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別荘の日々: レイも一緒 Ⅲ

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 食事を終え、風呂に入る。
 一緒に入りたがる連中を断り、改装した別荘の一番風呂を一人で独占する。
 御堂の家のように温泉を引いているわけではないので、巨大な湯船はすべて水道から溜め、自分で沸かすしかない。
 そのための特別な給湯システムと濾過システムも入れた。
 毎回湯を張り直すことなく、何度かは濾過しながら使う。
 まあ、風呂好きな俺ならではの贅沢だ。

 浴槽はオフホワイトのセラミックだ。
 専門業者に作らせた。
 檜はいいのだが、手入れが大変だ。
 たまにしか使わない俺たちには維持出来ない。

 床は全体に大理石を回している。
 突出した形に増築したので、三方はガラスブロックと透明ガラスで、天井もガラスだ。
 だから、解放感が半端ない。

 俺は満足して風呂を出た。
 ら、脱衣所で亜紀ちゃんと柳がまさに服を脱いでいた。

 「「「アァッーーー!」」」

 互いに叫び合う。

 「お前ら、今日は俺は独りで入るって言っただろう!」
 「もう十分に味わったと思ったんです!」
 「石神さん! もう一度中へ!」

 俺は怒りのオチンチン・ブルブルを見せて出た。
 後ろで「ウワァー!」と叫んでいる二人の声が聞こえた。

 レイと双子に一緒に入って来いと言い、俺は「屋上」のセッティングを確認しに行った。
 広くなった分、以前のような隔絶感が無くなった。
 それが良かったのだが、仕方がない。
 元々、奈津江と二人で過ごす空間を考えながら作ったのだ。
 一度拡張したが、それでは足りないほどに「家族」が増えた。
 でも、やはりここはいい。

 下に降りて、つまみを用意した。
 厚揚げを焼き、ショウガを摺り、ネギを刻んだ。
 胡桃、カシューナッツを少し炒る。
 双子のためにたこ焼き。
 カプレーゼ。
 トマトは中山夫妻がたっぷりと用意してくれていた。
 皇紀も風呂から上がり、みんなで屋上に上がった。

 レイが感動して涙を流した。

 「石神さん! こんな、こんな……」

 双子が背中を押し、レイを座らせた。
 俺の隣だ。
 俺とレイはウォッカをロックで。
 亜紀ちゃんは冷酒。
 柳と他の子どもたちはアイスココア。
 みんなで乾杯する。

 「広くなりましたね」

 亜紀ちゃんが言う。

 「ああ。前回は大分手狭になったからなぁ」
 「そうですね。随分と増えましたもんね」

 しばらく、みんなで黙って雰囲気を味わった。



 「レイさん。ここに来ると夜はここに集まって、タカさんのお話を聞くんですよ」
 亜紀ちゃんが言う。

 「別にそんな決まりはねぇ!」
 「エヘヘヘ」

 「まあ、今日の話はなぁ」

 亜紀ちゃんとレイが顔を合わせて笑う。

 「昼間に結婚式の話になったからな。だから俺の忘れられない夫婦の話をしよう」

 みんなが拍手をする。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 俺が第一外科部長になって、数年後。
 救急で運ばれてきた若い男のオペを担当した。

 年齢19歳。
 身長168センチ、体重50キロ。
 痩せている。
 通勤中に過労で倒れたところで、そこが歩道橋の最上段だった。
 転げ落ちたが、運悪く腰の辺りの脊髄を損傷した。
 下半身不随になるところを、俺が何とか戻した。
 しばらくは、もちろん絶対安静だ。

 鈴木明彦。

 通勤中の事故だったので、労災申請の手続きをしようとした。
 しかし、明彦にそれを止められた。

 「会社に迷惑を掛けるわけにはいかないので」
 「鈴木さん、そんなこと言っても、今回の手術代と治療代なんかは結構な金額になるよ?」
 「え、どのくらいですか?」

 俺が概算を告げると、明彦は蒼白になった。

 「とても払えません」
 「だろ? だから労災の手続きをしよう」
 「ちょっと待って下さい。上司に相談します」

 その後、労災を受ける旨を言って来た。
 明彦の表情は暗い。

 「何か問題があったのかな?」
 「実は……」

 明彦が話したのは、勤める会社が大変な時期ということだった。
 みんな毎月200時間超の残業。
 しかも残業代は付かない。
 商事会社のようだが、月に一度休日があるかどうか、という労働環境らしい。
 労働基準監督署などから調査が入るとまずいという考えだった。
 それにみんなが頑張っている時に、自分の不注意で抜けてしまった。
 
 「会社に迷惑を掛けちゃったなぁ」

 そう言う明彦と、俺はよく話すようになった。
 
 明彦の家庭環境は悪く、小学生の時から暴れまわっていた。
 中学で多数の同級生や後輩を使って、万引き集団を作り上げた。
 毎月、数百万の収入があったということで、大したものだった。

 「それがですね。地元のヤクザに目を付けられて」

 シマを荒らしたとのことで、酷い制裁を受けそうになった。

 「それを助けてくれたのが、今の社長なんです」

 明彦はその社長・和田正淳という男に助けられ、両親に話を通されて住み込みで働くようになった。

 「中学を卒業してからは、本当に24時間が和田社長の世話でした。厳しい人でしたが、非常に優しい。見ず知らずの僕なんかを助けてくれて、なんとかまともな大人にしようとしてくれたんです」

 昔の仲間から、子どもがエンコ(指)詰をさせられるらしいと、和田社長が聞いたらしい。
 それですぐに乗り出して、かたを付けてくれた。
 そして明彦の子どもらしからぬ道の外れ方を心配し、明彦の両親に自分に引き取らせて欲しいと頼んだ。
 明彦の家でも、問題ばかり起こす明彦を持て余し、即座に了解した。

 「最初はね、自分のせいなんですけど、自分を捨てた親を恨んで、おっかない家で暮らす苦労を嘆いていました」

 寝ていいと言われるまでは、和田社長の部屋の隣で正座して待機している。
 時には寝ていいと言われないまま、朝を迎えることもあった。

 「僕が居眠りをすると、すぐに襖が開いて殴られるんです。なぜか和田社長には分かるんですよね」

 明彦は笑いながら言った。
 俺は明彦と仲良くなり、互いに「石神さん」「明彦」と呼び合うようになった。
 俺が子どもの頃の悪さを話すと、明彦は大笑いした。

 「流石にそこまでのワルはいませんでしたね」
 「そうかよ」

 「僕は喧嘩は強くないけど、相当な奴でも簡単に目を引っこ抜いたりしませんよ」
 「そうかなぁ」
 「石神さんの周りはみんなそんな人だったんですか?」
 「うーん、ああ、俺だけかも」
 二人で笑った。

 俺は明彦に、仕事の極意を教えた。

 「仕事っていうのは、要は親切心だ。相手にどれだけ親切に出来るか。それが自分の仕事力になる」
 「儲けるじゃないということですね」
 「そうだ。相手が立ち己も立つ、というな。石門心学と言うんだ」

 翌日、俺は家から石田梅岩の本を持って来て貸した。

 「和田社長も相当な読書家だったんですよ。お宅には膨大な本があって」
 「それは刑務所に入ってからじゃないか?」
 「え! よく分かりますね!」

 そういう人間は多い。
 そこから人生を変えた人間も多いのだ。
 既に和田社長は二年前に他界し、今は和田社長を慕っている人間たちが会社を継いでいる。
 16歳から明彦も和田社長の会社で働いて来た。
 なんとか真っ当に生きる術を教えてもらい、明彦は和田社長に深い恩義を抱き、心酔していた。

 「社長の人徳でやっていた部分が大きくて。今会社は大変なんです。でも、まだ社長に恩義を感じてくれる方々も多くて、なんとかやってます」
 「そうか。素晴らしい社長さんだったんだな」
 俺が言うと、明彦はとても喜んだ。

 「そうなんですよ! あんなに優しい、いい方はいませんでした!」

 中学卒業後、一年間の修業期間を経て明彦は和田社長の会社に入った。
 24時間一緒にいる生活は変わらない。
 よく出掛ける人だったらしい。
 
 「誰かに困っている人がいると聞くと、すぐに飛んで行くんですよ。それこそ朝も夜もない。僕も一緒に連れていっていただきました」
 
 ある家で、娘が男遊びが過ぎて困ると聞いた。
 和田社長がその家に行く。
 事情を話し、自分に手助けをさせて欲しいと言う。
 戸惑っている家の人間に告げる。

 「門の脇にある石。あれをすぐに寺に持って行って供養してもらいなさい」
 「は?」
 「誰かがこちらの家を恨んで置いて行ったものだ。早くしないと家が潰れるぞ」

 半信半疑の家人に、あれがいつからあるのか、娘さんがおかしくなった時期は、と問い詰められる。
 次第に全員の顔が青くなる。
 寺に持って行った数日後から、娘さんが大人しくなり、やがて以前の優しい人間に戻った。

 「そんなことが何度もありました。不思議だったんですが、僕は社長を心底信頼してましたので」
 「そうなんだ」
 
 俺も驚いたが、信じた。
 世の中には不思議は幾らでもある。



 俺は毎日のように明彦と話した。
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