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斎木の終わりと始まり Ⅱ

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 斎木は麻雀が好きだった。
 医者には麻雀好きが多い。
 しかし斎木は段々と一人で打ちに行き、やがてヤクザと関わるようになった。
 高レートで卓を囲む。
 ストレス発散だった。

 斎木の様子がおかしいと感じた。
 そして斎木は無断欠勤をした。
 電話も通じない。
 電源を切っていた。

 翌日の土曜日に、俺は一江を連れて、斎木の家に行った。
 地主の親から譲り受けた、中央区のビルの最上階に斎木は住んでいた。

 エレベーターの鍵が閉められていたので、俺が屋上からロープでベランダに降りた。
 そんなこともあろうかと、あらかじめ持って行っていた。
 ベランダの窓から中を見ると、斎木がリヴィングで項垂れて酒を飲んでいた。
 ホッとした。
 俺はベランダの窓を叩く。
 斎木が驚いて窓を開けた。

 「石神部長!」
 「おう! 元気そうだな!」

 俺は中へ入り、一江にエレベーターに乗るように電話し、ボタンで呼んだ。
 不停止キーをかけても、フロアで呼べば来る。
 一江が上がって来た。

 「斎木さん!」

 斎木はまたソファに座った。
 一江と二人で事情を聴いた。

 「ビルを取られました」

 斎木の話によると、最初は高レートの麻雀でどんどん勝って行ったようだ。
 しかし、そのうちに負けるようになり、それでも時々勝って、差し引きは戻る。
 それがどんどん負け越すようになり、一発逆転を狙った所で大負けした。
 数十億の負け越しだった。
 イカサマに嵌められたのだ。

 「途中で辞めようとすると脅されて。昨日の夜にこのビルの権利書を持って行かれました」

 斎木は泣き出した。





 「お前、堕ちるところまで堕ちたな」
 「はい。もうダメです」
 「何言ってやがる。お前なぁ、一江を見ろよ! こんなブサイクで一生過ごすんだぞ?」
 「部長! 酷いですよ!」
 「これから年取って、ますますブサイクになる。どうすんだよ、これ」
 「何言ってんですかぁ! 私はちゃんと生きますよ!」

 「もう、こいつはどうにも出来ねぇ。可哀そうだがな」
 「あの、自分、そんなに酷いと思ってませんけど!」
 「何度死のうと思ったことかよなぁ」
 「い、一度も思ってませんよ! ていうか、私そんなに酷い?」

 「石神部長、もう自分は終わりましたから」
 「じゃあ、死ぬのか?」
 「はい、もうそれしか」

 「だったらよ、一緒に行こうぜ!」
 「え?」
 「死ぬつもりならいいだろう? 最後の勝負に行こう!」
 「あの、部長?」

 俺は斎木の手を引き、無理矢理外へ連れ出した。
 タクシーで上野に行き、アメ横のミリタリーショップで防弾チョッキを選ぶ。

 「お、これでいいだろう! ケヴラーで防弾性能もいいぞ。でもナイフは気を付けろよな!」
 「はい?」

 俺は購入し、その場で着させた。
 一江は戸惑っている。

 「こんなのもあるんだ!」

 俺はドイツ軍の鉄兜も買い、斎木に被せた。
 斎木は呆然とし、俺の為すがままになっていた。
 バンダナ数枚、ザイル、幾つかの手錠などを買った。

 「おし! じゃあ雀荘へ案内しろ!」
 「はぁ」

 タクシーで向かい、雀荘の手前で降りた。
 俺と斎木は目元を靴墨で塗った。
 斎木の部屋から持って来た。
 そして、買ったバンダナで頭と顔の下半分を覆う。
 一江は下で待たせ斎木と二人で入った。




 「いるか?」
 「はい、あの四人です」

 俺は手前の奴の頭を後ろから蹴り飛ばした。
 壁まで吹っ飛んで動かなくなる。
 立ち上がろうとした右の奴の顔面をブローで潰し、左から掴み掛かって来る奴の首にブローを入れて悶絶させた。

 雀卓を蹴り飛ばし、正面の奴の腹にぶち込む。
 雀荘にいた何組かの人間が壁に貼りついて俺たちを見ていた。

 「事務所へ案内しろ」

 俺たちは、数百メートル先のビルに入った。

 「俺が合図したら入って来い!」
 「へ?」

 俺は四人を先に歩かせ、階段を登った。
 二階の事務所のドアを開けさせ、四人を押し込む。
 手近な奴から襲い掛かり潰して行った。
 入り口に金属バットがあった。

 「おい! 上がって来い!」

 俺は次々に事務所内の人間に襲い掛かる。
 奥から拳銃を持った奴が来る。
 銃弾をかわしながら、そいつの頭に金属バットをフルスイングした。
 ちょっとへこんだ。
 バットを斎木に放る。
 
 「その辺に転がってる奴らの手足を潰せ!」
 「は、はい!」

 俺は更に奥の部屋へ行き、銃弾をかわしながら潰して行った。
 この俺がヤクザのヘナチョコ弾に当たるわけがない。

 「おい! 大丈夫かぁ!」
 「は、はい! ア、アハハ、ワハハハハハ!」

 斎木がキレた。
 手足だけでなく、胴体も殴り始めた。

 奥にいた連中もすべて潰して、手前の事務所に集めた。
 十数人を床に座らせる。
 斎木に任せた奴らは、全員気を喪っていて座れなかった。

 「おい、一番上はどいつだ?」

 一人の60代の男が俺を睨む。
 そいつの口元につま先を入れた。
 前歯が数本折れる。
 呻きながら、口を押えて蹲った。

 「返事しろよ。返事出来なくなるぞ?」

 男は首を縦に振った。

 「金庫を開けろ」

 男がまた睨むので、耳を千切った。

 「早くしろ」

 斎木が自分の近くの奴の肩に金属バットを振り下ろす。
 肩が下がった。
 鎖骨と肋骨が折れたのだろう。
 金庫が開けられ、斎木のビルの権利書を見つけた。
 
 「お前ら、こんな真似して」

 言った男の顔に膝をぶち込む。
 俺は金庫の中身を全部、見つけたカバンに入れた。
 俺と斎木で手錠を嵌め、ザイルで全員を縛った。
 電話は全て破壊した。
 入り口に鍵をかけ、鍵穴に釘を足で押し込んだ。

 「おし! じゃあ帰るか!」
 「はい!」

 斎木は楽しそうだった。
 バンダナで靴墨を拭い、拭き残しをお互いに拭った。
 落ちないので、唾を付けてやり合う。
 斎木がその最中、ずっと身をよじって笑っていた。

 「てめぇの口は臭ぇな!」
 「すいません! 何日も歯を磨いてないんで!」
 「ふざけんな!」

 二人で大笑いした。

 俺たちがビルから出ると、一江が駆け寄って来た。
 俺は途中の公衆電話で警察に連絡し、事務所のビルで銃声を聞いたと話した。
 斎木のビルに戻り、風呂に入れさせ、警察に被害届を出させた。
 斎木は翌週、権利書の再発行の手続きをした。

 

 火曜日に、斎木は出勤した。

 「部長、お世話になりました」
 「何のことだ?」
 「部長……」

 「なんだ、もうカゼはいいのか?」
 「え?」
 「大分熱が高かったんだろう。大丈夫かよ」
 「は、はい!」
 「じゃあ、また宜しく頼むな!」
 「はい! 頑張ります!」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 「斎木がキレちゃって大変だったんだよな」
 「そうでしたよね。帰りもずっとヘラヘラ笑ってましたもんね」
 「アハハハハハ!」

 「その後で復讐とか無かったんですか?」

 柳が聞いて来た。

 「ねぇよ。警察に捕まるわ、上の組から締められるわでなぁ。大体、あんな厄ネタに関わるのはまっぴらだったろうよ」
 「拳銃を避けちゃうんですもんね」

 亜紀ちゃんが笑う。

 「ああ。ものの10分もしねぇうちに壊滅だからなぁ。事を構えるなら死ぬ覚悟よな」
 「アハハハハ!」

 「斎木さんは、それで立ち直ったんですね」

 レイが嬉しそうに言った。

 「まあ、今でもまだまだだけどな。一つだけな」
 「そうですね」
 「なんですか?」
 「部長に一生ついてくって言うようになったの」
 「「「へぇー!」」」

 「響子の手術でも、最後まで残ってたのが斎木。一江も私も途中でリタイアだったけどね」

 大森が真面目な顔で言う。

 「ちょっとキレてたけどな! 最後はまたヘラヘラ笑ってやがった」
 「「「「「アハハハハハ!」」」」」




 ところどころへこんだ金属バットと防弾チョッキ、ヘルメットが斎木の部屋の壁に飾られていることを、誰も知らない。 
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