719 / 2,840
最後の花見
しおりを挟む
四月に入った。
俺たちは柳の歓迎を兼ねて、花見をすることにした。
丁度、手に入れた付近の土地に、見事な桜の大樹があった。
広い敷地で、思い切り楽しめる。
前の晩、帰って来たレイも交えて酒を飲んだ。
俺はとっておきの身欠きにしんを出す。
亜紀ちゃんのリクエストで巾着卵を作り、亜紀ちゃんはわさび海苔の大根サラダを作った。
レイはハモンセラーノを器用にナイフで削って行く。
柳はロボのためにマグロを炙った。
「さあ、じゃあ乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
「にゃー」
「明日も呑むから軽めにな」
「「「はーい!」」」
「にゃ」
レイと柳は顔合わせを済ませている。
大柄なアメリカ人の美人に、柳がビビった。
「御堂さんのお嬢さんですね」
「はい!」
レイが優しく微笑むと、柳も緊張を解いた。
レイは御堂のことをいろいろと尋ねる。
柳が笑顔で話して行った。
やはり、欧米人は仲良くなるのが上手い。
「レイ、明日はアビーも来れそうか?」
「はい。楽しみだと言ってました」
「そうか」
響子も呼んでいるので、たまには来いとアビゲイルを誘った。
そのために、花見はテーブルと椅子を用意した。
「タカさん、千両さんたちも来るんですよね」
亜紀ちゃんがニコニコして言う。
「ああ。東雲たちも来るからな。久しぶりに会わせてやろう」
「エヘヘヘ」
「私、花見なんて久しぶりです」
柳が言う。
「そうなのか? 御堂の所ならいろいろ場所はありそうだけどなぁ」
「子どもの頃はしてたんですが。父が忙しくなっちゃって」
「あいつは真面目だからな。休日でも急患のために備えている」
「はい」
「それとな。澪さんの負担を考えてるんだろうよ」
「ああ、なるほど!」
「大勢が集まるだろうからな。澪さんは大変だ」
「そうだったんですね」
「タカさんも、あんまりやりませんよね?」
亜紀ちゃんが聞いて来た。
「そうだな」
「なんでですか?」
「別にやる意味が無いからな。桜を見たけりゃ見に行けばいいし。酒が飲みたければ飲めばいいんだ」
「うーん」
「俺は大勢でワイワイやるのは、そんなに好きじゃないんだよ」
「何となく分かりますけどー」
「花見っていうのはな、飲むための口実だ」
「はぁ」
「まあ、親しい人間同士で楽しむのは別にいいと思うけどな」
「なんか、矛盾してません?」
俺は笑った。
確かにそうだ。
「自らやろうとしないだけで、そういう場も楽しむと言うかな。まあ、何となく上に立っちゃったから、たまにはいろんな連中を楽しませてやろうってことだ」
「ああ、なるほど」
「特に東雲たちな。あいつらは多分きつく言われているんだろう。俺が不快になるような真似はするなってなぁ。だから酒もあんまり飲まない。いつ俺に呼び出されてもいいようにな」
「はい」
俺は亜紀ちゃんにあんまり身欠きにしんを喰うなと言った。
食べ物の好みが似て来て困る。
「じゃあ、タカさんは今までも花見ってあんまりしなかったんですか?」
「そうだなぁ。二十年振りだな」
「へぇー」
俺は最後の花見を思い出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「タカトラ」
「なんだ?」
「いつもお金のあんまりないタカトラ」
「なんだ、このやろう」
俺は笑って奈津江を見た。
「ほら、もうすぐ桜が満開だよ?」
「ああ!」
「お花見に行こうよ!」
「いいな!」
俺たちは笑い合った。
「お弁当を作ってさ!」
「ああ、全部俺がな!」
「お酒もちょっと飲もうよ」
「それも俺が用意すんのな!」
奈津江が俺の腕を叩く。
「私は最高のスマイル持って行くから」
「ああ、最高だよな!」
それだけでいい。
奈津江が笑顔でいてくれるのが、一番いい。
俺たちはどこに行こうかと話し合った。
あんまり大勢いる場所じゃない方がいい。
俺は発想を変えて、みんながいない時間帯にした。
夜の1時くらいから朝方にかけて。
夜桜もいいものだ。
「高虎、頭いい!」
「お前のためならな!」
「「アハハハハハ!」」
学生だった俺たちは、時間は自由になる。
平日の水曜日の夜を選んだ。
目黒の名所だ。
ライトアップもいいらしい。
当日、俺と奈津江は東横線の最終に乗って、中目黒で降りた。
ゆっくりと二人で歩いて、中の橋近辺を散策した。
「わぁー、綺麗ね!」
「そうだなぁ」
二人でライトアップされた目黒川を歩いた。
奈津江が俺に腕を絡めて来た。
「あ、あそこにしようよ!」
丁度丸テーブルがあり、ベンチがあった。
1時過ぎ。
俺たちが弁当などを拡げていると、いきなりライトが消えた。
「「あ!」」
周辺の街灯で、なんとか見える。
奈津江が俺を睨んでいる。
「ダメ彼氏」
「おい」
「何とかしなさいよ!」
「はいはい」
俺は念のために持って来た、太い蝋燭を出した。
直径8センチほどで、それほど長くはない。
「へぇ!」
奈津江が微笑んだ。
持って来て良かった。
一晩中ライトは点いていないのでは、と考えたのだ。
手元が明るくなり、俺たちは幻想的な雰囲気に包まれた。
奈津江が俺が作って来たサンドイッチを食べる。
辛子マヨネーズのハムサンドだ。
「美味しいよ」
「良かったよ」
俺も微笑んだ。
俺たちは楽しく話しながら過ごした。
「ああ、本当に綺麗」
「そうだな」
「ライトアップもいいけど、こうして暗がりの桜もいいよね」
「そうだな」
「何よ、あんまり嬉しくないの?」
「いや、俺はお前がいれば、どこだっていいんだよ」
「もう!」
奈津江は周りを見てから、俺にキスをしてくれた。
俺は安いウイスキーを飲み、奈津江は俺が持って来た紅茶を飲んだ。
見回りの警官に声を掛けられた。
「お花見?」
「はい!」
「本当はダメなんだけどね」
「あの」
「なんだい?」
「彼女、日光がダメな病気で」
「え! そうなの!」
「はい。だから夜の間に桜を見せてやりたくて」
「そうなんだ!」
「すいません」
「あ、ああ……僕は何も見なかった。でも、本当に気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
「そうだったかぁ。だからあんなに色が白いんだね」
「そうなんです」
「まあ、彼女を大事にしてね」
「はい!」
警官が去り、奈津江が大笑いした。
「高虎って、時々とんでもない嘘をつくよね!」
「お前のためだろう!」
「うん、ありがとう」
二人で笑った。
「きっと、交番で話題になるよ」
「なんて?」
「病気の美少女と夜桜を見ているカッチョイイ男の話だな!」
「アハハハハ!」
「奈津江は綺麗だからなぁ」
「高虎もカッチョイイよ」
俺たちは桜を眺めた。
街灯の僅かな明かりの桜が美しかった。
「高虎」
「なんだよ」
「私を選んでくれてありがとう」
「お前しか見えないよ」
「嘘だ!」
「本当だよ。お前のためならどんな嘘も吐くし、何でもするよ」
「ウフフフフ」
その数か月後に奈津江は死んだ。
あの日に時間が止まってくれたら。
俺は何百万回もそう思った。
俺たちは柳の歓迎を兼ねて、花見をすることにした。
丁度、手に入れた付近の土地に、見事な桜の大樹があった。
広い敷地で、思い切り楽しめる。
前の晩、帰って来たレイも交えて酒を飲んだ。
俺はとっておきの身欠きにしんを出す。
亜紀ちゃんのリクエストで巾着卵を作り、亜紀ちゃんはわさび海苔の大根サラダを作った。
レイはハモンセラーノを器用にナイフで削って行く。
柳はロボのためにマグロを炙った。
「さあ、じゃあ乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
「にゃー」
「明日も呑むから軽めにな」
「「「はーい!」」」
「にゃ」
レイと柳は顔合わせを済ませている。
大柄なアメリカ人の美人に、柳がビビった。
「御堂さんのお嬢さんですね」
「はい!」
レイが優しく微笑むと、柳も緊張を解いた。
レイは御堂のことをいろいろと尋ねる。
柳が笑顔で話して行った。
やはり、欧米人は仲良くなるのが上手い。
「レイ、明日はアビーも来れそうか?」
「はい。楽しみだと言ってました」
「そうか」
響子も呼んでいるので、たまには来いとアビゲイルを誘った。
そのために、花見はテーブルと椅子を用意した。
「タカさん、千両さんたちも来るんですよね」
亜紀ちゃんがニコニコして言う。
「ああ。東雲たちも来るからな。久しぶりに会わせてやろう」
「エヘヘヘ」
「私、花見なんて久しぶりです」
柳が言う。
「そうなのか? 御堂の所ならいろいろ場所はありそうだけどなぁ」
「子どもの頃はしてたんですが。父が忙しくなっちゃって」
「あいつは真面目だからな。休日でも急患のために備えている」
「はい」
「それとな。澪さんの負担を考えてるんだろうよ」
「ああ、なるほど!」
「大勢が集まるだろうからな。澪さんは大変だ」
「そうだったんですね」
「タカさんも、あんまりやりませんよね?」
亜紀ちゃんが聞いて来た。
「そうだな」
「なんでですか?」
「別にやる意味が無いからな。桜を見たけりゃ見に行けばいいし。酒が飲みたければ飲めばいいんだ」
「うーん」
「俺は大勢でワイワイやるのは、そんなに好きじゃないんだよ」
「何となく分かりますけどー」
「花見っていうのはな、飲むための口実だ」
「はぁ」
「まあ、親しい人間同士で楽しむのは別にいいと思うけどな」
「なんか、矛盾してません?」
俺は笑った。
確かにそうだ。
「自らやろうとしないだけで、そういう場も楽しむと言うかな。まあ、何となく上に立っちゃったから、たまにはいろんな連中を楽しませてやろうってことだ」
「ああ、なるほど」
「特に東雲たちな。あいつらは多分きつく言われているんだろう。俺が不快になるような真似はするなってなぁ。だから酒もあんまり飲まない。いつ俺に呼び出されてもいいようにな」
「はい」
俺は亜紀ちゃんにあんまり身欠きにしんを喰うなと言った。
食べ物の好みが似て来て困る。
「じゃあ、タカさんは今までも花見ってあんまりしなかったんですか?」
「そうだなぁ。二十年振りだな」
「へぇー」
俺は最後の花見を思い出した。
■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■
「タカトラ」
「なんだ?」
「いつもお金のあんまりないタカトラ」
「なんだ、このやろう」
俺は笑って奈津江を見た。
「ほら、もうすぐ桜が満開だよ?」
「ああ!」
「お花見に行こうよ!」
「いいな!」
俺たちは笑い合った。
「お弁当を作ってさ!」
「ああ、全部俺がな!」
「お酒もちょっと飲もうよ」
「それも俺が用意すんのな!」
奈津江が俺の腕を叩く。
「私は最高のスマイル持って行くから」
「ああ、最高だよな!」
それだけでいい。
奈津江が笑顔でいてくれるのが、一番いい。
俺たちはどこに行こうかと話し合った。
あんまり大勢いる場所じゃない方がいい。
俺は発想を変えて、みんながいない時間帯にした。
夜の1時くらいから朝方にかけて。
夜桜もいいものだ。
「高虎、頭いい!」
「お前のためならな!」
「「アハハハハハ!」」
学生だった俺たちは、時間は自由になる。
平日の水曜日の夜を選んだ。
目黒の名所だ。
ライトアップもいいらしい。
当日、俺と奈津江は東横線の最終に乗って、中目黒で降りた。
ゆっくりと二人で歩いて、中の橋近辺を散策した。
「わぁー、綺麗ね!」
「そうだなぁ」
二人でライトアップされた目黒川を歩いた。
奈津江が俺に腕を絡めて来た。
「あ、あそこにしようよ!」
丁度丸テーブルがあり、ベンチがあった。
1時過ぎ。
俺たちが弁当などを拡げていると、いきなりライトが消えた。
「「あ!」」
周辺の街灯で、なんとか見える。
奈津江が俺を睨んでいる。
「ダメ彼氏」
「おい」
「何とかしなさいよ!」
「はいはい」
俺は念のために持って来た、太い蝋燭を出した。
直径8センチほどで、それほど長くはない。
「へぇ!」
奈津江が微笑んだ。
持って来て良かった。
一晩中ライトは点いていないのでは、と考えたのだ。
手元が明るくなり、俺たちは幻想的な雰囲気に包まれた。
奈津江が俺が作って来たサンドイッチを食べる。
辛子マヨネーズのハムサンドだ。
「美味しいよ」
「良かったよ」
俺も微笑んだ。
俺たちは楽しく話しながら過ごした。
「ああ、本当に綺麗」
「そうだな」
「ライトアップもいいけど、こうして暗がりの桜もいいよね」
「そうだな」
「何よ、あんまり嬉しくないの?」
「いや、俺はお前がいれば、どこだっていいんだよ」
「もう!」
奈津江は周りを見てから、俺にキスをしてくれた。
俺は安いウイスキーを飲み、奈津江は俺が持って来た紅茶を飲んだ。
見回りの警官に声を掛けられた。
「お花見?」
「はい!」
「本当はダメなんだけどね」
「あの」
「なんだい?」
「彼女、日光がダメな病気で」
「え! そうなの!」
「はい。だから夜の間に桜を見せてやりたくて」
「そうなんだ!」
「すいません」
「あ、ああ……僕は何も見なかった。でも、本当に気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
「そうだったかぁ。だからあんなに色が白いんだね」
「そうなんです」
「まあ、彼女を大事にしてね」
「はい!」
警官が去り、奈津江が大笑いした。
「高虎って、時々とんでもない嘘をつくよね!」
「お前のためだろう!」
「うん、ありがとう」
二人で笑った。
「きっと、交番で話題になるよ」
「なんて?」
「病気の美少女と夜桜を見ているカッチョイイ男の話だな!」
「アハハハハ!」
「奈津江は綺麗だからなぁ」
「高虎もカッチョイイよ」
俺たちは桜を眺めた。
街灯の僅かな明かりの桜が美しかった。
「高虎」
「なんだよ」
「私を選んでくれてありがとう」
「お前しか見えないよ」
「嘘だ!」
「本当だよ。お前のためならどんな嘘も吐くし、何でもするよ」
「ウフフフフ」
その数か月後に奈津江は死んだ。
あの日に時間が止まってくれたら。
俺は何百万回もそう思った。
0
お気に入りに追加
228
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
NPO法人マヨヒガ! ~CGモデラーって難しいんですか?~
みつまめ つぼみ
キャラ文芸
ハードワークと職業適性不一致に悩み、毎日をつらく感じている香澄(かすみ)。
彼女は帰り道、不思議な喫茶店を見つけて足を踏み入れる。
そこで出会った青年マスター晴臣(はるおみ)は、なんと『ぬらりひょん』!
彼は香澄を『マヨヒガ』へと誘い、彼女の保護を約束する。
離職した香澄は、新しいステージである『3DCGモデラー』で才能を開花させる。
香澄の手が、デジタル空間でキャラクターに命を吹き込む――。
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人形の中の人の憂鬱
ジャン・幸田
キャラ文芸
等身大人形が動く時、中の人がいるはずだ! でも、いないとされる。いうだけ野暮であるから。そんな中の人に関するオムニバス物語である。
【アルバイト】昭和時代末期、それほど知られていなかった美少女着ぐるみヒロインショーをめぐる物語。
【少女人形店員】父親の思い付きで着ぐるみ美少女マスクを着けて営業させられる少女の運命は?
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる