上 下
708 / 2,806

『マリーゴールドの女』 Ⅳ

しおりを挟む
 『マリーゴールドの女』は一ヶ月の公演予定が三ヶ月に延長された。
 チケットが異常に売れたせいだ。
 最初の一ヶ月の公演の土日と祝日は三日で完売した。
 他の平日もどんどん埋まって、一週間で全て売れた。
 延長の期間も、どんどん売れている。

 俺の病院関係者が多い。
 ナースたちは交代で休むので、平日のチケットも買っていた。
 そして、評判が評判を呼び、雪だるま式に増えて行ったようだ。
 一江のサイトや、あいつのSNSなどの効果も大きい。

 恐らく、最初の公演の評判がまた良ければ、爆発的なヒットになるだろう。
 公演前のチケットの売れ行きとしては、劇団最高を記録した。




 俺たちは、初回の土曜日の5時半のこけら落としの公演に行く。
 院長夫妻や一江たち部下も一緒だ。
 座席は違うが、あいつらも結構いい席を取った。
 院長夫妻は子どもたちと交換しようかとも思ったが、必要なさそうだ。

 子どもたちが楽しみにしていると伝えると、緑子がゲネプロの見学に誘ってくれた。
 しかし、舞台でちゃんと見せたいと断った。
 これ以上、迷惑はかけられん。



 三月中旬の土曜日。
 俺はハマーを出し、鷹や響子や六花をピックアップして出掛けた。
 六本木の劇場へ向かう。
 レイが自分まで行っていいのかと最初は遠慮した。

 「レイは家族だぞ」

 そう言うと、泣きそうになっていた。



 専用駐車場にハマーを停め、劇場の入り口に行く。
 俺が響子を抱えている。
 既に多くの人が並んでいた。

 「石神せんせいー!」
 うちのナースたちが多い。
 俺は手を振って笑顔を見せた。
 まあ、楽しんで欲しい。

 響子がチケットを見せると、係の人間に案内された。
 最前列の5席と、二列目の5席だった。
 俺が最前列の真ん中に座り、響子と亜紀ちゃんが両側に。
 その左右に身長の低い双子を座らせた。
 栞、六花、鷹、レイ、皇紀を二列目に座らせる。

 一江や院長たちは、広い通路を前にした六列目に座っていた。
 俺は院長夫妻に挨拶に行った。

 「今日はわざわざ、すみません」
 「いや、俺も楽しみなんだ。お前が脚本を書いたんだって?」
 「若気の至りですよ。冗談で書いたものが偶然に」
 「あら、そんなことを言って。石神さんはロマンチストだから、素敵なお芝居なんでしょ?」
 静子さんがそう言ったので、俺は恥ずかしかった。

 「終わったら、レストランを貸し切っているんで、是非いらして下さい」
 「ああ、寄らせてもらうよ」

 「部長! ハンカチ一杯持って来ましたから!」
 一江が言った。

 「お前のお陰で、大盛況だ。ありがとうな」
 「え!」
 「なんだよ?」
 「今、もしかしてお礼を言われました?」
 俺は一江の頭を軽く小突いた。

 「感謝してるよ、本当にな」
 「へぇー!」

 笑って席に戻った。
 
 響子がウズウズしている。
 なかなか外で映画や観劇などはできないからだ。
 見ると、亜紀ちゃんも双子も待ちきれない表情だ。
 演劇は初めてのはずだ。
 双子と皇紀は花束を持っている。
 まあ、皇紀が持っているのは、亜紀ちゃんが渡すものだが。

 ブザーが鳴り、会場が暗くなった。
 響子が俺の手を握った。

 いよいよ、舞台が始まる。




 ステラ(緑子)の父親アイザック・ハワードが亡くなるシーンから始まる。
 アメリカで花の出荷元として、投機的なブームもあり、一代で財を成した。
 一人娘のステラは、莫大な遺産を手にする。

 しかしステラは花を育てることには関心があっても、経営そのものには疎かった。
 徐々に父親の土地は他人の手に渡って行く。
 
 ある時、ステラの家に青年が現われる。
 銀行家であった青年クリストファーは、花の投機で失敗し、多額の借金を背負っていた。
 その借金の返済のために、ステラを利用しようと考えていた。
 ステラはクリストファーのためにマリーゴールドの花畑を作り、投機市場で成功していく。
 ステラのマリーゴールドは、非常に評判が良く、高値で取引されていった。
 傾いたステラの家も、再興した。
 
 ささやかなパーティで愛を告白する二人。
 二人は結婚し、一緒に暮らし始めた。
 二人には子どもが出来ず、ある日道で死に掛けていた少年アンソニーを引き取った。
 クリストファーは嫌がったが、ステラは少年を懸命に介護し、少年はステラに深い感謝を捧げる。

 しかし、クリストファーは、あるパーティで出会った女性マーガレットに一目惚れしてしまう。
 相手は鉄道で財を成した財閥の娘だった。
 ステラとの生活とマーガレットへの恋心の間で揺れるクリストファー。
 そして二人の関係を知ったステラは、ショックで声を喪ってしまう。
 それでも、ステラはクリストファーを信じて献身的に尽くし、マリーゴールドを育て続けた。
 傷心のステラを、少年アンソニーが懸命に支える。

 やがてクリストファーは、財閥の娘に子どもができたことを知る。
 ステラとの素朴な生活に倦んでいたクリストファーは、マーガレットに唆され、ステラの全財産を売り払う。
    
 突然に弁護士から伝えられた事実に、ステラは呆然とする。
 声にならない声で、泣き叫ぶ。

 アンソニーに支えられ、小さな荷物だけで家を出る二人。

 目の前に広がるマリーゴールドの花畑を見て、涙を流す。


 「ステラ! 僕はここにちゃんといるよ!」
 ステラはアンソニーを抱き締めた。

 「ステラ! 結婚しよう! 僕はステラの傍に一生いるよ!」
 ステラは驚き、アンソニーから一歩離れる。

 「離れないで、ステラ! もしも僕が嫌いなら、そのまま走って行って!」
 ステラはもう一度アンソニーに抱き着く。

 「離れないわ! 私は離れないわ!」
 「ステラ! 声が戻った!」

 「そう! 私は全て取り戻したわ!」

 二人はそのまま旅に出た。
 半年後、アラスカの大地に立った。

 「アンソニー、ここでマリーゴールドを育てましょう」
 「ここでいいの?」
 「ここにするの! 私はここで死ぬの!」
 「僕も一緒だよ!」

 二人は広い平原に走って行った。
 
 数年後、「ステラゴールド」という新しい品種の美しい花が、アメリカ中に咲くようになった。



 
 幕が閉じた。
 再び幕が開き、緑子を中心とした出演者たちが舞台に並んだ。
 みんな立ち上がって、盛大な拍手を送っていた。
 俺は花束を持って行くように亜紀ちゃんと双子を見たが、三人とも大泣きしている。

 笑いながら、呼びかけた。

 「おい、亜紀ちゃん! 花を持って行け!」
 亜紀ちゃんが俺を見て、皇紀から花を受け取った。
 双子の手を引いて、舞台に近づく。
 緑子に、脇の階段から上がれと示された。

 「石神!」
 俺を手招いている。
 仕方なく、俺も舞台に上がった。

 俳優たちが手招いて、俺たちを中央の緑子の脇に立たせた。
 マイクが緑子に渡される。

 観客に礼を述べ、他の役者やスタッフを労った後で、俺たちの紹介をした。

 「この素敵な舞台を書いてくれた、親友! 石神高虎です!」
 盛大な拍手が沸く。

 「そして、石神の可愛らしいお子さんたちにも、どうか拍手を!」
 亜紀ちゃんと双子がポーズを決めた。

 「なにそれ!」
 「「「マリーゴールドの女!」」」

 「アハハハハハ!」

 緑子が大笑いした。
 主だった役者にマイクが回され、それぞれに挨拶をした。
 また緑子にマイクが戻る。

 「では! 引き続き舞台の応援を宜しくお願い申し上げますー」

 「せーの!」
 亜紀ちゃんたちを手招いた。

 「「「「マリーゴールドの女!」」」」

 会場が拍手と大爆笑に包まれた。
 フラッシュが数多く閃く。
 しばらく、四人でポーズを決めていた。

 出演者たちも笑っていた。





 観客が帰って行く中で、俺たちは緑子の楽屋に呼ばれた。
 大勢で行くのも迷惑だろうと、亜紀ちゃんと双子と皇紀だけを連れて行った。
 他の人間には、ロビーで待っていてもらう。

 「石神、本当にありがとう」
 まだ舞台衣装の緑子が言った。

 「いや、何もな。でも、いい舞台だったぞ」
 「そう、ありがとう」

 「緑子さん! 感動しました!」
 「すごかったよ! 緑子さん素敵だった!」
 「最後のシーンは忘れません! 良かったぁ!」

 口々に、亜紀ちゃんたちも感動を伝えた。

 「ありがとうね! あの「マリーゴールドの女!」は最高だった! アハハハハハ!」
 「緑子、もし忙しくなかったら、俺たちは店を借りてるんだ。一緒に食事でもどうだ?」
 「え! 行く行く!」

 「じゃあ、待ってるから来てくれよ」
 「うん! ありがとう!」

 「お前、「ありがとう」って言い過ぎだぞ」
 「えー! だって本当にそうなんだもん」
 「そうかよ。じゃあ、また後でな」



 俺たちはロビーへ行き、みんなで移動した。
 院長夫妻を乗せたので、若干定員オーバーだった。
 皇紀を荷台に寝かせた。
 ベンチシートに座った亜紀ちゃんと双子が床の皇紀を蹴る。

 「おい、今日はいい服来てんだから靴で蹴るな!」

 亜紀ちゃんたちは靴を脱いで蹴った。

 「……」

 車の中では、みんなが舞台が良かったと言っている。

 「石神先生が書いたんですよね!」
 鷹が言った。

 「元はそうだけど、プロが全部書き換えてちゃんとしたいい芝居にしてくれたんだよ」
 「それはウソですね!」
 「本当だって!」
 「じゃあ、後で緑子さんに聞いてみます」
 「やめて、鷹ちゃん」
 「アハハハハハ!」

 響子が六花の膝で、一生懸命に話している。
 六花がニコニコと笑いながら聞いていた。

 「石神、本当に良かったぞ」
 院長が後ろのシートで言った。

 「だから、役者さんたちと、台本を書き直してくれた人たちのせいですって」
 「いや、お前は凄い。俺は感動した」
 「もういいですって」

 


 イタリアン・レストランに着いて、みんなを降ろした。
 俺のことは、もうやめて欲しい。
 早く緑子に来て欲しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

双葉病院小児病棟

moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。 病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。 この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。 すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。 メンタル面のケアも大事になってくる。 当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。 親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。 【集中して治療をして早く治す】 それがこの病院のモットーです。 ※この物語はフィクションです。 実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。

イケメンドクターは幼馴染み!夜の診察はベッドの上!?

すずなり。
恋愛
仕事帰りにケガをしてしまった私、かざね。 病院で診てくれた医師は幼馴染みだった! 「こんなにかわいくなって・・・。」 10年ぶりに再会した私たち。 お互いに気持ちを伝えられないまま・・・想いだけが加速していく。 かざね「どうしよう・・・私、ちーちゃんが好きだ。」 幼馴染『千秋』。 通称『ちーちゃん』。 きびしい一面もあるけど、優しい『ちーちゃん』。 千秋「かざねの側に・・・俺はいたい。」 自分の気持ちに気がついたあと、距離を詰めてくるのはかざねの仕事仲間の『ユウト』。 ユウト「今・・特定の『誰か』がいないなら・・・俺と付き合ってください。」 かざねは悩む。 かざね(ちーちゃんに振り向いてもらえないなら・・・・・・私がユウトさんを愛しさえすれば・・・・・忘れられる・・?) ※お話の中に出てくる病気や、治療法、職業内容などは全て架空のものです。 想像の中だけでお楽しみください。 ※お話は全て想像の世界です。現実世界とはなんの関係もありません。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 ただただ楽しんでいただけたら嬉しいです。 すずなり。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

まさか、、お兄ちゃんが私の主治医なんて、、

ならくま。くん
キャラ文芸
おはこんばんにちは!どうも!私は女子中学生の泪川沙織(るいかわさおり)です!私こんなに元気そうに見えるけど実は貧血や喘息、、いっぱい持ってるんだ、、まあ私の主治医はさすがに知人だと思わなかったんだけどそしたら血のつながっていないお兄ちゃんだったんだ、、流石にちょっとこれはおかしいよね!?でもお兄ちゃんが医者なことは事実だし、、 私のおにいちゃんは↓ 泪川亮(るいかわりょう)お兄ちゃん、イケメンだし高身長だしもう何もかも完璧って感じなの!お兄ちゃんとは一緒に住んでるんだけどなんでもてきぱきこなすんだよね、、そんな二人の日常をお送りします!

こども病院の日常

moa
キャラ文芸
ここの病院は、こども病院です。 18歳以下の子供が通う病院、 診療科はたくさんあります。 内科、外科、耳鼻科、歯科、皮膚科etc… ただただ医者目線で色々な病気を治療していくだけの小説です。 恋愛要素などは一切ありません。 密着病院24時!的な感じです。 人物像などは表記していない為、読者様のご想像にお任せします。 ※泣く表現、痛い表現など嫌いな方は読むのをお控えください。 歯科以外の医療知識はそこまで詳しくないのですみませんがご了承ください。

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

処理中です...