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別荘の日々: レイも一緒 Ⅷ

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 軍事教練自体は何の問題も無かった。
 銃の扱いや格闘技を教えるだけの、簡単なものだ。
 問題はLRRPだ。
 本来は長距離の偵察任務を担うものだが、俺たちはもっと攻性のものだ。
 自分たちで敵を探し出し、襲撃する。
 正規軍に恐怖を与えるためだった。
 政府軍も、定期的にパトロールに出ていた。
 俺たちはそれを主に襲った。

 チームは五人。
 隊長のチャップ、副隊長のジョディ、隊員の俺と聖、それにオーストラリア人のキャメイ。
 副隊長のジョディは、本当は「ジョン・ディー(誰でもない)」と名乗っただろうことは、今なら分かる。
 俺も聖も英語がカタコトで、「ジョディ」と聞いた。
 
 「トラ! ジョディ・フォスターだよ!」
 「え、でも女性名だろ?」

 俺たちの遣り取りをチャップやジョディも面白がり、「ジョディ」と呼べと言われた。
 俺たちは名前の意味から「タイガー」「セイント」と呼ばれた。
 但し、俺は後に「キッド」と呼ばれるようになる。
 キャメイは、そのままだった。

 チャップは伝説的な傭兵で、数々の功労があった。
 稼いだ金で傭兵学校を作り、そこから優秀な傭兵を派遣している。
 ジョディは最初、何のバックボーンも教えてもらえなかった。
 ただ、戦闘能力は優秀で、傭兵として既に15年やっているベテランだ。
 話す言葉に知性があった。
 キャメイは2メートル近いでかい身体で、M60(重機関銃)を抱え、拠点防衛的な火力を発揮する。
 他の四人の装備はM16A2(グレネード発射機付き)にH&KのP7M13とS&WM629。
 それに大型のボウイナイフを二丁。
 P7M13は9ミリパラベラムの弾頭で、故障の起こりにくい堅牢さに加え、ライフリングが溝でないために、手入れが簡単だ。
 M629は映画『ダーティハリー』で有名な44マグナムを扱うM29のステンレスモデルだ。
 エロージョンという鋼鉄の焼き付きを起こさない。
 
 


 最初のLRRP任務で、俺と聖は50名の小隊を二人で襲えと言われた。

 「お前たちは戦場は初めてだ。これで覚えろ」

 無茶苦茶だと思ったが、やるしかなかった。
 俺は聖と打ち合わせ、俺が特攻、聖は後方支援とした。
 聖の狙撃能力を信じた。
 聖を危険な目に遭わせたくなかった。

 俺たちはアンブッシュ(待ち伏せ)した。
 森から抜けた平原。
 以前に通った足跡が残っていた。

 小隊が隠れた俺の前を通り過ぎ、俺は最後尾から襲う。
 ナイフとP7でガンガン斃して行った。
 その間に聖が俺を狙う兵士を狙撃していく。
 俺は銃口が向けられるプレッシャーを感じるようになっていた。
 弾が俺の脇をすり抜けていく。
 15分ほどで、俺と聖は小隊を壊滅させていた。
 チャップとジョディは満足げに笑っていた。



 俺の作戦をチャップが気に入り、大抵が俺の特攻で撃破した。
 俺の感覚と反応力は更に研ぎ澄まされ、聖の狙撃センスも高まって行った。
 多くの戦闘は、俺と聖で戦局を決めた。
 ガンシップが来たこともあるが、俺が囮となり、聖が一点突破の物凄い射撃で撃墜した。
 俺たちは知らなかったが、チャップとジョディが俺たちの戦闘や戦績を業界に広めていた。
 俺たちはチャップたちに信頼され、俺は特にジョディと仲良くなった。
 俺の無茶苦茶な英語を黙って聞き、俺が暗唱する英語やドイツ語の詩などに驚いていた。
 ジョディは元はジュニアスクールの教師だったと話した。

 「ある時に、俺のクラスの子どもがマフィアに「迷惑」を掛けた。その報復で、教室の子どもたちが爆殺された」

 俺は言葉も無かった。
 教師として頑張ろうと思っていた矢先の殺戮だった。
 ジョディはチャップを頼り、厳しい訓練を乗り越えて復讐した。
 マフィアの屋敷をC4(プラスチック爆弾)で吹っ飛ばしたそうだ。
 チャップも手伝い、生き残った全員を殺した。

 それ以来、ずっとチャップの右腕として傭兵をしている。

 ジョディとは文学の話、哲学の話をした。
 ただ、俺の拙い英語ではほとんど伝わらなかったと思う。
 そしてもう一つ。
 ジョディは俺の小学校時代の逸話を聞きたがった。
 俺の暴れ振りに、大爆笑していた。

 俺たちは無敵だった。
 正規軍の多くは農民の徴兵だ。
 ろくな訓練も受けていない連中が銃を持たされている。
 俺たちに敵うわけがなかった。
 俺は接近戦で無傷で次々に敵を屠り、「魔王の息子(Satan’s Kid)」と呼ばれ、聖以外から「キッド」の愛称で呼ばれるようになった。
 聖は「セイント(聖人:Saint)」だ。



 パトロールに出る兵士が少なくなった。
 チャップは目標を変え、軍事施設を襲った。
 激しい戦闘になったが、俺たちは一つの施設を壊滅させた。

 政府軍は、ソ連に助けを求めた。





 ニカラグアは中米で共産主義国となり、陸続きのアメリカは焦っていた。
 しかし、バックにソ連がいたため、表立った軍事介入は出来なかった。
 第三次世界大戦になりかねない。
 そこで、非正規の傭兵の派遣が決まった。

 その効果は抜群で、正規軍の士気は爆下がりだった。
 そこでニカラグア政府はソ連に軍事教練の専門家と、俺たちの討伐を頼み込んだ。
 ソ連の軍事基地を認めるという交換条件だったらしい。

 俺たちに向けて、ソ連軍特殊部隊スペツナズが派遣された。
 しかもGRU所属の猛者たちだった。

 


 俺たちは補給のために、ある村へ立ち寄った。
 既に俺たち反政府軍の庇護下にある村で、主に銃弾の補給をする予定だった。

 俺も聖も気を抜いていた。
 
 俺に一人の女の子が近づいて来た。
 あどけない笑顔でちょこちょこと寄って来る。
 大きな人形を抱えていた。

 俺はしゃがみ込んで、両手を拡げて迎えた。
 その時、ジョディが突っ込んできて、女の子を抱きかかえて飛んだ。
 次の瞬間、ジョディと女の子は吹っ飛び、俺は爆発のせいでしばらく耳が聞こえなかった。
 全身に二人の血と肉片を浴びていた。
 気を喪った。


 ジャングルで目覚めた時、俺の傍らに聖が立っていた。

 「大丈夫か、トラ?」

 心配そうに俺を見る。

 「ああ。何が起こった」
 「ブービートラップだ。子どもに持たせて、お前に近寄らせた」

 チャップが説明した。

 「あの村はダメだ。ソ連軍が来たようだ。俺たちは今追われている。特殊部隊スペツナズだ。覚悟しろ」

 チャップは重々しい表情で言った。
 俺は聖に担がれていたようだ。
 耳はもう問題ない。
 ただ、聖は疲弊し、何よりも銃弾が少ない。
 俺たちは移動したが、キャメイが遅れる。
 チャップは重機M60の放棄を迷った。

 「チャップ、俺が担ぐ」

 チャップは頷いた。
 それでも身体の重いキャメイが遅れがちだった。
 聖も辛そうだ。
 チャップは決心した。
 
 「キッド、アンブッシュの場所を探せ。迎え撃つぞ」

 俺たちは配置に潜み、スペツナズを待った。



 二時間後。
 激しい戦闘が始まった。
 スペツナズは30名で襲って来た。
 先頭の3人は俺が最初に撃破した。
 しかし相当な訓練を積み上げたスペツナズは厄介だった。
 たちまち俺たちはじり貧に追い込まれた。

 聖は移動しながら一人ずつ屠って行く。
 チャップも流石の狙撃で斃して行く。
 キャメイは決定的な瞬間まで待つように言われていた。
 俺たちの最後の奥の手だった。

 俺は囮役も担い、敵に接近していく。
 銃弾はかわせる。
 これまでの激戦が、俺に超感覚を与えてくれていた。
 しかし、徐々に戦闘は膠着していく。
 展開されれば、俺たちは終わる。

 俺は敵に向かって駆け出した。
 銃を撃てば聖が仕留めてくれる。
 それを信じた。
 俺を狙い撃つ奴らを聖とチャップが狙撃していく。

 俺は最後の五人に囲まれた。
 ギリギリで銃弾をかわしながら仕留めていく。
 しかし、最後の二人になった時、俺がナイフを刺した味方ごと撃って来た。
 銃弾が貫通し、俺の左胸に吸い込まれた。
 焼けるような熱い感覚。
 俺は伏せて射線を聖に頼んだ。
 聖は見事なヘッドショットで最後の一人を斃した。

 聖が駆け寄って来る。
 チャップとキャメイも遅れて来る。

 「トラ! 大丈夫か、トラ!」
 「でかい声を出すな。大丈夫だ」
 「良かった、トラ! 俺、お前が!」

 俺は立ち上がろうとして血を吐いた。
 チャップが手早く俺の左胸をナイフで拡げ、ゴムのチューブを挿し込んだ。
 血が零れ落ちるのを確認する。

 「キッド、肺をやられた。血が溜まれば呼吸できなくなる」
 「はい」
 「ベースまで持てば助かる。必死で歩け」
 「はい」

 地獄の行軍が始まった。




 俺は何度も気を喪いかけた。
 その度に聖を呼び、顔を殴らせた。
 呼吸は苦しく、出血で朦朧とする。
 途中で装備を捨てた。
 聖が俺に肩を貸してくれる。

 「トラ! 絶対に帰るぞ! トラ! 死ぬな!」

 ずっとそう言い続けてくれた。
 しかし、途中からは声も聞こえなくなった。
 ただ、惰性で機械のように足を動かしていた。
 ベースが見え、俺は完全に気を喪った。
 俺は聖とチャップに担がれて戻ったらしい。

 俺は3日間危険なほどの高熱を出し、生死を彷徨った。
 4日目に意識を取り戻し、峠を越えた。



 やっと、ジョディのために泣いた。



 俺たちの任務は終わり、チャップは直接の雇い主だったCIAから結構な報酬をもらった。
 聖に1億円、俺に3億円をくれた。

 「どうして俺が多いんですか?」
 「ジョディの遺言だ。自分に何かあったら、取り分をキッドに渡せというな」
 「え!」
 「お前のことが気に入っていたようだ。いずれどこかで死ぬ俺たちだ。お前にもらって欲しかったんだろう」
 「……」

 「お前はもうこの稼業を辞めるんだよな」
 「はい。十分な金が手に入りましたから」
 「そうか。お前はそうしろ。真っ当に生きろ」
 「はい」

 「いい戦いだった。お前たちのような連中と一緒に戦えて楽しかった」
 「チャップ、お世話になりました」

 俺たちは握手をして別れた。
 俺は聖に二億を渡した。
 俺を救ってくれた礼だ。
 聖は受け取らず、殴り合いの末、二人で二億ずつとした。




 その年のクリスマス。
 チャップと思しき人間から、クリスマスカードと1ドルコインが届いた。
 カードには、「眠れるキッドへ」、とあった。
 俺をキッドと呼ぶ人間はチャップだけだ。
 名前も住所も無かった。

 その翌年も、その翌年も、毎年同じものが届いた。
 俺には意味が分かっていなかった。
 懐かしんで贈ってくれるのだろう、という程度の認識だった。



 ある年から、それが届かなくなった。
 俺はそうなってから、初めて気付いた。









 あれは、未だ自分が生きているというチャップのサインだったのだ。
 チャップは死んだのだ。









 俺は涙を流した。
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