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斎木の終わりと始まり
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別荘に出発する前夜。
俺は亜紀ちゃん、レイ、柳と軽く飲んでいた。
夜の9時だ。
皇紀と双子たちと打ち合わせをしていた一江と大森が帰る前に、挨拶に寄った。
「おう! お前らも一杯飲んで行けよ」
「じゃあ、ちょっとだけお邪魔します」
俺は二人に水割りを作ってやった。
「「頂きます!」」
「遅くまでご苦労だったな」
「いいえ! 私も楽しくて!」
一江は皇紀と双子とで量子コンピューターの開発をしている。
大森は一江の護衛で一緒に動いている。
「どうだ、調子は?」
「いいですよー! どんどん小型化できそうです」
「そうか、ちっちゃいお前を交えて良かったよ」
「ひどいですよ!」
「最初はビルくらいありましたもんね!」
亜紀ちゃんが言った。
「そうそう。それが今じゃねぇ」
「一江も頑張ってるけど、元々は部長のアイデアだろ?」
大森が言った。
「うん。複数の論理回路を組み合わせるなんて、発想に無かったもんね」
「三体問題からだよな」
「あ! そう言えば、前にビル一棟取られかけた奴がいましたね!」
「ああ!」
俺と一江、大森が笑った。
「え、なんなんですか?」
レイが尋ねて来る。
「まあ、もう話してもいいよな」
「そうですよね」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺が第一外科部部長に就任して間もない頃。
12人の部下を抱え、毎日どうやって鍛え上げるかを模索していた。
以前から蓼科文学の部下だった人間に加え、新たに一江を俺が引き入れた。
後に大森が配属される。
最初は一江と大森が反目し合っていたが、そのうちに意気投合した。
問題は斎木で、俺より二つ先輩であり、部長の席を俺に奪われ、内心は複雑だっただろう。
表面上は俺に従っているが、俺を嫌っていることは分かった。
しかも、俺は副部長の席を空席にし、一江を鍛え上げていることも、斎木には分かっていた。
一江本人はまさか自分が副部長を期待されているとは思っていなかった。
俺の他に、斎木だけが気付いていた。
「石神部長」
「なんだ」
他の部員は俺のことを役職名の「部長」と呼ぶ。
斎木だけが「石神部長」と、俺の名を付けて呼ぶ。
それは、自分が先輩であることを示唆する心積もりがあったのだろう。
あくまでも「石神」という、自分の後輩だった俺を遺しているのだ。
「いつまでも副部長を空席にしておくのはどうかと思いますが」
「俺の方針だ」
「しかし、指示系統に支障が」
「あるのか?」
「いえ、でもそういう事態もあり得ると思います」
「説明しろ」
「石神部長が不在の場合、また申し上げ難いですが、石神部長に万一の場合、部の頂点に立って指示する人間が必要と思います」
正論だった。
「そうだな」
「では!」
「そういう場合は、斎木、お前が差配してくれ」
「え!」
「お前はこの部で一番優秀だ。お前に頼む」
「分かりました!」
しかし、斎木が差配することは無かった。
俺が数日いない場合には、事前に指示を出し、斎木の出番は無かった。
そのうちに一江が頭角を現わし、誰もがその能力を認める中で、副部長となった。
斎木は落胆した。
最初、一江は年功序列を理由に、斎木の副部長就任を俺に勧めた。
俺はそれを認めず、一江を任命した。
「それでは斎木先輩と上手く行かなくなりますよ」
「そうなら、それでいい。お前が副部長に相応しい。俺の右腕はお前だ」
「でも部長!」
「うるせぇ!」
一江が案じていた通り、斎木は仕事に身が入らず、ミスを連発した。
流石に放り出すようなことは無かったが、やる気を喪失している。
俺は斎木のミスを自分が負い、斎木を叱るようなことも無かった。
そのうちに、斎木が俺のことをあちこちで悪く言うようになった。
最初は俺の欠点を挙げていた。
俺が独善的で暴力的で、ろくでもない人間だと。
次第に嘘が混じるようになった。
栞に呼ばれた。
「石神くん、あなたが薬局の薬を時々勝手に持ち出しているっていう噂があるの」
「え?」
「睡眠導入剤とか、その系統。なんか女性に使ってるって」
「え?」
「お酒に混ぜて飲ませてるんだって! 冗談じゃないよね!」
「はぁ」
栞は憤慨していた。
「薬の在庫管理はきちんとやってるから。私、広報に言って、ヘンな噂を否定するからね!」
「まあ、噂程度ですからいいですよ」
「もう! あなたは立場がある人間なのよ!」
「そうですけど、もうちょっと待って下さい」
俺は栞を宥めた。
噂が斎木の発信であることを、俺は知っていた。
「部長、オペ看の新人の峰岸に部長が言い寄っているという噂が回ってます」
一江から聞いた。
「斎木さんが流しているらしいですよ」
「そうなんだ」
「部長が睡眠薬で女性に悪戯するって噂も」
「ああ!」
「部長!」
「俺って神経が細いから、時々睡眠導入剤とかもらってるんだよ。そっからの勘違いかな」
「そんなの、あるわけないじゃないですか!」
「アハハハハ」
「もう!」
「峰岸のことも大好きだしなぁ!」
「もういいです。でもこれ以上何かあったら動きますからね」
「やめとけよ」
そして斎木はナースたちから嫌われるようになった。
俺への絶大な信頼があるためだ。
一部の俺を嫌う連中が、噂を求め、肯定していた。
何度か院長にも呼ばれ、俺に何とかするように言われた。
俺はそうすると応えていた。
「お前は気にしない男だと分かっている。だが、噂が患者や外に広まれば、お前を知らない連中がどう思うのか考えろ」
「申し訳ありません」
「病院の威厳に関わる問題なんだぞ?」
「申し訳ありません」
「お前なぁ。噂を流している人間は分かっているんだろう」
「申し訳ありません」
院長は斎木の名前を出さなかった。
俺に一任するというその配慮に、ひたすら感謝した。
そして、斎木は潰れた。
俺は亜紀ちゃん、レイ、柳と軽く飲んでいた。
夜の9時だ。
皇紀と双子たちと打ち合わせをしていた一江と大森が帰る前に、挨拶に寄った。
「おう! お前らも一杯飲んで行けよ」
「じゃあ、ちょっとだけお邪魔します」
俺は二人に水割りを作ってやった。
「「頂きます!」」
「遅くまでご苦労だったな」
「いいえ! 私も楽しくて!」
一江は皇紀と双子とで量子コンピューターの開発をしている。
大森は一江の護衛で一緒に動いている。
「どうだ、調子は?」
「いいですよー! どんどん小型化できそうです」
「そうか、ちっちゃいお前を交えて良かったよ」
「ひどいですよ!」
「最初はビルくらいありましたもんね!」
亜紀ちゃんが言った。
「そうそう。それが今じゃねぇ」
「一江も頑張ってるけど、元々は部長のアイデアだろ?」
大森が言った。
「うん。複数の論理回路を組み合わせるなんて、発想に無かったもんね」
「三体問題からだよな」
「あ! そう言えば、前にビル一棟取られかけた奴がいましたね!」
「ああ!」
俺と一江、大森が笑った。
「え、なんなんですか?」
レイが尋ねて来る。
「まあ、もう話してもいいよな」
「そうですよね」
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
俺が第一外科部部長に就任して間もない頃。
12人の部下を抱え、毎日どうやって鍛え上げるかを模索していた。
以前から蓼科文学の部下だった人間に加え、新たに一江を俺が引き入れた。
後に大森が配属される。
最初は一江と大森が反目し合っていたが、そのうちに意気投合した。
問題は斎木で、俺より二つ先輩であり、部長の席を俺に奪われ、内心は複雑だっただろう。
表面上は俺に従っているが、俺を嫌っていることは分かった。
しかも、俺は副部長の席を空席にし、一江を鍛え上げていることも、斎木には分かっていた。
一江本人はまさか自分が副部長を期待されているとは思っていなかった。
俺の他に、斎木だけが気付いていた。
「石神部長」
「なんだ」
他の部員は俺のことを役職名の「部長」と呼ぶ。
斎木だけが「石神部長」と、俺の名を付けて呼ぶ。
それは、自分が先輩であることを示唆する心積もりがあったのだろう。
あくまでも「石神」という、自分の後輩だった俺を遺しているのだ。
「いつまでも副部長を空席にしておくのはどうかと思いますが」
「俺の方針だ」
「しかし、指示系統に支障が」
「あるのか?」
「いえ、でもそういう事態もあり得ると思います」
「説明しろ」
「石神部長が不在の場合、また申し上げ難いですが、石神部長に万一の場合、部の頂点に立って指示する人間が必要と思います」
正論だった。
「そうだな」
「では!」
「そういう場合は、斎木、お前が差配してくれ」
「え!」
「お前はこの部で一番優秀だ。お前に頼む」
「分かりました!」
しかし、斎木が差配することは無かった。
俺が数日いない場合には、事前に指示を出し、斎木の出番は無かった。
そのうちに一江が頭角を現わし、誰もがその能力を認める中で、副部長となった。
斎木は落胆した。
最初、一江は年功序列を理由に、斎木の副部長就任を俺に勧めた。
俺はそれを認めず、一江を任命した。
「それでは斎木先輩と上手く行かなくなりますよ」
「そうなら、それでいい。お前が副部長に相応しい。俺の右腕はお前だ」
「でも部長!」
「うるせぇ!」
一江が案じていた通り、斎木は仕事に身が入らず、ミスを連発した。
流石に放り出すようなことは無かったが、やる気を喪失している。
俺は斎木のミスを自分が負い、斎木を叱るようなことも無かった。
そのうちに、斎木が俺のことをあちこちで悪く言うようになった。
最初は俺の欠点を挙げていた。
俺が独善的で暴力的で、ろくでもない人間だと。
次第に嘘が混じるようになった。
栞に呼ばれた。
「石神くん、あなたが薬局の薬を時々勝手に持ち出しているっていう噂があるの」
「え?」
「睡眠導入剤とか、その系統。なんか女性に使ってるって」
「え?」
「お酒に混ぜて飲ませてるんだって! 冗談じゃないよね!」
「はぁ」
栞は憤慨していた。
「薬の在庫管理はきちんとやってるから。私、広報に言って、ヘンな噂を否定するからね!」
「まあ、噂程度ですからいいですよ」
「もう! あなたは立場がある人間なのよ!」
「そうですけど、もうちょっと待って下さい」
俺は栞を宥めた。
噂が斎木の発信であることを、俺は知っていた。
「部長、オペ看の新人の峰岸に部長が言い寄っているという噂が回ってます」
一江から聞いた。
「斎木さんが流しているらしいですよ」
「そうなんだ」
「部長が睡眠薬で女性に悪戯するって噂も」
「ああ!」
「部長!」
「俺って神経が細いから、時々睡眠導入剤とかもらってるんだよ。そっからの勘違いかな」
「そんなの、あるわけないじゃないですか!」
「アハハハハ」
「もう!」
「峰岸のことも大好きだしなぁ!」
「もういいです。でもこれ以上何かあったら動きますからね」
「やめとけよ」
そして斎木はナースたちから嫌われるようになった。
俺への絶大な信頼があるためだ。
一部の俺を嫌う連中が、噂を求め、肯定していた。
何度か院長にも呼ばれ、俺に何とかするように言われた。
俺はそうすると応えていた。
「お前は気にしない男だと分かっている。だが、噂が患者や外に広まれば、お前を知らない連中がどう思うのか考えろ」
「申し訳ありません」
「病院の威厳に関わる問題なんだぞ?」
「申し訳ありません」
「お前なぁ。噂を流している人間は分かっているんだろう」
「申し訳ありません」
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