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真夜: 新生

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 綺麗な子だと思った。
 入学式の日。
 仮に座らされた教室の席で、あたしの前に座った子。
 
 《 石神亜紀 》

 肩までのストレートを、後ろでまとめていた。
 整った綺麗な顔。
 でも、大人しい子じゃない。
 あたしには分かる。
 何度か修羅場を潜った経験のある人間にすら見えた。
 深く落ち着きのある雰囲気。
 あたしらの年齢じゃ、絶対にあり得ない。

 あたしの家はヤクザだ。
 しかも普通じゃない。
 関東を吉住連合、千万組と分け合う「稲城会」の直系。
 親父は六本木にシマを張る、上部団体の組長だ。
 だから家はでかいビルの最上階にあった。
 
 あたしは物心が付くと、すぐにうちが普通じゃないことに気付いた。
 周りの人間は、「お嬢」「姫」と呼んで、いつもあたしに傅いた。
 
 学校に通うようになると、そうじゃない人間たちがいた。
 先公だ。
 同級生は、あたしの脅しにすぐに屈する。
 しかし、先公たちは、あたしがヤクザの娘だと知ると、表面的には何事もなくても、裏では嫌な顔をしていた。
 そんなことはすぐに分かる。
 
 あたしは、実力を付ける必要を感じた。




 親父に頼んで、一流の家庭教師を付けてもらった。
 あたしはすぐに成績トップになり、先公たちにも良く思われるようになった。
 安い連中だ。

 中学の時に、気に入った家庭教師にバージンを上げた。
 慶應大学生で、女の扱いが上手い。
 あたしをカワイイと言うので、やらせてやった。
 何度か目に、ママに知られた。
 組の者が家庭教師を連れてった。
 そいつは必死に泣き叫んで謝っていた。
 ママが、秩父に連れて行けと言っていた。
 可愛そうに、埋められるのだろう。
 何度か、そういうことがあった。

 あたしを殴って攫おうとした奴。
 どうしてもあたしを認めない先公。
 もう、家庭教師には興味が無くなっていた。
 少しだけ、可愛そうだとは思った。



 いい成績で、有名進学校に入った。
 クラス分けで、ちゃんと1組だった。
 学年で優秀な成績の人間が集められる。
 でも、あたしはトップではなかった。
 トップクラスの真ん中辺。
 それでも、あたしの見た目の派手さも注意されたことはない。
 髪を染め、化粧をして通っても、何も言われない。
 しかし、本当のトップは「石神亜紀」だった。
 あいつは、満点以外の点を取らない。
 
 体育の成績もいい。
 って言うか、化け物のような時もある。
 最初の身体測定の時、握力計で100キロ(MAX)を出し、背筋測定で太いチェーンをぶっちぎった。
 垂直飛びで体育館の天井に手を着いていた。
 運動部が勧誘に殺到し、大騒ぎになった。
 それから、石神は体育で大人しくなった。
 しつこい勧誘は続いたが、そいつらが「階段から落ちた」と言うようになって、やがて無くなった。
 
 見たこともないような綺麗な顔に抜群の成績、そして信じられない運動神経。
 しかも、許せないことが一つあった。
 金持ちだ。

 あたしも散々いい物を買ってもらっている。
 うちには金が沢山ある。
 欲しいと言えば、大抵のものを買ってもらった。
 インポートのバーバリーを羽織り、エルメスのスカーフを巻いた。
 でも、石神はそれ以上だった。
 エルメスのシルクのコートに、シャネルの限定品のスカーフ。
 あたしも欲しかったが、予約で完売になっていたものだから知っている。

 それに、それらを毎日変えて着て来た。

 頭がいいのは、努力すればできる。
 顔がいいのは化粧で何とかなる。
 でも、金は生まれだ。
 石神はあたし以上に金持ちの娘だった。

 あたしが勝っているもの。
 それは「暴力」だけになった。




 石神のことを知ろうと思った。
 あいつはあまり友人を作らない。
 話しかければ明るく応えるが、親しいダチはいない。
 いつも大体一人でいる。
 本を読んでいることが多い。
 英語の原書なんか読んでいることもある。
 それが似合っていやがる。

 クラスの女共に聞いてみた。
 そいつらも詳しくは知らなかったが、医者の娘らしい。
 医者の収入は多少いいが、うちの比じゃないはずだ。
 
 あたしは石神に興味を持った。
 激しい対抗心を持った。



 あの日、どうしてあたしはああまで絡んだのか。
 石神に見下されたからか。

 自分の男をバカにされたからじゃない。
 あんなのはどうでもいい。
 学校での暇潰しだ。

 そうじゃない。
 あたしの生き方をバカにされたからだ。
 頭に来たあたしは、石神の電話番号を手に入れ、住所を調べさせた。

 すぐに住所も分かった。

 あたしは組の幹部と喧嘩の強い連中に声を掛け、石神の家に行った。
 ひ弱な医者なんか、何とでもなるはずだった。




 大失敗だった。
 あいつの親父は桁違いの化け物だった。
 荒事の連中が、一瞬で潰された。
 喧嘩慣れしているのは、すぐに分かった。
 でかい身体に、物凄い筋肉。
 おまけにツラが最高にいい。
 組員を潰されながら、そのツラに見惚れた。
 あまり似てはいないが、石神が綺麗な理由を納得した。

 石神も暴力に慣れていることを知った。
 手慣れた扱いだった。
 殴ることも壊すことも、何の躊躇も無かった。
 あたしは尻に太いものを挿し込まれる途中で、石神の親父に止められた。
 ガキだから、と言われ、涙が出た。
 石神の親父に、無様な姿を見られたのが悲しくて泣いた。

 亜紀に両腕を折られた。
 激しい痛みに絶叫しながら、これで済んで良かったと思った。



 それからのことは、あたしには分からない。
 大勢の組員が壊された。
 チャカを持っていた連中も、まったく相手にならなかった。
 ビルが一瞬で崩れ、あたしたちは拉致された。
 知らないアパートに閉じ込められ、あたしは親父とママになじられた。
 ここまでやられると、どうでもよくなった。



 親父の組は崩壊した。
 「稲城会」はなくなった。
 あたしらは報復されるはずだった。
 最悪の厄ネタを組織にぶつけることになってしまったあたしらは、恐ろしいやり方で殺されるはずだった。
 親父はもう逃げられないと言った。

 しかし、あたしらは守られた。
 「石神一家」によって。
 
 「俺の身内に手を出したらぶっ殺す」

 そういう回状も廻ったらしい。
 ヘンなTシャツとトレーナーをもらった。
 「石神一家」とプリントしてあった。

 親父に仕事ももらえた。
 新宿歌舞伎町のキャバレーとホストクラブの経営を任された。
 収益のほとんどは、「好きにしろ」と言われ、うちに入った。
 まだ住んでいるのは、アパートだったが、一棟を与えられたので、あたしも妹も自分の部屋を持てた。
 今まで通りに学校に通うように言われる。

 ママが食事を作るようになった。
 激マズで困った。
 石神さんがうちに来て食事をし、テーブルをひっくり返して怒った。
 全員で土下座して詫びた。
 復讐じゃなく、本当にダメな女だと分かってもらってからは、時々作りに来てくれた。

 「これじゃ死んじまうぞ」

 そう言って、母や私たち姉妹に料理を教えていく。
 石神さんの子どもたちも、時々来て料理を教えてくれるようになった。
 主にあたしと妹が作るようになった。

 

 学校では、石神さんに「お前は亜紀ちゃんの舎弟な」と言われている。
 時々、パシリをさせられる。

 「肉まん、30個買って来い」
 「あの」
 「なんだ?」
 「そんなに売ってないと思います」
 「その辺のコンビニも全部回れ」
 「はい」

 みんなに配るのかと思ったら、全部亜紀さんが食べた。
 びっくりした。
 一つだけもらった。

 あたしに弁当を用意してくれるようになった。

 「おまえんちの飯が激マズだからな」
 「はい」

 あたしがもう小遣いももらえず、昼は何も食べないのを知ってからだ。
 
 「よし、今日は学食で食べようか」
 「え!」
 「あんだよ?」
 「亜紀さん、学食に行く時は事前に連絡をって」
 「別にいいだろう」
 「でも」

 亜紀さんと学食に行き、30人前を食べた。
 用意されたものの4割だ。
 やはり、喰いあぶれた連中が出た。

 「アハハハハハ!」

 亜紀さんは大笑いして教室へ戻った。


 パシリに行かされると、いつも釣りはとっとけと言われた。
 数千円にもなることがある。

 「いえ、頂けません」
 「真夜は私の舎弟だ。舎弟に小遣いをやるのは、上の人間の役目だ」

 あたしは泣いた。
 そのうちに、本当に小遣いをもらうようになった。
 毎月2万円。
 あたしがそれを家計の足しにしているのが知られると、20万円になった。
 親父の収入がちゃんと出るようになってから、お断りして親から小遣いをもらうようにさせてもらった。

 


 一度、前に付き合ってたバスケ部の男があたしをバカにしてきた。

 「おい、お前の組って潰されたんだってな! ざまぁねぇ。別れて良かったぁ」

 亜紀さんが男をボコボコにした。
 バキバキと鳴っていたので、多分骨が一杯折れている。
 亜紀さんは男を抱えて校舎の脇に置いた。
 失神していた男をまた殴って起こす。

 「お前、飛び降り自殺な」
 「へ?」
 「飛び降りたけど助かった。良かったな」
 「はい」

 あたしは大笑いした。
 久しぶりだった。
 いや、初めてかもしれない。
 こんなに楽しかったことは、これまでになかった。

 あたしを恐れてやってくれたんじゃない。
 あたしが命令してやったことじゃない。
 あたしのことを思って、亜紀さんがやってくれた。
 「嬉しい」ということなのだと知った。

 

 亜紀さんには勉強も教えてもらっている。
 まあ、教えるというか、やり方を教わり、大量の問題集を貸してくれた。
 お陰で、成績は前よりも良くなった。
 中学生の妹は、亜紀さんの双子の妹とよく遊んでいる。
 時々裸にされて困ったが、それがルーさんとハーさんのスキンシップだと分かって安心した。

 「じゃあ、走るよ!」

 お二人に誘われて、たまに夜中に付近を三人で裸で走る。
 最初は泣いていた妹も、次第に楽しんでくるようになった。

 「お姉ちゃんも行こうよ」
 「絶対イヤ」

 肩にイノシシとタヌキの頭を提げた妹の誘いに困っている。





 独りだった亜紀さんが、学校でよく笑って話すようになった。
 その相手が自分であることが、いつも嬉しい。 
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