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最後の花見

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 四月に入った。
 俺たちは柳の歓迎を兼ねて、花見をすることにした。
 丁度、手に入れた付近の土地に、見事な桜の大樹があった。
 広い敷地で、思い切り楽しめる。

 前の晩、帰って来たレイも交えて酒を飲んだ。
 俺はとっておきの身欠きにしんを出す。
 亜紀ちゃんのリクエストで巾着卵を作り、亜紀ちゃんはわさび海苔の大根サラダを作った。
 レイはハモンセラーノを器用にナイフで削って行く。
 柳はロボのためにマグロを炙った。

 「さあ、じゃあ乾杯!」
 「「「かんぱーい!」」」
 「にゃー」

 「明日も呑むから軽めにな」
 「「「はーい!」」」
 「にゃ」

 レイと柳は顔合わせを済ませている。
 大柄なアメリカ人の美人に、柳がビビった。

 「御堂さんのお嬢さんですね」
 「はい!」

 レイが優しく微笑むと、柳も緊張を解いた。
 レイは御堂のことをいろいろと尋ねる。
 柳が笑顔で話して行った。
 やはり、欧米人は仲良くなるのが上手い。



 「レイ、明日はアビーも来れそうか?」
 「はい。楽しみだと言ってました」
 「そうか」

 響子も呼んでいるので、たまには来いとアビゲイルを誘った。
 そのために、花見はテーブルと椅子を用意した。
 
 「タカさん、千両さんたちも来るんですよね」
 亜紀ちゃんがニコニコして言う。

 「ああ。東雲たちも来るからな。久しぶりに会わせてやろう」
 「エヘヘヘ」
 「私、花見なんて久しぶりです」
 柳が言う。

 「そうなのか? 御堂の所ならいろいろ場所はありそうだけどなぁ」
 「子どもの頃はしてたんですが。父が忙しくなっちゃって」
 「あいつは真面目だからな。休日でも急患のために備えている」
 「はい」

 「それとな。澪さんの負担を考えてるんだろうよ」
 「ああ、なるほど!」
 「大勢が集まるだろうからな。澪さんは大変だ」
 「そうだったんですね」

 「タカさんも、あんまりやりませんよね?」
 亜紀ちゃんが聞いて来た。

 「そうだな」
 「なんでですか?」
 「別にやる意味が無いからな。桜を見たけりゃ見に行けばいいし。酒が飲みたければ飲めばいいんだ」
 「うーん」

 「俺は大勢でワイワイやるのは、そんなに好きじゃないんだよ」
 「何となく分かりますけどー」
 「花見っていうのはな、飲むための口実だ」
 「はぁ」
 「まあ、親しい人間同士で楽しむのは別にいいと思うけどな」
 「なんか、矛盾してません?」
 
 俺は笑った。
 確かにそうだ。

 「自らやろうとしないだけで、そういう場も楽しむと言うかな。まあ、何となく上に立っちゃったから、たまにはいろんな連中を楽しませてやろうってことだ」
 「ああ、なるほど」
 「特に東雲たちな。あいつらは多分きつく言われているんだろう。俺が不快になるような真似はするなってなぁ。だから酒もあんまり飲まない。いつ俺に呼び出されてもいいようにな」
 「はい」

 俺は亜紀ちゃんにあんまり身欠きにしんを喰うなと言った。
 食べ物の好みが似て来て困る。
 
 「じゃあ、タカさんは今までも花見ってあんまりしなかったんですか?」
 「そうだなぁ。二十年振りだな」

 「へぇー」

 俺は最後の花見を思い出した。



 ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■



 「タカトラ」
 「なんだ?」

 「いつもお金のあんまりないタカトラ」
 「なんだ、このやろう」
 俺は笑って奈津江を見た。

 「ほら、もうすぐ桜が満開だよ?」
 「ああ!」
 「お花見に行こうよ!」
 「いいな!」

 俺たちは笑い合った。

 「お弁当を作ってさ!」
 「ああ、全部俺がな!」

 「お酒もちょっと飲もうよ」
 「それも俺が用意すんのな!」

 奈津江が俺の腕を叩く。

 「私は最高のスマイル持って行くから」
 「ああ、最高だよな!」

 それだけでいい。
 奈津江が笑顔でいてくれるのが、一番いい。

 俺たちはどこに行こうかと話し合った。
 あんまり大勢いる場所じゃない方がいい。
 俺は発想を変えて、みんながいない時間帯にした。
 夜の1時くらいから朝方にかけて。
 夜桜もいいものだ。

 「高虎、頭いい!」
 「お前のためならな!」
 「「アハハハハハ!」」

 学生だった俺たちは、時間は自由になる。
 平日の水曜日の夜を選んだ。
 目黒の名所だ。
 ライトアップもいいらしい。

 


 当日、俺と奈津江は東横線の最終に乗って、中目黒で降りた。
 ゆっくりと二人で歩いて、中の橋近辺を散策した。

 「わぁー、綺麗ね!」
 「そうだなぁ」

 二人でライトアップされた目黒川を歩いた。
 奈津江が俺に腕を絡めて来た。

 「あ、あそこにしようよ!」
 
 丁度丸テーブルがあり、ベンチがあった。
 1時過ぎ。
 俺たちが弁当などを拡げていると、いきなりライトが消えた。

 「「あ!」」

 周辺の街灯で、なんとか見える。
 奈津江が俺を睨んでいる。

 「ダメ彼氏」
 「おい」
 「何とかしなさいよ!」
 「はいはい」

 俺は念のために持って来た、太い蝋燭を出した。
 直径8センチほどで、それほど長くはない。
 
 「へぇ!」

 奈津江が微笑んだ。
 持って来て良かった。
 一晩中ライトは点いていないのでは、と考えたのだ。
 手元が明るくなり、俺たちは幻想的な雰囲気に包まれた。

 奈津江が俺が作って来たサンドイッチを食べる。
 辛子マヨネーズのハムサンドだ。

 「美味しいよ」
 「良かったよ」

 俺も微笑んだ。
 俺たちは楽しく話しながら過ごした。

 「ああ、本当に綺麗」
 「そうだな」
 「ライトアップもいいけど、こうして暗がりの桜もいいよね」
 「そうだな」

 「何よ、あんまり嬉しくないの?」
 「いや、俺はお前がいれば、どこだっていいんだよ」
 「もう!」

 奈津江は周りを見てから、俺にキスをしてくれた。
 俺は安いウイスキーを飲み、奈津江は俺が持って来た紅茶を飲んだ。

 


 見回りの警官に声を掛けられた。

 「お花見?」
 「はい!」
 「本当はダメなんだけどね」
 「あの」
 「なんだい?」
 「彼女、日光がダメな病気で」
 「え! そうなの!」
 「はい。だから夜の間に桜を見せてやりたくて」
 「そうなんだ!」

 「すいません」
 「あ、ああ……僕は何も見なかった。でも、本当に気を付けてね」
 「はい、ありがとうございます」
 「そうだったかぁ。だからあんなに色が白いんだね」
 「そうなんです」
 「まあ、彼女を大事にしてね」
 「はい!」

 警官が去り、奈津江が大笑いした。

 「高虎って、時々とんでもない嘘をつくよね!」
 「お前のためだろう!」
 「うん、ありがとう」
 二人で笑った。

 「きっと、交番で話題になるよ」
 「なんて?」
 「病気の美少女と夜桜を見ているカッチョイイ男の話だな!」
 「アハハハハ!」

 「奈津江は綺麗だからなぁ」
 「高虎もカッチョイイよ」
 
 俺たちは桜を眺めた。
 街灯の僅かな明かりの桜が美しかった。

 「高虎」
 「なんだよ」
 「私を選んでくれてありがとう」
 「お前しか見えないよ」
 「嘘だ!」
 「本当だよ。お前のためならどんな嘘も吐くし、何でもするよ」
 「ウフフフフ」

 



 その数か月後に奈津江は死んだ。
 あの日に時間が止まってくれたら。

 俺は何百万回もそう思った。 
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