻ると響子が床に座っていた。
 正座だ。
 何度も俺が部下を叱っている現場を見ている。

 「おい、なんかクソ生意気な奴が座ってるぞ」
 「石神先生!」
 「蹴りでも入れておくかぁ!」
 「石神先生! お願いします!」
 「ケッ!」

 響子が土下座した。
 それも俺の部下たちを見て知っている。

 「タカトラ! ごめんなさいー!」

 俺は頭を踏んづけた。
 六花が隣で一緒に土下座する。

 「謝る相手が違ぇ!」

 響子が顔を上げた。
 泣いている。

 「六花! 本当にごめんなさい!」
 「響子、いいんですよ」
 「だって! あんなに楽しくさせてもらったのに! みんなあんなに優しかったのに、私……ウワーーーーン!」
 「響子、もういいんです。響子の気持ちはよく分かっていますよ」
 「ごめんなさいー!」

 六花は座ったまま響子を抱き締めた。
 俺はしばらくして、響子を抱き上げ、ベッドに乗せた。

 「タカトラー!」

 俺に抱き着いて来る。

 「響子、覚えろ。絶対に言ってはいけないことがある」
 「はい」
 「それは自分に親切にしてくれた人を傷つける言葉だ。絶対に言うな」
 「はい!」
 「俺はあいつらが響子のために喜んで死ぬんだと言ったよな、忘れたか!」
 「覚えてる! お風呂でタカトラがそう言った!」
 「じゃあ、さっきの言葉はなんだぁ!」
 「ごめんなさいー!」

 俺は響子を抱き締めた。

 「もう二度と言うなよ」
 「はい!」





 響子は六花と一緒に、「顕さんのゲーム」を始めた。
 CGで家を散策してから、家の指定コースを走るゲームを始める。
 途中でクリアするポイントがある。
 ジュースを飲んだりおやつをたべたり、トイレまで行く。
 ランダムでちっちゃいモンスターまで出る。

 俺は何をするわけでもなく、響子を見ていた。
 響子の顔が赤い。
 俺はロッカーのカギを開け、薬を用意した。

 「響子、そろそろやめろ」

 響子が俺を見た。
 六花が気付く。
 響子は熱を出していた。
 俺は解熱剤を飲ませた。

 「しばらく横になれ。すぐに良くなる」
 「うん」
 「石神先生……」
 「あれだけ興奮して暴れたんだ。熱も出るだろう」
 「すみません、気が付かずに」
 「いいさ。そのために俺がいたんだからな」

 六花は響子を寝かせ、布団を掛けてやった。
 額を撫でてやる。

 「タカトラ、ごめんなさい」
 「いいよ」
 「みんな、こんなに私に優しくしてくれるのに」
 「そうだな」
 「私もみんなのために何かしたいのに、何もできないの。それなのにワガママばかり」
 「いいよ、みんなお前が大好きだからしてるだけだ」
 「でも」

 響子がまた泣き出した。

 「響子、なんでみんながお前に優しいか知っているか?」
 「え?」
 「それはなぁ! 響子が世界最高にカワイイからだぁ!」

 響子が微笑んだ。

 「おし! じゃあプリンを作って来てやろう。熱があっても食べられるだろう」
 「うん! 嬉しい!」
 「じゃあ一度帰るからな」
 「ありがとう、タカトラ!」

 俺は家に帰った。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「六花、今日は本当にごめんなさい」
 「いいんですよ。でも響子、もう石神先生にあんなことを言ってはダメ」
 「うん」

 「石神先生はね、絶対に許さないことがあるの」
 「うん」
 「それはね、石神先生が大事に思っている人を傷つけること。もしもそんなことをしたら、あの優しい石神先生が怒り狂うの」
 「うん、知ってる」

 「あの人は人間じゃないのかもしれない。大きな虎なの」
 「えー!」
 「普段はとっても優しくて美しいんだけどね。カワイイところもあるし。でも本当は虎だから、怒ったら大変なの」
 「そうかー」
 「世界で一番優しいんだけどね」
 「そうだよね!」



 響子が寝て起きると、石神がいた。



 みんなでプリンを食べた。
 とっても美味しかった。






 いつもの、一番優しい味だった。
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