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 双子たちが変態サバイバルから帰った日。
 また梅酒会を開いた。
 亜紀ちゃん、柳、そしてレイが加わる。

 レイは佐藤さんちの恐ろしさが消えていない。
 俺もやり過ぎたかと反省し、ケアも含めて誘った。
 豆腐ハンバーグをレイのために作り、卯の花やホウレン草のお浸し等、あっさりとしたつまみを作る。
 亜紀ちゃんは自分用に、厚切りハムを焼いた。


 「レイ、大丈夫か?」
 「石神さん、あんな恐ろしいものが……」

 俺は笑って肩を叩いた。

 「入らなきゃ大丈夫だ」
 「タカさん、一体何が?」
 「おう、今度お前らも一度入ってみるか」
 「え、なんとなくいいです」
 「柳は?」
 「レイさんを見たら、絶対嫌です」
 「そーかー」

 楽しいのに。



 「石神さんは、怖いものがないんですね」

 レイが言う。

 「そんなことはねぇよ」
 「でも、喧嘩も強いし」
 「そんなのはなぁ。喧嘩だって勝てなかったこともあるしな」
 「え!」
 「なんだよ。そんなの当たり前だろう」
 「信じられませんよ!」

 亜紀ちゃんが言う。

 「だって、俺が小学生の時に外人牧師とやって勝てなかったって話したろ?」
 「あ! ああ、でもそれは子どもだったから」
 「そんな言い訳はねぇ。負けは負けだ。まあ、相手も相当やったけどな」
 「アハハハ!」

 亜紀ちゃんは柳とレイに話して聞かせた。

 「その前に本間と一緒の時はよくボコられたし。その後だって勝てなかったことはあるよ」
 「高校に上がってからはないですよね?」
 「そんなことはない。負けたこともあるさ」
 「えぇー!」

 「亜紀ちゃん、俺は全然強い人間じゃないよ」
 「嘘ですよー!」

 俺は散々やって勝てなかった奴の話をした。




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■




 高校二年になった時。
 俺は暴走族「ルート20」の特攻隊長として有名になり、恐れられるようになっていた。
 噂を聞いて、遠方からも挑戦して来る奴が次々と現われた。
 全員、俺に潰された。

 50人の道具を持った連中に囲まれたことがある。
 流石にきつかったが、何とか全員潰した。
 俺たちが潰したチームの復讐だった。

 俺は多少思い上がっていたのかもしれない。

 ある日、また俺にタイマンを申し込む奴が来た。
 身長は俺と同じくらい。
 体格もいい。
 短髪に剃り込み。
 駅の傍の空き地でやり合った。

 勝てなかった。 

 俺はこめかみに強烈なフックを浴び、視界が揺れるようになった。
 脳震盪だ。
 身体が地面に吸い込まれる。
 倒れた俺に、何度も蹴りを入れる相手。
 頭をガードし、脳震盪が収まるのを待った。

 「なんだ、他愛もねぇ」

 立ち去ろうとするので、俺は無理矢理立ち上がった。
 まだ視界が戻らない。
 しかし、バランス感覚は戻っていた。

 「まだ終わってねぇぞ!」
 
 男が笑ってまたフックを放つ。
 俺は振り向いて、その腕に渾身のブローを浴びせた。

 「グォッ!」

 男が呻いて離れる。
 二人で壮絶に殴り合った。
 俺が先に倒れ、男は膝をついた。

 「トラ!」

 周囲で見ていた仲間が叫ぶ。
 俺が負けたのを信じられないという目で見ていた。

 それが聖との出会いだった。




 その後、俺は聖の高校へ乗り込み、雪辱戦で何とか勝った。
 また聖が俺の所へ乗り込んできてやり合った。

 そのうち、お互いに負けないようになり、次第に喧嘩をしないで少し話して終わるようになった。



 聖は金持ちの息子だった。
 横浜の貿易商の息子で、白亜の御殿のような家に住んでいた。
 その家に遊びに行くようになった。

 「お前んちって、すげぇな!」
 「俺んじゃねぇ。親父が建てた家だ」
 「いや、すげぇって!」

 聖の部屋は30畳もあり、でかい天蓋付きのベッドにソファセットまで置いてある。

 「なに、あのベッド?」
 「あ?」
 「なんで部屋の中なのに、屋根があんのよ?」
 「ああ、知らねぇ」

 すごかったが、それだけだった。
 一応ピカピカのデスクがあったが、勉強道具は見えない。
 本も一冊もない。

 「聖、お前勉強ってやってんの?」
 「え? やったことねぇけど」
 「でも、お前〇〇高校だよな?」
 「ああ、金で入ったからな」
 「あぁ?」
 「一億くらい積んだらしいよ。それで出席日数さえあれば卒業できんだって」
 「それでいいの?」
 「うん」

 まあ、羨ましいとも思わなかった。
 他人の人生だ。
 本人が良ければ、それでいい。

 俺たちは部屋でいろんな話をした。
 聖はあまり自分で話さない奴だったが、俺の話を聞きたがった。
 聖は、バカだが純真な奴だと分かった。
 喧嘩は好きだが、他に何もない。
 ある時、俺に言った。

 「俺なんかに話しかけてくれる奴はお前だけかなぁ」
 「そうなのか?」
 「うん。なんか楽しいや」
 「そうかよ」

 俺も何だか楽しかった。




 聖と一緒に外に出ると、よく俺に奢ってくれようとした。

 「おい、あんな高そうな店はいいよ」
 「なんでだよ。結構美味いぜ?」
 「美味くたってよ、高いからダメだよ」
 「トラって、変わってるな。他の奴は喜んで来るのに」
 「友達の金で楽しめねぇよ!」
 「え?」
 「お前の舎弟ならともかくな。俺たちは友達だろ?」
 「うん!」

 聖が目を輝かせて頷いた。
 嬉しそうに俺の手を引いて走り出す。
 恥ずかしいからやめろと尻を蹴ると、喧嘩になった。

 よくそんなことがあった。

 二人で、暇潰しに他の高校へ行って頭を張ってる連中をボコった。
 どっちが頭を潰すのかで喧嘩になり、逃げられたこともあった。
 俺たちは本気で殴り合っても勝負は付かず、どちらかがやめようと言って終わる。
 そういう仲になっていった。





 杉本が突然俺の前から消えた時。

 聖にその話をした。
 同じ高校の連中には話せなかった。
 たまたま、聖と会う約束をしていたので、何となく話した。

 聖は黙って聞いていた。
 聖の家の部屋だった。

 「じゃあ、帰るな。今日はつまらない話をしちゃったな」
 「トラ、もう少しいろよ」
 「え?」
 「晩飯を喰って行けよ」
 「いいよ。お前んちの食事って疲れるんだよな」

 あまりに豪華な食事なので、気が引けた。
 俺みたいな奴が、家の人に迷惑を掛けちゃいけないと思っていた。

 「じゃあ、部屋に運ばせるよ」
 「いいって」

 「トラ、いてくれよ」

 聖が泣きそうな顔で言った。
 時々そんな顔をする。
 
 「わ、分かったよ」

 俺がいても、聖はほとんど喋らない。
 俺ももう話すこともなく、なんとなく黙って二人でいた。
 夕飯が運ばれ、俺が美味いと言うと、聖が笑った。
 嬉しそうに笑った。

 「じゃあ、ごちそうさま。本当に美味かったよ。帰るな」
 「もうちょっといろよ」
 「なんだよ?」
 「いいからさ」

 「お前、ちょっとおかしいぞ?」

 「トラがよ」
 「なんだよ、だから!」
 「トラが寂しそうじゃん」
 「え?」

 「お前、辛かったんだろ? な、もうちょっといろって」
 「お前……」

 驚くことに、涙が出た。
 俺は何げなく杉本のことを話しただけだった。
 泣くほどの悲しみじゃないと思っていた。

 「ほら! トラ、泣いてんじゃん! だからいろって!」
 「分かったよ」

 聖は何をするわけでも、何を話しかけるわけでもなかった。
 ただ、黙って一緒にいた。
 二人でソファに座って朝を迎えた。
 それだけだった。





 高校卒業の前。
 俺は合格した東大医学部の入学金を払わなければならなかった。
 その時に、家に金が全然無いことを知った。
 お袋は入学金はちゃんと貯めてあると言ってくれていた。
 親父が多額の借金をサラ金でこさえ、貯金はおろか、家の権利書まで処分してしまっていた。
 親父はいなくなってしまった。

 お袋がショックで倒れた。
 何度か夜中に包丁を持っているのを見つけ、夜は紐で縛って寝かせるようになった。
 それも限界だった。
 家を出なければならず、どこへ行く金もない。
 食事をしないお袋を入院させなければならない。

 俺はいろいろな人間に金を借りようとした。
 話せる人間は全部話したが、断られた。
 貸してくれそうな人間は、多大な恩義があり、話せなかった。
 井上さんもそうだ。
 城戸さんもそうだ。
 佐野さんもそうだ。
 敦子さんや、俺を慕ってくれる女たちもそうだ。

 ダメだった。
 どうにもならなかった。
 途方に暮れていた時、聖が現われた。

 「トラ、お前大変なんだってな?」
 「あ、ああ」
 「トラ、俺に任せろよ」
 「何言ってんだよ」
 「だって、トラ。お前困ってんだろ?」
 「そうだけどよ。聖には関係ないよ」


 
 「そんなこと言わないでくれぇー!」



 聖が泣いて叫んだ。 

 「トラ! 頼むよ! 頼むからそんなこと言わないで!」
 「聖、お前」

 「俺さ、何にも欲しいもんがないから。だからお金結構あるんだ」
 「ダメだよ、聖」
 「お前だけなんだよ、大事なのはぁ!」
 「聖……」

 「お前、お袋さんが大変なんだろ? お前の仲間に聞いたよ。みんな何とかしたいけど出来ないんだって」
 「……」

 「だから俺がさ! トラ! 頼むから!」

 俺は泣いて聖に縋った。
 助けて欲しいと言った。

 聖はお袋の入院費を用意してくれた。
 俺の入学金も払うと言ってくれた。
 俺はそこまで世話になれないと断った。

 「じゃあさ、一緒にアメリカ行こ?」
 「え?」
 「俺さ、卒業したらあっちの傭兵学校に行こうと思ってたんだ」
 「なんだよ、そりゃ?」
 「俺ってバカじゃん? 喧嘩しか出来ないじゃん? だからだよ」
 「聖、お前ってすげぇな」
 
 「だからトラ、一緒に行かないか?」
 「俺がかよ?」
 「おう! 金も稼げるぞ!」
 「そうかぁ!」
 「旅費は俺が用意するから」
 「すまない! お袋の入院費も必ず返す」



 聖の弁護士が、速攻でパスポートを手配してくれた。
 俺は生涯頭の上がらない親友を得た。





 聖、こんなに純粋で温かく頼りになり大好きで、底なしのバカ。
 愚者であるからこその「セイント」。
 こいつは天使かもしれない。





 俺はあの日からずっと、そう思っている。
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