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「紅六花」ビル、再び Ⅳ

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 俺は部屋からギターを持って降りた。
 前と同じく、ギターで演奏し、歌う。
 今日はレスポールと小さなアンプを持って来ている。
 子どもたちが一緒に歌い、『ガラスを割れ』のダンスで盛り上げる。
 響子と柳は座って見ていた。

 俺は二人を呼び、全員で『We Will Rock You』を歌った。
 盛り上がった。
 タケとよしこを呼び、希望者は来いと言い『I Wanna Change』を演奏した。
 全員が歌った。

 俺は皇紀と双子、それに響子に寝るように言った。
 響子にはまたロボが付くが、六花も一緒に上がった。
 一度お開きとし、飲みたい奴は残ることになった。

 「柳、お前も寝たらどうだ?」
 「いいえ、いさせてください」

 みんなが集まって来て、俺の隣の柳がどういう人間かを聞いて来る。

 「おう! 俺の大親友御堂の娘だぁ! 御堂というのはなぁ」
 俺が語り出すので、柳のことを教えてくれと言われた。

 「生まれた時から可愛かったよな?」
 「そんなこと」




 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

 


 俺が蓼科文学に誘われて、今の病院へ移ってしばらく。
 毎日しごかれていた頃だ。
 当時は携帯電話が嫌いで持っていなかった。
 自宅のマンションに電話が来た。

 「澪が女の子を無事に出産したよ!」

 御堂が嬉しそうにそう言った。

 「そうか! おめでとう!」
 「ありがとう。それでな、早速なんだがちょっと来れないか?」
 「ああ! 何とか時間を作るよ! 夏休みが取れるかもしれない」
 「取れるかもって、そんなに忙しいのか?」
 「まーなー。鬼みたいなゴリラなんだよ」
 「どっちだよ」

 御堂が笑っていた。
 俺が蓼科第一外科部長に話すと承諾してくれた。

 「三日だけ休んで良い」
 「ありがとうございます!」
 「仲がいい奴なのか?」
 「はい! 俺なんかと違って真面目な男ですよ!」
 「そりゃ何よりだ」
 「はい!」

 「お前の友達なら、さぞいい奴なんだろうな」
 「え? まあ、最高ですかね!」
 
 蓼科部長は笑って、土曜日から月曜日までの三日間の休暇をくれた。
 金曜日の夕方。
 俺は蓼科部長から封筒を渡された。

 「何ですか?」
 「いいから持って行け」

 中を開けると、10万円が入っていた。

 「こんなの、いただけませんよ!」
 「いいから! お前の親友なんだろう? 何か美味い物を持ってってやれよ」
 「そんなの!」
 「いつか俺にも会わせてくれ」
 「そりゃいいですけど」
 「じゃあ、楽しんで来い」

 俺は礼を言って受け取った。
 俺も収入は結構上がっていたので、必要ないと言えばそうだ。
 土産も、千疋屋の果物を買っている。
 ただ、蓼科部長の御好意がありがたかった。
 俺が恥ずかしい思いをしないようにと、気遣って下さった。
 普段は怖い、無茶苦茶な人だったが、その底の優しさを疑ったことはない。
 
 俺は上司からのものだと、千疋屋でまたフルーツを追加した。



 新幹線で行った。
 ポルシェもあったが、疲れている身で万一があってはまずい。
 何よりも事故で御堂たちに会えなくなるのは絶対に嫌だ。
 7時台の新幹線に乗って指定席で弁当を食べ、タクシーで駅から向かった。
 昼過ぎに御堂の家に着いた。

 玄関で御堂が迎えてくれ、正巳さんたちに挨拶してから子どもを見せてもらった。

 澪さんはまだ布団で横になっていた。
 産後の肥立ちだ。
 子どもを産んでからしばらくは動かない方がいい。
 胎盤が安定するまでだ。
 隣で赤ちゃんがすやすやと寝ていた。

 「石神さん、抱いてやってくれませんか?」

 澪さんに言われ、そっと抱き上げた。
 起きたのか、手を伸ばして俺の頭を抱える。
 俺が顔を近づけると、俺の唇にキスをした。

 「あ!」

 澪さんが笑って見ていた。

 「石神さんが大好きみたいで良かった」
 「アハハハハ」

 隣の御堂が、名前は「柳(りゅう)」と名付けたと言った。

 「へぇー! 綺麗な名前だなぁ!」
 「そうか」
 「石神さんがそう言って下さって良かったぁ」

 二人が喜んでいた。
 その理由を聞いたのは、ずっと後だ。




 その後、毎年のように御堂家に行き、柳の成長の早さに驚いた。
 言葉が話せるようになると、俺のことを「いーちゃん」と呼んだ。
 「いしがみさん」がまだ上手く言えなかったのだろう。
 そのうち、俺が行くと離れなくなった。
 帰る時には大泣きされた。

 「いーちゃんのおうちに行くぅー!」

 御堂と澪さんがいつも笑った。
 ある時、柳を膝に乗せたまま澪さんに聞いた。

 「年に一度しか来ないのに、よく懐いてくれてますよねぇ」
 「ウフフ、そういう運命の子なんですよ」
 「なんですか、そりゃ?」

 澪さんが笑った。

 「早く石神さんの御嫁さんになりたいな」
 「そうかよ」
 「うん!」

 明るく笑う柳を、俺も大事に思っていた。




 あの小学校二年生の川での事故以来、柳は更に俺にべったりになった。
 たまに御堂が電話で柳と話してくれと言うようになった。
 最初は4月頃だったか。
 
 「柳が石神と話したいんだってさ」

 あの御堂がそう言うのだから、散々せがまれたのだろう。
 御堂は俺の多忙さを知っていて、用事がある場合以外は電話を寄越さない。
 二人で話す場合は、俺が電話していた。
 俺の都合に合わせてくれるためだ。

 「おい、柳」
 「……」
 「あれ? 聞こえるか?」
 「……」

 御堂の笑い声は聞こえる。
 柳に話しなさいと言っている。
 恥ずかしがっているようだ。

 「カワイイ柳の声が聞きてぇなー」
 「……」

 「ダメかぁ。俺を愛してないんじゃしょうがねぇ。じゃあ切るな」
 「ま、まってー!」
 「柳か!」
 「うん」
 「相変わらず美人か?」
 「え、石神さんのために」

 俺は笑った。

 「そうか。俺は今なぁ……」

 柳が恥ずかしがっているので、俺が一方的に話した。
 読んでいる本のことや仕事のこと。
 柳に関係ないことで興味もないだろうが、何でも思いつくままに話した。

 「こないだ上司に近くの「ざくろ」に連れてってもらったんだ」
 「へぇ」
 「ああ、すき焼きが絶品の店でなぁ。本当に美味かったよ!」
 「そうなんだ」
 「柳がこっちに来たら一緒に行こうな!」
 「ほんとに! 絶対に行きますから!」
 「そうかぁ。楽しみだなぁ」
 「はい!」

 その年の夏休みに、本当に来た。
 澪さんと一緒だった。
 御堂に話して、うちのマンションに泊まってもらった。
 「ざくろ」をちゃんと柳が覚えていたので、夜に連れて行った。
 柳は本当に美味しいと喜んでくれた。

 「な? 美味いよなぁ」
 「はい!」




 4LDKのマンションだったが、本や服が多く、二人には俺の寝室を使ってもらった。
 俺は居間のソファに寝る。
 背を倒せばベッドになるタイプだった。
 朝に起きると、柳が隣に寝ていた。
 俺が気付かずに潜り込むのは不思議だった。
 俺が柳を相当信頼している証拠だと笑った。

 カワイイ寝顔だった。
 本当に美しい。
 俺が髪を撫でてやると、薄く笑った。
 澪さんが起きて来て、俺の隣で眠る柳を見て笑った。

 「この子は本当に石神さんが大好きで」
 「そうですね」
 「じゃあ、朝食を作りますね」
 「いや、俺がやりますから!」
 「いいえ、もうちょっと一緒に寝てあげて下さい」

 柳を起こし、朝食を食べた。
 昼食は俺が作ると言い、帰ろうとするのを引き留めた。
 澪さんにはゆっくりとしてもらう。
 そういう機会を与えるためもあって、御堂は送り出したのだろう。
 柳が探検を始めた。
 俺は澪さんとコーヒーを飲みながらゆっくり話していた。

 「アァー!」

 柳が寝室で叫んだ。
 俺はすぐに駆けつけた。
 ベッドの下にあった、石動謹製のDVD群が引っ張り出されていた。
 後から来た澪さんも見た。

 「いやぁー! こないだ泊まった〇〇の忘れ物だぁー」
 「ウフフフフ」
 「アハハハハ!」

 柳が俺を睨んでいる。
 何のDVDか分かっているようだ。

 「柳、よく見つけてくれたな。早速〇〇に送ってやろう」
 「エッチ!」
 
 まあ、千枚以上あるので、忘れものなわけない。
 俺が作った特製オムライスを二人が喜んで食べ、東京駅まで送った。

 「結婚したらあのマンションに住むのね!」
 「ばかやろう! その時はもっとでかい家だぁ!」
 「ほんとに!」
 「まあ、DVDも増えてるだろうけどな」
 「石神さんのエッチ!」
 「そうだぞー」

 澪さんが笑った。




 その後、何度も二人で遊びに来てくれた。
 DVDは別な場所に隠すようにしたが、二度、柳に見つかった。
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