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『マリーゴールドの女』

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 「タカさーん! 緑子さんから手紙ですよー!」
 亜紀ちゃんがリヴィングでコーヒーを飲んでいた俺に持って来た。
 日曜日の朝だ。

 「おお、なんか久しぶりだな」

 暑中見舞いや年賀状は来る。
 たまに電話で話すこともある。
 だが、こないだ緑子に会ったのはいつだったか。
 うちに泊りに来た後で、一度くらい飲んだか。

 緑子から届いたのは、公演のチケットだった。
 5人分だ。
 亜紀ちゃんに見せた。

 「えーと、『マリーゴールドの女』ですか」
 子どもたちは演劇をほとんど知らない。

 「あ! 緑子さん、主演じゃないですか!」
 「そりゃ、まーな」
 「まーなって、自分の女自慢ですか!」
 「アハハハハ」

 「これ、五枚ってことは私たちに?」
 「まあ、そうだろう。しかし、またあれをやるのかぁ」

 亜紀ちゃんが自分のコーヒーを淹れて俺の隣に座った。
 他の三人は勉強をしている。

 「タカさんは前に観たことがあるんですか?」
 「もちろんだ」
 「へぇー」

 俺は全員に聞いてみた。

 「どうする、行くか?」
 「「「「はい!」」」」
 「緑子さんを見るのもしばらく振りですしね」
 「まあ、そうだな。じゃあ、行くか」

 子どもたちは嬉しそうだ。





 「ところで、どんな話なんですか?」

 亜紀ちゃんが聞いて来た。

 「恋愛物と言っていいのかな。ある園芸家の主人公の女性が、好きな男のためにマリーゴールドの畑を作って行くんだ」
 「ほう」

 「事業に失敗した男を助けるために頑張ったわけだけど、その男が他の女を好きになってしまう」
 「ナンダッテェー!」

 「そのショックで、女性は言葉が話せなくなってしまうんだよ」
 「カワイソー!」

 「女性の傍には、孤児だった男性がいる。女性が引き取って育てたんだな。成長して、女性のマリーゴールドの畑を手伝っている」
 「はいはい」

 「ついに好きだった男が家を出て行ってしまう。女性はマリーゴールドを育てる意味を喪ってしまう。しかも男は畑を人に売り払っていたんだ」
 「ひどいですよ!」

 「何もかもを喪った女性は、もう他人のものになってしまったマリーゴールドの畑を呆然と見る」
 「どうにかしてください!」

 「その時、女性は気付くんだな。マリーゴールドは、誰かのために咲くんじゃない。この世に生を受けて、それを輝かせるために、懸命に花を咲かせるのだ、と」
 「ああ!」

 「そして、ずっと自分の傍で、自分を支えようとしてくれた男がいることに気付く」
 「はい、来ましたね!」

 「女性は孤児だった男の子の告白を受け入れ、二人で旅立っていく」
 「カァァーーーー!」

 「男の子の告白を受け入れる時に、女性はちゃんと自分の声で返事をする。二人は驚き、歓喜する、というな」

 「最高だぁー!」

 亜紀ちゃんが興奮しているので、俺たちは笑った。




 「まあ、緑子の出世作と言うかな。あんまりそう言うのは嫌なんだが」
 「なんでです? 良かったじゃないですか」
 「出世したのはもちろんいいんだけどなぁ」
 「だから、どうしてなんですか」

 「あんまりいい脚本じゃねぇと言うか」
 「えぇ! 今のお話、最高でしたよ!」

 「そうかぁ?」
 「何ですか! 喧嘩売ってんですか!」
 「アハハハハ!」
 「でも、本当にいいお話じゃないですか。私、早く観たいです」
 「まあなぁ」

 亜紀ちゃんが俺を見ている。

 「なんか、タカさん、ヘンですよ?」

 俺はコーヒーのお代わりを、うろうろしていた皇紀に頼んだ。




 
 「これをやる時には、いつも俺に招待状が届くんだ」
 「そうなんですか? あ、ああ、関係者枠になってますね?」
 「いい席で観れると思うよ。ちゃんと用意されるからな」
 「緑子さん、無理してません?」
 「いや、あいつは別に無理じゃないんだけど」

 俺は皇紀が持って来たコーヒーを飲んだ。

 「緑子って、ああいう性格じゃない」
 「どういう意味です?」
 「俺と同じでべらんめぇの言葉でさ。お前らも知ってるように、結構きつい性格だ」
 「タカさんに対してだけじゃ?」
 俺は亜紀ちゃんの頭を軽くはたいた。

 「独白とか歌とかはいいんだよ。でも、他の役と掛け合いになると、昔はどうしても対抗心とかなぁ」
 「なるほど」

 「それで今一つ上に行けなかった。だから、掛け合いの少ない、いっそ話せないって役を考えたわけだな」
 「ああ、それで『マリーゴールドの女』は」
 「そういうことだ。それが上手く嵌ってなぁ。緑子が一気に評価された」
 「そうなんですね!」

 「俺としては、イプセンの『人形の家』の続きみたいのを想像しながらだったんだけどな」
 「?」

 「あれは最後に「自我」に目覚めて、安心安全の家を出て行く場面で終わるじゃない。だから主人公が自立して、自分の恋を見つけてからの話をだなぁ……」

 「タカさん!」
 「あんだよ」

 「もしかして、『マリーゴールドの女』を書いた人って!」

 「ああ、俺」


 「「「「エェッェェェェェーーーーーー!!!!」」」」


 何となく周りで聞いていた子どもたちが驚いた。

 「俺もさ、まさかあの劇団で採用されるなんて思ってなかったよ。まさか本当になぁ。タカちゃん、びっくりしちゃった」

 「タカさーん!」

 「時々今でもやるんだ。なんだか、結構なファンもいるらしいぞ?」
 「それで、「関係者」なんですね!」
 「そういうことだなぁ。もういいんだけどなぁ」
 「スゴイことじゃないですか!」

 「ド素人が書いたのにな」

 「今、脚本は読めるんですか? っていうか出せぇ!」
 「このやろう! 親に向かってなんだ!」

 亜紀ちゃんと殴り合いになりそうになった。
 皇紀と双子が止める。

 「まあ、お前らは当日初めて観た方がいいんじゃねぇか?」
 「そうですね!」

 握手をした。




 「じゃあ、緑子に連絡しとくか」
 「あ、待って下さい!」
 「あんだよ」

 「他の人も誘えませんかね。ほら、栞さんとか鷹さんとか、響子ちゃんと六花さんも!」
 「あまり大勢はなぁ」
 「ダメですかぁ?」
 「緑子に頭を下げるのが嫌なんだよな」
 「そんなこと!」

 亜紀ちゃんがまた殴りかかって来そうだったので、仕方なく連絡した。

 「ああ、いいわよ。何枚欲しいの?」
 「えーと、5枚もあれば」
 「ふーん。5人も他に女がいるのね」
 「お前なぁ」
 「いいよ、別に。じゃあ手配しとく」
 「悪いな」
 「悪いよ!」

 電話を切られた。
 だから嫌だったのだ。




 これからでかい花の手配や、関係者への差し入れなども用意しなければならない。
 めんどくせぇ。

 「マリーゴールドの女! フッ!」

 亜紀ちゃんが立ち上がって適当なポーズを決めている。
 そんなシーンはねぇんだが。




 まあ、こいつらも喜んでいるようなのでいいか。 
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